第87話 笑顔が一番!
古場理緒。笑顔とサイドテールが売りの彼女は、近頃、札切アンズを堂々とストーキングしていた。
「見つけた!」
12月2日、月曜日。昼休み。
毎日の様に顔を出すリオから逃げる為、アンズは今日も学校内をらしくなくうろちょろしていたが、その恐ろしく強い捜索技術を持つリオにあっさりと見つかっていた。
「また消えた……」
だが、見つかる度にアンズはその得意の素早さで瞬間的に姿を再度消していた。
そんな、見つけては消え、見つけては消えを繰り返し、2人の昼休みは今日もいつも通り終わっていく。
「次は、絶対に捕まえてやるから」
端から見ると、まるで楽しく鬼ごっこをしてる様にも見えるが、あくまで一方的にアンズが追い掛けられているだけである。
この、ほんの数日前から繰り広げられている鬼ごっこだが、リオは昼休みと放課後の学校内を除いて彼女を追いかけようとはしなかった。
かつては、していたのだが。
だが、この鬼ごっこを始めて少なからずアンズの表情から固さが無くなったように感じ、こうして昼休みと放課後学校内限定で彼女はこの鬼ごっこを続けていたのだ。
そもそも、何故彼女はアンズを追うのか。
それは、彼女なりの優しさからきていた。
廊下を走った事をいつもの様に教師に注意された後、教室に戻ったやや膨れ顏の彼女を迎えたのは、学級委員長である船木リョウだった。
「まあ、よく毎日飽きないな」
不満顔で席についたリオに、その後ろの席に座る彼リョウは呆れ顔で言う。
「飽きるとか、飽きないとかそういうんじゃないよ」
それに返したのは、リオでは無くノートを持ち彼の元に向かって来たショウだった。
ショウは、ノートをリョウに渡し続ける。
「札切さんの為にやってるんだろ?」
「さっすが、何処かの頭の固い学級委員長と違ってわかってるうー」
頭の固い学級委員で悪かったな、とリョウは受け取ったノートでリオの頭を軽く叩く。
「頭が固いだけじゃなくて、暴力的でもあったよお……」
「これを暴力っていう女の人って……」
「で、何か進展はあったの?」
2人のツッコミ待ちの発言を見事にスルーし、ショウは彼女に訊いた。
リョウはともかく、ショウは彼女が何故アンズを追い回しているか知っていた。
「ぜーんぜん。進展無し。今年中には、何とかしたいんだけどねー」
「これは、方法に問題あるな」
「鬼ごっこのどこに問題があるのよ」
「鬼変わらねえじゃねえか。つか、もうそりゃ別のゲームだよ」
「それ以前に、ストーキング……」
ショウの静かなツッコミを無視し、2人は鬼ごっこの定義について口論を始める。だが、チャイムの音と同時に教師が入ってきた為に早々と言い合いを止めた。
授業開始早々、襲いかかる昼時の眠気に瞼を開けたり閉じたりしながら、リオはふわふわと思考していた。
――このままじゃ、進展しない気がする。
彼女がアンズに付きまとう様になったのは、実に単純な理由からだった。
"つまらなそうにしてたから"
見方によっては、それはお節介にも見えるだろう。
しかし、彼女は自分の行動を、1人が好きな人なんていないという持論を強く信じていた。
だからこそ、彼女は普段から表情に変化がないアンズにもっと色々な表情を作ってほしいと思っているし、何よりいつも1人な彼女と友達になりたいと思っていた。
――こんなに、友達になるのって難しかったっけ?
なにか、ちょっとしたきっかけでもあれば違うのだろう。
そんな、新たなる方法を模索していた彼女は、何時の間にか昼の暖かな日差しにやられ、その瞼をしっかりと閉じてしまった。
放課後。
大きな欠伸を一つし、リオは眠そうに瞼をこすりながら教室を出た。
友人と別れの挨拶を交わし、彼女は今日もアンズの元へと向かう。
だが、今日は真っ直ぐと下駄箱に向かっていた。
――方法に問題があるのかな。
脳内にクエスチョンマークを溢れさせている彼女は、最近始めた日課すら忘れるほどに思考を集中させていた。
「リーオーちゃん」
背後からの女子の声と共に、リオは何者かに肩を掴まれる。
呼び止めたのは、リオの友人である如月ミオだ。
「ミオ!」
「リオ!」
「ミオ! ミオ!」
「リオ! リオ!」
「ミ」「はいそこまで」そう言って、2人の間に堂巳サヤが割って入る。
「聞いたよリオ、今日もアンズを追っかけ回してたんだって?」
「そりゃ、日課だからね……」
とそこまで言ったところで、「あっ!!」と急に大声で彼女は何かを思い出したように声を上げた。
「今日の放課後追うの忘れてた!!」
「へえ、珍しいじゃん」
「考えごとしてたから」
もう帰っちゃったかな、とアンズの所属するクラスであるB組の下駄箱に向かう。
「は、ひ、ふ……って、名前書いてないからわかんないじゃん!」
1人でノリツッコミし、彼女は再び2人の元へと向かってくる。
「たまには、休みでいいんじゃない?」
「いや、それはダメ。毎日やるから意味があるんだよ」
それに休んだら心配されるじゃん、とリオはミオに返す。
折角、アンズが楽しそうにし始めたのに、ここで休んだら積み上げてきたものが崩れてしまう。
そんな心配が、彼女の中をぐるぐると回っていた。
「……よし、私も協力しよう」
唐突なサヤからの言葉に、彼女はクエスチョンマークを頭上に並べる。
「だから、私もそのアンズちゃんに笑顔になってもらおう作戦に参加するって話」
「えらく唐突にきたね」
でも、とリオは続ける。
「これは、あんま人を多くしちゃダメだと思う。まだ、その段階にきてないっていうかさ」
「それは分かってるよ。だから、私は裏方に徹する」
「それって……つまり?」
「進展ないんでしょ。ショウから聞いたよ」
「ショウから……」
ねえ! とここでミオが割って入る。
「なら、私も仲間に入れてよ。私もアンズちゃんとは友達になりたいって前から思ってたんだから」
「……もう、仕方ないな」
そう言って、リオは階段に向かって歩き出す。先ずは、今日の分の一方的な追いかけっこだ。
放課後。時刻は18時。
リオ、サヤ、ミオの3人は、晩飯も兼ねて学校近くのファミレスにて作戦会議を開いていた。
「やっぱ、鬼ごっこはダメなのかなあ」
「あれって、鬼ごっこだったんだ」
水の入ったコップに口をつけ、ミオが言う。
そんなミオを見て、思い付いたようにサヤが口を開いた。
「そういえば、話変わるけどミオはアビリティマスターと友達になるっていうのは進んでるの」
「唐突だねえ……まあ、正直全然進んでないんだよね」
「手伝おうか?」
「いや、いいや」
自分で頑張る、とミオは少し表情を暗くするも直ぐに元に戻し「よし、早速良い案を言い合っていこう!」と元気良く声を出した。
そして、数10分後。
「うーん、案外出ないよね」
空になった食器が並んだ机にて、携帯にメモされたいくつかの案を見てサヤが呟く。
「やっぱ、小細工なしで直接話し合った方がいい気がするよね」
ミオの言葉に、そうかなーと腕を組み考えるリオに対して、サヤも「私もそう思うかな」と同意する。
「まあ、出来る限り私たちもフォローするから、1回やってみたら?」
2人がそこまで言うなら、と最後にはリオは直接話す作戦に賛成した。
3人は、その後更に食後のデザートを食べ、幸せなひと時を過ごした。
日付が変わって12月3日。放課後。
リオは、終礼が終わると同時に教室を飛び出しアンズの所属するB組へと走った。
「あれ!? もう、終わってるの!?」
既に、人が教室から出始めているのを見て、パッと教室内を見渡しアンズがいない事を確認してからリオは踵を返し階段へと向かう。
3年の教室は3階に。
リオは、数段飛ばしてこけそうになりながらながら1階の下駄箱に到着した。
『アンズちゃんは、ここだよ』
朝、サヤから教えてもらった靴箱を見ると、既にそこに革靴は無く変わりにスリッパが置かれていた。
「まだ、間に合うよね」
リオは、急いで自分の靴箱に向かい、革靴に履き替え勢いよく外へと走り出した。
やると決めたらその日にやる。じゃないと、上手くいかない気がするから。
アンズに会うだけなら、今日じゃなくていい。だが、リオは上記のような考えを持っているため、ここまで必死になって彼女を追いかけていた。
「見つけた!!」
彼女の張り上げられた声に、その視線の先を歩いている地味な色のマフラーを巻いているアンズはビクッと反応を返した。
「動かないでよー!!」
アンズの速さは、日頃のワンサイド鬼ごっこでよく知っている。なので、リオは渾身の全力のスピードで一気に彼女との距離を詰めた。
「はあ、はあ、はあ、やっ、とー、おい、づい、だー」
久々の全力疾走に、蒸せながらも彼女はいつも通りの変わらぬ笑顔で、驚きの表情のアンズを見る。
「も、もう、帰るの、ふぃー、速すぎ、だよ、ー、」
顔を真っ赤にして、今にも倒れそうなリオ。それでも、笑顔だけは崩さない。
そして、そんな彼女を見て遂にアンズも口を開いた。
「……大丈夫?」
リオの激しい呼吸に消されそうな程小さな声に、彼女は思わず「えっ?」と聞き返す。
「あの、とにかく何処か座れる場所に」
そう言って、アンズは辺りをキョロキョロと見渡す。
――私のことを心配してくれてる……。
そう理解した瞬間、込み上げてくるものを爆発させるようにリオはおどおどしているアンズに抱き付いた。
「!?」
その瞬間、マフラーで口を隠しているアンズの顔が真っ赤に染まった。
「もう! すっごい、嬉しい!!」
弾けるような笑顔で、暫くリオはぎゅっと動きが停止したアンズを抱き締めていた。
「取り敢えず、距離は近付いたみたいだね」
その様子を、サヤと共に木陰で伺っていたミオは笑顔で呟いた。
次回予告
「なんで、強がるの」
ねここ事件の日、ルナとレイジの間にあったこととは?
次回「大切な人には、笑っていて欲しいから」




