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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第9章 日常(12月)
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第94話 食わず嫌い

 12月7日、土曜日。

 時刻は14時。昼食をとってから、マドカは先日のレイタの言葉通りC地区へと来ていた。

 「今回、私は居ない方がいいでしょうから」というマドカからすれば珍しい理由のため、今回言い出しっぺのルミナスは同行しない。だが、女子は1人はいた方がいいだろう、というレイタの提言から同行することになったのが……。


「やっほー」


 如月ミオである。そして、彼女に加えてリュウとショウイチも今回同行することになった。


「なんかさ、情報共有者が増えてんだけど」

「ムズカシコトバ、ワーカリーマセーン」


 ミオの予期せぬ登場に呆れ顔のマドカに対し、既に到着していたショウイチは片言で返す。なお、ミオを推薦したのはショウイチだった。


「えっと、今回は中学以来あってない友達に会いに来たんだよね」

「えっ? ……ああ、そうだけど」


 なあ、と小声でマドカはショウイチの方を見るも、彼は笑みを浮かべサムズアップで答える。


――いや、『俺、気利かせただろ?』じゃなくてさ。それなら、ミオちゃんなんで呼んだんだよ……。


 はあ、とため息をつくマドカ。ちなみに、ミオは今回その友人を捜して欲しいということでここに来ている。

 

「じゃあ、そろそろ行きますか」

「あれ? リュウ君まだ来てないよ」

「あいつは、遅れるから先行ってて、だってさ」


 そっか、とミオは返す。

 

「取り敢えず、手分けして捜そうか」


 待ち合わせ場所はここな、とショウイチは今居る時計のある広場を示す。

 なお、マドカの"友人"であるリタの顔写真は既に入手しているため、ミオ、ショウイチ、そしてリュウも問題無く捜索が可能である。


「では、見つけたらマドカに連絡ということで」


 その言葉に頷き、3人は各々広場を出て行った。






「なんというか……」


 14時20分。遅れてC地区に入ったリュウは、既に捜索を始めたというショウイチからのメールを受け取り、壁を背に携帯片手に通行人を眺めていた。


――正直、人に聞けば済む話なんだよね。それこそ、SCMとかさ。住所とか聞くとかさ。


 楽しそうに休日のひと時を過ごす学生たちをそれとなく見ながら、リュウは心の中で愚痴っていた。


――つか、写真が手に入って何故居場所はわからないのか。


 季節は冬。とはいえ、暖かい日差しが出ているため今は過ごしやすいひと時となっている。


――遊んでるな。


 と、愚痴るリュウだが、彼自身もそこまでショウイチらにああだこうだ言いたいわけではなかった。

 ただ、なんとなく。近づきつつある、特別な日を前にこんなことをしている自分にイラついているのだ。


 こんなこと、と言っても大事なことではある。

 マドカにとって、リュウから見たら友人の大事なこと。なら、手助けするのが当然。それでも、そういう考えが出てくることにも彼はイラついていた。


「何やってんだか……」


 自分に失望するようにため息をつくリュウ。

 その視線の先には、楽しそうに手を繋ぐカップルの姿もあった。


「あれ? リュウ君?」


 突然の横からの女子の声に、リュウはハッとそちらの方を向く。すると、そこには彼もよく知った顔の女子が立っていた。


「リタさん?」

「おお、憶えててくれたんだ」


 ストレートなショートの髪を靡かせ立っていたのは、リュウが文化祭にて知り合った山神リタだった。

 

「どうしたの? 誰か待ってるとか?」

「いや、待ってるというか……」


 実はマドカがあなたのことを捜してるんです、と言うべきか否かリュウは迷っていた。マドカのことを考えると、自然に出会った方が雰囲気出るのでは、という理由からだ。


「じゃあさ、今時間ある?」


 次の言葉を探すリュウに、先にリタが言葉を出す。


「えっ? まあ、一応は」

「そっか、ならちょっと話さない?」


 そう言って、リタは少し先にある喫茶店を指差す。

 それに、リュウも少し迷う素振りを見せるも「うん、いいよ」と返した。


「ありがと。じゃあ、行こっか」


 その笑顔にやられそうになるも堪え、喫茶店に向かうリタの後をリュウはついて行った。






 一方、マドカは思考しつつ建物の屋上から流れ歩く人たちを見ていた。


――結局、シンプルに好きなのかな。


 流れ歩く人たちの中には当然カップルもいる。それらを目で追いながら、マドカは改めて自分の想いについて考えていた。


――そりゃそうだよな。こんな、人に話して協力を仰いでるんだから。


 どうでもよいなら、人に話したりはしない。やや、強引に聞き出されたとしても、それは変わらない。


――まあ、会えば分かるか。


 マドカは、レイタの言っていたことを思い出す。

 『とにかく一度会ってみろ。本人を前にすれば、おのずと自分の気持ちもわかるだろうから』

 

「まあ、その通りだよな」


 吹き抜けた風に誘われるように、マドカは雲一つない青い空を仰いだ。






 場所は、静かな時が流れている喫茶店。

 リュウにとっては初めての場所で、リタは馴れたように「レモンティーで」と注文を言った。


「リュウ君は何にする?」

「ああ、そうだな……」


 いつもなら、「オレンジジュースで」と彼は言うだろう。しかし、この場面においてはそれが恥ずかしく感じられていた。


「アイスコーヒーで」

「かしこまりました」


 注文を受け取り、ひらひらスカートの制服を着たウエイトレスは下がった。

 リュウは、コーヒーはレイタに無理矢理飲まされたこともあるので飲めないことはない。が、好き好んで飲むこともなかった。


「アイスなんだね」

「俺は基本室内はアイス派だからね」


 で、とリュウはさっさとここに来た理由について彼女に訊く。特に急ぐ意味もなかったが、こういう落ち着いた雰囲気の所に馴れてないということもあり、さっさと話を終えてしまおうと彼は考えたのだ。


「まあ、大した話じゃないんだけどね」


 リタは、テーブルの下で手を組み少し俯き加減に話し始める。


「リュウ君は好きな人っている?」


 その切り出し方に、リュウはリアクションを返そうとするも緊張からか声を出さなかった。


「いや、まあ、そりゃ、いる……のかな?」


 言葉を探す彼の頭に浮かんだのは、カナエの姿だった。しかし、今の彼にそれが『好き』という感情かどうかを判別することはできない。


「疑問形?」

「うん。正直、気になるってだけでそれが好きかどうかは分からないというか」


 先日マドカが言ったことと同じような言葉を口にするリュウ。しかし、本人はそのことに気づいていない。


「そっか……うん、私もそういう人がいるから気持ちは分かるよ」


 この時、リュウがその好きな人がマドカだと思ったのはたまたまである。

 そして、運ばれてきた2つのカップのうち1つをリュウに手渡しリタは続ける。


「でも、私にはそれを確認することができない」

「……」

「正確には怖いんだと思う」

「怖い?」

「そう、自分の気持ちを知った後が怖い」

「怖い、ねえ……。正直、自分の正直な気持ちを知るくらい寧ろウェルカムだと思うけどな。分からないのは、ほんとに気持ちが悪いから」

「そうじゃなくて、知った後、もし好きだとしたらその想いを毎日のように抱えて生きていかなくちゃいけない。それに、もしその想いが叶わぬものだったら? 私にはそれが耐えられない……と思う」


 言い終え、リタは一旦カップに口をつける。

 純真無垢。恋を知らぬ少女は、未知の世界を前に足踏みをしている。

 煮え切らない想い。なら、いっそ煮え切らずに冷ましてしまおう。

 多少の後悔を抱えながら。

 それでも、傷つくことを考えれば遥かに軽い想いだから。


「気持ちは分かるよ」


 静かに想い人のことを頭に浮かべるリタに、リュウは言葉を返す。


「でも、やっぱりもったいないと思う。もし、相手、好きな人が両想いだったらどうする? そうだとして、相手の立場に立ってみても、こんな簡単に諦められる?」


 そりゃ、可能性の問題だけどさ、と彼は付け加えた。

 その言葉に、リタはカップを置き俯く。


「だから、悪いけど俺はリタは勝手だと思う」


 そこまで言い切り、リュウは「しまった」と後悔する。

 『氷結魔』とのいざこざの最中に知ったマドカの想いを知ってるからこそ、彼は対して親しくないリタにここまで熱くなっていた。


「悪い、なんか無茶苦茶言って……」

「ううん。寧ろ、そこまで言ってくれてありがとう。そうだよね。うん、やっぱりリュウ君に話して正解だったのかも」

「えっ?」

「初めて会った時からね、この人は凄く優しい人だけど同時に優し過ぎない人なのかなって。多分、私は"勝手"だって言ってもらいたかったんだと思う」

「…………そっか」


 『本当に言いたいことはハッキリと言うタイプ』

 リュウも、以前そのようなことを彼の実の姉から言われたことがあった。

 だからこそ、彼は一瞬懐かしい気持ちを全身に感じたのだ。


「まあ、今日会ったのは偶然だし、今日会わなかったら多分一生こうやって話すこともなかったろうけどね」

「偶然か……いや、必然なんだと思う」


 そう呟き、リュウはカップの中のコーヒーを一気に飲み干し立ち上がった。


「リタさん、まだ暫くここにいる?」

「えっ? なんで?」

「会わせたい人がいるんだ」

「会わせたい人?」

「うん。その人も、リタさんと同じ境遇にあるから話合うかもってさ」

「そうなんだ……じゃあ、会ってみたいかな」


 了解! と、リュウはテーブルの上に自分の分の代金を置いてから喫茶店を出て行った。






 数分後。


――なんか勢いで了承してしまったけど、知らない人と話すのって緊張するんだよね……。


 不安いっばい期待少しを心に持ち、リタは"同じ境遇の人"の到着を待っていた。

 カップの中は既に空。緊張で喉が渇き、リタはウエイトレスを呼ぼうとした。


 カランカラン。


 扉が開く音が静かな店内に鳴る。

 その音に、リタは自然と視線を扉の方へやった。


「マドカ君?」


 その入ってきた人物を確認し、彼女は自然と声を漏らす。

 そして、瞬間的に彼女の思考は真っ白に停止した。


 しかし、それは入ってきたマドカも同じであり、リタを確認すると同時に思考を停止させていた。

 だが、同時に彼は自分のリタに対する気持ちをようやく理解した。


 『好きなんだ』


 これまで、一体何を寄り道していたのか。

 マドカは、そんな自分にただただ苦笑した。


「えっと、奇遇だね。まさか、こんな所で会うなんて」


 こちらに歩いて来たマドカに、リタは口を開く。その脳内に、先ほどのリュウとのやり取りは無い。


「うん。そうだね」


 当然、マドカはたまたまこの喫茶店に入ったのではなく、リュウからの連絡を経てここに来たのだ。

 ここ、座っていい? マドカの言葉に、リタは静かに頷く。


 その後、途中ウエイトレスの介入があったものの暫くの間、沈黙がその場を支配した。






「今日は、えっと、何の用でC地区に来たの?」


 数分の間の後、沈黙を破ったのはリタの声だった。


「えっ、いや、ちょっと用があって」


 その急な問いに、マドカは動揺を隠しつつ答える。

 

「それより、山神さんこそどうしてここに?」

「えっと、リュウ君って知ってる?」

「ああ、一応」

「リュウ君と偶然会ってね、ちょっと話してたんだ」

「へえ、リュウと知り合いだったのか……どうりで」

「ん?」


 「いや、なんでもない」とマドカは、テーブルの上の紅茶が入ったカップを持ち口を付けた。

 そして、止まりそうな言葉のキャッチボールを続けるべく、彼は適当に言葉を投げる。


「もうすぐ、クリスマスだよね」


 言った瞬間、彼の頭は沸騰した。いや、実際に沸騰はしてないが、それくらいに彼はその発言に後悔したのだ。

 だが、確かに唐突ではあるが、この発言自体は別に間違ってもいない。


「そうだね。……マドカ君はさ、クリスマス予定とかある?」

「えっ? いや、別に……」


 予想外の返しに、彼は返す言葉を失う。しかし、今の彼はここで会話を終了させるようなことはしなかった。


「そういう山神さんこそ、クリスマスは予定あるの?」

「……無いよ」


 静かな空間において、2人の鼓動は高鳴り始めていた。

 自分から言うべきだよな(ね)。こういった場面において、人を誘うというのは2人とも初めての経験だった。

 そして、少しの間の後、口を開いたのはマドカの方だった。


「じゃあさ……もし、もしいいなら、クリスマス、俺と何処かに……」


 そこまで言って、彼は俯く。

 まともに顔が見れない。恥ずかしさから、また中途半端になってしまったことから、彼はこの場から早く立ち去りたいと考えた。

 しかし、そんな彼の想いとは違い、彼女は少しだけ目に涙を浮かべ言葉を返した。


「うん、いいよ」


 えっ? 消え入りそうな声にならない声と共に、彼はリタの方を向く。しかし、リタは俯いたままだ。


「ちょっと、トイレ行ってくるね」


 ここから一時的に立ち去るための言い訳を言い、リタは席を立つ。

 奥の方へと消えて行く彼女を見送った後、彼は極度の緊張感から開放されていることに気づいた。


――なんか……疲れた。


 想いに忠実なことがこんなに疲れることなのか。マドカは、力が抜けるように机に突っ伏した。


「でも、気分いいな」


 そう、ボソッと呟いた彼の表情はいつになく穏やかなものだった。

次回予告


「意外と多いんですね」

 アビリティマスター全員と友達になるため、ミオはレイタに情報を訊きに行く。


次回「能力を極めし者」

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