希望を確信して……
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ベルフェ。その名前が自身のものだと自覚した頃、彼女はいつも男の傍にいた。彼は常に忙しく、あまり構ってもらえなかったが、それでも一緒にいたかった。それは、彼が父親代わりだったからだろうか。それとも、もっと別の理由からか。ともかく、ベルフェはその男の傍を離れたがらなかった。
彼女にとって、他の家族はいないも同然だった。兄も、弟も、生まれたばかりの妹たちも、ベルフェには赤の他人にしか見えなかった。だから、彼らとは微妙な距離があった。
それでも、彼女にだって思いやりくらいある。大切な父がいなくなり、心にぽっかりと穴が空いたような錯覚に陥ったベルフェ。そんな彼女と、兄弟たちはずっと一緒にいてくれた。面倒見のいい兄、レヴィ。ぶっきらぼうだけど優しいルシフルと、内向きながら兄たちの役に立とうとするサタンの弟たち、男子組み。やんちゃなベルゼと寂しがり屋なアスモという妹二人。そんな家族たちと長いときを過ごしていくうちに、彼女にも、人並みの心が芽生えたのだ。尤も、感情を表に出すことは苦手なままだが。
だから、ベルフェは心配なのだ。―――彼が、真実を知ってしまって。彼は、完全に壊れてしまうのではないかと。
◇◇◇
……奥へと進んだ魔緒は、苦虫を噛み潰したような顔をして、覚束ない足取りで歩いていた。
「……ったく。どいつもこいつも、狂ってやがる」
吐き捨てるようにそう言うと、手にしている魔道書を乱暴に壁に叩きつける。そうやって苛立ちながらも、一歩ずつ、確実に進んでいった。この先にいるはずの、仁奈を助け出すために。
「自殺願望者が、どうして俺や、関係ない奴まで巻き込むんだよ……?」
しかし、先程対峙した少女は、彼女が関係者だと言っていた。そのことを思い出して、余計にむしゃくしゃしてしまう魔緒。今の彼は、何かを考えるだけで腹が立っていた。その原因は、やはり、仁奈のことを考えてしまうからか。或いは、今まで戦ってきた者達の態度を思い出して、そんなことのために彼女は巻き込まれたのかと思うと、やるせない気持ちになるのだろうか。
「……ともかく、さっさと楠川を見つけねぇと」
焦って足が縺れそうになりながらも、魔緒は仁奈の元へ急ぐのだった。
「……?」
少女は、壁のモニターが発する音に釣られて、顔を上げた。モニターには様々な情報が各ウィンドウ毎に表示されているのだが、その一つから赤い警告文が出ていた。特殊な字体で書かれているので内容は分からないが、ただならぬ状況であるのは確かなようだ。
「とうとう、この時が―――」
少女は唇を噛み、レイピアを握る手に力を込める。だが、そんなことをしたところでどうにもならないのは明白だった。
「……やっぱり、やるしかない」
その決意は、彼女の本心なのか、否か。それを知る者は、この世のどこにもいないのだろう。
◇
……どれだけ進んだだろうか。色々なことがありすぎて、魔緒にはもう時間感覚がなくなっていた。時計をみるのすら億劫で、ただ奥を目指すのみ。
アスモの情報では、この先にはまだもう一人―――マモンツーというのがいるらしい。つまり、そのもう一人と戦わなければならないのだろう。肉体的、精神的な疲労の溜まった魔緒にとって、それはとても辛いことだろうが、それでも彼は足を止めない。