第66話 優先 -which?-
研究所、牢屋にて。
リュウは、隣の牢に居た女性にこれまでの経緯を話していた。
なお、異界の人間はその地独自の言葉を扱うが、能力によって聞く事に関しては英語だろうと日本語だろうと全て理解することができる。加えて、異界の人間は語学力に長けており、少しの時間で一つの言語を完璧にマスターする事もできた。
ちなみに、この研究所に居る人間も主要国の言葉に関してはマスターしている。
「……て、かんじですかね」
「そうだったの……」
壁の向こうから、静寂の中度々聞こえる女性の嗚咽。それは、『アリス』という単語を出した時から続いていた。しかし、それでもリュウは話を中断させることなく経緯を最後まで話し切った。
「あの……あなたは一体」
そして、ようやくリュウは女性に質問する。それに、彼女は少しの間を置き口を開いた。
「私はリリア。リリア・アンシェント」
「リリア?」
名を聞き、キョウはアリスと始めて会った時の事を思い出す。あの場所に逃げて来れたのは『リリア』という人物のおかげ、という事を。
「キョウ、知ってるのか?」
「うん。アリスがリリアって人に助けてられた逃げて来れたって」
「そうか、だから」
だから、アリスという言葉に反応したのか。リュウの中で、1つの疑問が解決された。
「でも、私はここから逃がしただけで、その後の事までは何も出来なかった……」
「リリアさん」
壁越しだが伝わるリリアの無念。それは、伝染するようにリュウの中にも伝わっていた。
「……ならさ、また逃がせばいいじゃん」
そんな暗い雰囲気の中、キョウが敢えてワザとらしく明るい声で言う。
そんな彼に、リュウはため息をついた。
「そうしたいけどさ、無理だろ」
リュウは、自身の後ろの手錠を示す。しかし、キョウの表情は変わらず明るかった。
「僕にとっては、そんなの枷でもなんでもないんだよね」
カシャン、と鉄が地に落ちる音と共にキョウは立ち上がった。そして、目一杯伸びをする。
それに、リュウは空いた口がふさがらなかった。能力封じの手錠を破壊する事は不可能なはず。しかし、現に目の前のキョウの手首に手錠はかかっておらずボロボロに崩れて地に落ちている。
「お前……どうやって」
「僕に崩せないモノは無いんだよ」
キョウは、ニヤリと笑みを浮かべた。
一方、地上にて。
「もうちょっとさ、驚いてくれてもいいんじゃないか?」
「わー、凄いなー。これは、ぱっと見1対100くらいかなー」
こんな感じ? とユーリは笑顔で自身の周りを囲んでいる顔の同じ白衣の男達に棒読みで言った。
ユーリと対峙しているのは、改造能力者の一人である研究員ババラ・フラチャント。
自称改造能力者な彼だが、仕組みとしては人造能力者と同じであってもそのやり方は違う。彼の場合、能力を増やしたのではなく、元々持っていた能力『分身』を科学的に強化したのだ。
その結果、数が増えれは増える程にスタミナ消費量などが増加する分身を、ノーコストで上限150まで発生させることを可能にした。
しかし、そんな数で圧倒するババラに対しユーリは全く動揺の色を見せない。一応、驚きの顔は見せたが本心では全く驚いていなかった。
「まあ、いいや。お前さん、驚かす為にやったわけじゃないからな」
分身の1人がそう言うと同時に、その場の分身95人全員がユーリに向かって構えた。
「うーん、ゲーム以来かな……ここまでの数を相手どるのは」
そう言い、ユーリは能力『武器作成』を使い自身の腕をの長さ程の剣を作り出す。
「切ったら血が出るとか、Rー18指定は面倒いから辞めてよね」
ニヤリと笑みを浮かべ、ユーリは目の前の多勢へと向かって行った。
一方、同じく研究所。
ミリア、マドカ、ユイ組は、一面白い壁に覆われた廊下を道なりに走って進みながら、目についた扉を片っ端から開けていた。
しかし、入った部屋、入った部屋全てが暗く電気一つついていない。人がいない、それどころか人の気配すらない。あるのは、パソコンなど研究の為の物のみ。そんな、おかしな状況が続いた結果、彼女らは自然と自身の警戒レベルを上げていた。
そして、角を曲がった所で遂に彼女らは研究所に入って始めて研究所の者と出会う。
「ハロロ〜、ウェルカム私たちの研究所」
彼女らの眼前に、仁王立ちで立ちはだかる野生的な風貌の少女。薄茶色の獣の皮を下着のように纏い、その透き通るような白い肌をいかんなく晒している彼女は、はたから見ればただの痴女である。
そして、彼女の姿から少なくとも研究所の人間でも、研究される側の人間だと感覚的に分かった。
「あれれ〜、冷めてるね〜」
表情を崩さないミリア、視線を揺らすマドカ、ドン引きのユイに少女、ガルマ・ラストルは仁王立ちを崩さず何故かドヤ顔で言う。
そんな軽いガルマのノリに唯一、眉一つ動かさないミリアはその背に担ぐ半身程の長さの鞘から剣を抜き彼女に向かって構えた。
「ここは私に任せて、2人は先に」
視線をガルマから外さず、ミリアは言う。それに、マドカは最速でこの通路を突き抜ける為に能力を発動しようとする。しかし、ユイは直様反発した。
「ここは、3人で戦った方がいいでしょ!」
3対1。普通に考えれば、確実に敵に倒せるであろう。しかし、それは同時に時間ロスの可能性も秘めていた。今回、ミリアは後者の可能性を考え2人に先に行くよう言ったのだが。
「それは、敵が弱い場合だ。でも、彼女はこんな身なりだが強い。だからここは」
「だったら、尚更3人で戦うべきでしょ」
「あれれ〜、仲間割れえ?」
「お前は黙ってろ!!」ガルマの舐めた風貌と喋り方に、遂に我慢の限界がきた2人は先ほどから溜まり始めた鬱憤をぶちまける。それに、思わずガルマは圧倒された。
「目的を考えろ! 私たちには余裕が無いんだ!!」
「だからって、あんた捨てて先行けっての!!」
「そう言ってるだろ! だから、早く先に行け!!」
「だーかーらー、あんた捨てて行けるわけないでしょ!!」
「それは、あれか? 私に実力が無いって言ってるのか!!」
「誰もそんな事言ってないでしょ!!」
お互いの言いたい事をそれぞれ赤い、黒い長髪を振り乱しながら包み隠さず互いにぶつけ合う2人に、マドカはやはり視線を揺らしていた。ここは、止めるべきか否か。
「行こう、八重隈さん」
マドカが出した答えはミリアの言う事を聞く。時間に余裕が無いことは確かであり、また仮にもミリアはSCMということで勝てる算段があるのであろう、という判断だった。
しかし、マドカに言われてもユイは引き下がらなかった。
ここまで、彼女が3人での行動に拘るのも当然意味がある。ミリアにぶつけた言葉以外にも、彼女の中で『仲間』というものが異常な程に優先順位を上げている事。そして、今まで仲間というものに恵まれなかったユイにとって、今回人造能力者戦以来の仲間との共闘となっている。そして、『仲間』は対して親しくも無い今回始めて会ったミリアでも同じで、大切な仲間として彼女の中に確かに存在していた。
故に、ここでミリアを切り離す事などユイには出来なかったのだ。
しかし、一方のミリアも一緒に戦うと言っている彼女の本心を誤解し、自分の実力が認められてない、と思っており余計に引き下がらない状況を自ら作り上げていた。
しかし、このまま口論していてもただ時間を無駄に使っていくだけ、それだけはお互いに理解していた。
そして、実にあっさりと事は解決する。
「……分かった、先に行く」
マドカの言葉が後押しになったわけではない。ただ、仲間想いのユイが同時に思っていた一つのこと。
仲間を信じる。
時と場合によっては、例えそれが切り捨てになっても重要とユイは心の何処かで思っていた。彼女の性格上、発言を撤回してまでそう言い直すのは難しかったが、今回容赦なく刻み続ける時間が彼女を折れさせるきっかけとなったのだ。
そんな、何の脈絡も無いユイの一言にミリアは面食らってしまう。だが、直ぐに敵の方を向き再び剣を構えた。
「ここは、私に任せろ」
そういう仲間もある。
ユイとマドカは、彼女の背に強く頷き走り抜ける瞬間を待った。
一方、サヤ、ミオ、ユミ、カナエ組も同じように目についた扉を片っ端から開けていた。しかし、やはり同じように部屋内には誰もおらず電気もついていなかった。
「そこまで、おかしい状況でもないですけどね」
「えっ!? そうなの?」
素直にこの状況に驚いているミオに、カナエは心配顔だ。
既に、2人の研究員に襲われている。なら、研究所内部も一旦一部分に集め戦える者のみをサヤたちにぶつける、といった作戦を立ててくるのは容易に想像ができた。ミオ以外は。
「2手に別れてるか」
今まで走ってきた道は、全て分岐無しの道なりだったが、ここにきてサヤたちから見て真っ直ぐと右手に道が別れていた。
それを確認したサヤは、ある程度まで進んだ所で後ろからついてくる皆を止めた。
「待ち伏せが有るかもだからね」
そう言って、サヤはミオを呼ぶ。ミオの能力『風使い』は、風を使い人などを探知する事もできる。ちなみに、アビリティマスターであるミオは風が吹いたと感じさせない程の微風で敵の位置を探知できた。といっても、この場合この先既に敵がいれば廊下を走る音や、声でサヤたちの存在は十分に敵に伝わっているであろうから、微風である意味はあまり無い。なので、サヤは強風による襲撃も兼ね備えた探知をミオに頼んだ。
「おっけー」
静かに返し、ミオは意識を集中させる。アビリティマスターともあれば、遮断された空間において風を起こすことなどそれ程難しいことでもなかった。
ミオの前方で、乱気流の塊の様に不規則に吹き荒れる風。その風が鳴る音に、さすがにおかしいと気付いたのかサヤたちの方向に向かって走ってくる何者かの足音かミオの耳に入る。
「せっかく作ったし、置き土産ということで」
ミオの前方へと放たれた風の塊は、ちょうど角を曲がってきた白衣の男にゆっくりとぶつかった。
そして、風の塊の爆発した衝撃に男は衣服を風の刃に破かれ後方へと吹き飛ぶ。同時に、ミオたちの方にも勢いよく吹いた風はサヤの作り出した見えない壁によって防がれた。
「さて、さっさと片付けますか」
サヤを筆頭に、4人は倒れた者の方へと向かって歩いて行った。
再び、ミリア組。
ガルマの一瞬の隙を突き、マドカとユイを先に行かせたミリアはそのまま短剣使いのガルマと火花を散らしていた。
「ほらほら〜、止まって見えるよう〜」
その見た目通りの俊敏さで、SCM第3位の速さを誇るミリアのスピードを上回り、ガルマは彼女を翻弄していた。
「はっはっはっはっは〜、どうした〜そんなものか〜」
ガルマの挑発に、自然と走る攻撃スピード。こんな、挑発に乗ってしまう自分と、攻撃を与えられない自分にミリアは苛立ちを募らせていた。
そして、それは彼女に隙を作ってしまう。
「隙あり!」
ガルマの重く強い拳がミリアの腹部を抉る、と同時に彼女の身体は壁を突き破り隣の部屋へと吹き飛ばされた。
ガルマの能力『改造衝撃』は、ユミも持つ能力『衝撃』を改造、強化した能力である。
「あーあ……骨が無いなあ」
ふにゃふにゃー、とガルマはタコの真似をして見せる。
「そんなもんなの? えすしーえむって」
手を口に当て、笑みを浮かべるガルマ。一方のミリアは、うつ伏せに倒れたまま指先1つ動かさない。
「意識ある〜?」
おーい、とガルマがミリアに近づいたその瞬間、ミリアは素早く手に掴んだままの剣を勢いよくガルマに向かって振る。しかし、ガルマはそれをギリギリで避け、彼女の背中に向かって渾身の一撃を与えた。
バキバキバキ! 骨が砕ける音と共に、ミリアのその口から多量の血が吐き出される。
「不意打ちなんて卑怯だぞ〜」
ガルマは、悶えるミリアを視界に捉えつつ立ち上がった。
「さて、飽きたしもう終わりにしようかな」
ガルマは、その手に待つ短剣の先端ををミリアの首筋に向かって構えた。
「ばいばい」
研究所、牢屋にて。
キョウは、リュウの手錠を破壊するついでにどうして破壊できたかを2人に説明していた。
キョウの能力『負荷』は、触れた対象の能力を一定時間封じる力と、触れた物体に負荷を掛ける力を扱える能力である。
なら、それは能力封じのを発動する手錠に対しても有効か。
その仮定の元、キョウは負荷を少しの睡眠の後使い続けた。能力封じの手錠とはいえ、微弱になら能力を発動することができる。そして、結果として負荷を掛け続けた手錠は崩れ手錠を破壊することができた。
しかし、当然だが研究結果として負荷など能力で手錠が破壊できることは既に認知されている。だが、研究所はキョウが負荷の能力者だと全く考えなかった為に、特に何も対策せず能力を封じる普通のやり方として彼にこの手錠をかけたのだ。
「しかし、余裕があったからこそだな」
リュウの言うとおり、ハナからキョウが諦めていれば今回の脱出は成功しなかっただろう。
「さて、次はリリアさんだな」
おりゃ、とリュウは炎の能力で鉄格子を鍵の部分を燃やし、扉を蹴り開けた。
研究所。同じように白いカベで囲まれた部屋には、食事用の机と、睡眠用のベッド、そして床にはいくつかの子ども用のおもちゃが転がっていた。
そんな、清潔感溢れる部屋に赤く長い髪の少女が1人ちょこんとベッドに座っていた。
「…………」
白い衣服に身を包んだ少女アリスは、何も考えず眼前の扉を見つめる。蘇る記憶。あの扉から笑顔で入ってきた白衣の女性。
研究所の人は嫌いだった。優しい顔して、辛い事をさせるから。でも、あの人だけは違う。あの人だけは、リリアだけは。
「…………」
つまらなかった? 楽しかった? 辛かった? 何にせよ、もうあの日々は戻ってこない?
「…………」
もう、青空を見る事もない? もう、皆に会う事もない? もう……キョウに会う事もない。
その瞼から自然と流れ出す涙。アリスはそのまま、ベッドのシーツに顔を埋めた。
次回予告
「こんなのあり得ないでしょ……」
激戦を繰り広げるサヤチーム、ユーリ。危機迫るミリア。そして、見事脱出に成功したリュウ達。良くも悪くも動き続ける状況の中、酷く唐突に悪魔が行動を開始する。
次回「片鱗 -Immeasurable power-」




