邂逅、或いは再会?
◇
……放課後。
「やっと終わったぁ~」
終業のチャイムが鳴ると同時、仁奈は机に突っ伏した。そのまま寝る気だろうか?
「おーい、家帰るまでは寝るんじゃないぞ」
魔緒は、そんな彼女を揺すって起こす。しかし仁奈は起き上がる気配を見せない。
「いいじゃ~ん」
「駄目だっての」
なおも駄々をこねる仁奈を強引に立たせ、一緒に昇降口まで向かう魔緒。なんだか、手の掛かる妹が出来たかのようだ。
「あら二人とも、お揃いで」
途中、七海と合流。実の姉にバトンタッチしようと思った魔緒だったが、即座に首根っこを掴まれてしまった。
「うぅ~」
「相変わらずだらしないわね」
「今日一日ずっとこんな感じだ」
ふらふらと頼りない足取りの仁奈。本当に、どうしたのだろうか?
「この様子だと、家まで送ってやったほうがいいかもな」
「そうね」
そんな感じで、彼ら三人は昇降口まで歩いていった。
◇
……昇降口を出たところで。
「ん?」
魔緒が突然、その歩みを止めた。
「どうしたの?」
それに気づき、七海も足を止める。
「うっ」
その後ろを歩いていた仁奈は、七海の背中にぶつかって止まった。まあ、まともに歩いていなかったので、仕方ないのだろうけど。
「いや、校門のところにな」
「校門?」
問われた魔緒が言う方向へ目を向けてみると、そこには―――
「……あれって」
「ああ」
白髪で赤目の少女が二人、校門の脇で仁王立ちしている。そう、まるで魔緒のような、白い髪と紅の瞳を持った少女たちが。
「知り合いではないはずなんだが……」
「偶然には見えないわよね」
彼女達は、誰かを待っているかのように立ち続けている。その誰かとは、恐らく―――
「ちょっと話してくる」
「……気をつけてね」
少し迷って、結局七海は魔緒に、そう言ったのだった。
「おい」
「あら」
魔緒が声を掛けると、少女たちは待ってましたと言わんばかりに振り返る。
「やっと来たわね。待ってたのよ」
一人は、黒のワンピースに革のブーツを身に纏った少女。長い白髪を二つに結わえ、それと同じくらい目立つ赤い瞳は地味な眼鏡に覆われている。
「そうそう。いつまで経っても来ないから、もう帰っちゃおうかと思ってたんだよ」
もう一人の少女は、Tシャツとハーフパンツに短めの白髪、そして瞳は同じく赤色。その軽装のせいか、とても活発そうに見える。
「お前ら、一体何者だ?」
何もかもすっ飛ばして、単刀直入な問い。それに対して、二人の少女はクスクスと笑った。
「何がおかしい?」
「だって、自分から話し掛けたくせに分かってないんだもん」
「分からないから声を掛けたんだが」
苛立つような魔緒の声に、少女は二人とも、唇の端を微かに吊り上げた。
「それなら、……えいっ!」
「お、おい!?」
そしてそのまま、ツインテールの少女が、魔緒に抱きついた。
「一体何のつ―――」
もりなんだ? という魔緒の台詞は、腹部に当てられた硬い感触に遮られた。
「いいじゃん。折角、久しぶりに会えたんだから」
魔緒の胸の中で顔を上げ、屈託のない笑みを浮かべる少女。だが魔緒には、それがとても不気味に思えてならなかった。
「まだ思い出せない? ま、無理もないか。あの時は私もまだ小さかったし、あなたなんか赤ん坊だったから」
今度は、胸に冷たい感触。何が突きつけられたのかを確かめるために、魔緒は視線を落とした。彼の胸板に押し当てられたのは、黒くて無骨な凶器―――拳銃だった。
「何も分からないまま、ってのも可哀想だから、一つだけヒントを上げる」
魔緒は咄嗟に、魔術を行使しようとした。彼は魔術師だ。派手で大規模な魔術を使うには魔道書の力を必要とするが、目の前の少女を退けるだけならばそれがなくとも問題ない。
「だーめ♪」
しかしそれも、背後に現れた気配に阻まれる。
「下手なことすれば、瞬時にハートブレイクだから」
首筋に、冷たい何かが当てられる。感触からして、これはナイフの類だろうか。
(ハートブレイクじゃなくて、首ちょんぱだろうが……)
FPSっぽく言うと、ヘッドショットが一番近いだろうか。
「私達の髪と目の色。これは「普通」でない証であり、「近い者」の証でもある」
少女はそう言うと、魔緒から離れた。―――彼の胸と腹にそれぞれ、銃を突きつけたまま。
「けどまあ、それがどういう意味か分かる前にあなたは終わるから、無駄なことなんだけどね」
少女が、銃のトリガーを絞る。ゆっくりと、焦らすように。
「折角の再会だったけど、すぐに終わっちゃったわね。残念」
そして呆気なく、トリガーが引かれた。
◆
「何よあれ……?」
少女の一人が魔緒に抱きついたのを見て、七海はこめかみに青筋を浮かべていた。
「こんな公衆の面前で、何考えてるのかしら……。そう思わない?」
「くぅ~……」
仁奈のほうを向いて賛同を求めるが、既に彼女は七海の肩に掴まって寝ていた。
「何でこんな時に寝てるのよ!?」
「くかぁ~……」
七海は仁奈の肩を掴むと、前後に揺すって無理矢理起こそうとするが、仁奈は一向に起きる気配を見せない。
「……なんか、どうでもよくなってきた」
そんな妹を見ていたせいか、七海まで段々と無気力に囚われていったようだ。
「もう、あんな奴ほっといて帰っちゃお」
そして、校門のほうへ足を進めようとした直後、爆発音が辺りに響いた。
「「!!」」
七海は音のしたほうに振り返り、既に寝入っていた仁奈も目を覚ました。
「今のって……」
「な、何……?」
二人の視線は音の発生源―――丁度、校門のほう―――へと向く。その先には……。
「まおちん!?」
「魔緒!?」
魔緒が、崩れるように倒れていく。その姿が、姉妹の瞳に映し出されていたのだった。
「……っ!」
腹部に奔る激痛に、意識を手放しそうになる魔緒。足の力が抜け、体が崩れていく。
「あらら、脆いわね」
頭上から聞こえる少女の声。その蔑みが、魔緒の意識を引き戻した。
魔緒は足に力を込めなおすと、横に飛んで少女達から距離を取る。
「へぇ、まだ動けるんだ。折角、止めを差そうと思ったのに」
「結構やるじゃん」
二人の少女は、それぞれ手にした凶器を魔緒に向けつつ、賞賛とも取れる言葉を口にする。
「くっ……」
対して魔緒は、撃ち抜かれた腹を抑えることしか出来ない。臓器の損傷は軽度のようだが、出血は若干多い。
「でもまあ、私達にはあなたが邪魔なの。だから……消えて」
少女の銃が、魔緒の額に突きつけられる。さすがの魔緒も立っているのがやっとなのか、それを躱す素振りさえ見せない。
銃の引き金が、ゆっくりと引かれていく。それはもう、じれったいくらいにゆっくりと。
「……消えてと言われて」
しかしそれを遮るように、伸びてきた手が銃身を掴む。
「消えてやれるほど、親切じゃねえよ!」
その弾みでトリガーが引かれてしまったが、銃口は既に魔緒から逸らされていたため問題ない。そしてそのまま、魔術起動を開始する。
「射抜け、閃光」
微かな光が瞬いたかと思えば、少女の右肩から紅の何か―――鮮血が噴き出した。魔緒が簡易的な魔術を使い、少女の肩を撃ち抜いたのだ。
「っ!」
肩の傷を押さえながら、少女は飛び退き魔緒との距離を取る。それと入れ替わるように、もう一人の少女が魔緒の前に立ち塞がった。少女は両手に握ったナイフを、魔緒を威嚇するように構えつつ、じりじりと後退していく。
「……ったく、随分と面倒なことをしてくれたもんだ」
見れば、まだ残っていた生徒達が遠巻きに魔緒達を見ていた。中には電話を掛けている者もいるが、警察を呼んでいるのだろうか。
「今日のところは大人しく帰れ。……それとも、今ここで返り討ちにしてやろうか?」
魔緒は左手に魔道書を構えた。彼はこの魔道書があれば、魔術の行使に然したる支障は出ない。
「……そうね。今はまだ、目立ちたくないし。帰りましょ、ベルゼ」
「えー?」
ベルゼと呼ばれた少女は不満そうな顔を浮かべるが、撃たれたほうの少女は構わず彼女を引っ張る。
「またね、マイブラザー」
去り際、少女はそんな言葉を残していった。