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うーむ、しかしよくわからないことになった。
近くのチェーンの喫茶店。
向かいにはトンデモナイ美女で年上のお姉さん。
実に居心地が悪く、目の前のコーヒーを飲むしかない。
「では、今のお店の現状を詳しく教えていただけますか?」
コンサルタントの鞠井さんがメモ帳とペンを持ち、俺に話すよう促す。
はたして今日会ったばかりの他人の店の内情を話して良いものだろうかと一瞬悩みはしたが、一人で悩んでいても仕方がないし、おそらく俺一人では店の問題解決はできまい。
俺は鞠井さんに詳しく現状を話すことにした。
「なるほど、よくわかりました。
さぞ、大変な思いをされていることでしょう」
鞠井さんは心底俺の境遇に同情してくれた。
「近隣の大型ショッピングセンターの所為で客足は途絶え、経営は悪化。
そして、店長であられるおばあさまの怪我。
そんな中での店舗の立て直し……。
これは長い経験を積んだ経営者でも難しい仕事でしょう」
「やっぱり、無理ですよね。店を立て直すなんて」
「……いいえ。確かに難しい仕事ですが、不可能ではありません!」
「本当ですか!」
「自分で言うのもおこがましい話ですが。
私には過去、「もう倒産寸前」と言われてきた企業を、過去最高益を叩き出すほどに業績回復をさせたという実績があります!」
「おおぉ!」
「更に自分で言うのもおこがましい話ですが。
私の勤めている仏国コンサルティングファームは日本! いや、世界でもトップクラスのコンサルティングファームでありっ! 私はそこのエースとして超一流コンサルタントとして名を業界で轟かせております!」
「おおおおぉ!」
「更に、更に! いつもはスケジュールに穴などなくっ! 私の予約は数年先まで埋まっているのですが、何故かこの先3ヶ月ほどはなんの予定もなく、私はフリーなのです!」
「き、奇跡が起きているのかぁああ?」
「そして、最後に極めつけは今日だけ! 今だけ!
今ご契約頂くと、私の顧問料は通常の半額!
なんと半額で引き受けさせて頂きます!」
「契約します!」
「ではこちらの書類にご署名と、印鑑を」
おそらく俺の瞳の中にはぐるぐるの渦巻きがぐーるぐーる回転していたことだろう。
勢いに押され、名前を書き、印鑑を押してしまった。
「はい、ありがとうございます。
では契約成立ということで、詳しい契約内容の確認をさせて頂きます」
「あー、はいはい」
「1、貴社は売上月商の半額をコンサルティング料として支払うこと」
「はい?」
「2、貴社の事業所の一部を担当コンサルタントに貸し出し、
そこでの衣・食・住は全て貴社の負担とする」
「ははは。なんの冗談すか、これ?」
「冗談?」
「ええ。 冗談っすよね」
「いや、全然冗談じゃないけど。これが契約だから」
あれ?
さっきまで目の前にいた鞠井さんが消えた。
人相からしてなんか違う。
「君さぁ。さっき署名書いて、印鑑押したよね?
つまりそれって契約成立ってことでしょ。
今更ぐちゃぐゃ言われても困るんだけど」
「いやいや、困るって……。
そりゃあ、こっちのセリフですよ。
月商の半額って。さっき赤字だって話したじゃないですか」
「私が担当コンサルタントになるんだよ。赤字になるはずがないでしょ。
よって、安心したまぇ。
君は大船に乗ったつもりでいればいいわけだよ」
「無理ですって! 安心できないし、そもそもなんであなたを泊めなきゃいけないんだよ。
事業所の一部ってウチの場合はマジで文字通り我が家ってことになるんですから、ありえません!」
「ごちゃごちゃ喧しい男だねぇ、君は。署名書いて、印鑑を押した。
あれは立派な契約書なんだよ。
法的にちゃんと認められる。
第一、君のような貧乏人は本来私のような超エリートと口を聞くことだってないんだよねー。
感謝し、今この時間に対しての対価を支払ったって何もおかしいことはないくらいなのだよぉ!
理解できるかなぁ、君の粗末なその頭で!
えぇー? ゆとり育ちのく・そ・ガ・キ君~?」
なんだ。
なんなのだ?
さっきまでの柔和な笑みを浮かべていた鞠井さんはどこへ行ってしまったというのか。
目の前にいるイカレタこの女は誰だ?
「待ってくれ!
俺は確かに今は店長代理だが、未成年だし、あなたを雇うとかそんなことを決められる権限なんてないんですよ」
「ふーん。それもそうだね。
時間を無駄にしたわー」
そう、言うとサッと立ち上がる。
「コーヒー代は払っておいてね」
超一流エリートが貧乏人に喫茶店のコーヒー代をたかるか? 普通。