終わりの始まり
闇。それをこの世に見出すならば、今日のような満月の夜はそぐわない。寧ろ、その夜空の元にある不気味な廃屋、巨大な廃墟を探したほうが良い。
広大な敷地に、四階建ての白い建造物。土地の余った部分は白い線で区切られたアスファルトに埋められており、ご丁寧に「駐車場」と書かれた看板まである。そこには「産婦人科医院」の文字もあった。つまり、この建物は民家ではなく、かつて病院だったのだろう。
ここは、数年前に倒産した私立病院だ。設備にかなりの額が投資されているようだが、山奥という立地条件のせいか繁盛しなかったらしい。
そんな人気の無い建物、特にその地下には、完全な闇がある。人間の感覚器官程度では、周囲の状況さえ把握できないほどの、闇が。
「きゃっ……!」
……今、その闇から、女性の声が聞こえたような気がしたのだが。
「何転んでんだい?」
今度は、男性の声だ。この闇の中に、誰かいるのだろうか。
「暗いんだから、仕方ないでしょ」
「だとしても、俺らの生まれ故郷だよ?」
「暗いことに変わりはないじゃない」
やはり、誰かがいるようだ。こんな場所に、何故? どこかへ向かっているようだが。とりあえず、彼らの会話を聞いてみよう。
「それより、本当に「あれ」が見つかったの?」
「ああ、ベルフェの奴が突き止めたらしい」
「ふうん? あのベルフェに、そんな素質があったんだ」
「いや、どっちかっていうとイメージ通りだと思うよ」
どうやら二人は、「ベルフェ」という人物について話しているようだ。それと、その「ベルフェ」が見つけたという「あれ」について。
「で、「あれ」はどうしてた?」
「それなんだけどね」
「早く言いなさいよ」
「はいはい」
男性の嘆息が、ここまで聞こえてくる。呆れているというよりは、いつものことかと肩を竦めているような感じの声色だ。
「「あれ」は、もう一人の「あれ」と、その「姉役」とで仲良くやってるらしい」
「あら、面白そうじゃない」
女性の口から零れる、妖艶な含み笑い。だがそれは、周囲を凍りつかせてしまいそうな、不気味な響きがあった。
「……目的だけは、忘れないでくれよ」
それに気づいてか、男性もそれだけしか言えなかった。
二人は無言で歩き続ける。そして数分ほどで、荒廃した一画に辿りついた。割れたフラスコやビーカー、錆び付いた金具類が散乱している。
更に進むと、扉が見えてきた。ノブが外れており、扉自体も取れかけている。それを開いて、二人は中に入る。
「ん? レヴィとアスモか?」
入って直ぐに、少年の声。今まで男性とは違い、もっと若いように思える。
「いたのかルシフル」
「いちゃ悪いか?」
「いいや」
とそこで、辺りが急に明るくなった。どうやら、照明が点けられたようだ。
「まったく、電気くらい点けなさいよね」
先ほどの女性。照明を点けたのは彼女のようだ。お陰で、その姿がよくわかる。真っ白な髪を二つに結わえ、やや地味な眼鏡の奥には、赤い瞳が煌いている。黒基調のフリル満載ワンピースに革ブーツを身に着けた、(色々な意味で)雰囲気のある人物であるが、声に比べると見た目は幼く見える。まだ、十代半ばだろうか。
「生憎、どっかの馬鹿女と違って夜目が利くんでね」
そう返すのは、床に寝転がっている少年。黒のパーカーに白のスラックス、古びたスニーカーを着用しており、フードを深々と被っている。
「あら、その「馬鹿女」ってのは私のことかしら?」
「誰もお前とは言ってないだろ。それとも、自覚があるから反応したのか?」
「喧嘩売ってるのなら、素直にそう言ったほうがいいわよ。絶対痛い目見るから」
「はいはい。二人とも、その辺にしとこう」
ガンを飛ばしだした二人を、男性が仲裁する。こちらは白のシャツにジーンズ、革靴という格好の、二十代前半くらいの男。しかしこの男性も、白髪に赤目という風貌である。
「それより、ベルゼとサタンはどうした?」
「ベルフェに先越されたからって、憂さ晴らしに行ってるぜ」
どうやら彼らは、ここにいるルシフル、レヴィ、アスモ。その他にベルフェ、ベルゼ、サタンの計六名で形成された集団のようだ。一体、こんな場所で何をしているのやら。