気分は一転、楽しいお泊り会
◇
……翌日、学校にて。
「で、何でこんなとこに呼び出したのよ?」
魔緒、仁奈、七海の三人は、学校の給湯室に居た。魔緒が二人を、ここへ呼び出したようだ。その理由を問われて、魔緒は指を立てながら答えた。
「一つ、他の生徒が近寄らないから」
「先生たちは来るでしょ?」
突っ込まれて、指をもう一本立てる。
「二つ、職員室には最近ポットが導入され、ここは用済みになった」
「どこからそんな情報仕入れたの?」
「教師達の会話を盗み聞きした」
いい趣味だな、おい。しかし魔緒は意に介さず、そのまま話を続けた。
「ということで、第一回対策会議を始めるぞ」
「対策も何も、狙われてるの貴方じゃない」
七海が身も蓋もないことを言ってくれる。けれども魔緒は溜息混じり、彼女の否定した。
「忘れたのか? あいつは言っていた。俺だけでなく、俺の身近にいる誰かも狙っていると。それがお前達の可能性は十分にあるだろ」
「何で私たちが狙われるのよ?」
「それも含めての対策会議だ」
給湯室ということで、お茶を淹れて二人に配る魔緒。因みに、湯飲みは彼が用意した。
「てわけで、まず最初の議題は当面の俺らの行動についてだ」
そう言って、魔緒はお茶を啜る。なんだか、のんびりしてるな……。
「もし、奴が言っていた他の誰かとやらがお前達なら、暫くは距離を置かないほうが賢明だ。だが、もし違うのであれば、寧ろ距離を置いたほうがいい。それは分かるな?」
もしもその狙いが姉妹のどちらか、或いはその両方なら、魔緒の近くにいるほうが彼も守りやすい。逆にそうでないなら、無関係な二人は関わらないほうが安全だ。
「故に、まず最初にあいつらとの接点があるか。その辺のことからだな」
「接点も何も、貴方が一番関係ありそうじゃない?」
七海さん、それを言ってしまっていいのか? 確かに、彼と奴らは髪と瞳の色が同じだが。だからといって、魔緒にはそれが手掛かりになり得ないのに。
「……生憎、俺の生い立ちは未だにはっきりしないもんでね」
「あっ……」
俯きながら呟かれたその言葉に、彼から聞いた話を思い出す仁奈。魔緒は捨て子で、陰陽家に拾われたのだと、夏休みにあった逃避行の最中に聞かされていた。
「えっ、そうなの!?」
対して七海はその話を聞いていないので、そうやって驚いてしまうのも無理はない。
「てか、自分にないからお前達に訊いてるんだろうが」
それもそうだ。
「って言われても、私には見覚えすらないんだけど」
「私も」
だけれども、二人は奴らとの関係を即否定。予想通りではあるのだが。
「となると、どうすればいいのやら」
目を伏せ、腕を組んで考える魔緒。しかし、それで妙案が浮かぶことはなく、ただ時間だけが過ぎていく。
「って、もしかして寝てる?」
「寝てない」
言われて、目を開いて答える魔緒。考えるうちに目を閉じていたせいか、寝てしまったと思われたようだ。
「まあ、楠川は寝てるが」
「えっ?」
見れば、仁奈は目を瞑り、首をかくかくと揺らしている。ご丁寧に鼻提灯つきだ。
「いつの間に……?」
「三分前」
というか、よく見てたな。目を閉じていたのに。
「さてと、とりあえずこれからのことだけでも考えないとな」
「それを考えてたんじゃないの?」
「まあそうだが」
何も思いつかなかったのか。身も蓋もないけど。
「とはいえ、もしもの時があると困るからな。出来る限り一緒に居たほうがいいとは思うんだが」
「それならいい考えがあるわよ」
「何だよ?」
「ふっふっふっ、それはね―――」
言いながら、とても不気味な笑みを浮かべる七海。この時彼女が浮かべていた笑みを、魔緒は後に「悪魔の微笑」と呼んだそうな。
◇
「で、何でこうなった?」
時刻は午後九時。魔緒は、目の前にいる双子の少女達に問うていた。
「え? だから「いい考え」よ」
それに答える七海は、寝巻き姿で床に布団を敷いていた。敷布団を敷き、シーツを掛けて、枕と掛け布団を設置していく。
「この状態がか?」
「でも、お泊り会みたいで楽しいじゃん」
そう言う仁奈も寝巻き姿で、姉の作業を手伝っている。今三人がいるのは仁奈の家。何故ここにいるのかと言えば、それは先程の「いい考え」とやらが関係している。早い話が、「一緒にいたほうがいいなら、いっそ仁奈の家に泊まっちゃえ」とのことだ。どうして仁奈の家なのかと聞かれれば、それは彼女が一人暮らし同然の状態で、大人に咎められる心配がないからだ。
「ってか、お前の親は何も言ってないのかよ?」
「親には「友達の家に泊まって試験勉強する」って言ってあるし」
七海は一旦手を止め振り返ると、しれっと返す。
「よく許したな」
「うちの親、勉強って言えば何でも許すから」
だとしても、試験は九月末で、まだ半月以上時間があるのに、不審に思われなかったのだろうか。
「貴方こそ、親の許しは貰ってるんでしょ?」
「いや、飯いらないってメールしただけ」
「そっちこそ大丈夫なの?」
「うちの親は飯が無駄にならなければ文句は言わねえよ」
こっちはこっちで、無責任な気がするが。っていうか、親にちゃんと連絡入れるとか、結構乗り気だな、おい。
「急な提案だったからな。それに、下手なこというと却って面倒だし」
「それはそうかも……」
魔緒の母親を知る仁奈は、その人物像を思い出して苦笑していた。
「ほら、敷き終わったわよ」
話している内に、姉妹は布団を敷き終えたようだ。二組の布団がきちんと並んでいる。
「さ、二人とも。折角敷いたんだから、さっさと寝ちゃいなさいよ」
「「……は?」」
七海の台詞に、魔緒と仁奈が硬直した。
「英語で言うと、「ごーとぅーべっど」ね」
対して七海はにやにやしながら二人の背中を押している。何だ、この世話焼きおばさんは……。
「ああ、なるほどな」
やっと理解できた様子の魔緒。くるりと首を百八十度回転させると、
「お前は、アホかぁーーー!!」
ご近所迷惑になりそうな大音量で、七海に向かって怒鳴るのであった。
◇
「……まったく。魔緒ったら、折角私が二人のためを思ってお膳立てしてあげて、しかも文字通り背中まで押してあげたのに……」
夜中、布団の中で、七海がぶつぶつと呟いている。布団は先程、魔緒と仁奈のために敷いていたものだ。何気に魔緒のことをファーストネームで呼び捨てだが、いい加減フルネームで呼ぶのが面倒になったのだろうか。
「まあまあ、いきなりあんなことされたら、誰だって戸惑うよ」
隣の布団で、仁奈が姉を宥めている。結局、この布団は姉妹で仲良く使うこととなった。
「大体、仁奈はそれでいいの?」
「えっ?」
「だって、魔緒って仁奈のこと、何とも思ってないみたいな感じじゃない」
「そ、そうかな……」
言われると確かに、そんな気がしないでもない。二人でお泊りした時だって何にもなかったし。
「で、でも、それはまおちんがすごく真面目だから、ってことじゃない、かな……?」
「だからって、男としておかしいでしょ? 前に海に行った時も、私たちの水着姿を見てもノーリアクションだったのよ。おかしいじゃない。どうかしてるわよ」
「は、恥ずかしかったとか……?」
「いーえ、あれはそういうのじゃなかったわ。まったく興味がないみたいだった。はっ! もしかして魔緒って、ロリコン、とか……?」
妹の弁護を否定した挙句、とても失礼な仮説を打ち立てた七海。さすがの仁奈も、姉の妄想に呆れ気味だ。
「それはないような気が……」
「いやあるわよ。だって魔緒の部屋に魔法少女物のDVDとかあったし。あれって確か主人公が小学生だから、それ見てきっと幼女に目覚めて……」
「そ、そんなことって……」
とりあえず、その偏見は止したほうがいいとおもう。全国の大きなお友達に謝れ。ロリコンかどうかは個人によるから、一概に決め付けるな。
「それならあの態度も説明がつくし、間違いないわよ。ベッドの下とかPCとかにあれな物とかなかったし。きっと国内で規制が掛かってるから、手元に置いてないのよ」
どんどん話が変な方へ進んでいく。それ以前に、何で魔緒の部屋の物とか、ベッドの下とか、PCの中身とか把握してるんだろうかこの人は。
「何壮大な勘違いしてるんだ?」
すると部屋の外から、魔緒の声が聞こえてきた。今までの話を聞いていて、辛抱出来ずに突っ込んでしまったのだろう。
「勝手に乙女の会話を盗み聞きしないでよ!」
「部屋の外で寝ずの番をしろと言ったのはお前だろ。それに、そんな不名誉な疑惑を払拭しないわけにはいかないしな」
どうやら、本当に全て聞かれていたようだ。っていうか、寝ずの番をさせられているんか……。
「俺のDVDは兄貴からのお下がりだ。間違えて二つ買ったとか、収納スペースが足りないからとかの理由で押し付けられたのばかりだ。お前が言ってんのもそのひとつな。そして、俺は別に思春期男子必須の物品は必要としていない。だからベッドの下にもPCにもやましいものなど全く存在しない。文句あるか?」
「……それって、最早病気か何かじゃないの?」
「ほっとけ。とにかく、俺はガキに興味ないから、その辺は安心しろ」
はてさて、「陰陽魔緒ロリコン疑惑」はどうなるのやら。ちょっと楽しみ。




