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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第8章 のかかかか
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第85.5話 びこびこ のかか 後編

 今回の誓いも3つ。発声禁止、特殊能力使用禁止、遠距離攻撃禁止(物理限定)。


 サヤとルミナスを早々と追い抜き、ショウイチは赤い点のある箇所、とある建物の屋上に着いて居た。


「なんで、こんな所に、居るんだ、よ」


 荒い呼吸で白い息を吐きながら、彼は両腕をさする。

 季節は冬。当然ながら、屋上には冷たい風が吹き抜けていた。

 そんな、身体を震わす彼に対し研究員2人はコートを羽織っておりそこまで寒そうにはしていない。


「思ったよりも早かったな」

「そういう、お前らは遅すぎなんだよ」

「君のあの速さを考えれば、追いつかれるのは時間の問題だと思ったのでね」


 だから! と、カゴを持っていない方の男はコートを脱ぎ捨てショウイチに特攻する。

 男の右手から放たれた拳を、ギリギリで避けショウイチはカウンターの左拳を男の脇腹に命中させる。

 その瞬間、彼は先ほどの戦いで感じた感覚を拳に受け、即座に後退するため足を蹴り上げようとした。

 だが、それよりも速く男の左拳が彼の側頭部を叩いた。


 揺れる脳、揺らぐ意識を繋ぎ止め、一旦彼は後退する。


「ほう、一撃では終わらないか」


 しかし、間髪いれずに男は彼との間合いを詰め、更なる一撃を彼の身体に加えた。

 その衝撃による奥の方から込み上げてくるものを抑え、彼は拳を強く握り締めた。


 だが、握り締められた拳は放たれる事なく地に沈んだ。


 男の蹴りに、遂にショウイチは血を吐き出し地に倒れる。

 力を入れ、立ち上がろうとするもその身体はいう事をきかない。

 口の中に広がる鉄の味に不快感を覚えながら、ショウイチはその意識を閉ざしかけていた。


――まだ、まだ終わってねえ。


 目の前に映る赤い染みに、彼はより一層悔しさを滲ませた。

 無力な自分。俺は、何のためにここに来た?


 バチンっ!!

 

 意識を失いかけていたショウイチの耳に、何かが弾け飛ぶ音が入った。

 移ろい行く意識の中、その目が移したのは白い人。

 精霊? 霊獣?

 少しの時の後、それはゆっくりとこちらに向かって。


 そして……。











 っ!?

 ハッと、ショウイチが目を開けるとそこは病室のベッドの上だった。


「俺は……」


 ゆっくりと上体を起こし、彼は辺りを確認する。

 そこは、疑う事なく病院の一室。

 

「……ねここっ!」


 急に思い出した様に声を上げ、彼はベッドから降りようする。

 すると、それとほぼ同時に病室の扉が開く音が、静かな室内に響いた。


「……しょういち」


 少しの間を経て、室内に入って来た人影は走り出し勢いよくショウイチに抱き付く。

 

「ねここ!?」

「ゔー、よかっだでずー」


 先日まで見せた事のない顔と声で、ねここは涙に濡れながらぎゅーっとショウイチを抱き締める。


「ちょっ、痛い痛い!」

「あっ、ごめんなさい!!」


 パッと、ねここは抱き締めていた腕を解く。そして、「本当によかったです」とベッドに腰を下ろした。


「そんなにヤバかったのかよ」

「血を吐いてたんですよ? 凄くやばいです」


 その言葉を聞き、ようやく彼は気を失う前の事を思い出し始めた。

 口の中に広がる鉄の味。目の前に広がる赤い染み。

 そして、白い人。


「そうだ、俺誰かに助けられたんだよ」

「……誰か?」

「うん。白くて、人なんだけど人じゃないような……ねここも見ただろ?」

「いえ、その時は私も気を失ってて」


 そうか、と改めて思い返す様に彼は呟いた。

 ここでは、恥ずかしさから隠しているが。その白い人は、ねここが擬人化した姿である。

 ショウイチのピンチに対する強い想いに能力が答え覚醒した、といった具合だった。

 だが、その事実は彼女を除いて誰も知らない。


「まあ、いいじゃないですか。結局、助かったんだから」

「そうだな、そうだけど……」


 そう言って、彼は俯く。


「どうしたんですか?」

「いや、なんか自分が情けなくてさ」


 意識を失う直前にも感じた想い。

 それは、強く彼の心に傷を付けていた。

 しかし、そんな彼の想いなどいざ知らず。ねここは、全く逆の想いを持っていた。


「情けなくなんてないですよ。私のために、命をかけて助けに来てくれたショウイチさんを誰が情けないなんて思うんですか」


 そんな事を言う人がいたら私が成敗してやりますよ、と彼女は付け加える。

 この通り、結果的に敵に敵わなかった彼の事を彼女は全く、寧ろ感謝の気持ちを持っていた。

 そんな、彼女の嘘偽りの無い言葉に、彼は自然と流れ落ちそうになる涙を隠すように布団の中に潜り込んだ。


「?? どうしたんですか?」

「何でも無い」


 喉乾いたからジュース買ってきてよ、と布団の中から出た言葉に不思議に思いながらも、ねここは「わかりました」と病室を出て行った。


 止めどなく溢れる涙は、悔しさのため。

 今まで味わったことの無いその感情に、彼は暫く布団の中に潜り続けた。

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