裏方と、表方
◇
「ただいま、っと」
レヴィは部屋に入ると、奥にあるベッドに担いできたサタンを寝かせる。
「大丈夫かい? 結構派手にやられたみたいだけど」
そして彼の傍に跪き、心配そうにその顔を覗き込む。
「……問題ない。少し油断しただけだ」
サタンは、目を閉じたままでそれに答える。ぐったりしているが、言葉の通り、命の危険はないのだろう。
「そうか。それなら暫く眠るといいよ。どの道、あれが来るまでにはもう少し掛かるから」
「分かった」
弟の返事を聞いて、レヴィは静かに部屋を後にした。
「レヴィ」
部屋の扉を閉めると、後ろから声を掛けられた。
「アスモか。なんだい?」
振り返ると、アスモが立っていた。心配そうな表情で、レヴィに問いかける。
「サタン、大丈夫なの?」
「問題ないさ。多分、情報を聞き出そうとして手加減したんだよ。外傷も特にないから、明日にはよくなってるはずだよ」
「そう」
返事こそ素っ気無いが、アスモの顔には安堵の表情が浮かんでいた。余程不安だったらしい。
「君こそ怪我してるんだから、明日は安静にしてるんだよ?」
「はーい」
アスモは踵を返して、けれど途中で振り返って、
「レヴィ。私、これからも一緒じゃないと、嫌だからね」
そう言い残して、足早に去っていった。
「……これからも一緒、か。それは彼次第だね」
そんな彼女を見送りながら、レヴィは寂しそうに呟くのだった。
「……レヴィ。私、嫌だよ? 一緒じゃ、ないと」
私、アスモは壁にもたれながら、ぽつりと呟いた。それは殆ど無意識だったけど、それでも、確かに本心だった。
「ううん、レヴィだけじゃない。ベルゼも、サタンも、ベルフェも……ルシフルはどうでもいいけど、誰かが欠けると中途半端だし」
言いながら、ふと向かいの、開かれたドアの奥を見やる。
「―――私たち、六人だけでいい。他の奴らなんて、いらない」
その部屋の中央には金属製のベッドがあり、それを囲むように檻が取り付けてあった。私は部屋に入ると、檻の前までやって来る。
「本当なら、こんな奴、撃ち殺してやるのに……」
ベッドの上には、先程連れられてきた、仁奈とか言う女が寝かせられていた。寝息も感じさせないほどに、深く深く眠っている。
(今は麻酔で眠ってるけど、目が覚めたら……レヴィは、絶対あの子を呼ぶ)
それにこいつは、麻酔と一緒に投与した薬で、真の姿を取り戻しつつある。そうなれば、あの子が受け入れるはずない。それにあれは、見た目こそ私たちと同じだけど、完全に人間だ。私たちの敵である、人間。
(あの子は絶対、私たちを受け入れない。そしたら、あの子が選ぶ道は―――)
私は、そうならないことを切に願う。だって、ずっと一緒じゃないと、嫌だから。
「馬鹿みたい……。もう、終わったみたいなものなのに」
だけど、今更後戻りは出来ない。ううん、私たちは逆らえない。だって、レヴィは―――
「ほんと、馬鹿な兄貴」
ほんとにずるい。私たちが、レヴィに逆らえるわけないのに、それを知っててこんな計画を立てるなんて。
「―――だけど、ここまで来たら、全力を尽くすだけよ」
たとえ、それが間違っていようとも。私には、それしかないのだから。
「……誰?」
ベルフェは、後ろから感じた気配に対して言った。
「俺だよ、ルシフル。そっちはどうかなって思ってさ」
ルシフルは、ベルフェのいる部屋に入ってきた。それを聞いて、彼女は再び手を動かす。
「……順調。……あなたが来るまでは」
「そりゃないだろ」
ベルフェは、巨大な容器から何かを取り出していた。容器には半透明な液体が入っており、似たような容器がこの部屋には沢山置いてある。
「そいつ、初めて見るんだが」
「……当然。……実験用サンプルの残り」
中から出てきたのは、液に塗れた、サッカーボールより少し大きいくらいの物体。
「何でそんなもんを?」
「……蘇生させて、彼らに渡す。……詳しい理由は、レヴィに聞いて」
「つっても、兄貴は何も言わないだろ。まあ、最終的にどうするのかは見当ついてるが」
ベルフェはそれを、隣に置いた水槽に入れる。物体は、水槽に張られた水に浸かって、表面の液が落ちていく。
「……少なくとも、あなたは知らないほうがいい」
「ってことは、お前は知ってるのか?」
「……自分の役目と照らし合わせれば、ある程度分かる」
「ふーん」
そしてそれを洗ったあと、ベルフェは別の容器の蓋を開け、その物体をその中へそっと寝かせる。
「まあいいや。お互い残り少ない時間だけど、精々頑張れ」
「……別に、少なくはない」
何やら、容器の端にあるボタンを操作し始めるベルフェ。しかし、ルシフルは最早、それを見ていない。
「何だよ? お前はうまくいくと思ってるのか?」
「……愚問。……うまくいくと思わないとやってられない」
「ふっ、それもそうか」
ルシフルは静かに部屋を出て行く。残ったベルフェは、容器の中で眠る物体―――赤ん坊を、眺めているのであった。
「おい、起きろ」
「ん~? なぁ~にぃ~?」
その頃、魔緒は未だに眠りこけている七海を起こしていた。しかし、七海はまったく起きる気配を見せない。やがて魔緒は痺れを切らして、彼女の布団を剥ぎに掛かる。
「ひゃっ! ちょっとぉ~、何すんのよぉ~!?」
「楠川が拉致られた」
「えっ!?」
その一言で飛び起きた。……最初からそう言えばよかったのでは?
「ひ、仁奈が拉致られたって、どういうことよ……!?」
「あいつが水を飲みに行ってる間に、奴らの仲間っぽいのが来て、攫っていきやがった」
掴み掛かってくる七海に、魔緒はそう説明した。
「な、何で貴方が守らなかったのよっ!?」
「俺もすぐに急行したんだが、途中で大剣持った奴に妨害されて、しかもそいつにも逃げられた」
「そ、そんな……!」
言い知れぬショックを受けて、硬直する七海。
「今回の件は完全に俺のミスだ。どう詫びても済まされないし、言い訳するつもりもない。だからせめて、あいつを探して連れ戻す」
その場に土下座して詫びる魔緒。七海はそれを見て、呟くように問うた。
「……何か、当てでもあるの?」
「奴らは、後日に楠川と会わせると言ってきた。向こうから何らかの行動を起こすはずだから、それまでは虱潰しに調べるしかないな」
「そう……」
落胆するような声を漏らし、七海は項垂れる。急に妹が連れ去られて、しかも手掛かりなしとなれば、そうなるのも無理ない。
「とにかく、今から探してくる」
「……気をつけてね」
そう言い残して、魔緒は家を出た。七海の、弱々しい声に見送られながら。