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第二幕

 ……魔緒が進んだ先には、小さなホールがあった。小さい、と言っても、学校の教室ほどの広さはある。ただ、ドーム状なのに天井が若干低く、照明も暗いので、若干窮屈に感じられるのだ。魔緒は扉を開けて、慎重にそのホールに入ってきた。一見したところ、中に人の気配はない。魔緒は扉を閉めると、ゆっくりとした足取りで奥へ進んでいく。

「……誰かいるのか?」

 ホールの中央まで進んだ辺りで、魔緒は何者かの気配に気づいた。その視線は、ホールの反対側にある扉に向けられている。

「―――さすが、って感じかしら?」

 扉が開き、少女が一人、ゆっくりとホールに入ってきた。白いツインテールを揺らす眼鏡っ娘、アスモだ。

「本当は、気づかずそのまま扉を開けて、外に出た瞬間に殺っちゃうつもりだったんだけど」

 両手にそれぞれ拳銃を携え、険しい表情を浮かべる彼女は、ブーツを床に叩きつけながら、魔緒に近づいていく。

「そんなに足音響かせてたら、小学生でも分かるっての」

「ふ~ん」

 アスモは足をぴたりと止め、両手に握った二丁の銃を、徐に魔緒へ向けてきた。そして、安全装置を解除すると、こう続ける。

「とりあえず、さっさと死になさいよ」

 直後、鳴り響く銃声。無論、それを予測していた魔緒は、「アスモがいる方向」に向けて、防御用の魔術を密かに発動していた。そう、「アスモがいる方向」に。

「がっ……!」

 だから、彼女が放った銃弾が、魔緒の右腕を貫通することなど、有り得ないはずだった。しかし、彼の右腕からは、鮮血が溢れるように出てきている。それは言うまでもなく、銃撃によるものだった。

「あ、間違えて腕撃っちゃった。ほんとなら頭を撃つはずだったのに」

 その証拠に、アスモが握る銃のうち、左のほうから硝煙が漂っていた。

「でもまあ、いっか。どうせ、次撃てば死ぬし」

 そしてそのアスモはといえば、人を撃ったにも拘らず、そんなあっけらかんとした態度だった。

「じゃあね、あの世で会いましょう」

 再び銃声。今度は、魔緒の左太ももを凶弾が抉る。あまりの激痛に、彼は思わず膝を突いた。

「あらら、また間違えちゃった。どうも、下に狙いすぎちゃうみたいなのよね、私」

 おちょくっているとしか思えないアスモの台詞。しかし魔緒は、痛みのためか、いつものように突っ込むことさえ出来ないでいた。

「……怖い?」

 それを見て、アスモの声が、ちょっとだけ低くなった。

「答えなさいよ。今にも殺されそうになって、怖いかって聞いてるの」

 それの言葉は、魔緒を責めるかのように紡がれていく。

「―――自分が、散々他人にしてきたことを味わって、それでどうか聞いてるのよ。答えなさいよ」

 声に、少しずつだが感情が篭ってきた。それは、怒りとか、憎しみとか、そういう類のもの。どす黒い、負の感情だ。

「……レヴィも、あんたに殺されて、そんな気持ちになったと思うわ。レヴィは死にたがってたけど、最後は絶対に後悔していたはずよ。―――でも、あんたはレヴィを殺した。だから、私はあんたを、絶対に許さない」

 早い話が、兄を殺されて、それで怒り狂っているのだろう。だから、目一杯いたぶってから、嬲り殺しにするつもりなのだろうか。

「……けっ、よく言うぜ」

 魔緒はどうにか顔を上げ、開くのも辛い口を開けて、そう返した。

「何よ? どうせ、あんたはこう言いたいんでしょ? 「自分から殺されるように仕組んでおいて、それはない」って」

 その通りだったので、魔緒は静かに頷いた。対するアスモは、鼻を鳴らして、天井を仰ぐように顔を上げながら、続けた。

「ふん……確かに、レヴィは死にたがってたわよ。―――でもね、レヴィは絶望していたのよ、この生活に。日の当たらない地下で息を潜め、食料や衣服を盗んで、人の目を忍んで生きる。そんな生活に嫌気が差していたのよ。だから、レヴィは二つの未来を描いた。一つは、散らばった弟妹きょうだいを集めて、人間社会を乗っ取る。私たちが作られた理由の通りにね。……そして、それが叶わなかったときは、兄弟諸共、朽ち果てる。だって、私たちはイレギュラーな存在だもの。あなたみたいに、家族や、友達や、社会的身分なんて、ないんだから。滅ぶか滅ぼすかの二者択一だったの。―――そして、あんたは滅ぶほうを選んだの。私たちを滅ぼして、自分だけ、のうのうと生きる道をね」

 なんか色々と喋って、またもや魔緒に銃を向けるアスモ。しかし、その瞳には生気がなく、まるで彼のことなど見えていないかのようだった。

「……そうかよ」

 魔緒は頭を垂れて、静かに首を振った。それは諦念からか、はたまた彼らへの同情からか。

「そんなら、そうさせてもらうぜ」

 と思えば、魔緒は突然立ち上がった。太ももを撃たれて体勢を崩したはずだが、治ったのか、それとも単なるブラフだったのか。

 アスモの拳銃と魔緒の視線が、一瞬の間だけ交錯する。そう、一瞬だけ。次の瞬間には、アスモの銃が火を吹き、魔緒は光の矢を形成を開始していた。

「くっ……!」

 弾丸が魔緒の側頭部を掠め、白髪を数本散らしていく。しかし同時に、魔緒は矢の発射準備を終えていた。

「射抜け―――」

 故に、矢はアスモに向けて放たれるはずであった。

「閃光!」

 しかし、光の矢は彼女と正反対のほうへ飛んでいく。魔緒の体を横切り、彼の背後にある虚空へ突き刺さった。

「がっ……!」

 にも関わらず、何故かアスモの肩から、鮮やかな血が噴き出した。その衝撃故か、口からも血を垂らしている。

「……やだ、ばれちゃったわけ?」

 アスモは吐血しながらも、驚きを隠せない様子でそう口にする。追い詰められているような印象を受ける口調だが、表情は笑顔だった。

「さすがに、こっちが見てるお前の姿と、弾丸の飛んでくる方向が一致しなければ気づくだろ」

 対して魔緒は、弾が掠めた側頭部を摩りながら言った。手についた血を見て出血量を確かめていたが、大したことはないと判断すると、何故か後ろを振り返る。

「お前の能力は大方、相手に幻覚を見せるってとこか? そのせいで、お前の姿と弾丸の方向が一致していなかった。前から撃たれたはずなのに、弾丸は腕を、後ろから貫通してたし。さっきの銃撃も後ろからだった。そうなったらもう、視覚は信用できないからな。弾の飛んでくる方向を頼りに、あの矢を放ったんだ」

 なるほど。それでさっきから、魔緒はアスモの銃撃を防げなくなっていたのか。防御の魔術も盾のようなもの。敵のほうに向けていない盾など、ただの飾りだ。

 すると突然、アスモの姿が魔緒の前方に移った。彼が種明かしをしたために、能力が解いたのだろうか。

「さてと、とりあえずいくつか、お前に聞きたいことがある」

「……ふぅん? 今すぐ私を殺さないの? 女が相手だと殺しづらい?」

 そう切り出した魔緒に、アスモはとても意外そうな声で問いかけた。それをどう受け取ったのか、魔緒は自分の疑問を彼女にぶつけてみる。

「……やっぱりお前、死にたいのか?」

「……っ!」

 そう言われて、彼女は言葉を詰まらせた。魔緒はそれを肯定と受け取ったようで、話を続行した。

「なるほどな。散々殺すって言ってた割りに、銃弾は全部急所を外してる。さっきの頭への銃撃も、掠るのを狙ったような感じだったし。……ほんと、兄妹揃って自殺願望かよ」

 つまりアスモは、魔緒に殺して欲しくて、態々挑発するような態度をとっていたのだろうか? それなら確かに、魔緒に止めを刺せなかった(刺さなかった)ことも辻褄が合う。

「で? お前も、殺してくれないと通さないとかほざくのか?」

 レヴィと対峙した際、彼も自分を殺すように言っていた。そうしないと先へは進めないから、と。もし今回もそうなら―――魔緒は、アスモを殺さなければならなくなる。

「……そうね、そうかもしれないわ。―――けど、あんまり関係ないわよ?」

 もう諦めたのか、アスモは左手の銃を、宙に放った。そして天井を仰ぎ、呟く。

「……今よ、ベルゼ」

 その言葉に応えるように、ドーム状の天井、その天辺に、小さな穴が開いた。それと同時に、その穴から、零れるように何かが―――少女が一人、落ちてきた。両手にナイフを構える彼女は、恐らくベルゼだ。

「……!?」

 その真下にいた魔緒は、突然のことに回避が出来ず、咄嗟に左手の魔道書を頭上に持ってきて防ごうとした。ベルゼのナイフが彼の魔道書に直撃する。魔緒は体勢を崩しそうになりながらも、何とかその衝撃に耐えていた。

「っ……!」

 しかし健闘も虚しく、左足がもつれてしまった。先程撃たれた時の痛みがまだ引いていなかったのか、ともかく、それによって体が左へ傾きだす。

「……!?」

 そんな中、魔緒の耳に、爆音が聞こえてきた。―――そう、それは。アスモがまだ持っていた、右手の拳銃。その引き金が、引かれたことによる音。

 直後、鮮やかな血が飛び散り、

 どさりと、体が崩れ倒れ込む音が響いた。

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