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五日間の片思い 3

「野球部の音……」


俺は口に出した後、気付いた。もう手遅れだった。

急いで春山さんに目をやった。先程まで正面を向いてくれていたけれど、今は横顔になってしまった。春山さんは、窓の方をじっと見ていた。


「安藤先輩も、練習しているのかな?」


春山さんの口から零れた、甘ったるい声。それは、俺の体に入るなり、鋭い棘に変化した。ちくん、と刺さる。

ずっと見ていたかったはずの春山さんの顔が、何だか遠かった。頬をふわりと染めて、何だか俺の知らない人みたいだった。


「部活は停止中なのに……偉いなあ」


すっかり、恋する女の子の顔じゃないか。

さっきまで俺に向けていた笑顔が消えている。心なしか潤んだ瞳が、一直線に遠くを見つめる。綺麗な色の唇を、ゆるく閉じて。

俺には決して見せない表情。先輩にしか見せない表情。遠い、春山さん。


だけど、だからこそ--


「安藤先輩はどんな人?」


俺の言葉に、春山さんは反応した。振り向いて、大きな瞳で俺を見た。


「えっとね……すごく野球が大好きな人」

「何で?」

「いつも遅くまで残って練習して、すごいなあと思っていたの。そうしたらある日、ボールが私の近くに飛んできたことがあって。それから話すようになったんだよ」


まるで夢を語るみたいに、楽しそうに言う。そこから、思いの程を思い知った。

春山さんが先輩を思う力は、強くて、大きい。だけど、いつか、この思いを俺に向けてくれる希望が少しでもあるとすれば。俺は、きっとどこまでも頑張れる。今は、春山さんの先輩への思いを聞く役でもいい。このポジションで春山さんの近いところにいれるなら、いい。苦しくないと言えば、嘘になるけれど。とにかく、何だっていいんだ。誰よりも大きな存在にならなくてはいけないんだ。先輩を超えるほど、大きくならなくてはいけないんだ。近づきたいんだ。

春山さんのことが、大好きだから。


「イラスト、こんなのでどうかな?」


俺がペンを握ったまま決意を改めている間に、春山さんは描き終わってしまったらしい。体育祭らしい明るいイメージのそれを俺に見せて、笑った。

それに引き換え、俺の方はまだ途中。家に帰って、もう少し描けば出来上がると思うけど……。

と、そこで。俺の頭に、ひらめきが降りてきた。


「春山さん!メアド教えてよ!家に帰って、描けたイラストを写真で送りたいんだ」

「うん、いいよ」


すぐに承諾してくれた春山さんに、連絡先をメモしてもらう。我ながら、良い考えだと思い返しながら。

正直、イラストを送りたいなんて、ただの口実だった。学校以外でも春山さんと繋がれると思うと、もう嬉しくて嬉しくて。見えないようにガッツポーズをした。



*・・・・・・・・・・・



家に帰るなり、俺はすぐに携帯を開いた。いつもならあまり携帯に執着心がない俺だが、今日は特別。春山さんのメモを握って、リビングに入る。そして、テレビの正面のソファに腰を下ろした。

時計を見れば、もう七時前。春山さんも家に着いた頃だろうか、と想像してみる。可愛らしいピンクのルームウェアに、ふわふわのルームソックスを履いたりなんかして。きっと、家事は手伝うタイプだろう。ハンバーグをこねる小さな手が、脳裏を過ぎった。


「珍しいわね。携帯に夢中になって」


化粧を落とし終えた姉ちゃんが、髪を束ねながら言った。そして、ひょい、と携帯を覗き込む。


「ちょっ……何勝手に見て……」

「えー?真冬が女の子のアドレス入れてる!」


姉ちゃんは、目を大きく見開いた後、少しだけ笑った。

先にお風呂に入ったらしく、髪が少し濡れている。俺に家に遊びに来た友達は、みんな姉ちゃんのことを綺麗だと言う。けど、俺はそんなこと一度も思ったことがない。春山さんのような可愛らしさは欠片もない。外ではまだきちんとした格好をしているが、家ではタンクトップにだぼだぼズボンというこの様だ。まあ最近は、姉ちゃん曰く就職活動に忙しいらしい。


「この子が好きなの?」

「な!何でそんなこと……」

「ふうん?図星なんだ」


何で簡単にばれてしまうんだろう。彼女は俺の横に座って「真冬がねー」とくすくす笑った。それが悔しくて、何も言えない。


「え?それだけで送るつもり?」

「それだけって。ちゃんと名前書いたし……」

「メールはちゃんと男がリードしないと」

「リード?」


まんまと姉ちゃんの罠にはまってしまったような気分だ。だけど、彼女の言葉は何だか説得力があって。絵文字は少なすぎない方がいいだとか、一文一文は簡潔な方がいいだとか、行は開けた方がいいだとか。そんなアドバイスを信じるしかなかった。


「……うん、このメールならどんな女の子にも好印象ね」


「さすが私」と付け加える姉ちゃんをよそに、最後の操作をする。緊張する指を無理矢理手懐けて--送信。

この文章が、そのまんま春山さんに送られるんだな。学校のない時間も、こうやって関わることができるんだな。携帯を開発した人も、好きな人仲良くなりたかったんだろうか。まあ理由は何であれ、とにかく携帯を作った人に感謝した。


「真冬の恋、うまくいったらいいわね」

「ありがとう、姉ちゃん」


春山さんの返事を心待ちにして、携帯を閉じた。

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