表から裏へ堕ちる瞬間
◇
……その後、学校に警察がやって来て、当事者たる魔緒も事情を訊かれた。少女達の風貌が彼と似ていることについても訊かれたが、そこは「知らない」の一点張りであった。事実、何も知らないのだから仕方が無い。
「……」
「……」
「……」
そして、その帰り道にて。魔緒、仁奈、七海の三人は、一緒に家路に着いていた。しかし、彼らの間に会話はなく、重苦しい雰囲気が漂っている。
「あ、あのさ、まおちん」
この空気に耐えかねたのか、仁奈が口を開いた。しかし話題がなく、視線を彷徨わせ、彼の腹部に目を向ける。
「えっと……。傷、大丈夫?」
「ああ。問題ない」
撃たれたということで救急車を呼ぼうかという話にもなったが、傷はもう塞がったと言い張って、頑なに拒否したのだった。実際、即座に魔術を使用したお陰で、傷は完全に治癒していたのだが。
「そう……」
そして、また三人を沈黙が包む。この沈黙を再び破ったのは、魔緒でも、仁奈でも、七海でもなく……。
「よお、色男」
彼らの前に現れた、第三者であった。
「さっさはうちの愚妹達が迷惑掛けたそうじゃねえか」
着ているパーカーのフードで顔を隠した、声からすると恐らく男性。魔緒とほぼ同じ身長で、彼よりも細身の印象を受ける。
「怪我させたみたいだな。すまなかったな」
「……誰だ?」
魔緒は二人を庇うように前へ出ると、魔道書を取り出して問うた。あの後だけに、警戒心剥き出しだ。
「おっと、俺はただ詫びを入れに来ただけだ。やりあおうなんて気は更々ない」
男性は両手を上げ、敵意がないことを示す。すると魔緒は、探りを入れるように口を開いた。
「なら詫びついでに、色々と教えてもらおうじゃねえか」
「いいぜ。ま、俺に話せることにも限度はあるが」
すると男性は、上げた両手でフードの端を掴み、それを取った。
「俺の名はルシフル。一応、久しぶりってことになるのか?」
そこから現れた容貌に、魔緒たちは目を見開いた。白い髪と赤い瞳。魔緒と―――今日現れた二人の少女と同じパーツだった。
「で、何だ? 言っとくが、この目と髪のことについては話せないぜ。俺も細かいことは知らねえんだ。とりあえず、聞きたいことがあるならさっさと聞けよ」
不敵な笑みを浮かべ、ルシフルは魔緒に問いを催促する。コメントの内容に突っ込むべきか少し悩んだが、結局魔緒は質問を優先した。
「ならば一つ目だ。あの二人はお前の妹だと言ったな?」
「ああ」
「今日、俺の前に現れた理由は何だ?」
「ただちょっかいを出したかった。あいつらはそう言ってるぜ」
ちょっかい、というのに、銃撃は含まれるのだろうか。だとしたら、相当物騒な思考回路の持ち主なのかもしれない。
「二つ目だ。お前らの目的は何だ?」
「言ったろ? お前に詫びを入れに来たって」
「違う。お前「ら」だ。お前と、お前の妹達と、他に誰かいるのかは知らんがその全員。お前ら側の目的を聞いている」
それを聞いて、ルシフルは肩を竦めるようにして答える。
「それには答えられねえな。あっと、勘違いすんなよ。これに関しても俺は知らねえんだ」
「自分の目的を知らないだと?」
「俺は全部兄貴に託してるんだ。「兄貴の目的=俺の目的」ってわけだな」
「なるほど。お前達は兄弟で動いているわけか」
「そうなるな。ああそうだ、お前がそれを聞きだせた褒美にもう一つ教えてやろう。俺らは兄弟六人で行動している。残りの二人は俺の姉と弟な」
ルシフルはそれだけ言い残すと、踵を返した。
「おい待て。ただで帰すと思っているのか?」
「いいじゃねえかよ。もう一つ教えてやるから」
魔緒に呼び止められて、ルシフルは振り返ると、もう一言告げる。
「兄貴が狙ってるのはお前一人じゃない。お前の身近にいる奴とだけ言っといてやる」
そして、今度こそ去っていく。魔緒は、そんな彼の背中を見つめるだけだった。
◇
「ったく、面倒なことをしてくれやがって」
魔緒達と別れたルシフル。あの廃病院の地下にて、あの(彼が妹だと言っていた)少女達を見下ろすように立っている。
「だってぇ……」
「ちょっと遊んだだけじゃない」
「だ・か・ら、その「ちょっと」ってのを測り間違えてるんだよお前らは!」
怒鳴るルシフル。しかし少女達は悪びれる様子もない。
「そんなに目くじら立てて怒らなくてもいいじゃない」
「そうそう。怒ってばっかりだと禿げるよ」
「ほっとけ!」
またも怒鳴られるが、やはり二人に反省の色はない。寧ろ、おちょくる気満々だ。
「その辺にしたらどうだい?」
「あっ、レヴィ」
ルシフルの背後から、レビィが現れる。正確には、後方の扉から入ってきたようだ。
「あのな、兄貴。こいつらのせいで、容易に外出できなくなっちまったんだぞ? それを叱るのは当然だろ?」
何故か諭すように言い聞かせているルシフル。しかしレヴィは彼を無視し、二人の少女の元へと歩いていく。
「二人とも、上出来だよ」
「上出来じゃねえ! 寧ろ、事態を引っ掻き回しただけだろ!?」
妹達を褒めるレヴィと、それに全身全霊で突っ込むルシフル。
「えへへ、頑張ったんだよ」
「ま、まあ、私にかかればこんなもんよ」
しかし、妹二人は照れていて、レヴィはそんな二人に微笑んでいて、彼の言葉など届いていない。
「くっ……。何なんだ、このアウェー感は……」
ルシフルはただ、一人取り残されたような気分を味わうだけだった。