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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第7章 key and three doors(four fragments)
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第79話 もう1人のノウリョクシャ

 公園を出て数10分後。問題解決屋の4人は無事、志比ミライの住んで居るアパートに到着していた。


「なんで、10分程度で来れる所に20分もかかってんだよ……」


 ミライが住む部屋への冷たい空気が漂う階段を、1人で上りながらリュウイチは愚痴る。

 公園から、ここまでおよそ徒歩10分の距離だが、道中カズハ、アカネの両名が食べ物の匂いや、彼女らにとって魅力的な店などに引っかかり想定よりも時間がかかってしまった、という具合だった。


――えっと……ここか。


 リュウイチは、メモにぐちゃぐちゃに書かれた部屋番号と目の前の部屋番号を確認する。

 その2つが一致しているのを何度か確認し、彼は部屋のインターホンを鳴らした。


――居てくれよ……。


 なお今回、突然大勢で押しかけるのも迷惑だと思い、リュウイチ1人で部屋に向かい、他の3人はアパートの外で待機するという方法を取った。


「反応ないな……」


 数秒経った後に、彼は再びインターホンを押そうと手を伸ばす。だが、それを触れる手前で静かにガチャっと彼の目の前のドアが開かれた。

 リュウイチがミライについて知っていた情報は性別のみである。なので、彼は先ず初めに目の前に立つ少年の名を確認した。


「えっと、志比ミライさん?」

「そう、ですけど……」


 リュウイチの言葉に、彼の目の前に立つ色白の少年は不審な表情で答えた。

 見ず知らずの、自分と同じくらいの年の男子がいきなり名前を確認してくる。彼自身、最近他人から名前を聞かれる経験をしているとはいえ、不審に思うなという方が無理な話だった。

 

「ちょっと、話があるんだけど、今いいか?」

「いいですけど……」

「ありがと。じゃあ、部屋に入っていいかな? 別に外でもいいんだけどさ」


 いや、いいですよ、とミライは部屋の中にリュウイチを招き入れる。

 それに、「お邪魔します」と彼は部屋の中へと入って行った。






 一方、アパートの屋上にて。

 寒空の下、他の3人は携帯にて呑気にE地区のおすすめスポットを探していた。


「うーん、別にE地区ならではってのは無いんだね」


 一つ身震いをし、画面上に映し出された彼女らの住むB地区でも見かける事の出来るスポットにカズハは残念そうに言う。

 そもそも、学園都市が北と南に別れているのは学生だけで管理させるには大き過ぎるという理由が主であって、そういった事を除けばあまり北と南に分ける意味も無いのだ。故に、北地区ならではや、南地区ならではといった特色等も存在しない。つまり、北地区にあって南地区に無いものは無いのである。

 こういった事は、SCMに所属する学生などからすれば常識の事実であっても、普段の学生生活において他方の地区に行く事がない一般学生にとっては衝撃の事実である事が多かった。


「まあ、無いなら仕方ないか」


 一見、割り切っている様に振舞うアカネも内心はカズハと同じで残念がっていた。それは、マリアスも同じであり、こちらは目に見えて残念そうにしている。


「仕方ないか……にしても、お腹空いたなあ」

「唐突だな。まあ、お腹は空いたけど」


 時刻は16時半。おやつの時間はとっくに過ぎていた。


「さっきのお菓子、美味しそうだったよね……」


 マリアスは、ここに来る道中見かけたパン屋を思い出す。

 焼き立てのパンの香ばしい匂い。それは、目を瞑れば暖かな日差しに包まれて過ごす午後のティータイムの風景を自然と浮かばせた。といっても、彼女はティータイムとは無縁なのだが。

 

「そうだね……美味しそうだったよねえ」


 カズハは、道中見かけたパン屋……では無く焼き芋屋を思い出す。

 ソースが焼ける食欲そそる匂い。それは、目を瞑れば明るい屋台に挟まれた騒ついた人通りを思い起こさせた。遠くの方では花火が鳴っている、そんな適度な暑さのある情景。


「そうだな……あれは、美味しそうだった」


 アカネはそのどちらも思い出していた。

 先ほどまでの残念そうな表情はどこへやら。今の3人の表情は妄想で酷く緩くなっていた。






 場所は変わって暖房がかかっている室内。

 リュウイチは、ここに来た経緯をミライに話し終えていた。


「つまり、その想像具合使いがなんで勝てないのか知りたいと」


 そうだな、とリュウイチは表情から不審さを消したミライに答えた。

 その反応に、うーんとミライは腕を組み唸る。


「難しい質問だな……」

「それは分かる。志比が喧嘩好きとかならともかく、そうじゃないなら答え様が無いからな」


 だから、と出された湯気の立っているホットココアの入ったマグカップを彼は手に取った。


「単純に、同じ能力を使う者としての意見が聞きたいんだ」

「意見か……」


 多少、質問が簡単になったとはいえ、ミライが答えに迷う事に変わりはなかった。

 何故、想像具合使いがほぼ100%の確立で負けるのか。

 そもそも、ミライは喧嘩とは無縁の生活を今まで送って来ている。故に、その仮定が想像しずらかった。


「まあ、個人的には解決方法を聞きたいんだけどな」


 ホットココアを啜り、彼は余計な要求を付け加える。

 同じ能力者とはいえ境遇が違う為に意見が出てこない。

 この状況に、早くもリュウイチは次なる手を考え始めていた。

 しかし、暫く腕を組んだまま黙っていたミライの口から思わぬ発言が飛び出る。


「勝ちを具現化出来ないかな」


 リュウイチは、その予想内の、しかしこの場においては予想外の意見に酷く驚いた。

 先ほどの経緯の説明の際、彼はミライに『負けという見えないものを具現化している』という可能性を伝えてはいなかった。だが、彼は意見として勝ち負けの具現化の可能性を出してきたのだ。


「例えば、どうやって?」


 驚きを隠しつつ、彼は冷静に訊いた。


「そうだな……例えば、勝つイメージを持って戦うとか」

「イメージか……」


 この可能性を考えると、負けをイメージしているせいで負けている事になる。しかし、当のショウは勝ちたいという確固たる意思を持っていても勝てないのだ。ならば、あまり勝ち負けのイメージは関係無い様にも思える。

 そういった意見を彼は浮かべるが、折角出た意見なのでリュウイチはそのまま話を続ける事にした。


「つまり、イメトレが大事と」

「うん。まあ、この能力が何処まで具現化できるかどうか次第ではあるけど」


 ミライとしては、負けは能力では無く本人に問題があると考えていた。つまり、彼が出した意見は能力関係無しに勝ち運が無いショウに勝ち運を具現化させるという方法だった。

 

「……なら、実際にやってみるか」


 えっ? と、リュウイチの脈絡の無い提案にミライは疑問符を付ける。

 その反応に、彼はホットココアを一気に飲み干しこう言った。


「勝ちを具現化できるかどうか」






 リュウイチが考えたプランは至極単純なものだった。

 『勝つイメージを具現化した状態でアカネと戦う』

 もし、勝ちを具現化出来るのなら戦闘経験の無いミライが勝利する筈である。


「しかし、本当に本気でやっていいのか?」


 冷めたい風が吹く屋上。アカネは、目の前に女性陣3人をチラチラと見ながら立つ、肌の白い少年を見た。

 少なくとも、見た目だけではショウとは違い勝負にすらならない可能性もあった。


「ああ、ガチでやっていいぜ」


 その言葉に、何よりミライが反応する。急に知らない男が訪ねてきたかと思えば、次は見た目強そうな女子と戦えと言うのだ。

 この、無茶苦茶な展開に彼は既に付いていけなくなっていた。


「じゃあ、志比。イメージしてくれ」


 ああ、と気の抜けた声で返し、彼は目を閉じ集中を始めた。

 目の前の女子とこれから戦うという事と、初めての『勝ち』の具現に彼は満足に集中する事が出来ない。


――勝つイメージ……ってなんだっけ?


 最早、『勝ち』がゲシュタルト崩壊を始めたミライをリュウイチ達は静かに見守っていた。




 そして、数分後……。

 ミライの「よしっ」という言葉に、3人は「やっとか」と冷える体を摩りながら呟いた。


「出来たのか?」


 リュウイチの言葉に「一応は」とミライは自信なさげに答える。


「なら、さっさと始めよう。身体が冷えてきた」


 羽織っていたジャケットを脱ぎカズハに預け、アカネは能力によって作り出した刀を構えた。その刀身が斬れ味高そうに輝いている刀に、ミライは怖気付く。


「大丈夫。峰打ちでしか攻撃しないから」

「なら……大丈夫か」

「大丈夫だって、勝ちを具現化したんだから」


 変わらず不安そうな表情のミライに、リュウイチは自信を持たせる事も込めて言った。

 絶対的な自身は時として勝ちを呼び込む。この場合、能力によって呼び込む訳だが当然心意気も大事になってくる。

 ミライは1つ大きく深呼吸し、再度勝ちのイメージを脳内に作り上げた。そこには、刀を地に突き刺し片膝を付くアカネの姿、そしてそれを見下ろすミライの姿があった。


「じゃあ、始めるか」


 アカネの言葉と共にミライは構え、彼女は地を蹴り前に出た。






 数分後。

 そこには、刀を地に刺し片膝を付くアカネとそれを見下ろすミライの姿があった。

 ミライの想像通りの展開に、その場の誰より彼自身が驚いていた。

 

「たった1つの隙を確実に仕留めたな」


 リュウイチはカズハからジャケットを受け取り、そのたった一瞬の出来事に動揺するアカネに羽織らせた。

 そう、彼の言うとおり圧勝でも無ければ自滅でも無い。ただ、彼女のスピード攻撃を防ぎ続け、そして根気良く粘った末にできた隙を突いただけだった。

 ただ、それだけ。隙を突かれただけ。


「取り敢えず、これで勝ちを具現化出来るのは確実か」

「ミライ君が意外にも強かった可能性もあるけどね」


 腕を組み戦況を見守っていたカズハが言う。

 

「それにしても、能力って不思議だね」


 アカネの肩をポンと叩き、マリアスは言った。


「もう1回だ」


 背のジャケットをマリアスに押し付け、アカネは立ち上がる。


「もう1回、今度は勝てる」

「アカネ?」


 彼女が負けず嫌いという事は、2年間の付き合いでリュウイチも分かっている。しかし、今回の様なあまり勝ち負けにこだわる意味が無い戦いに置いては別だった。

 だが、そういう事もあるのだろうと彼はあまり気に留めなかった。


「悪い、志比。もう1回頼めるか?」


 その言葉に、ミライは「いいよ」と戦闘前の不安な表情とは一転して余裕の表情を持って返した。

 最早、今の彼の中に負けのイメージは全く無い。

 「じゃあ、始め」という、カズハのやる気ない合図を皮切りに両名は行動を開始した。






 今度は先ほどよりも早く決着が付いた。

 結果はミライの勝ち。勝ち方も、先ほどと同じで一瞬の隙を付いての勝利だった。


「もう1回」

「アカネ!」


 フラフラと立ち上がったアカネにカズハの叱咤が飛ぶ。


「何回やっても同じでしょ! それに、目的は達成したんだからもう帰ろう!」


 お腹空いたし! と思わず気の抜ける理由を付け足すカズハ。しかし、それはアカネもマリアスも同じだった。


「……そうだな、悪い熱くなった」


 アカネは両頬を軽くパチッと叩き、マリアスに預けていたジャケットを受け取った。そして、自分の中で起きている不思議な感覚に酔っているミライの元へと歩いて行く。


「協力ありがとう」


 言って、彼女は無理矢理彼の手を掴み握手をして踵を返した。


「さて、美味しい物食べに行くぞ!」


 アカネの元気な声に、2人も「おー!」と返し階段を降りて行く彼女の後について行った。


「なんか、悪いな。急に押し掛けて、急に帰って」

「いや、いいよ。俺も楽しかったし」

「そうか。じゃあ、俺も行くわ」


 じゃあ、ありがとう。とリュウイチは手を振り見送るミライを背に3人の後を追って行った。

次回予告


「焦っても始まんないよ」

 最強の負け運、ショウは遂に勝つ事が出来るのか!?


次回「勝利へのコダワリ」


今回、登場した志比ミライが主人公の作品「Lost in Time 〜存在証明〜」はこちらから(http://ncode.syosetu.com/n3696bk/)(Lostシリーズ)

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