第67話 片鱗 -Immeasurable power-
ガキン!
ガルマの振り下ろした短剣の切っ先は、ミリアの首ではなくコンクリートの床を突き刺していた。
「あれれ〜、まだ動けたんだね〜」
彼女なりの驚きの表情を見せ、床に刺さった短剣を引き抜く。コンクリートの床に刺さったにも関わらず、短剣の切っ先は全くの無傷だった。
一方のミリアは、口から血を垂れ流し腕をダランとさせ、フラフラとガルマの眼前に立っている。上体のあちこちが鈍い痛みに悲鳴を上げ、最早いつその場に倒れてもおかしくない状況だった。
何時の間にか、手からこぼれ落ちていた剣を視界に捉えるミリア。この状況において、彼女はまだ戦う気でいた。
「でもさ〜、辛い時間が増えただけだよね〜」
ニヤリと笑みを浮かべ、ガルマは再び止めを刺すため短剣の切っ先をミリアに向けた。
一方、牢屋ではリリアの手錠を破壊したリュウ、キョウは彼女と共に監視のいない牢屋を抜け、アリスが居るという地下5階への階段を目指していた。
「地下5階って……ここは、何階まであるんっすか」
「地下1〜5階。まあ、小さい研究所だからね」
走りながら、2人を先導するスーツ姿のリリアは答える。
研究員リリア・アンシェントは、子どもの扱いが上手いという理由だけでアリスの世話兼監視係となっていた。しかし、徐々に鳥籠の中の鳥の状態であるアリスに情が移り、アリスを安全な異界(地球)へと逃がす計画を企てる。この時、本当ならリリア自身も地球に行く予定だったが、地球に行く寸前で追手がすぐそこまで迫ってきていた為に異界に残り、結果として捕まり牢屋へと入れられていたといったかんじだった。
「おかしいわね」
その長い黒髪を左右に揺らし走るリリアは、研究所内部の状況を見て一つの疑問を浮かべる。
「何が?」
「一応、牢屋にも監視カメラは設置してあるのよ。だから、待ち伏せがあると思ってたんだけどね」
監視カメラによって、リリア他2名の脱走を確認した研究所側は当然再び3人を捕まえる為に戦闘員を配置するはず。だが、走っても走っても人一人いない状況が続いていた。
「まあ、居ないなら居ないでいいけどね」
リリアの後ろ、リュウの横を併走するキョウが言う。障害なくアリスの元へ辿り着く事が出来れば、それに越した事は無い。
「でも、警戒はしないとね」
リリアは、前を向いたままそう言った。
スッ。
ガルマは、短剣での攻撃を寸前で避け続けるミリアに苛立ちを超えて違和感を憶えていた。
フラフラと倒れそうに動く者への攻撃。立つ事で精一杯の者に放たれた斬撃は、最小限の動きを持って空を切らせた。
「…………」
現在ミリアは、夢心地の状況にあった。続く突き刺すような痛みに辛さは無い。更に、狭い視界から自身の首元に飛んでくる斬撃の軌道を彼女の脳は見せていた。
この絶対的な感覚は、ミリアが死の危険を感じたからとか、奇跡が起こったとかそういうのではない。
スキルバースト。リュウも使用した感覚特化の一種『動作予測強化』。対象の攻撃の軌道を感覚的に計算する技である。
この様に、スキルバーストを扱える者は"特化"と呼ばれる様々な技を1つだけ扱う事ができる。加えて、どの技が使えるかは個人差があった。
しかし、ただ攻撃を避け続けていても勝ち目は無い。いずれ、限界が来て最後にはやられてしまう。故に、死期が伸びただけで危機的状況を脱した訳ではなかった。
そして、その時はあっさりと訪れる。限界一歩手前の状態のミリアが、攻撃を避けれる範囲は自ずと限定されてくる。今までは、ガルマもあまり考えずに短剣での止めに拘っていた為、攻撃も単純化されそれを避けるのもさほど難しいことではなかった。しかし、その単調な攻撃から両手を使った攻撃にシフトすれば? 一撃目を避ける事ができても、続く二激目に身体が対応できる程、ミリアの体力は残ってはいなかった。
ガルマの拳での一撃に、吹き飛ばされ壁に激突するミリア。
激痛が身体中を巡る中、ミリアは悔しさと後悔の板挟みにあっていた。いとも簡単に敵に窮地に追い込まれてしまった不甲斐なさと、ユイの提案を蹴って1人で戦うことに固執したこと。馬鹿げたプライドが、命を危険に晒している。
渇いた笑いが出る程に、ミリアは自身に失望していた。
――もういい、殺してくれ。
「大丈夫。一撃で確実に仕留めてあげるから」
ガルマの構えた短剣の先が、目を閉じたミリアの喉元に触れる。そして、勢いよくそれを押し込んだ。
カキン!
「!?」
喉元を貫かんとした短剣は、勢いよくガルマの手元を離れ地に落ちた。
「ギリギリセーーーフ」
聞き慣れた声に、ミリアはゆっくりと目を開け声の主の方を向いた。
「らしく無いじゃん、ミリア」
そこには、剣を持ち笑顔で立つユーリの姿があった。
「大した事なかったね」
地に倒れ伏す白衣の男3人を見下ろし、サヤは呼吸一つ乱さず言った。
ミオの小乱気流により、早々と1名を倒したサヤたちは、その後現れた5人の白衣の男達も特に危な気なく倒し勝利を収めていた。
当然、この男達の中にもガルマやアラタと戦ったバジル並の強さを持つ能力者も混じっている。だが、それらを物ともせず彼女らは圧勝したのだった。
「特に変な物は持ってないかあ」
気絶し倒れる男の、衣服のポケットの中身を探り終えたミオが立ち上がる。
「じゃあ、先に進みましょうか」
カナエの言葉に他の3人も頷き、再び彼女らはリュウ達の捜索の為歩き出した。
そんな状況を、監視カメラを通しこの研究所のリーダーである白髭を蓄えた男、ワート・リベグラスは驚きの表情で見ていた。
「こっちも、あの馬鹿がさっさと止め刺さないから援軍来てますね」
同じく戦況を見守っていた白衣の男は、別のミリア達が居る部屋が映っている画面を指差す。
「ヤバイですよ……てか、なんでSCMが」
「別に不思議でもないでしょ。ある程度は予測できた事ですし」
他の白衣を纏っている者たちの言葉に、ワートは何も返さない。
研究所が誇る改造能力者軍団。その内の4名が既に倒されるという予測外の状況。この状況に、ワートは空いた口が塞がらなかった。
「ヤバイっすよ博士。もう、あの子連れて逃げた方が……」
「あれ? 逃げるんですか?」
圧倒的敗北感に包まれた監視部屋に突き抜ける、幼い女声。ワートが驚き振り返ると、そこには背まで伸びた思わず見惚れてしまう銀髪が目立つ少女、ラウリ・アルシエが所々跳ねている髪を弄りながら立っていた。
「何時の間に……」
「さっきぐらいから」
少女は、その銀色の目でワートの背後の画面を見つめる。
「手を貸そうか?」
「……何が狙いだ?」
彼女の事は、ワートもよく知っていた。ここらでも有名な、かの人造能力者を作り出した研究所『アグナミノス』の"成功作"の内の1つ。
通称、悪魔天使。
その美麗な見た目とは違い、その心の中は他者の血で塗られた戦闘狂。そんな彼女は、たまに研究対象としてこの研究所へと来る事があった。
「気分」
「気分だと……」
「博士」と、困惑するワートに側に居た研究員は耳打ちする。
「ここは、彼女に任せてその間に逃げましょう」
「しかし、この研究所は」
「命の方が大事です。それに、侵入者は研究所の破壊が目的ではないですからね」
強く説得する研究員に、ワートは少し考える素振りをした後、改めてラウリの方を向いた。
「彼らは殺しても構わない」
「わかった」
薄く笑みを浮かべ、ラウリは監視部屋を出て行く。扉が閉まったところで、ワート他研究員達は各々バックアップの回収などに動き出した。
「あの子は、アルビナに任せるか」
出て行く研究員達を見送りながら、ワートはポケットから通信機を取り出した。
一方、リュウ達はアリスの居る部屋のある研究所地下5階へと到達していた。しかし、階段を降りたところでリュウ達を待ち受けていたのはなんと白衣姿の研究員だった。
「あと少し、てとこでこれだよ」
その状況に思わず「はあ」と、ため息をつくリュウ。その気持ちは、他の両名も同じだった。
「ふっふっふっ、待ち伏せが無いとでも思ったか!」
「割りと予想通りかな」
「えっ!? そうなの?」
「うん。そうだよね、リュウ、リリアさん」
「……そうなのか」
目に見えて凹む研究員達。しかし、驚かすのが彼らの目的ではない。研究員達は直様戦闘体制を取った。
「さあ、勝負!!」
「立ち直り早えよ」
そんな感情豊かな研究員達に、面倒くさそうにリュウは能力を発動した。
「炎の能力者?」
リュウが身体に纏った炎を見てリリアが呟く。
「あと、氷の能力も使えますよ」
「2つの属性能力を……珍しいタイプね」
キョウ君の能力もだけど、とリリアは付け足した。
「さて、さっさと突破しますか」リュウの言葉を合図に3人は研究員達に向かって行った。
一方、ミリア、ユーリ、ガルマの居る研究所地下1階にて。
突如現れたユーリに、ガルマは苦戦をしいられていた。
「君の、能力は、ソード、と、何?」
ガルマのしなやかな動きから繰り出される斬撃を、最小限の動きを持ってして質問する余裕すら持ちながらユーリは避けて行く。
「バー、スト! だよっ!!」
先ほどから全く当たる気配の無い攻撃よりも、ユーリのその余裕の表情にガルマの中には徐々に苛立ちか溜まってきていた。
そう、とユーリは彼女の答えに一瞬笑みを浮かべ、勢いよくその場から後退する。
「『Weapon Making』って能力を知ってる?」
「知ってるよ〜、それがどうかしたの〜」
苛立ちを隠す様に、抜けた声でガルマは答えた。
ユーリの2つ目の能力『武器作成(Weapon Making)』。その名の通り、剣や斧、槍などの武器を無条件で作り出す事が出来る能力である。だが、他の例えばガルマの使う『剣(sword)』などの何か1つの武器を作り出す能力に比べると、強度などが劣ってしまうなどのデメリットがあった。
「一応、教えてもらったからね。そのお返し」
ニコッと、少年の様な笑顔で答えユーリは続ける。
「僕は他にも『ground』て能力を持ってるんだけど、折角だし今回は『Weapon making』だけで君を倒そうと思う」
「へえ〜……君は私をバカにしてるのかな?」
「まさか。僕は枷を付けて人と戦うのが好きなんだよ」
「へ〜、そうなんだ〜」
ねっ! と数歩離れているユーリに向かってガルマは飛びかかった。ただでさえユーリのその表情にイラついているところに、そのような手を抜きます発言をされれば幾らガルマでも我慢する事はできなかった。
しかし、やはりガルマの短剣による攻撃は、いとも簡単にユーリに避けられてしまう。
「さてと……そろそろ、攻撃するかな」
呼吸を荒め、壁を背にグッタリとしているミリアを横目にユーリは呟いた。あまり、ミリアはほっといていい状態ではない。
ガルマの続け様の攻撃を避けながら、ユーリは元々手に持っていた剣に加え、新たに刀を作り出した。
「ジャパニーズソードー」
ユーリは、刀を手先で器用に振りガルマを一旦自身から遠ざけた。ちなみに、形が違うだけで剣と刀の切れ味、強度などは一緒なので、この場合ただ二刀流になっただけである。
「さーて、どうしてくれようか」
ユーリのキャラは、一見するとガルマと相性がとてもいい。だが、ガルマ自身は自分よりも優秀な者が苦手というタイプな為、このユーリのキャラが逆にガルマの神経を逆なでしていた。
「あ〜イライラする〜」
ここで、ようやくあまりイライラしてようには見えない口ぶりで、ガルマは自身の今の率直な気持ちを口に出した。
「へいへーい、どうしたのー、かかって来いよー」
ユーリの挑発に、血管が切れたような感覚と共にガルマは渾身の一撃で真下の床を殴った。
ドゴン!!
能力『衝撃』によって増幅したパンチ力は、コンクリートの床を粉々に粉砕。また、その周りにも亀裂を走らせ、打撃を与えた周辺をも砕かせた。
結果として、その床への衝撃は真下の地下2の天井にまで及び、ガルマ達が居る部屋の床全てを破壊した。
「やばっ」
瞬間的に武器を捨て、ミリアの元へと飛んだユーリはそのまま彼女を抱きかかえ、能力『土使い』を使い壁のコンクリートを伸ばし足場を作り上げた。
「落ちてったな」
床を破壊したガルマは、そのまま砕けた床と共に地下2階へと落下していくのをユーリは確認していた。
「さて、僕も本気出すか」
抱きかかえていたミリアを静かに少ない足場に寝かせ、ユーリは先ほどまでのどこか抜けた表情を消し真剣な表情へと変える。抱きかかえたミリアから感じた状態の危険さ。ユーリは、早くミリアを治療しなければという思いと同時に、ミリアを潰したガルマに対する静かな怒りを感じていた。
すっ、とユーリは煙に隠れた下の階へと降りた、と同時に直ぐに索敵を開始する。
白い煙が立ち込める暗い室内には幾つかの電子機器が置いてあり、コンクリートの破片の下敷きになり切れた動線などが火花を散らしていた。
「…………」
パチパチパチ、パラパラパラ、と破片が落ちる音、また火花が散る音しか鳴らない室内で、ユーリは集中しそれ以外の音を探っていた。
ヒュン! !?
自身に向けられ飛ばされた空を切る短剣を、ユーリは間一髪で避ける。
まだまだ止みそうにない白煙越しに、ユーリは短剣が投げられた方向へと目を向けた。
――こっちの方向だったか。
瓦礫の山の上に立っている為、2人共動きはある程度制限される。なら、投げられた短剣からガルマの位置を探り、回避前後から音がしなければガルマは、そこに移動せず留まっているということになる。
――まあ、余裕が有るんだろうね。
短剣が投げられてから、今まで移動する音は無い。ユーリは能力によって銃をもしもの為に二丁精製する。そして、そのうちの一丁を短剣が飛んで来た方向へと構えた。
――どうするか……。
相手の状態が分からない以上、場合によっては殺してしまう可能性もある。ガルマが全く動かないのは、ユーリが遠距離攻撃を使えないと決めつけてしまっているから。だから、今彼女は立っているかもしれないし、中腰かもしれないし、しゃがんでいるかもしれない。
殺しても構わない。誰かから咎められる事もない。誰もこの状況を見てないのだから。
しかし、それでも彼はより確実な方法を選択した。
――一応、スキルバーストも発動しとくか。
ガラガラ。
ユーリが勢いよく腕を広げ足場を踏みつけ飛ぶと同時に、破片同時が擦り音を鳴らした。それに、気付いたガルマは即座に右方向へと飛び上がる。恐らく、敵は真っ直ぐこちらに向かって来る。なら、一旦横に避け再び短剣を投げればいい。こんな、足場の悪いところではガルマの小技は殆ど機能しない。故の遠距離からのチキン戦法を彼女は取っていた。
パン。
重なった渇いた音が響き、瓦礫に激突する音が天井のない暗い室内に響いた。
「っとと」
不安定な足場にふらつくも、二丁の拳銃を持ったユーリは上手くバランスをとった。そして、激突音がした方向へと歩いて行く。
「見つけた」
少し歩いた先で、ガルマが血塗れの左足を震えながら押さえ倒れていた。
ユーリの立てた作戦は至って単純である。もし、ガルマが前に特攻して来たらスキルバーストを持ってして一撃を防ぎカウンターをしかける。もし、ガルマがどちらか左右に動けば予測し足元を狙って撃つ。もし、ガルマが後退をすればそのまま前に進む。
といっても、ユーリはガルマのここまでの行動から1つ目の可能性は殆ど捨てていた。
「びっくりしたでしょ? 銃も作れるんだよ」
苦しい表情のガルマに、ユーリはその手に持つ銃を前に出す。そして、振り返り歩き出した。
「じゃあね、そこそこ楽しかったよ」
一方、サヤ達は異様な存在を感じその歩を止めていた。
「これは、ヤバイかもね」
前方から感じる脅威。絶対的強者が放つオーラ。これ以上前には進めない、進んではならないと本心が悟る。
「スキルバーストではないですね」
カナエの言う通り、それはスキルバースト特有の威圧感とは完全なる別物だった。
「ねえ、引き戻そう」
震える身体を抑え、ミオが言う。それに、自然とユミも首を縦に振っていた。
それ程までに殺気をも含んだそれは彼女達を、姿を見せずとも押さえつけていた。
「そうだね……他の道を探そう」
青ざめた表情の2人を見て、サヤは早々と決断する。
しかし、奴は無情にも彼女達の前にその姿を見せた。
「みーつけた」
次回予告
「こいつ、バケモンか……」
サヤ達の前に立ち塞がったラウリは、無情にも彼女達に攻撃を開始する。一方、リュウ達は遂にアリスの部屋に辿り着く事に成功していた。しかし、部屋を目の前にしてアリスの監視役であるアルビナが立ち塞がり……。
次回「危機 -unknown-」




