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絶望と希望の擦れ違い

《……報告は以上》

「うん、ご苦労様」

 その頃、別の場所にて。入ってきた通信にそう答えて、レヴィは手にした通信機の電源を落とす。

「ベルフェの奴、なんて?」

「うん。計画通り、ちゃんと「家族ごっこ」をやってるみたいだ」

 隣にいたアスモがレヴィに問いかけた。レヴィは爽やかな笑みを浮かべると、それに答えた。

「……ねえ、レヴィ」

「なんだい?」

 アスモは俯きながら、もう一度問いかける。

「私たち、いつまでも一緒、だよね……?」

「それは……彼次第だね。彼が僕らと共にあるなら、僕らはずっと一緒にいられる。けど僕は―――彼は、僕らと決別すると思うよ。だって、彼にとって大切な「あの子」に、真実を教えたんだから」

 しかし、返ってきた答えは、彼女が期待したものとはかけ離れていた。

「もしそうなったら、君は、地獄の底までついてきてくれるかい?」

 逆にレヴィに問われて。アスモはただ、

「……うん」

 そんな不本意な答えを返すしかなかった。



「なんだ、もう起きてたのか」

 ルシフルは、小部屋の中央で膝を抱える少女に声をかけた。その長い白髪を頭の右側で束ねた少女は、その赤い瞳の先を虚空に彷徨わせている。

「……」

 しかし少女は、その問いに答える素振りを見せない。

「おいおい、これから一緒に一仕事するだから、もう少し友好的に接してくれよ」

 ルシフルは大仰な動作で肩を竦めるが、少女はやはり無言のままだ。

「……ったく。そりゃ突然こんなことになれば、確かに受け入れられんだろうさ。けどよ、もうそれしかないだろ? あいつが俺らと来れば、お前はあいつと一緒にいられる。でも、あいつが俺らを拒絶すれば、それはお前を拒絶したことにもなるんだ。そうなれば、俺らはただ破滅するだけさ」

 少女は別に、ルシフルを無視しているわけではない。ただ、自己の思考に身を委ねているだけだ。

(私は、もう、彼とは―――)

 その思考があまりに絶望的で、他のことが頭に入らない。そう、所謂放心状態なのだ。

(だって、私は、彼の……)

 失ってから気づくもの。それは、ただそれそのものを失うだけではない。例えば、いつでも買えると思って後回しにして、突然市場に出回らなくなったゲーム。いつでも食べれると放置して、後で見てみたら腐っていた高いお菓子。「いつでも」が突然終わることでも、気づかされることもある。

(もう、私は、彼とは……絶対に、)

 ゲームやお菓子くらいならいい。だが、それが大切な人なら。それも、知りたくもなかった真実を知って。それで、正気を保てるだろうか。

(結ばれることは、ない―――)

 無理心中をする人の心理状態とはこんな感じなのだろうかと、思わざるを得なかった。



  ◇



 ……翌朝。


「おはようさん」

 魔緒は、寝室(つまり仁奈の自室)から出てきた七海に言った。

「おはようさん、じゃないわよ……」

 しかし七海は寝起きのせいなのか、非常にぐったりしている。

「どうしたんだよ?」

「まさか、夜泣きがここまで大変だったとは……」

 なるほど、赤ん坊の夜泣きで疲れたのか。酷いときは一晩中泣いていることもあったりなかったり……。

「だから俺が面倒見るって言ったのに」

「馬鹿にしないで頂戴。私にだって、このくらい出来るわよ」

「目の下に隈を作って言っても説得力皆無だけどな」

 確かに、七海の顔には隈がしっかりと出来ていた。あまりに大変で、全然寝られなかったのだろう。

「うぅ~……とにかく、ご飯にしましょう」

「了解した」

 ここでの食事当番は、何故か魔緒になっていた。まあ、家主が不在で他に料理の出来る者が彼しかいないのだから、当然と言えばそれまでだが。



 軽く朝食(ご飯と和布の味噌汁と出汁巻き卵)を摂った二人は、またも赤ん坊の世話に追われていた。

「何でまた泣き出すのよっ!?」

「叫ばずあやせばいいだろ」

 まあ、悪戦苦闘しているが。主に七海が。

「ほーら、猫じゃらしだぞー」

 魔緒が猫じゃらしを眼前に持ってくると、赤子は急に泣き止んで笑い出した。……猫か。

「何で猫じゃらしが……?」

「なんとなく」

 なんとなくで猫じゃらしを用意できる男、それが陰陽魔緒。

「子育てスキルあり過ぎだし……」

「これくらい普通だろ?」

 子育ても出来る男、それが陰陽魔緒。

「家事万能で子育て出来たら女の私の立つ瀬がないわ……」

「別に、女が家事や子育てを全部やる必要はないと思うが」

 古くから押し付けられてきた女性の役割を全部代わりに引き受けられる男、それが陰陽魔緒。って、何の宣伝文句だよ?

「寝れてないんだろ? 俺が面倒見とくから、少し寝とけ」

「……お言葉に甘えるわ」

 とまあ、七海が退場したので、ふざけるのもここまでにしよう。



「まったく、こんな可愛い子供の世話くらい、寧ろ楽しいと思わないのかあいつは?」

 七海が去った後で、魔緒は呟きながら赤子を抱いていた。赤子は彼の腕の中ですやすやと眠っている。そんな様子を眺めながら、魔緒は珍しく無邪気に微笑んでいた。だがそれは、すぐに真剣な表情へと変わる。

(もしも、これがあいつらの仕業なら……一体何が目的なんだ?)

 彼はずっと、それが気になっていた。もしこの赤子が件の彼らによって齎されたのであれば、その真意は何なのだろうか。まさか、プレゼントというわけでもあるまい。

(楠川の安否も分からんし……一体、何を企んでいるのやら)

 一応、送られたメールには返信したが、反応は未だになかった。完全に後手後手に回っているこの状況は、彼にとっても好ましくない。

(それに「家族ごっこ」って言葉も気になる……。楠川は返さないから清田と仲良く諦めろって意味なのか?)

 だとしても、魔緒が諦めたりはしないだろうが。

「ま、こっちは連絡を待つしかないんだが」

 たとえ、もどかしくて癪に障るとしても、それしか手立てがないのだから。



 ……その頃、地下に潜む者達は。

「さてと、これで準備万端だね」

 レヴィは手にしたサーベルを眺めて、そう言った。

「サタンも無事復活して、新しい仲間も出来た。これで後は、彼が仲間になれば完璧だね」

 この場にいる者の表情はまちまちだ。一人は、これから起こることに期待するかのようで。一人は、反対に不安を覚えるようで。一人は特に思うこともなさそうで、一人はただ流れに身を任せるようで。一人はただ静かに、一人はそわそわと浮き足立っている。そして一人は、まだどこか迷いがあるようで。

「ああ君も、その武器は馴染んだかい?」

 レヴィが声を掛けたのは、真っ白な髪を右側で束ねた少女だった。彼女は真新しいレイピアを手にして、壁にもたれかかっている。

「……」

 しかし少女は、それに答えない。

「ちょっと、レヴィが聞いてるんだから答えなさいよ」

 アスモが突っかかるが、それも無視。というか、聞こえているのかすら怪しい。

「まあまあ。それより、君の呼び名を決めないと」

 レヴィは顎に手を当てて、暫し考える。

「やっぱり、マモンの二号だからマモンツーでいいよね?」

「……何でもいい」

 そんな適当な名前をつけられて、少女はやっと、その重い口を開いたのだった。



  ◇



 ……正午頃。


「……お腹、空いた」

 七海が、墓穴から這い出た死者の如く戻ってきた。

「飯なら出来てるぞ。食うか?」

「食べる」

 問いかける魔緒に即答して、食卓に着く七海。魔緒は茶碗一杯にご飯をよそうと、七海の前に置いてやった。

「いただきます」

 七海は手を合わせると、死に物狂いで用意された料理に食らいついた。まるで、十年振りに食事をしたかのようだ。

「慌てて食うと喉に詰まるぞ」

 魔緒の言葉に反応する間もないくらい、七海の勢いは凄まじかった。何せ、魔緒が用意した食事(米飯二杯、味噌汁三杯、蟹玉一皿分、冷凍餃子十個)を、ものの数分で平らげたのだから。

「ふぅ……ご馳走様」

「ああ、お粗末様」

 謙譲表現のはずなのだが、本当に粗末に見えるから恐ろしい。

「それで、あの子は?」

「そこで寝てる」

 魔緒の指差す先には、毛布を掛けられぐっすり眠る赤ん坊の姿があった。あの食事(虐殺)の最中でも、全然目を覚まさなかったらしい。

「それにしても、この子この子って呼ぶのもあれよね」

「あれって?」

「ほら、赤ちゃんとはいえ、いつまでも名無しじゃあ可哀想よ」

 なるほど、確かに名前があったほうがいいだろう。しかし魔緒は、あまり乗り気ではない模様。

「けど、名前が分からないわけだからな……。まあ、そこまで言うなら、仮の名前だけでもつけとくか」

「仮の名前?」

「ああ、俺らだけで呼ぶ名前。どの道、身元が分からなかったら、新しい名前がいるんだしな。つけといても問題ないだろ」

 というわけで、この赤子に名前をつけることになったのだが、それが結構難航した。というのも―――

「……駄目だわ。いい名前が思いつかない」

「俺は一個思いついたが」

「……またアニメの主人公の名前だったら怒るわよ」

 揉めていた。それはもう、却って清々しいくらいには。七海はいい名前が思いつかずに苦悩し、そこへ魔緒がアニメキャラの名前(著作権の問題で具体例は挙げない)ばかり言うので、さっきから喧嘩になっていたのだ。

「ひとみ」

「それは、どの作品の子かしら?」

「そりゃよくある名前だからな。結構な作品で使われてるだろ」

 よくある名前だしな。っていうか、もうそれなら許してやれよ。

「言っておくけど、私が知らないならおっけー、とか思ってたら承知しないわよ」

「じゃあ、何でそれにしたか言ってやろうか?」

 七海が頷くと、魔緒はメモ帳を取り出して、何かを書き始めた。書き出されたのは、「ひとな」と「ななみ」。彼女たち姉妹の名前だ。

「ほら、お前ら姉妹の名前は「ひとな」と「ななみ」だから、二つを合わせて「ひとみ」だ」

「……なるほど」

 「ひと」と「み」に丸がふられたメモ帳を見て、七海はようやく納得したようだった。

「でも、勝手にあの子の名前を使ったら、怒られない?」

「問題ないさ。許可なら後で取ればいい」

 魔緒はひとみの頬を優しく撫でて、続ける。

「どうせあいつも、すぐに戻ってくる。ていうか連れ戻す。絶対にな」

 二人(正確には三人)の間に、沈黙が流れた。魔緒はひとみを愛でているからなのだが、七海のほうは何かを考えているようだった。

「……だったら」

 不意に、七海が口を開いた。

「貴方はもう休みなさい」

「は?」

 魔緒はひとみを撫でる手を止め、七海のほうを振り返った。

「ひとみの面倒は私が見るから、貴方は夜に備えて休んでて」

 そんな彼を見て、七海はそう繰り返した。どうやら、七海なりに気を使っている様子。

「けど、お前に任せるのは不安だ」

「失礼ね。さすがに私も慣れたわよ。貴方に迷惑が掛からないくらいにはね」

「いや、迷惑なのは俺じゃなくてひとみのほうだろ」

 ご尤も。けれど七海は、めげずにもう一度、魔緒に言った。

「とにかく、貴方は休みなさい。分かった?」

「……ったく、それなら任せるが、その前に言っていいか?」

「何よ?」

 魔緒は深く息を吸い込んだ。

「多分、後一、二時間で起きると思うから、そしたら絶対に目を離さないこと。間違ってもうつ伏せにするな。この年の子は寝返り出来ないから窒息する。それから床のものとか勝手に口に入れて詰まらせるからそれも注意して片時も目を離さないように。泣き出したらミルクかおむつか、或いは単にぐずってるだけだから。ミルクは粉ミルクのパッケージに作り方書いてあるからその通りにすればいいし、おむつは昨日と同じ手順で交換すればいい。ぐずってたら、とりあえず適当にあやしとけ。それで何とかならないときはすぐに俺を呼ぶこと。ヒステリーだけは止めろよ、うるさいだけだから。んじゃ」

 そして、ずらずらと注意事項を述べてから、魔緒はリビングを出て行く。

「……あれって、生まれてくる性別を間違えてない?」

 もうその疑問は、使用済み核燃料と一緒に地中へ埋めたほうがいいと思う。

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