第91話 空想家の恋愛相談 弐
リュウやレイタが所属するクラス、3—A。このクラスにおいて、窓側の一番後ろという夏なら涼しく、冬なら暖かい、加えて先生にバレずに色々出来る席に座っているのが通称、文学少女『蓮野アイ)』だった。
この文学少女という名だが、クラスメイトに限らず他のクラスの生徒も彼女が読書以外の事をしている所を見た事が無いために、そう自然に呼ばれるようになった(といっても、本人を前にしては呼ばないが)。
この文学少女だが、友達と話す機会は限りなく少ない。彼女にとっては、本が友達と言ってもいいくらいなので別に気にしてはいないのだが……。
そんな、アイにとって数少ない話し相手が彼女の目の前の席に座るレイタだった。1年の頃に、とある事件をきっかけに知り合った2人。それから、3年共クラスが偶然にも一緒でそこそこ話す仲になっていた。
つまり、彼女は友達が少ないのだ。
しかし、ある日の事。
図書室にて、いつもの様に黒く長い綺麗な髪(クラスメイトの女子談)をなびかせ1人本を読むアイの前に彼女にとっても見慣れた女子が話しかけてきた。
「おはよう、アイちゃん」
太陽の様な、というと言い過ぎだが、それくらいの笑顔を振りまきアイのクラスメイトでもあるヤヨイがそこに立っていた。
「何か様?」
そして、それにいつもの様に冷たく反応するアイ。
「うん、実は相談があってね……」
そう言い、ヤヨイはアイの前の椅子に座る。
「恋愛相談しに来ました」
数ヶ月前にも聞いた言葉。
アイは、内心「またか」と心の中でため息をついていた。
ここ最近、ヤヨイとレイタの関係に変化があったと彼女自身も薄々感じていたからだ。
だからこそ、この相談は最後の一押し、もしくはクリスマスに向けてどう行動していけばいいかだろう、と彼女は予測していた。
しかし、次にヤヨイから出た言葉は彼女の予測外の言葉だった。
「でも、この前と違ってレイタ君とはもう付き合ってるんだよね」
はあ、と思わず声を出しそうになるが、彼女は寸前でそれを飲み込んだ。
なら、一体何を相談しにきたのか、と彼女は頭上にクエスチョンマークを並べる感覚を持った。
「でね、私彼氏できたの始めてで何をすればいいのか分からないんだよね」
「…………」
――何だろう、この子は私に自慢しに来たのだろうか? いや、違う。おそらく、こいつ天然だ。
早くも、早く帰ってくれオーラを出し始めるアイに対して、ヤヨイはどこかにやけ気味である。
「不思議だよね。こうなる前は、こんなこと思ったこともないのに」
「…………」
「こういう関係になって逆に変な壁が出来たというか」
「…………(そうでも無いだろ)」
「でも、だからこそすっごい幸せっていうか」
「…………(何が言いたいんだろう)」
「友達では無いんだなあ、てそう思うんだよね」
「…………(へえ、そうですかー)」
でもさ、とヤヨイは身を乗り出す。
「私だけ幸せになっちゃダメだと思うんだ」
「……それって、レイタはそんなに幸せそうじゃないってこと?」
「えっ?」
「私から見たら、少なくもあいつは前に比べてよく笑うようになったと思うけどね」
「そう、なのかな?」
「近くにいる人よりも、遠くで見てる人の方がよりわかる」
灯台下暗しね、とアイは締めた。
その言葉に、暫くヤヨイは何か考える素振りを見せていたが「何だか安心したな」とボソッと呟く。
それが、どういう意味なのかアイは理解できない。
「じゃあさ、男子ってなにすれば喜んでくれるのかな?」
「そばにいるだけでいいんじゃない? (媚びるなり、脱ぐなり……結局は身体よ)」
「そっかあ。うーん、そんなものなのかな」
「そんなものよ。多分、レイタのキャラからしてその程度しか望まないだろうし」
というか、とアイは眠そうに続ける。
「まだ、そういう関係になってから日は浅いんでしょ。だったら、まだ焦る必要は無い」
だが、その言葉にもヤヨイはあまり納得がいかないようだった。
彼女の言うとおり、ヤヨイはどこか自分でも気づかない所で焦っていた。
幸せな反面、もっと深い関係にしたいという欲求。今以上を望むからこそ、もっと上位を目指したくなる。そして、始めてだからこその不安。
どういったことにしろ、やはり始めてというのは不安が付きまとうものである。
「それに、そういうのは男の方に任しとけばいい。男は女を引っ張るもの。それとも、レイタはそういうタイプじゃないって思ってる?」
ヤヨイは首を横に振る。
「だったら、暫くはレイタに任せてればいい。あいつの性格なら、結構そういうのはしっかりしてるだろうし」
でももし、とアイはやはり眠そうに続ける。
「上手くいかなかったら、その時はヤヨイが手助けしてあげればいい」
言い終えてから、「我ながら柄にも無くよく喋ったな」とアイは思った。
アイの好きな物語の終わりはハッピーエンド。
だからこそ、ヤヨイが主人公のこの物語もハッピーエンドで終わって欲しいと心の何処かで思っていた。
だが、本人に全く自覚は無い。
「……そうだね。私、少し焦ってたのかもしれない」
そう言って、彼女は席を立った。
「今日はありがとう! なんだか、すっごいスッキリしたよ」
ヤヨイは、そう言ってここに来た時と同じように笑顔で図書室を出て行った。
――やっと、終わったか。
ふう、とため息をつきアイは机に突っ伏した。
――私の相手はいつになったら現れるのやら。
次回予告
「仲直りした方がいいと思います!」
秋頃からずっと続くリュウヤとミズヤの喧嘩。中途半端で有耶無耶な関係に決着をつけるため、またミズヤの持つ偏見を無くさせるため、リュウヤは遂に動く。
次回「変わりゆく心と心」




