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愚者の楽園


火曜日には

お気に入りのアクアバイクに跨がって

積めるだけ積んだジャスミンの花束を届けに

海上に浮かぶ列車整備駅まで出かけていく


海に囲まれたプラットホームで陽に灼かれて

彼は私を待ってるだろう

明日停車する海洋特急の準備に大忙しで

流れる汗と機械油にまみれて

私をみつけて手をふってほほえむだろう


明日はマリーノ超特急が到着する

海に敷かれたレールをしずしずとやって来る

停車時間は一時間

次から次へ迫りくる仕事を

彼はひとりでこなしていくだろう


エンジンの点検と調律

車輌のサビ落とし

滑車にこびりつく塩塊の除去

客車に機器に侵入するフナムシ退治

フナムシ退治にはジャスミンガスが著効で

それは彼独自の研究成果で

私は毎週ジャスミンガスの原料を届けにいく


かつて駅には整備士がふたりいて

私の入り込めないかたい友情で結ばれていて

ある日 親友に無断で

ジャスミンガスの効能を管理局に報告した同僚は

めでたく上級技術職に転身して

彼はひとりになった


(だってさあ

 エラくなって迎えにいくなんて不可能だよ

 え 誰をって?)


たったひとつの彼のこだわり

それは

ジャスミンガスは使用前日に製造すること


ジャスミンを抽出し終えて

手のあいた私は彼の庭をこっそりのぞきにいく

武骨な駅舎の片隅に設けられた

こじんまりとした花壇に

ひと株の野バラが忘れられている

色褪せた小さな花と乾いた葉っぱ

吹き荒れる海風のなか枯れずに咲いてるのは奇跡だった


(ここは潮の香りしかしない)


葉っぱにしがみつくアブラムシをちくちく取りながら私は

野バラに話しかける ねえ 結婚しない?

私はあなたの助手もできるし

それからプラットホームでジャスミンを育てよう

海に侵食されたこんな世界だけど

この駅だけは花の香りでいっぱいにしよう

そしていつか私の子供たちが

広いジャスミンの庭ではしゃぎまわる日を夢みよう


(マリーノ超特急の旅人よ もしあなたが

 海風のなかに花の香りを感じたなら

 感じてくれたなら)


いつの間にか

見渡すかぎりの海に月がのぼって

私は今週も帰りそびれてしまった

明日はふたりで列車を待とう

ジャスミンガスも出来たし

彼もまんざらでもないふうで

月がきれいだし

実のところ

海洋特急はいつ到着するのか

わからないし

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