【2】五日間の片思い 1
麗らかな春の日差しは、まだしばらく続くらしい。今朝、天気予報のお姉さんが言っていた。
俺は、机の上に頬杖を付いたまま、ぼんやりと黒板を見ていた。そこには『体育祭絶対優勝』という文字が書かれている。そうか、そろそろ体育祭の季節なんだな、と何だか年をとった気分だった。
去年なら、俺は応援団員なんかに入ったりして、やる気満々で行事に臨んでいた。宮に「暑苦しいぞ」なんか言われながらも、リレーの練習に励んだりして。
だけど、今年は去年とは違う。何だか、視界も頭もぼんやりとする。
この暖かさのせいだろうか。それとも、昨日の春山さんのせいだろうか。
「真冬!早く引いてよ!」
「わ!」
急に耳元で大きな声がして、びくっと体が起き上がる。眠気なんかは、一瞬で吹き飛んだ。
「引くって……何を」
「もー!目、覚めてる?体育祭の準備の役割分担決めるから、くじを引いてって言ってるの」
声の主は、愛。
彼女は、まるで母親みたいに俺の上から言葉を浴びせて、くじの箱を差し出した。
そう言えば、去年も愛がくじを持って来てくれたっけ。彼女は、中学の頃から皆に委員会を任されることが多かった。それは、彼女が、頼りがいのある性格をしているからだろう。高校に入ってからは、どうやら体育委員を二年連続で引き受けているらしい。
「えっと……プログラム作成係」
引いた紙に書かれた文字を読み上げる。すると、愛は小さなメモに記録した。真剣に仕事をこなす瞳に、何だか可笑しくなった。彼女は「何よ」なんて俺を睨む。
「プログラム作成係は、二人よ。教卓の隣のところに移動して」
「分かった」
俺は立ち上がって、彼女が指示したところへと向かう。がやがやと賑やかな教室には、体育祭前の特別な空気が漂っていた。今日からは一週間後の体育祭に向けて、部活が停止期間となる。放課後は、準備に集中するのだ。
「プログラム係の奴ー!誰?」
手を上げて、きょろきょろと周りを見渡した。
プログラム係は、看板デザイン係と同じくらい大変な仕事かもしれない。プログラムの表紙をデザインしたり、競技の概要を書き込んだり。最後には、クラス分のプログラムを印刷しなければならない。こういう行事ごとの準備は好きだが、正直、この係は俺には不向きかもしれない。もう一人の係の奴に迷惑をかけたくないと、純粋に思った。
「私、優木君と一緒の係だよ」
「へ?」
少し憂鬱だった気持ちが、どこかへ飛んでいってしまう。その代わりに、晴れた空のような喜びが、胸の中に落ちてきた。
--春山さんと一緒!
何ていう奇跡だろうか。俺を見上げる彼女が、いつもの甘い笑顔を浮かべている。その場で大きく跳び上がりたい。緊張して、そんなこと絶対にできないけど。
しかしその瞬間、嫌なことが、ふっと脳裏を過ぎった。
昨日の放課後の出来事。恥ずかしそうに揺れた春山さんの唇。そこから零れた名前。春山さんの好きな人。野球部の先輩。安藤先輩。
安藤先輩なんて、名前も聞いたことがないし、勿論、顔も見たことがない。俺の中では存在もしないような、あやふやな影。だけど春山さんの中ではとても大きな存在。俺の知らない、春山さんの好きな人。
「優木君と一緒の係で良かった」
--春山さんの言葉は、どこまでも純粋で、無邪気で。俺の目を見て、笑った。
こんな、彼女にとっては何の意味もない言葉も、俺の中に入り込んでしまえば、たちまち幸福な言葉へと変わってしまう。それはまるで、一種の魔法のように。
別に、いいじゃないか。今、春山さんに好きな人がいても。
明日には分からないし、明後日には分からないし、一週間後なんてもっと分からない。俺が簡単に春山さんを好きになったように、もしかすると、彼女の心はまだいくらでも動くかもしれない。至ってシンプルだ。俺が、その安藤先輩よりも、大きな存在になればいいんだ。
なんだ、それだけじゃないか。
「春山さん、一緒に係がんばろう!」
「うん、よろしくね」
俺はその希望を、真っ直ぐに信じることにした。