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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第8章 のかかかか
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第85話 びこびこ のかか 前編

 冷気漂う室内。ショウイチは、手探りに数秒前から鳴り響く携帯のアラームを止めた。

 それから、数分後にはっと上体を起こす。

 いつもと、変わりない朝の始まりだった。

 ネコがいる、という事を除いては。


「あれ?」


 前言撤回。ネコはいなかった。いや、寝る前は居たのだが今はいない、と言った方がより正確か。

 昨夜、車で家まで送ってもらった後、ショウイチは猫化したねここと共に夕食を取り、なんやかんやで床に就いていた。

 寝る前、ねここは布団の上に丸まって寝ていたのだが。


「いない……」


 居間、台所、風呂、トイレ……室内をくまなく捜索するも、灰色の猫の姿はどこにも無い。


――まさか、夜中に攫われた?


 そう思い、扉と窓の鍵を確かめるも、どちらもしっかりと閉じられていた。


――空間移動の可能性もあるか。


 いや、と彼は一旦考えをリセットする様に頭を左右に振る。

 ねここが誘拐されたとして、どうやって室内に侵入したかを考えるなど今は大して意味が無い。

 それよりも、今はねここの安否の方を優先すべきだった。


――……携帯!


 彼は、即座に先ほどまで寝ていた部屋に戻り、その上に置いてあった携帯を手に取った。

 首輪型探知機。こんな事もあろうかと、SCMがねここの首に付けた探知機である。

 そして、それは携帯から確認が出来た。


「見つけた」


 場所はD地区内。現在、それは動きを止めていた。






 地区上に表示された赤い点がねここだが、実はこの点は色によってねここの心理状態が分かる様になっている。

 青が平常、赤が危機、といった具合だった。ちなみに、黄色もあり、その場合お腹が空いたよう、という意味になる。


 時刻は、午前8時過ぎ。

 制服に着替えたショウイチは、点の示す場所に向かっていた。


「あれ? ショウイチ?」


 背後からの声に、走っていた彼はさっと後ろへ振り返る。

 そこには、同じくその長い金髪を揺らし走っていたルミナスの姿があった。


「どうしたんですか? 遅刻には、まだ余裕がある気がするんですが」

「そんな、理由じゃねえよ」


 そう言って、ショウイチは手に持っていた携帯の画面を横に出てきた彼女に見せる。


「……攫われたんですか」

「おそらくな」

「全く……まあ、今は愚痴を言わないでおきます」


 ため息をつき、ルミナスは走りながら彼の額に触れた。


「誓いは何がいいですか?」

「何でもいい、強いのならな」


 その言葉に、一瞬口元を緩め「了解」と彼女はブレザーの袖から鎖を出現させた。




 厚い灰色の雲に覆われた空の下、ショウイチとルミナスは地図上の赤い点が示す地点である第一公園に辿り着いていた。


「探知機、ですか」


 息を切らしている彼らを見て、研究員の1人は手に持っている灰色の猫が入っているカゴの中に目をやった。

 心なしか、不安そうな表情を見せるねここに。


 公園にいた研究員と思われる者たちは5人。その中には、先日ショウイチらを襲ったあの男女を混じっている。


「こちらは5人。対して、そちらは2人。どうだ? ここは、おとなしく引き下がっては?」


 渋い顔立ちの男性から投げられた言葉に対し、2人は「断る!」と即答する。


「そうか、なら仕方ない」


 そう呟くと、男は羽織っていたコートを他の研究員に預け一歩前に出た。


「君たちは、大人というものを舐めている」


 男の口から発せられた低く重い声に、2人は思わず半歩下がってしまう。

 それ程までに、ドスの効いた声。ただの威嚇とは違い、それはまるで「死んでも文句言うなよ」と暗に言われている様に2人は感じられた。


 ジリジリと2人を見下ろす圧倒的存在感。

 威勢よく返したのが遠い昔の様に感じられる程に、今の2人は敵に対して勝ちのビジョンを失っていた。


「さて」


 突如、消えた男に2人は即座に周囲を見渡す。

 右、左、そして上を見た瞬間、2人の視界は黒く染まった。

 ドゴン。

 握り拳による一撃にも、2人はかろうじて意識を繋ぎ背後へと後退する。


「ほお」


 しかし、その動きに合わせる様に動いた男は、更に今度はみぞおち目掛けて拳を弾丸の様に放つ。

 後退のモーションを取っている最中の2人に、それを避ける術は無く、その重い一撃は2つの身体を吹き飛ばした。

 身体が地に激突し舞い上がる砂煙。

 その中から、男の腕に伸びる一筋の鎖。


「これは何だ?」


 存在しない幻想の様な鎖に、男は不思議に思いつつもゆらりと立ち上がる2つの影の方に目をやった。


「これは、何だね?」

「誓いは何がいい?」


 かすれた女声に、男は答えずに影の方向に向かって走り出す。

 何かされる前にやる。何かされても迷わずやる。

 その男の動きに、迷いなど何も無かった。

 しかし、今回その考えが仇となってしまう。


「罰は封」


 頭から血を流し、ルミナスは小さく呟く。

 今回、彼女が仕掛けた誓いは『喋る』『動く』『基礎能力の発動』の3つ。

 この能力における罰の強さは、誓いによる強化の度合いで変わってくる。逆を言えば、誓いによる上昇値は破った時の罰の上昇値で決まる事になる。

 今回彼女が指定した罰は『能力の使用不可』。

 これにより、誓いによる上昇値が強くなるが、上記の誓いから簡単に破ってしまうと十分に予測できるため、ルミナスは特に躊躇無く能力を発動したのだった。

 ちなみに、誓いの内容も強化や罰に上記に比べれば影響は少ないが、それらにプラスマイナスを与えている。


「能力封じか」


 しかし、その状況に置いても、彼は顔色一つ変えず冷静に状況を分析していた。

 その男の様子に、ある種の恐怖を感じながらも、ショウイチは冷静に息を一つ吐き棒立ちの男の目に視線を合わせた。

 

――今はとにかく、時間を稼ぐ。


 何をどう頑張っても、数などの差から彼らからねここを取り返す事は不可能と考えたショウイチは、ここに来る道中連絡を入れたサヤたちSCMチームDの到着まで時間を稼ぐ事に決めた。

 現状、後ろで観戦している研究員たちに戦う意思は感じられない。なら、目の前の男を誓いの能力で縛りつつ、適当にやり過ごしていれば、十分に時間を稼げると彼は踏んだ。

 しかし、次の瞬間その考えはあっさりと崩されてしまう。


「言っただろう? 大人を舐めるなと」


 その言葉に導かれる様に、ねここの入ったカゴを持っている男以外の4名がジリジリと前に出てきた。

 数という力。その状況だけで、それは十分にショウイチから戦う気を削いだ。

 そう、あくまでショウイチから。


「その方がいいですよ。寧ろ、もっと増やして貰っていいです」


 強がりではない。

 強者との戦いを望む彼女が、先ほどは敵の威圧に触れ縮こまってしまったやる気をこの場面で復活させたのだ。


 だが、その少女の余裕そうな言葉に彼らは声を上げ馬鹿にしたように笑い出す。

 それ程までに、2人にとって悪い状況。悪い空間がこの場に作られていた。


「それは、援軍を加味しての言葉か?」

「援軍?」

「当然、呼んでいるのだろう? SCMを」


 先ほどから、変わらず余裕の表情を保ったまま彼は言う。

 そして、男は公園の外を指差した。


「おかしいとは思わなかったか? さっきから、激しい戦闘を繰り広げているのに、外の者は誰1人としてここに入ってこない」


 彼が指差した先には、通学途中の学生がこちらに全く顔を向けずに歩いていた。

 この公園内の状況を考えて、歩行者が全く気にも留めないなど不自然なのだが。


「何かしてますね」

「ああ、優しい私はそれが何か君たちに教えよう」


 そう言い、男は5人の研究員たちを示した。


「この中の誰かが、この場所に私たちの存在を消す能力を発動している」


 『存在否定』と呼ばれる能力がある。

 そこに存在しているのに、脳がそれを認識出来ない。そういった状態を作り出す能力であり、簡単にいえば「影が薄い人」の強化版を作り出す能力である。

 今回、それの広範囲版であるが、本来『存在否定』は発動者自信に対し効力がある能力であり、今回5人の内誰かが発動しているこの能力は『改造』によって強化されたものだった。


「つまり、SCMはここに辿り着いても私たちを認識できないと?」

「ああ。もっとも、こちらから声でもかければ別だがな」


 先ほど2人が地面に激突し、砂煙を上げた際にも通行人はこちらに目をやっていた。

 しかし、公園には砂煙しか舞っておらず、またそれは風が吹けば普通に起こりうる状況であり、やはり誰も気にせず歩みを止めなかったのだ。


 その一見、絶望に叩き落とされそうな言葉にも、ルミナスは特に表情変えずに「そうですか」と素っ気なく返した。

 何故なら、簡単な話5人全員の能力を封じてしまえば、能力が解除され事が解決するからだ。

 とはいえ、それ以前に彼らがSCMに向かって何らかのアクションを取ればかろうじて認識させられるので、その前にさっさと倒してしまおうというのが研究員側の考えだが。


「さて、戻ったかな」


 拳を握り締め、男は呟く。

 罰の効力時間はおよそ1分。

 ダラダラと話をしている間に、その1分が経ってしまっていた。


「さあ、同じ技はそう何度も通じないよ」

「そんなの分かってますよ」


 誓いは罰を受ける度にリセットされる。つまり、罰を受けた時点で男にかけた誓いは解除されていた。

 しかし、彼女も別に呑気に彼の話に付き合っていたわけではない。

 そう、この誓いは時間稼ぎの為と、ショウイチの能力に男をかける為のものだった。


 そして、その為の仕掛けを彼は既に終えていた。


 突如として変わった視界に、入れ替えられた両名は動きをもって確認する。

 しかし、動いたのは自身の身体ではなく他者の身体。

 2人は、その動いた身体を視界に入れ、ようやく自分の身に何が起きているかを把握した。


「これは、また面倒だな」


 男が呟く。 

 人と人が目を合わせる行為は、そこまで違和感の生じるものではない。故に、彼は能力発動の下準備である目を合わせる行為など全く気にも留めていなかった。


「視界交換能力、あの男の能力です」


 先日、ショウイチらを襲った男が説明を始める。

 能力の発動方法。能力の解除方法。

 それらに、「なるほど」と呟いた男は入れ替わっている男の方を向かせる。


「動けるか」

「何とか……」


 自身なさそうに答えた若い男に、彼はため息をつき他の4人の方へと身体を向けた。

 

「私と彼は下がるから、後は君たちで頑張ってくれ」


 そう言い、男は若い男と共に後ろへと下がり、カゴを持っている男からそれを受け取った。

 これで、後4人。先ほどまでカゴを持っていた男、先日ショウイチらを襲った男女。そして、先ほどからずっとニヤニヤと口元を緩めている女性。


 サヤたちが、ここに辿り着くまであと少し。

 ショウイチとルミナスは、ここで再度気を入れ直した。


「さて、どうしたものですかね」


 同時に発動できる誓いの対象人数は3人。

 それに対し、敵は4人。

 既に、ショウイチの『抑視』は見破れらている為、どうにかルミナスの『誓い』だけでこの場を持たす必要があった。

 当然、隙さえあれば抑視も使っていくつもりだが、そう簡単にいくと2人とも思ってはいなかった。


「ショウイチって基礎能力いくつでしたっけ?」


 急な問いに、「えっ」と彼は口ごもるも記憶を辿りそれを思い出した。


「5、4、4だったかな」

「十分ですね」


 そう呟くと、彼女は彼に腕を向け鎖を発射する。

 

「誓いは、『コ』『トノ』『エ』!」

「!?」


 早口での言葉に、ショウイチは一瞬戸惑うも、それが何なのか理解する。

 発声禁止、特殊能力使用禁止、遠距離攻撃禁止(物理限定)。

 トーナメント時に決めていたワードを、なんとこの場で特に理由もなく彼女は使ったのだ。


「強化対象は基礎能力」


 ボソッと彼女が呟くと同時に、ショウイチが地を蹴り勢いよく走り出す。

 その速さは、その場の誰も経験した事のない速度。そして、その攻撃は誰も経験した事のない強さを持っていた。


 ドッ、ドッ、ドッ。

 早々と、3名の意識を飛ばさせ、残りの1名、この状況においてもまだにやけるのを止めない女性に彼は照準を合わせる。そして、その拳をなんの躊躇いもなく彼女のみぞおちにぶち込んだ。


「!?」


 それは、まるで鋼鉄の身体。

 4発目の感覚は、柔らかい肉を抉るものではなく、まるでコンクリートを殴った時のような痛みを彼の拳に与えた。


「つーかまーえた」


 女性の声と共に、引き抜かれようとされる手首を掴む両の細い手。それは、とても女性が出せる力とは思えない程の力で強く彼の腕を固定した。

 その刹那、彼女の頭を貫通する銀の鎖。

 唱えられた誓いは、『能力の禁止』。


 そして、次の瞬間、ショウイチは彼女の拘束から解け3歩程後退する。しかし、即座に身体を前に倒し、1歩で間を詰め改めて彼女のみぞおち狙い一撃を見舞った。


 ここまで、およそ10秒。

 たった、10秒で彼らは4名の大人を戦闘不能にしたのだ。

 その情景に妙な達成感を感じた後2人は、その様子にただただ驚きの表情を見せている2人の男の方に目をやった。


「で、何でしたっけ? 大人を舐めてるとか、そんな話でしたっ」

「見つけた!!」


 急な女性の声に、ルミナスは不満顏で声の方に振り向いた。


「……もう、終わっちゃった?」

「ええ、あなた方が"あんまりにも"遅いので、2人でのしておきましたよ」

「そっか。てか、血が出てるけど大丈夫?」

「ん? あれ、何時の間に」


 今気付いたのかよ、と倒れている研究員達に手錠をかけながらレイジがつっこむ。


「全く、普通頭から血を流して気付かない人なんていないわよ」

「そのくらい、必死だったという事ですかね」


 ため息をつきながら応急措置を始めるサヤに、彼女は答えた。

 その様子に、肩の荷が下りた様に感じたショウイチは、はっ、とカゴを持つ男たちの方を向く。


「(いない!?)」


 言葉を寸前で飲み込み、彼はルミナスの肩を叩く。

 それに、「ああ、忘れてました」と呑気に彼女は能力を解除した。


「あいつらがいないんだよ!!」


 あいつら? と、ルミナスはショウイチが指差した誰もいない箇所へ顏を向けた。


「あれ? 何処に」

「どうしたの?」

「逃げられましたね」


 えっ? と、状況が理解できないサヤに、ショウイチはザッと説明を始める。

 

「……つまり、一番大事な人を逃がしちゃったと」

「そうですね。でも、あいつらはショウイチの能力でまともに動ける状態じゃなかったはずなんですけど……」


 と、ここまで言った所で、ハッと彼女は誓いの存在を思い出した。

 ショウイチを強化した際の誓いの中に、特殊能力の使用禁止も入っていた。つまり、あの時、無意識の内にショウイチは特殊能力を解除していた、という事になる。


「うーん、こればっかりは私のミスですね」


 と、表情変えずに俯くルミナス。

 だが、落ち込んでいる暇はない。


「まだ、近くにいるはず」


 そう言って、ショウイチは携帯で場所を確認する。

 

「十分、追いつける距離だね」


 地図上の赤い点は、ある程度の速さを保ちながら北に向かって進んでいた。


「ルミナス、もう1回頼む」

「えっ!? いやいや、ショウイチ君もボロボロなんだから、後は私たちに任せて」

「それ以前の話ですよ。さっきの誓いも、結構無茶してますから、もう1回やったら壊れますよ」


 誓いによる強化はドーピングに似ている。

 あくまで、一時的な強化。必要以上の強化は、身体に大きな負担をかける事になる。

 しかし、それでも目を見れば彼が引き下がるつもりがないのはよくわかった。


「……わかった。なら、私もついてくけどいいよね」

「うん。悪い」

「全く、いつから貴方はそんなわがままになったんですか」

「うーん、今だけだと思うぜ」


 さて、と携帯を握り締め、ショウイチは深く息を吸いそして吐いた。


――あんな顏見せられちゃ、頑張らないわけにはいかないからな。


「もう、ひと頑張りだ」


 そう呟き、彼は灰色の空を仰いだ。

次回予告


「助けるのに、理由がいるのかよ」


次回「びこびこ のかか 後編」

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