第69話 再開 -flying bird-
「アルビナ・アウリアス。私の後輩で、アリスの監視役よ」
リュウの「知り合いですか?」という質問に、リリアは前を向いたまま答えた。
通称、スピードスター。その名の通り、アルビナの特徴はその素早さにあった。アリスも、監視役だった時に何度か模擬戦としてアルビナと戦っており、そのスピードの恐ろしさはよく知っていた。
「私の方が年上ですけどね」
落ち着いた低い声でアルビナは答える。
「そういう間柄かー。なら、ここを通してくれたりしないかな?」
「残念だけど、私の役目はお前たちを倒す事ですから。君の要求には答えられません」
キョウに、アルビナは腕を組み答えた。
「……リリアさん。あいつは強いんですか?」
「"強い"というより"速い"だね」
あとナイフを使って戦う、とリリアは付け加える。
速い……か、とリュウは復唱した。速い相手とは、既にここにくる前に戦っている。リュウ自身も、2度も3度も速い敵にやられるつもりはなかった。
リュウ達がどう仕掛けようかとそれぞれ模索し目線を動かしている中、アルビナは余裕の表情で腕を後ろにやる。
「ハンデをあげましょう」
彼女はニヤリと笑みを見せた。
「彼女のペースに呑まれないでね」
言い返そうとしたリュウを制し、リリアが釘を刺す。
「そうだよ。寧ろ、敬意を表さなきゃ」
「敬意はいいけどね」
と、リリアは苦笑いをする。しかし、このやり取りがリュウとリリアの緊張や、少しの苛立ちを抑えたのは言うまでもない。
「さて、じゃあ各々適当に行く……」
かっ! とその合図と共にリュウ、リリアの両名がアルビナに向かって走り出す。
リュウ達が前持って決めていた対強敵への作戦。それは、至極単純に各々がそれなりのやり方で立ち向かって行くというものだった。といっても、この中でキョウは能力の事もあり敵の隙を伺うため後衛に、リュウとリリアの両名は前衛に向かうため殆どその役割は暗黙の内に決まっていた。
その陣営に、アルビナは全く動じずゆっくりと背後の腕を解く。そして、最初の一撃を加えようと殴りかかったリュウの炎を帯びた腕を何の躊躇もなく掴み、彼を背負い投げた。続くリリアの攻撃も後転飛び、つまりバク転で避け背後から一撃を浴びせた。
その一連の動作を、驚きの表情でキョウは見つめていた。動作が速い事もそうだが何より行動開始が速いのだ。それに、場合によっては予測し動いている。この事から、自然とアルビナは戦闘経験豊富だとキョウは考えた。
――監視役か……。
監視役であり警護役でもあるなら、この戦闘慣れした行動も十分理解できる。
――少なくとも、僕じゃ勝負にならない。
その場から動かず、ゆらゆらと立ち上がったリュウ、リリアにキョウは視線を移した。
「やっぱ、正面からはダメか」
ふう、とリュウは一旦息を吐く。最初からスキルバーストを発動していた為、背中から床に激突はしたがダメージ自体は殆ど無かった。一方のリリアは、スキルバーストを使えない為あの一撃を基礎能力だけで防御しなければならない。だが、元々アルビナの基礎能力『攻』はそこまで高くない為、これまたダメージはあまり無かった。
「暫く、牢屋生活だったので腕がなまったのですか?」
「言うほど牢屋生活は」
してないけどね! と、リリアは先ほどよりも速くストレートを決めるも、それをアルビナはふわりとかわし合わせる様にリリアの頬目掛けて拳を放った。
唾液を吐きながら体制を崩すリリアの横を、リュウはアルビナの放ち伸ばされた右腕を狙い炎を纏った左の拳を放つも、彼女は直様目にも留まらぬ速さで右腕を引き体制を下げる。直後、アルビナは拳を放ち体制を崩したリュウのみぞおちを狙って右の拳を放った。
先ほどもそうだが、スキルバースト発動時は基礎能力も向上される。その為、吹き飛ぶほどの攻撃をくらってもダメージ自体は殆ど無い。
アルビナの拳に吹き飛ばされたリュウは、そのまま先ほどと同じ様に床に背中から激突した。
「弱い……」
失望の冷めた目でアルビナは、床に倒れるリュウと膝をつくリリアを見下ろす。
「やっぱ、ダメか」
リュウは、スキルバーストは最初から発動していたが、素早い敵に対する技であるスキルバースト感覚特化の『感覚予測強化』はまだ発動してはいなかった。
何故なら、この技には頭痛という後遺症が伴うから。
敵の手の内がまだまだ明らかになってない序盤で使うにはリスクが高い。故に、リュウは発動せずできる限り粘るつもりだった。
――多分、炎で広範囲攻撃を仕掛けても意味が無い。
広範囲の炎の攻撃と言っても、最初は一点からのスタートになる。つまり、一点から広範囲攻撃になる前にアルビナに先に仕掛けられる可能性が高いとリュウは考えた。
――でも、このままじゃやられっぱなしで終わる。
発動する前にやられては意味が無い。リュウは感覚特化を発動した。
「リリアさん、行けますよね」
もちろん、とリリアは立ち上がった。
そして、再びアルビナに今度はリュウから向かって行く。
当然、順番が変わった所でアルビナは対処方を変えない。
そして、今回リュウはあえて打撃では無く炎による広範囲攻撃を選択した。そして、リュウの手のひらから出された炎を確認するなり、リュウの予想通りアルビナはリュウに向かって来た。
そして、リュウは自然と感覚に身を任せ拳を握り右に向かって放った。
――!?
完全に対応出来ないであろう攻撃に対する攻撃。リュウの裏拳に、アルビナは勢いよく壁に激突する。
「よしっ!」
これには、思わずリュウも拳を握り締め声を出す。
一方のアルビナは、殴られた頬を抑えながら思考を整理していた。
――予測し殴った?
『スキルバースト感覚特化』が頭に無い訳では無い。だが、とても目の前の少年がスキルバーストを扱えるとは、彼女も全く思ってはいなかった。
――……試すか。
アルビナは、ゆらりと立ち上がり「しまった!」と声を上げるリュウを視界に戻す。そして、直様攻撃を仕掛ける為にアルビナは数歩先のリュウの目の前に飛び出した。そして、ここで感覚特化のデメリットが露呈してしまう。
感覚特化は、全体的な気の動きを読み取り意識外の攻撃にも反応する能力だが、リュウの様に憶えた直後の場合その反射による攻撃を感覚に任せてしまう。つまり、一回目の攻撃に合わせる為、もしそれがフェイントだと身体は既に一回目の攻撃に対し行動している為、二回目の本命に対処出来ないという事だ。
ある程度場数を踏めば、自然と自分で瞬間的に攻撃内容を判断し、動く動かないを選択しフェイントなどに対応出来る。だが、それをSCMでも何でも無い一般的な生徒であるリュウに期待するのは酷な話だった。
一撃目に反応したリュウは、感覚に任せ避ける動作を取りつつカウンターのため拳を前に突き出す。しかし、最初から攻撃する気の無いアルビナは即座に体制を下げボディーに一発を決めた。
即座にリュウは、軽い痛みに耐えながら後退するもアルビナも合わせる様に付いて行く。
――フェイント。
フェイントの可能性を頭に入れ、再びリュウはアルビナの攻撃に対処するが、やはり先ほどと同じ様にフェイントからの二撃目に今度は頬を打たれた。
――???
フェイントが頭に入ってるにも関わらず、今まで通りに一撃目に合わせ行動してしまう。脳では分かっているのに身体がいうことをきかない。
そうこう考えている内に次の攻撃がくる為、無策で攻撃を仕掛けた。
この後も、暫く同じ様なリュウとリリアによる攻撃が続くが、また同じ様にカウンターをもらい膝をつく、という状況が続いた。
そして、何度目かのリュウ、リリアの床への激突にアルビナは遂に能力を発動する。
「先輩、私もそろそろ行かなきゃなんで」
お別れです、とアルビナは作り出したナイフを片手に逆手に持ち言った。
瞬間的に変わる雰囲気。先ほどまでの彼女のものとは違う、命を取りに来る目。一瞬の選択ミスが、自身を窮地に追い込む事を2人は悟る。
――クソ、どうすりゃいい……。
リュウにはアルビナに対する対抗策、スキルバースト感覚特化『感覚予測強化』が破られた今、リュウは酷く焦っていた。
しかし、そんな焦る時間も、次なる手を考える時間も敵は与えてはくれない。
ブシュ。
突き立てられたナイフはリュウの左肩を貫く。ほんの一瞬の隙。
ブシュ。
そして、抜かれたナイフはそのまま降下しリュウの左太ももを貫き、そして抜いた。
その流れる様な攻撃に、リリアも何も反応できなかった。
「私は、別に貴方方を殺したい訳じゃないですから」
ペタンと床に座ったまま痛みを堪えるリュウを見下ろし、アルビナは言った。
彼女の目的はあくまでアリスの居る部屋に誰も入れさせない事であって、侵入者を殺す事ではない。
「アルビナああああぁぁぁ!!」
ようやく状況を理解したリリアは、感情をむき出しにアルビナに突っ込むも軽く受け流され左肩、左太ももと順にリュウと同じ様に刺されてしまう。
そのまま床に倒れこんだリリアをチラッと見てから、アルビナはキョウに視線を移した。
「あと、1人」
一方、研究所地下1階。
クライム姉弟のコンビネーション攻撃に、ラウリは防戦一方だった。
しかし、一見有利な状態にあるクライム姉妹はその内にもどかしさを感じていた。
何故、こんなにも攻めているのに打ち崩せないのだろう。
ほぼ全ての攻撃を、ラウリの背から出る白い触手に阻まれておりここまでラウリ本人に当たった攻撃は1回のみだった。それもかすっただけであり、ラウリ本人にダメージは与えられてない。
「勝てない」
一旦後退し、アイリスは呟く。
ここまで数分間に及ぶ連打も、成果無しでは闇雲に体力を削るだけで全く意味がなかった。
「どうする? アイリス」
同じ様に後退し、ユーリが言った。
打開策が見つからない。かといって、考える時間もない。なら逃げるか、といっても逃げ切れる保証はない。
「悩むねえ……」
久々に感じる、余裕のなさ。
それでも、その八方塞がりの展開に対し、アイリスは笑みを浮かべていた。
「嬉しそうだね」
ユーリの言葉に、アイリスは子どものようにうんと頷いた。
リュウとリリアがかなわなかった相手に、自分なんかが勝てるなど全く思ってはいなかった。しかし、キョウはそれでも彼女に挑もうとしていた。
何故? ここで自分が頑張る事に意味はあるのか?
そもそも、最初はいつも通り暇潰しだったんじゃないのか?
でも、今は……。
キョウが我に帰り顔を上げると、そこにこちらに歩いていたはずのアルビナの姿が無かった。
「リュウ?」
キョウが目線を奥にやると、そこにはナイフを持ったアルビナの背と肩を抑え座り一点を見つめるリリアの背と、黒い炎を纏いふらふらと立ち上がったリュウの姿があった。
「あれは、この前の……」
人造能力者戦以来の異様な光景。少なくとも、その場のアルビナもリリアもその黒い炎を今まで見た事は無かった。
「それは、何だ」
一見するとなんて事ないただの黒い炎。しかし、それは近づき難い何かを放っていた。
そして、腕をだらんと前に垂らした状態でリュウは一歩、また一歩とアルビナに向かって、刺された左脚を引きずりながら歩いて来る。
「くっ!!!」
アルビナの身体を襲う悪寒。今まで感じたことのない恐怖に、彼女は指先一つ動かす事ができずにいた。
――動け、動け、動け!!!
必死の想いで、彼女はその右手に持つナイフを自身の腰の辺りに突き刺した。
「痛っ……」
刺激が時として身体を動かす事もある。そんな例に習い、彼女もその身体の硬直を解くことに成功した。
軽く突き刺したナイフを抜き、再びアルビナはゆっくりとこちらに向かって歩いて来るリュウに向かって構えた。
――大丈夫。満身創痍の敵にやられたりはしない。
息を吐き、アルビナはリュウの膝の辺りを狙って軽くその手に持つナイフを投げる。
ぐしゅ。
肉を割く音と共に、リュウの左の膝にナイフが突き刺さった。しかし、リュウは一瞬よろめきかけただけで再び何も無かったかのように歩き出す。
――焦るな。
額から滴る汗など気にせず、アルビナは再びナイフを作り出し今度は右の膝目掛けてそれを放った。
ぐしゅ。
同じ様な音をたて、ナイフは見事なまでに右の膝に突き刺さる。そして、遂にリュウはその場に崩れるように前のめりに倒れた。
――まだだ。
視界が揺れる中、再びアルビナはナイフを作り出しリュウの背を目掛けて放とうとする。
「させないよ!」
その言葉にアルビナが振り返った瞬間、キョウの蹴りが彼女の側頭を直撃した。
ふらついたアルビナは、体制を整えるため壁に手をつけ揺れる視界の中、身体を支えた。
「まったく……怖くて近付けなかったよ」
虚ろな目で、アルビナを見るリュウを横目にキョウは言う。
「なんだ、戦えたんですか」
側頭部をさすりながら、アルビナは改めて真っ直ぐ立った。
「僕は平和主義者なだけだよ」
「なら、この2人と共にさっさとこの研究所から出て行ってくれません?」
「残念だけど、"私"の役目はあなたを倒す事ですから。あなたの要求には答えられません」
てね、とキョウは序盤のアルビナの言葉を引用する。
「ふざけた人ですね。まあ、ならお望み通りに動けなくするまでですけど」
「僕が、いつそんな望みを言ったんだい?」
「まったく、あなたはつくづく癇に障ります」
ね! とアルビナはキョウに向かって行くも違和感を感じ直様動きを止める。しかし、一方のキョウは容赦なく生じた隙を突きアルビナに更なる一撃を与えた。
「???」
生じた違和感は速さ。いつも通りに力が入らない。いつも通りの速さが出ない。
気付けば、その手に持っていた筈のナイフも消えていた。
「さあ、ショーターイム!」
続くキョウの攻撃に、アルビナはいつも通りのタイミングで避けるも遅く一撃が入ってしまう。
ドッ、ドッ、ドッ、ドゴ、ドゴ、ドッ、ドコ……。
右、左、右とキョウの拳はフラついたアルビナのボディに容赦なく叩き込まれていった。
何度目かの一撃に、ようやく力が抜けるようにアルビナは膝をついた。
「さて……降参?」
脱力し首をダランと下に下げるアルビナは特に反応をしない。
おーい、と声をかけるキョウにフラつきながらロープを手に持ったリリアが歩いて来る。
「これで縛っとこう」
そう言って、息を切らすリリアはロープを俯くアルビナの背に回した。
一方、地下1階にて。
「やっぱり、期待外れだった」
不機嫌そうに、跳ねた髪を弄りながらラウリは周りに倒れた4名を見下ろしていた。
次回予告
「ありがとう」
アルビナを倒し、遂にアリスと再開するキョウだったが……。一方、絶体絶命のユーリ達は!?
次回「脱出 -happy end?-」




