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愛ゆえに


  ◆◆◆



「レヴィ~」

 私たちの住処、つまり廃病院に帰ってきたレヴィに、私は全速力で駆け寄った。とはいっても、このときの私はまだ小さいから、大した速度もない。

「はいはい、アスモはいつも元気だね」

 そんな私に、いつも笑顔を向けてくれるレヴィ。レヴィは私の兄で、かけがえのない、大好きで大切な家族だった。

「あぁ~! アスモ、またレヴィといっしょだぁ~! ずーるーいー!」

 私に遅れて、ベルゼが頬を膨らまして抗議しながらやって来た。多分、私がレヴィを出迎えたことに嫉妬しているのだろう。何せ、彼女もレヴィが大好きだから。

「こらこら二人とも、喧嘩しないの」

 そんな私たちをレヴィが仲裁する。彼が帰ってくると、大概こんな感じになっていた。

「まったく。アスモも、ベルゼも、同い年なんだから少しは仲良くしなさい」

 この頃のレヴィは、私たちにとって、兄であり、父であり、母でもあった。だから、大好きで当たり前。でもそれは、姉妹のベルゼも同じことで。

「「はーい」」

 だけれども。たとえ、レヴィを取り合ったとしても。レヴィの言いつけとは関係なく、ベルゼのことも好きだった。ううん、それだけじゃない。いつも無口なベルフェやサタンも、生意気でいつも喧嘩ばかりのルシフルも、私は大好きだった。みんな、大切な家族だった。だから―――



  ◇◇◇



「……お前、何してんだ?」

 魔緒の声が、ホールにとてもよく響いた。そのくらい、ここは静まり返っていたのだ。

「……さあ、何かしらね」

 答えるアスモは、右手に残っていた銃を落とす。続けて、それが地面にぶつかる音も辺りに響いた。それらはまるで、穏やかな水面に石が投じられて出来た波紋のように思える。では、その静寂は、何故齎されたのか。―――その答えは、至極簡単であった。

「敵は殺せない癖に、仲間を殺しちゃった、とか……?」

 彼らの傍らに横たわるのは、もう一人の少女―――ベルゼだ。しかし、彼女は口を開くのはおろか、目を開けることさえしない。いや、出来ないのだ。……何せ、既に絶命しているのだから。

「そうよ、馬鹿で滑稽なの、私。笑っても、いいわよ……?」

 壊れたラジオのように、ほつりほつりと言葉を漏らすアスモ。軒先から落ちる雨垂れのように、一言ずつ呟いていく。そんな彼女に、魔緒は、声を震わせながら問いかけた。

「そんなに……そんなに、兄貴の後追いがしたかったのか?」

「……そうね。案外、その通りかもしれないわ」

 随分と憔悴しきった様子のアスモ。ぺたりと座り込んで、まるで物乞いみたいな目で、魔緒を見上げてくる。

「それと、ベルゼも……あの子も、一緒が良かったのかしらね、きっと。我ながら、何考えてるか、分かったもんじゃないわ」

 その表情も、言葉も、ただ一つを伝えようとしている。そう、「早く、私を殺せ」と。

「さて、と……いい加減楽にしてくれないかしら? 勿論、ただとは言わないわ。あなたが欲している情報、少しだけなら教えてあげる」

「情報?」

 怪訝な表情の魔緒に、アスモは小さく頷いた。

「この先にいるのは、二人。一人はベルフェ。あなたも一度会ってるでしょ? ―――そしてもう一人。私たちが、「マモンツー」って呼んでる子よ」

「マモン、ツー……?」

 マモン、というのは、レヴィが口にしていた名前だ。確か、彼ら兄弟の中で最後に作られた者。でもそれは、魔緒のことではなかったのか……?

「マモンはね、試作品が三体作られたの。うち一体は失敗作で、あとの二体は、どちらを「マモン」にするか決めるために、実験台となったのよ」

 つまりは、その試作品のうち、二人目のほうが「マモンツー」なのか……?

「でも、私たちを作った人は、その実験中に死んだの。そのお陰で、「マモン」の所在は私たちも把握できなかった。それが最近、やっとどこにいるのか分かって、それでレヴィがこの計画を立てたの。でもあの子、自分が「マモン」だって分かったら、なんかとってもショックを受けてたわ。理由は大体、想像できてるんだけどね」

 そこで一息吐いて、更にアスモは続けた。

「……あの子は、あなた達の常識に囚われすぎてしまったのよ。私、あの子のことはこの世で一、二を争うほど嫌いだけど、私と似てるから分かるの。……でも、あの子は人間の常識を持ってるから、悩んで苦しむしかないの。―――だから、気をつけなさい。今のあの子は、はっきり言って私たちよりよっほど危険よ。自棄になって、何しでかすか分かったもんじゃないから」

 もうあんたも十分自棄なってるし、何しでかすか分からない奴だ。魔緒もそう思ったのか、彼女の言葉について特に言及することもなく、手元の魔道書を開いた。

「遺言はそれだけか?」

「……ええ。後は一思いに殺して頂戴。出来れば、スパッと瞬殺。斬首とか一番ね」

「そいつは無理かもな」

 その言葉に続いて、魔術解放、という声が聞こえてきた。魔緒の前で光の矢が形成されていき、ほんの数秒で射出可能な状態になる。

「射抜け、閃光」

 その矢が、アスモの脇腹を貫いた。正面から背に抜けて、そのまま地面にまで突き刺さった。そしてそれは光の粒に分解されて、そのまま虚空へ消えていく。

「……っ」

 アスモが、体のバランスを崩して、うつ伏せに倒れ込む。当然まだ生きているだろうが、苦痛のためか、意識は飛びかけているのかもしれない。

「―――とりあえず、自分の人生でも振り返りながら、ゆっくりとくたばれ」

 魔緒はそう言い残すと、魔道書を閉じ、奥の扉からホールを出て行った。



(……ったく、中途半端ね)

 薄れ行く意識の中、アスモはそんな風にぼやいていた。腹の傷口からは、温かい血液が結構なペースで漏れ出してくる。傷口だけでなく体の中も熱を帯びているような感覚から、まるで熱にうなされているみたいと、ぼんやり思う。

(でも、最後は結局手にかけるのね……)

 でも、それでいい、と彼女は思った。それで、レヴィの計画は完成する。彼女自身は反対だったけど、それでもやっぱり、うまくいってほしかった。……彼が、レヴィが命懸けで実行したのだから。

(もうこれで、私の役目は終わりね)

 レヴィにとって、この辺りは完全な嫌がらせだ。魔緒を、精神的に追い詰めるためだけの過程プロセスでしかない。自分を殺させ、妹たちを殺させ―――最後に、絶望を与えるための。一筋の希望さえ、無に還すための、工程だ。

(でも、さすがに―――ベルゼを手にかけるのは辛かったわ)

 あの一撃は、本来なら魔緒に対して放つはずだった。事前の打ち合わせではそういうことになっていた。けれどそうしなかったのは、自分も後を追うため。そして、せめて大切な彼女だけは、自分の手で葬りたいと思ったから。

(あの子も分かってただろうけど……それでも、やっぱり辛いわ。だって、あの子も反対派だったんだし)

 年が一番近いベルゼとは、最も長い時を一緒に過ごしたのだ。だからなのか、彼女もアスモと同意見だった。最初は兄の計画に反対し、けど最終的には加担した。そして、あの土壇場で命を散らしたのだ。そして自分も、それに倣おうとしている。

 という風に感傷へ浸っていると、何者かが近づいてくる気配がした。

(何……? まさか、あいつが戻ってきたの……? それとも、ベルフェ……? ううん、そんなはずない。あいつが計画を放り出してこんなとこまで来るわけがない……)

 その疑問を晴らすべく、閉じていた瞼をどうにか持ち上げる。すると、ぼんやりとした視界の中に、気配の正体が映し出された。

(ベル、ゼ……?)

 顔のパーツどころか、輪郭さえも朧ろげだが、見間違えることはなかった。何せ、誰よりも長く―――それこそ、この世で一番大好きな人よりも長くの時間を、共に過ごしたのだから。

(そんなわけ、ないわよ……だって、あの子は、私が―――)

 アスモは地面にうつ伏せの状態だ。顔は横を向いているが、ベルゼのいる方向ではない。故に、この姿は彼女ではない。だがそれと同時に、他の誰かでもない。もし他の誰かなら、そいつは地面に立っているはずで、伏せているアスモに顔が見えるはずがない。だからアスモは、この光景を幻覚だと結論付けた。

(まったく、幻覚使いが幻覚見るって、とんだ笑い話ね……)

 一応、ベルゼにも似たような能力はあったが、今回の戦いでは発揮されていない。それに、彼女はもう死んでいるのだ。いや、仮に生きていたとしても、こんな能力を行使する余力も意味もないはず。だからこれは、完全に幻想。アスモの見ている、夢なのだ。

(でも、最期にあの子の顔が見れたのは、よかったのかもしれない……)

 たとえ幻覚でも、たとえ鮮明でなくても、それだけで、アスモには十分だったのかもしれない。

 そしてぷっつりと、アスモの意識は途絶えた。

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