第一話「夢」
「(またか――)」
おぼろげな意識の中で私は思った。
目の前には、一面に広がる血の海と、離れからそれを鑑賞している有象無象達――そして、その中心にいる私と腕の中にいる顔のない人間だった。
またか。
私はまた心の中で呟く。否、もしかしたら声に出しているのかもしれないが、この音のない夢の中では意味のない事だった。
何時からなのかは忘れたが、私はよくこの夢を見る。明晰夢である事は確かだ。しかし、ここに立っているのは果たして私なのか、或いは、別の誰かなのか分からない。
唯一分かるのは、夢がさめるまで私はこの静止画の中にいなければならない事だ。
こう何年も見続けきた所為でいい加減慣れてしまい、早く醒めてくれないだろうかと、血だまりの中で呑気に考えてしまう。暇だ。間違い探しをするか。どうせ間違いなんて存在しないのだろうけど。
「(ん?)」
辺りを見渡すと、間違いを一つ見つけた。
赤い眼に漆黒の髪――まるで、この夢そのものを表現したような青年が、群衆たちと同じように私を見ていた。同じ?
何を言っているんだ、私は。これのどこが同じだというんだ。
一緒ではなない。恐怖や同情心、好奇心などを滲ませた人間たちと違い、彼の瞳には――
卑下。
軽蔑。
私に対する蔑みの念が感じられた。
こんな出来事は今まで一度たりとも起きた事がない。それどころか、彼に会った事すらなかった。夢だけでなく、日常生活においてもだ。だけど、何故か、彼がこの夢の正体を知っていると直感した。
「――っっ!!」
声を出そうとしても、擦れ声すら出ない。体も一ミリたりとも動かない。だというのに彼は、驚いた表情をして、人ごみの中へ消えてしまった。
待って。
ここは何処?
なんで私は血塗れなの?
顔のない人間は何?
長年誤魔化し続けていた疑問が湧き出てきた。
あなたは誰?
☆
「――っ。――いったら!!」
「んん……」
「起きろっ!!」
「みぎゃっ!!」
突然、脳天に激痛が走る。え、えぇ? 何? どこからの攻撃?
頭を押さえつつ、顔をあげるとそこには、我が親友河野埜架が手刀を作った状態で笑っていた。
「はよはろー」
「おはよう……。埜架ぁ、なにもチョップしなくても良いじゃない」
「ごめんごめん。叩きやすそうな頭をしていたものだからつい……。にしても、さっきの反応は何? みぎゃっ? あっはっは!! 超受けるんだけど」
腹を押さえて大笑いする埜架。当に抱腹絶倒。こんなにもこの四字熟語に相応しい子はいない。
「処でさ、初。寝起きのとこ悪いけど」
「あ、また先生からの頼み事? しょうがないなぁ。先生も生徒にばっかり押し付けずに自分でやればいいのに」
「私も何か出来ればいいんだけど、この通り私って馬鹿だから」
「この前のテストで四位だった人が何をおっしゃる。気にしないで。全部私が頼まれた事だし。そうだなぁ……じゃあ、一昨日頼まれた資料出来たから、先生に渡してくれないかな?」
「お安い御用さ!!」
そう言うと、埜架は隣の席にある資料を手に取る。
毎回毎回、仕事を押し付けていて合わす顔がないのか、先生はいつも埜架を通じて仕事を頼み、私がそれをする。そして、完成した資料を埜架がまた先生に渡しに行く。合理的な当番制。どちらにも仕事があるのだから、気に揉む事がない平和的なやり方だと自負している。
「あ、私この後用事があるから、先に帰っていいよ」
「私待つよ?」
「時間がかかるし、それに、初の家って門限が厳しいんでしょ? 私の所為で遅れましたー、なんて言われちゃあ困るからね。ほら帰った帰ったーっっ!!」
「じゃあお言葉に甘えて。じゃあね、」
「また明日ぁ」
埜架と別れた後、真っ直ぐ帰宅――といきたいところだが、今日は寄らなければならない場所がある。
私は学校から少し離れたところにある山に向かう。墓地があるため、この山に近付く人は少ない。そのおかげで私は人目をあまり気にせず向かう事が出来た。長い階段を上り、墓地の奥へ向かう。雑草とした木々の中に、一つのお墓がそこにあった。
お墓には「歌留多家」と書かれていた。
そう、今日は私の両親の命日。ひとしれずきえてしまった二人の命を弔う日であった。
なぜあの日二人は死んでしまったのか私は知らない。親戚に訊ねても答えてくれるず、ただただ「二人の事は忘れなさい」と言われるばかりだった。言われるまでもない。私も二人の事は極力忘れたかったし、事実最初の数年はそうやって生きてきた。しかし、やはり血は憎めないのか、誰もお墓参りをしていないと知り、つい、毎年このように足を運んでしまうのだった。
パンパンと軽く手を叩いて黙祷。宗教上の云々で、本来そんな事をしてはならないらしいが、これは娘からのささやかな嫌がらせだ。
パンパンッ
ここにいるのは私一人であるはずなのに、何故か音が二重になって響いた。
「え?」
周囲を見回すと――というか、横へ目を向けるとそこには見知らぬ青年が私と同じように手を叩いた。
二礼二拍一礼
綺麗な参礼だ。
あまりに綺麗過ぎて見とれてしまった。正しい作法をすると、何故か美しく見えるよね。だからと言って、墓地の前でするものではないが。こういうのが宗教による、文化の差なのだろうか。
――って、そんなことより、
「あ、あああ、あなた――っっ」
「あ゛?」
私に初めて気づいたのか、気だるそうに振り向く彼。
赤い瞳に漆黒の髪。
「「あーーっっ!!!」」
まさしく、数十分前に、夢で出会ったあの青年だった。
てか、私はともかく、何故に彼はこちらを指さすの?
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