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夜――。
今日は色々あって、疲れていた所為なのか。
深く眠る頃ができないでいた。
外は何やら工事をしているらしく、実に喧しい。
第一、深夜に工事なんてどうかしている。
どこの阿呆の仕業だというのだろうか。
阿呆の正体は翌日の朝には発覚した。
午前6時。
喧しい工事音に寝ていられず、布団を出る。
しかも、今日は学校が休みの日曜日だ。
イライラはますます増えていく。
「なんじゃぁこりゃぁー」
家を出て、そのまま真上を見上げて、思わず絶叫した。
古く老朽化したリサイクルショップ「あげいん!」の看板は外され、
「New Recycle Shop AGAIN」という黒看板に金字で店名が書かれた高級感ある看板に生まれ変わっていた。
「古臭い看板だったからねぇ。代えさせてもらったよ」
店の前に仁王立ちで待ち構えていたのは、やはりというか鞠井杏。
今日の服装は昨日と打って変わって、袖部分がヒラヒラしたレース状になっているゴシック調の黒のワンピース。
「いや……、嘘だろ? いきなり看板は普通変えねーだろう」
「何か問題でも?」
「いや、看板ってやっぱお店の顔ですし、いろんな想いが込められて作られたものじゃあないですか。
それをいきなり取り替えるっていうのは違うんじゃないかなって」
至極当然の問いは鼻で笑われた。
「へぇ。じゃあ、一つ質問をさせてもらうよ」
1歩、2歩と近づいてくる。
思わず後ずさりしたくなるが、なんとか踏みとどまる。
「君の言うその『想い』とやらはこのまま経営不振によって店がなくなってしまったとしても残るものかなぁ」
「そ、それは……」
「男のくせに甘ったるいスイーツ発言は気色悪いだけだよ。
店を潰したくなければ、つまらない感情を捨てたほういい」
挑発的な相手の言葉に俺は負けじと高身長を活かし、見下ろすことで応対する。
「看板を変えただけで何か変わるのかよ。
ちょっと新しくなって、目立っているだけじゃねーか。
こんなんじゃ、売上2倍なんてお話にならねーんじゃねぇか」
「馬鹿だねー。
君は自分で言った『ちょっと新しくなって、目立っているだけ』。
この状況を作るのが、どれだけ難しく、そして効果的なことなのかまるで理解していないようだぁ」
ドンっと強く両手で押され、そのまま尻餅をつく。
俺よりも大分鞠井さんは身長は低いが、これで見下ろされた形になる。
いや、見下された形だ。
スカートの中は見えそうで見えない。
「いいかい。
商売において成功を決める超重要要素の一つ、それが場所。
つまりは立地だよ。
若者に人気のアパレルショップも辺鄙な山奥にあったら、誰も来ないよね? 君の店は生意気なことに立地はそこまで悪くない。
駅からも近いし、商店街のちょうど中心地あるし、店の前の通行人はそこそこ多い。生意気なことにね」
何が生意気なのか俺には理解ができない。
「しかーし!
この好立地にも関わらずこの店は他の店と同じように埋もれてしまっていた。どうしてだと思う?」
少しの間考え、思いついたことを言う。
「他の店と同じように……古くて、汚い看板だったから?」
「そう、正解だよ。
この店はオンボロ商店街の風景と化してしまっていたわけ。
では、その糞汚いオンボロ商店街の中で、
一つだけ綺麗で高級感ある看板の店があったら?
それは通行人の目にはどう映るでしょうか?」
「一際目を引く……。
だから、入りたいと思う?」
「せいかーい。って、なんか小学生と話しているみたいで馬鹿みたいだわぁ。
勿論、馬鹿なのは君だけねー」
一々、一言多いのは癖なのだろう。
勿論、悪癖だが。
「人は日常の風景に見慣れないものが映ると、それに興味がわくの。
それは店だって一緒。
看板の変化に気づいて、どういう風に変わったのかに興味を持って、そして?」
投げかけられた問いに答える。
「入りたいって思う」
鞠井さんは正否を言う代わりに妖艶な笑みを浮かべ、頷いた。