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プールエンド

作者: 七海

人との企画小説「1時間で三題小説を書け」で書いた作品です。

お題「スク水」「サラダ煎餅」「ロードローラー」

青春よかむばーっくッ! な内容です。きっと

 その日、千華高校水泳部は長い歴史に幕を下ろした。

 部員不足とプールの老朽化という致し方ない理由であったが、部長沼川 局は納得していなかった。

 せめて後、ワンシーズン待ってくれていれば優秀の美とまでは行かなくても、気持ちに踏ん切りが付いたというのに。

「なんで、新学期早々廃部を宣告するんだか」

 水の入っていないプールサイドに座り、局は空を仰いだ。あの先輩との約束を果たせなくなっちゃったな。


 †


 工藤 レイカは、ただひたすらに流水を後ろへとかきだして自分の体を前に進める。手は着水するまでは出来るだけ遠くに置き、大きく水を掴む。掴んでは伸し掴んでは伸しの繰り返し。ただ泳いでいく。

 彼女の肌に付いた滴は陽光を乱反射させダイヤモンドダストのようにキラキラ輝いていた。まさに青春の1ページと呼ぶにふさわしい光景であった。

 その様子を局は、憧れと密かな恋心をもって見つめていた。ただ、自分からは声をかけない。かけられない。恐れ多くて同じ部の先輩でも気安く話しかけてはいけないような気がした。

 自分なんか、あの人に釣り合わない。

 自己嫌悪。

 レイカが水泳部の活動に参加するのは、今日で最後なのに動き出すことが出来ない。他愛のない馬鹿話もはばかられる。

 結局、局はため息をついて憧れの先輩の動作すべてを目に焼き付けていた。夏の熱い日差しを跳ね返す、水泳部にしては珍しい白い肌。集中し鋭くなった眼を必死に脳内の自由帳に描いていく。

 何もできないまま、部活が終ってしまった。肩を落とし、一人更衣室で涙を流す。きっと誰も泣いていたとは気付かないだろう。そう思ったら、ダムの放流のように涙が溢れた。

「いこう」

 更衣室を閉められる前にここを出なければならないため、理性が体を動かす。

 涙を脱ぎ、制服に着替える。

「えっ」

 レイカ先輩、泣いてるの?

 夕日に照らされながらプールサイドでレイカは、身じろぎもせずにただオレンジ色の水面を眺めていた。

 局の位置からは顔は見えない。けれど、背中が雄弁に語っていた。寂しい、悲しいと。

「あ、あの先輩?」

「ん?」

 近づいてから声をかけるとレイカ先輩はびくりと体を震わせ、局の方を振り向いた。

「びっくりした。局くんか。早く帰りなよ?」

 その声はどこか寂しそうで、聞いていて辛かった。

「泣いてるんですか?」

 聞いてしまった。顔を見たとき、泣いてなどいなかったし、涙の後もなかった。

 けれど、どうしても泣いているように思えた。

 レイカの瞳孔がほんの少しだけ開いたのを局は見逃さなかった。その反応が意味するところまでは考えられなかったのは、若いゆえに仕方がないことだろう。

「す――」

 変なことを聞いちゃった。ずっと黙っていたレイカに誤ろうとした瞬間、口の中に煎餅の塩味が広がった。

 局が口に煎餅を放り込まれたと気付いたときに、耳に甘い声が投げかけられる。

「ありがとう。それはお礼よ」

 ぼうっと惚けている局を尻目にレイカは、シャワーを浴び塩素を洗い流し更衣室へと消えていった。

 シオの足下にサラダ煎餅の袋を残して。

 どうしていいのか分からない。先輩を待っていればいいのか。先に帰った方がいいのか。ゆだった頭では結論が出なかった。

 そうこうしているうちに、レイカが更衣室から出てきてしまった。どうしよう。

「局君、私はね昨日の地方大会で標準記録を着ることが目標だったんだ。だけど、ダメだった。私の変わりに来年標準をきってね」

 そういうと、レイカは塩素くさいプールを振り返ることもなく、引退していった。



 レイカが座っていた場所で、サラダ煎餅を食べる。塩味のきいたその米菓子は、涙の味がした。

「局ーそろそろ工事が始まるぞ」

 顧問の先生からプールの解体工事が始まるからそこをどけとの指示が飛ぶ。

 気怠げにあるき、食べかけの煎餅をボリボリとかみ砕き、飲み込む。理不尽を一緒に飲み込んで、ぐっと堪える。

 轟音。

 土煙。

 思い出の詰ったプールに重機が入っていき、コンクリをプールを砕いていく。

 破砕した粉じんを吸い込みながらも作業の様子を見守る。

 思い出が粉々になっていく。

 煎餅を食べているときのような音を立てて、淡い恋心が割れる。

 工事の仕上げとばかりにロードローラーが、整地していく。

 レイカ先輩の真似をしてプールサイドに置いてきたサラダ煎餅は、誰に拾われることもなくロードローラーの重圧で粉になり、風に飛ばされて消えてしまった。

 無情。

 誰も自分たちの意志を継いでくれない。継ぐことができない。ロードローラーのエンジン音がそう叫んでいるように聞こえた。

「もっと、泳げばよかったな」

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