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瞬間の雪 1

次の日、春山さんはいつも通りだった。


いつもと同じように、休み時間は友達と喋っていたし、授業中も寝ずに授業を聞いていたし、ご飯もちゃんと食べていたし……俺は変態か。隙さえあれば春山さんの方を見て。向こうはまったく俺の事なんか気にもしていないのに。この授業中だって、ちゃっかり彼女を見ている。

よく笑う子だな、と。ふと、そんな事が脳裏を過ぎる。だからこそ、気になるんだ、余計に。泣いていた理由。

教えてくれなかった。けど。思い出すたびに、奥が腫れるように痛くなる。

透明の涙を流していた春山さんの顔。夕焼けの教室。何度も何度もフラッシュバックして、その度に彼女から目を反らせなくなる。


「この問題、春山。解け」


--え。


四角い眼鏡を掛けた中年太りの先生が、教卓から春山さんを見下ろして言った。

他のクラスメイトは、ちらりと春山さんの方を見ただけだった。皆、彼女はいつも通りにしっかり答えるだろう、と同じことを考えているだろう。


……だけど、俺は一人で焦っていた。

だってこの問題、よりによって例のやつだ。昨日、春山さんが解けないと言った問題。確かに、彼女が泣いた理由はこれではない。だけど、この微妙な沈黙……。彼女はきっと、この問題が分からないのだ。


春山さんは、昨日と同じように、少し俯いた状態を保っていた。やっぱり姿勢はきちんとして、だけど、どこか小さくなっている。


「……どうした、春山」


数学の関先生は、学年主任も兼ねている。他の先生より厳しいのは、誰もが知っている。

皆、この嫌な雰囲気の沈黙に気が付き始めたらしい。ちらりちらりと彼女に視線を送る。後ろの席の方は、ひそひそと何かを話している。


「春山、答えろ。これは宿題にしていたはずだ」


厳しい視線で、彼女を突く先生。俯いたままの春山さん。

まるでスローモーションになったかのように、時間が気持ち悪い。春山さんは簡単に泣いたりしない。こんな風に先生にきつく言われただけで、泣いたりしない。泣いたりしない、けど--


「X=24です」


--ばっと、一斉に、皆の視線が俺へと集まる。先生の視線も。

あと、春山さんの視線も。


「何で優木が……」

「合ってますよね、答え」


俺が答えると、先生は少し渋い顔をした後「まあ、正解だ」と言った。それから、何事もなかったかのように授業は再開される。クラスメイトも、初めはざわざわしていたものの、やがて元の沈黙へと帰って行った。


俺のワークには、雑な字で、細かい計算が並んでいる。昨日、家に帰ってからやった問題だ。普段は宿題なんて滅多にしない俺だけど、昨日はしたんだ。別に、今日のこの状況を予知したとかそんなドラマチックなことではない。ただ、春山さんの泣いた理由を考えていると、自然と机に向かうしかなかった。


ふいに、顔を上げる。すると、こちらを向いていた春山さんと目が合った。風が撫でるように、自然に。


--春山さんが、微笑んだ。


にっこりと、優しく。向日葵みたいなぽかぽかとした笑顔は、いつもの彼女のものだった。

俺には微笑み返す余裕なんてなかった。前を向いた春山さんの背中を、見つめるだけだった。


奥の、腫れた痛いところ。何だっていうんだ。おまけに熱まで帯びて、どうしようもない気持ちになった。

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