悲劇の連鎖
「……ははっ」
残されたレヴィは、一人、乾いた笑い声を上げた。
「……精々、後悔するといいさ。その先にある、真実に打ち砕かれてね」
そこまで呟いて、またも咳き込んだ。吐いた血の量は、先程よりもずっと多い。
「……さてと、そろそろ僕も弟たちのとこへ行くとしようか。そして、待ってるよ―――愛しのマイ・シスターズ」
やがて、力尽きたかのように、彼は動かなくなってしまった。
……魔似耶は、薄暗い通路を進んでいた。
「はぁ、はぁ、はぁ……さすがに、きついのにゃ」
赤く染まった脇腹を押さえ、苦悶の表情を浮かべつつ、よたよたと歩いている。先程の戦いで負傷した、右脇からの出血が、想像以上に酷いのだ。
「はぁ、はぁ……魔術、解放」
彼女は仕方なく、立ち止まって、魔道書を開く。
「神に捧ぐ、聖女の言の葉。血肉を清め、その身を穢す。尊べ聖女」
詠唱が終わると同時に、魔道書から淡い光が溢れ、それが傷口に吸い込まれていく。それによって、魔似耶の表情も若干和らいだ。どうやら、魔術によって傷を塞いだらしい。
「……にゃ。ちょっと、これ以上はしんどいのにゃ」
そしてその場にへたり込むと、再び魔道書を開いた。
「魔緒……バトン、タッチにゃ」
すると、魔似耶の体を光が包み込み、それが消えたときには、既に魔緒に戻っていた。
「ったく、大分無茶してくれたみたいだな、……っと」
魔緒は立ち上がろうとするものの、すぐによろけてしまう。傷口を塞いだものの、血を失ったために貧血気味なのだろう。
「けど、仕方ねえな……」
それでも、休むことなく進んでいく。ただ、仁奈を助けるためだけに。
……通路の奥に差しかかると、そこは行き止まりであった。
「……ここまで一本道だったから、迷ったってことはないはずなんだが」
とはいえ、目の前にあるのは壁だけ。何か装置がついているわけでもなく、変わった仕掛けのある様子もない。精々、照明である蛍光灯くらいか。もしかしたら、レヴィの言っていた扉なのかもと思ったが、彼は指紋と暗証番号で開けるとも話していたので、多分違う。
「壁の向こうに空間があれば破れるが……ここは地下だしな」
もし間違って柱などを壊してしまえば、この空間を支えるものがなくなり、最悪、この地下室が潰れるかもしれない。
そうやって悩んでいると、ふと、視界の端に、四角い何かが映った。
「あ……」
よく見ればそれは、3×3マスに区切られたパネルだった。それらには、1から9の数字が書かれている。これが扉を開く装置なのだろう。それが、行き止まりの左側の壁に取り付けてある。薄暗くて見落としたのか?
「……とりあえず、これで開けるみたいだな」
とはいえ、これを操作するにはレヴィの指紋が必要らしい。さて、どうしたものか。
「魔術解放」
すると魔緒は魔道書を開き、詠唱を始めた。
「天駆ける幻獣の如く、その息吹を纏え。駆けよ雷光」
そして右手を装置に向けると、小さな雷が手先から飛び出し、装置に吸い込まれていく。そのまま待つこと数秒で、前方の壁が動き出した。
「よし、動いたみたいだな」
どうやら、制御装置を狂わせたことで、安全装置が作動したらしい。壁がみるみる沈んで行き、新たな通路が姿を現した。
「念のため、二度と閉じないようにぶっ壊しておくか」
魔緒は装置にもう一度電流を流し、今度は仕掛けを完全に破壊した。それを確認した後、彼は一度魔道書を開いてから、通路の奥へと進んでいった。
「……扉、突破された」
ベルフェが、壁に貼り付けられたモニターを眺めながら呟いた。モニターにはフロアマップが表示されていて、その一画が赤く塗りつぶされていた。察するに、先程まで魔緒がいた辺りだろうか。
「レヴィは……!?」
アスモがそれに素早く反応する。そして飛びつくようにモニターの前まで来ると、その端にある小さなウィンドウの一つに目を向けた。そこには黒の枠線で区切られた表があり、一番左には一から七までの数字が、右側には三桁の数値が表示されていた。そしてその右上三つには、全て「000」と表示されている。
「……生体反応なし。……レヴィたち、死んだ」
その表示を見て、アスモが理解し始めた現実を、ベルフェがはっきり口にした。どうやら、この表示はレヴィたちの死を示したようだ。
「……」
アスモは暫し硬直していたが、やがて我に返ると、部屋の隅に佇んでいる少女―――マモンツーの元へつかつかと歩いていき、突然その胸倉を掴む。
「……黙ってないで、何か言いなさいよ」
彼女の口から出てきたのは、女の子とは思えないほど低音で紡がれた、そんな言葉だった。
「……」
しかし、マモンツーは黙りこくっている。そんな彼女の様子に痺れを切らしたのか、アスモはマモンツーを乱暴に下ろすと、ホルスターから拳銃を片方取り出し、マモンツーに向けた。
「……レヴィたちを殺したの、あんたの片割れでしょ? 何か言いなさいよ。―――後から沸いた、出来損ないが」
銃を向けれてもなお、マモンツーは一言も声を発することはない。その様子にアスモは諦めたのか、銃を下ろして、部屋の出口のほうへ歩いていく。
「―――私とベルゼで行くわ。レヴィの仇、討って来る」
途中でそう言い残して、彼女はどこかへと行ってしまった。
「ベルゼ、行くわよ」
アスモは、彼らが食堂として利用している部屋に入ってくるなり、そこにいたベルゼにそう呼びかけた。
「……アスモ」
対してベルゼは、アンパンを食べる手を止めて、不安げに呟いた。しかしアスモは、まるで聞こえていないとでも言わんばかりに催促してくる。
「早くして、ベルゼ」
それでも動こうとしないベルゼに、アスモは焦るでも、苛々するでもなく、ただ無言で促してくるのみ。
「……ふぅ」
やがてベルゼは根負けしたかのように溜息を吐くと、残っていたパンを平らげて、こう言った。
「その前に、ちょっとは作戦を練っておこうよ」
「作戦?」
「うん。多分、アスモの考えてる通りに進めようと思ったら、そのほうが効率的だよ」
まるで彼女の思考を察しているかのような口振りに、アスモは、何と言葉を紡げばいいのか分からなくて、俯いてしまう。
「大丈夫だよ、アスモ」
しかしベルゼは、そんなアスモの心情すら見透かすように、続ける。
「私は、ずっとアスモと一緒だから。……例え、地獄に落ちても」
そして、彼女の肩にそっと触れ、ゆっくりと抱き寄せる。
「私たち、姉妹じゃない。―――だから、ずっと一緒だよ」
「……ありがと」
姉妹はそのまま、暫しの間抱き合っていた。―――自らを、地獄に落とす計画を練るために。