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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第8章 のかかかか
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第81話 みのみのく のかか

 『運命の出会い』という言葉がある。主に恋愛絡みで、この出会いは定められていた出会いだ、となんともロマンチックな言い方をする場合によく使われている言葉だ。

 なら、実際に出会いに運命などあるのだろうか。

 例えば、その出会いが第三者や当事者によって仕組まれていた事なら、それは運命なのだろう。まあ、この場合ロマンの欠片も無いのだが。

 しかし、例えば創作の中の一作品をとってみても、出会いから物語は始まっており、その出会いは偶然に発生した事である場合が多い。

 なら、これは創作以外にも当てはまるだろうか。

 当事者以外誰も関与せず、かつその時が来るまで誰も予測出来ない出会い。

 少なくとも、可能性はあるのだろう。


 さて、今回の物語は、そんな『運命の出会い』から本来関わる筈の無かった物語に関わって行く少年の物語である。






 12月1日、日曜日。

 海堂(かいどう)ショウイチは、本日も毎週日曜に決まって行っている気分に行き先を任せた散歩を行っていた。


「…………」


 休日という事もあり、街道にはそこそこの学生で賑わっていた。

 そんな、彼ら彼女らを通り抜け、前方180度をふらふらと見ながら、彼は特に目的地の無い真っ直ぐのコンクリートの道を進んで行く。


――今日は帰ったら何しようか。


 先週はアニメDVDの鑑賞。先々週はライトノベルを読み、その前はアニメ鑑賞だった。


――今日はラノベかな……。


 金のある時は新品、無い時は中古で彼はいわゆる表紙買いでそういった小説を買っていた。おかけで、彼の本棚には300冊以上の本が入りきれずに溢れ出している。なお、この中で読まずに積んであるものも多数ある。

 本とはそんなものなのだろう。特に中古ならば、少しでも気になれば中身を数ページ読んだだけでレジに持って行ってしまう。これが、DVDやゲームだとそうはいかない。安価かどうかもそうだが、何よりその場である程度中身が分かるというのがでかいのだろう。

 ラノベなら何を読もう、とショウイチが考えていると不意に目の前から此方に向かって走ってくる者が目に入った。


――何を急いでんだろ。


 学園都市において街中を走る者はそういない。そもそも、能力者なら目に見える速度で走ったりはしない。

 だからこそ、目の前から向かってくる青色の帽子を被った少女に彼は違和感を持たずにはいられなかった。


――ちょっと、付けてみようか。


 ショウイチの能力『抑視』は、対象の視界を自分が目を閉じていた時間だけ閉ざす能力である。だが、この能力は他にも目を合わせた者の視界を共有する、という力も兼ね備えていた。

 プライバシーの観点から考え(というのは建前だが)、普段の生活においてこの力を使った事は殆ど無い(過去一回だけ、女子相手に使っている)。

 だが、今回は「そういったプライバシーに関わらない範囲でのみ使用しよう」と何時でも破棄ができる制約を自信に交わし、彼は能力を発動しようとした。

 単なる暇潰し。加えて、徐々に彼との距離が狭まるにつれて判明する彼女の外観を見ての行動だった。


――服ボロボロだな……。


 こちらに向かって走ってくる少女の服装は、まるでゴミ捨て場にでも捨ててあった様なボロボロで汚れたものだった。だが、今の彼からしたら、その事はあまり気にする点ではなかった。


――スピード出てないし、目は合わせられるな。


 必死に走っている彼女が、一通行人と目が合った所で足を止める筈も無い。

 ショウイチは、真っ直ぐ此方に向かって来る少女の目に照準を合わせた。

 彼が刹那の内に脳内で描いたビジョンは、彼の横を走り抜けて行く予定の少女の真ん前に立ち目線を合わせ素早くどく、といったものだった。

 だが、現実はそうはいかなかった。いや、途中まではビジョン通りだったのだが。


「うわ!」


 彼が彼女の通り道に立ち目線を合わせ、その場から横にそれようとした瞬間、彼女はそのまま前に走り抜けずに少しそれ、そのままショウイチに抱きついたのだ。

 胸の中の青色の帽子を被った少女の呼吸と心音に、同調する様に彼の心音と呼吸は激しく荒く高鳴り吐き出される。


「えっ、はっ? いや、あの」


 その、人生において初めての経験に混乱する彼は上手く言葉を出せない。

 そして、少しの時の後、といってもショウイチからすれば酷く長く感じられた後に、彼女は見上げる様にその雪の様に白い肌の顔を上げた。


「助けて」


 振り絞られた彼女のか弱い声に、ショウイチは正気に戻ると同時にその顔を一気に紅潮させた。しかし、今は恥ずかしがっている場面ではない。


「追っ手が」


 その整っていたであろう顔をぐちゃぐちゃに涙と汗で濡らし、少女は彼の胸で震える。その状況に、ようやくショウイチは冷静さを取り戻し勢いよく少女を背にしておぶり、その場から勢いよく歩いてきた方向に向かって走り出した。


――とにかく、家に!!


 不思議そうに彼らを見る少年少女達を突き抜け、ショウイチは自身が住むアパートに一直線に向かって走って行った。






 ドアを勢いよく開け、前のめりに倒れる様にショウイチは部屋の中に入るも、即座におぶっていた少女を横にどかし扉を閉め鍵を閉めた。


――何だったんだ……。


 道中、走りながら感じられた"追っ手"の気配。それは、部屋に入るまで続いたが扉を閉めた今、それは全く感じられなかった。

 その瞬間、どっ、と流れる汗。ショウイチは、起き上がり横にペタンと座ったままの少女を避けタオルを取りに浴室へと向かった。


「あの……ありがとうございます」


 タオルを取り出す彼の背に、少女の落ち着いた声が掛けられる。


「ああ、いいよ、別に」


 そう言って、前髪を濡らしている彼女にショウイチは白いタオルを手渡した。

 

――シャワーでも浴びようか……でも、その間に追っ手が来たらなあ……。


「帽子取ったら?」


 ショウイチの言葉に、少女は頭頂をタオルで隠す様にしてその青色の帽子を外した。


「可愛い帽子だな」


 沈黙を嫌って、ショウイチが率直な感想を口にすると、少女は恥ずかしそうに顔を俯けた。


――さて、これからどうしようか。


 その後、特に話題を繋げられず彼は取り敢えず服を替えようと、居間にあるタンスの方へと向かう。それに、少女もタオルを頭に被せたまま彼について行く。


「服着替える?」


 ってもジャージくらいしかないけどな、と答えを待たずにショウイチはタンスの奥から昔使っていた赤いジャージを取り出し、彼女の手に握らせた。


「浴室な。着替えは適当に置いといていいから」


 と、彼は先ほどまで居た浴室を指差し再びタンスの中をあさり出す。暫く、少女はどうしようかとおどおどしていたが、結局浴室へと行き着替えを始めた。


――……俺、今凄いハイかも。


 先ほどから、彼にとってはかなり大胆な発言が飛び出している。それは、普段の彼からは考えられないほどの発言である。

 そんな、少しテンション高めの彼に少女の声がかかる。


「あの、着替えありがとうございます」


 浴室からの、扉越しでは無い透き通った声に、彼はより一層テンションを上げた。




 ……そして、各々着替え終わり、2人は机を挟み向かい合わせに座っていた。

 

「じゃあ、取り敢えず、色々説明してくれるとありがたいっす」


 少しの沈黙の後に、帽子を再び被っている少女にショウイチは話しかけた。

 着替えを済ませ、彼のテンションは元に戻ってしまっていた。いや、元に戻るどころかそのまま突き抜け下がってしまっている。

 そんな、彼に少女は静かに口を開いた。


「そうですね。じゃあ、先ず私の事を話さないと」


 そう言って、少女はその帽子を外した。

 執拗に帽子の中を見せなかった事から、ショウイチは少女の頭頂が禿げているものと思っていた。だが、実際はそうでは無くフサフサであり、そのフサフサに加えてぴょこんと2つの黒い三角、つまり猫耳が生えていたのだ。


「私は猫です」


 静かな部屋に響く少女の落ち着いた声に、ショウイチは唖然とする。


「名前はありません」


 見た目は普通の愛らしい白く透き通った肌の少女。そう、頭にパーティグッズ、否、コスプレでお馴染みの猫耳が無ければ。


「すみません。やっぱり、びっくりしますよね」


 突然の謝罪に、ショウイチは咄嗟にそれを否定する。


「いや……つか、どうなってんだ、それ」

「触ってみます?」


 彼女の言葉に、ショウイチは腕を伸ばし恐る恐るその猫耳に触れてみる。彼は、未だ猫の耳に触った経験は無いが、少なくともそれが作り物には感じられなかった。

 とにかく、ふさふさでフサフサ。

 何時までも触っていたくなる感覚がそこにはあった。


「えと、尻尾もありますよ」


 そう言って、少女は後ろを向き、おもむろにスボンを下げる。

 その行為に、思わずショウイチは両手で目を覆うが、さすがに思春期の男の子、指の隙間からバッチリと見ていた。

 本来ならそこには純白の布が映る筈だろう。しかし、彼女のその部分には純白というには少し肌色が混じっている。というより、はっきりと透き通る様な白であり、更に割れていた。

 つまり、ノーパンである。

 そして、尻の割れ目の直ぐ上から黒く長いフサフサとした尻尾と思われるものが生えていた。


「どうです? あっ、引っ張らないでくださいね」


 尻を見せる事に羞恥は無いのか、彼女は得意気に尻尾をふらふらと揺らして見せる。だが、少年が指の隙間から見ていたものはその黒くふさふさとした尾では無く、白くぷりぷりとした尻だった。


「わ、わかったから、早く履けよ!」


 それをしっかりと目に焼き付けてから、彼はこの場面での常套句を口にした。その、少し大きな声に怒られたのかと思った少女は「あっ、すみません」とささっとズボンを履いた。


「取り敢えず、お前が猫というのはよーく分かったけども」


 机を挟んでちょこんと正座し座る少女を直視できず、ショウイチは視線を右往左往させる。


「どういう仕組みなんだ?」

「実は、私もよくわかってないんです……」


 少女は視線を下げた。


「ある日、屋根の上で日向ぼっこしてたら、こうなってて……」


 少女は自分の、かつては肉球があった手を見た。それは、今ではしっかりと日に焼けていない肌色の人の手の形をしている。


「そうか……それは、何と言うか、不運というか……」


 かける言葉が見つからないショウイチは、ここで追っ手の事を思い出す。


「そういや、お前は一体誰に追われてたんだ?」

「それが……わからないんです」

「わからない?」

「はい……でも、猫耳を見られてるから、多分私が猫だからだと思うんですけど」


 猫だから。しかし、猫耳を見た程度でここまで追いかけてくるだろうか? 

 ショウイチは、部屋に入るまで続いた人の気配を思い出す。それは、興味本意から追いかけて来た者のものとは思えなかった。

 そう、それは必死に。本当に必死に。まるで、子うさぎを追う獣の様に……この場合は子猫だが。

 それは、少女とのファーストコンタクトを見ても明らかであり、それがショウイチの中でより一層、追っ手の正体がただの一般人とは思えなくさせていた。


「まあ、取り敢えず事情は分かった」


 そう言って、ショウイチは飲み物を取りに立ち上がる。


「落ち着くまではここに居ていいよ」


 去り際の一言に、思わず少女は聞き返した。


「あ、いや、嫌じゃなかったらの話な」


 弁解する様に彼は言う。

 彼は少女に家に居る事を提案したのだ。この場合ならば、そこまで問題のある発言では無いが女性経験が希薄な彼に取っては自然と慎重にならざるを得なかった。

 だが、そんな彼の心配をよそに少女はその目を潤しながら「ありがとう」と一言呟いた。

次回予告


「なんと、ここで私です」

 自分一人の力では守り切れない。そう考えたショウイチは、友人に協力を仰ぐ事にする。しかし、敵の動きは予想以上に早く……。


次回「のかみち のかか」

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