第65話 能力 -ability name “sound”-
バジルの自身への突進に、アラタは先ず自身の両手を勢いよく合わせ叩いた。
パンッ!
音は衝撃となり、爆発音に似た音を鳴らし突進してくるバジルを威嚇する。しかし、それも一時的なものでバジルはキーンと鳴る耳を気にせず、再びアラタに向かって突進を始めた。
といっても、この程度でバジルが止まるとはアラタも思ってはおらず、直様彼は次の動作を行った。
パチッと指を擦り音を鳴らす。
そして、この動作をバジルはその目に映すことすらなかった。だが、それを見たからといって、バジルは冷静に一旦様子見で後退するような行動を取るようなタイプではない。それに、どのみちそれを見て即座に後退したとしても、アラタの指を擦る音を耳で聞いた時点で、アラタの能力の対象になってしまっていたのだ。
「!?」
ガクンと、バジルは脳が揺れる感覚を覚える。車酔いに似た感覚。その鼓動が高鳴り、多量の唾液が口内を浸した。
「ほら、ちゃんと前みろよ」
パン。目の前でアラタが軽く両手を合わせ叩いた瞬間、それよりも数段高い音がライガルの耳を襲った。キーンと鳴る耳を抑え、ライガルは思わず膝を付く。
「どうよ? 俺の"音"」
アラタの能力の名は「音(sound)」。自身が発した音を、自由自在にコントロールし対象に様々な効果を与える能力である。
「ほらほらどうした? こんなもんじゃねえだろ!」
視線が定まらないバジルの腹めがけ、アラタは蹴りを入れる。
「う、ぐぅ……」
胃からこみ上げる物を、バジルは無理矢理抑え込んだ。
この時、今まで感じたことの無い圧倒的屈辱をバジルはその身に感じていた。目の前の敵に対する怒りが、憎しみが絶えることなく溢れ出す。それは、うっとおしく彼の中を這いずり回った。
「ん?」
そして、その感情は形になる。これが、バジルの能力『感情具現』。その身に強く感じた感情を形にする能力。
「これは……」
肌を裂き直様新しい肌が生成される。それを繰り返し変形していくバジルを見て、直様アラタは数メートル程後退した。
自身の数メートル先で、大きく変化していく敵。それは、最早人の原型をとどめていない。
「悪いサヤ……ちょっと時間かかるかもしれない」
異形へとなっていくバジルをその目に捉えながら、アラタ笑みをこぼし呟いた。
「この下?」
そう砂に埋れた地を指差し言ったサヤに、ユーリはうんと頷いた。
「でも、どうやって下に」
サヤは地面の砂に触れる。砂はサラサラと軽く、この一部分だけ砂漠のような雰囲気を出していた。
「私の能力で、竜巻でも起こして砂全部退かそうか?」
「それは駄目。出来れば、静かに中に入りたいからね」
「まあ、今も監視されてるだろうから余り意味も無いでしょうけど」
ミリアが用心深く辺りを見渡し言った。他の者も続けて辺りを見渡すが、特に怪しい物は存在しない。
「まあ、この為に私が呼ばれたんでしょ?」
そう言って、ミリアは地に手をつけた。
「私さえ中に入れればいい」
なら僕の出番だね、とユーリが近付いて来て言う。
「僕の能力で、穴を開ける。恐らく真下に研究所があるから、壁を突き破って中に入ればいい」
「そうね。私の能力を使えば、普通に降りれるし」
そう言って立ち上がり、サヤは皆に少し離れるように言った。
「取り敢えず、2人分だね」
皆がある程度離れたところで、ユーリは地面に手を付ける。
ユーリの能力『土』は、土を自在に操る能力である。故に、地に穴を開けることは彼にとって造作もない。
「はい、出来た」
ゴゴゴ、と音を立て、僅か数秒で研究所に繋がる穴をユーリは開通させた。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
恥ずかしそうに俯くミリアの手を握り、サヤは能力を発動する。
サヤの能力『超能力』は、物質を運んだり、見えない壁を作ったり、対象を引きちぎったりと万能能力である。だが、この能力は能力者によって得意分野が変わる能力で、サヤの場合は対象を圧縮又は伸張させることに特化している。故に、持ち上げる技は人の場合1〜3人までしか同時に持ち上げる事ができない。
サヤとミリアはゆっくりと浮遊し、ユーリが開けた穴へと入って行った。
「……ほんと、人は見た目によらないわね」
ユイの、ユーリの能力を見ての呟きに「えっ?」と横にいたマドカは反応する。
「見た目の話。まあ、あんたもだけどさ」
言葉の意味が分からずマドカは首を傾げるも、ユイも前を向いたままそれ以上返さなかった。
その頃、研究所牢屋部屋。
「腕痛え……」
およそ、数時間の睡眠の後リュウはあまり気分の良く無い目覚めを迎えていた。
「ケツも痛え……」
リュウは立ち上がり、軽く身体だけで伸びをする。一方、キョウは壁に背を預け座ったまま目の前をじっと見つめていた。
「キョウ、どうした?」
「誰か、居るのか?」
リュウの言葉に返したのはキョウでは無く、女性のものであろう高い声だった。
リュウは、その声が聞こえた方向、すぐ横の壁に耳を当てる。そして、恐る恐る小さな声で返した。
「いますよー」
「君たちは……どうして、ここに」
「えっと、話せば長くなるんだけどさ」
そう言って、リュウは経緯を話し始めた。
「ここが、研究所か」
ユーリの作り出した穴から研究所の真上に到着したサヤとミリアは、研究所の壁を音を立てぬよう破壊し中へと侵入することに成功していた。
「さて、皆を呼ばないとね」
所々ダンボールが置いてある、一面白い壁で覆われた部屋を見渡しながらサヤが言う。
「そうだな……この部屋には誰もいないのか?」
同じように、その長い赤髪を揺らしミリアも見渡すも、部屋には人はおろか怪しげな物も特に見渡らない。
「大丈夫そうだね」
サヤが、適当にダンボールをどかすも特に何も無かった。それを見て、ミリアはコンクリートの地に手を付け能力を発動する。
ミリアの能力の1つ「次元通路」。空間移動が使える能力だが、他の空間移動能力に比べると彼女の能力は使い勝手が悪い。その理由が、先ず『自分自身を移動させることが出来ない』ということ。次に、『出口が全て自分である』ということ。しかし、反対にメリットもあり、移動対象が複数でもデメリット無く移動させることができること。これは、例えばヤヨイの持つ普通の空間移動能力の場合は、移動させる人又は物が増えれば増える程にスタミナを多量に消費してしまう。つまり、ミリアの能力は"他"を移動させるのに特化し、ヤヨイの能力は"能力者自身"を移動させるのに特化している、ということになる。
「おっ、来た来た」
地上。ユーリが空けた穴から少し横にずれた所に、ミリアの能力によって出来た光の入り口が発生した。
「この穴が、ミリアとサヤの所に通じてるんです」
不思議そうに光る穴を見るミオに、カナエが説明する。
「じゃあ、ここに飛び込んだらいいんだね」
そう言って、ミオは躊躇無く穴に飛び込んだ。光の入り口に飛び込んだミオは、一瞬で消えてしまう。
「皆さんも、お先にどうぞ」
カナエの言葉に、続いてユミ、マドカ、そして少し躊躇してユイが入った。
「カナエちゃん。サヤ達に、ちょっと遅れるって言っておいて」
続いて、飛び込もうとするカナエにそう言いユーリは彼女に背を向ける。
「分かりました」
カナエはユーリの前に立つ者を見て即答し、光の入り口へと消えて行った。
「さて、戦うのなんて模擬戦で姉さんとやって以来かも」
目の前に立ちはだかる、白衣姿の初老の男を前にしユーリは呟いた。
研究所内。中に入ったミオ達は、物珍しそうに辺りを見渡していた
「ユーリ先輩は、上で敵を倒してから来るそうです」
「敵が居たのか……これは、バレてるかな」
カナエの言葉に、サヤは腕を組み考えるように唸る。ここからは2つのチームに分け、この部屋にある2つの扉からリュウ達を探そうとサヤは考えていたが、今となってはあまり戦力を分散させない方がいい気もしてきたのだ。
「扉が2つあるし、ここで二手に別れよう」
悩むサヤの傍ら、ミオが考えなしにサヤの中でボツになりかかっている案を出す。現在のメンバーがアビリティマスター2人に、SCM3人、一般生徒が2人と分けようと思えば2つには分けれる。
「まあ、あまり余裕も無いかもしれないからね」
ユミの言葉に、サヤは先ほどまで迷っていた自分が馬鹿らしく思えた。研究所にとっては、アリスはともかくリュウとキョウは使い道がないのだ。言葉は悪いが、例えるなら勝手についてきたゴミ。ゴミならどうする? 捨ててしまうか?
「そうね。ミオの言うとおり二手に別れましょ」
そう言って、サヤはミリアと距離を取った。
「アビリティマスターの2人とユイ、ユミの2人がそれぞれ分かれるように」
カナエちゃんはどっちでもいいからね、とサヤは付け加える。
この場合、特にどういうふうに分かれてもあまり意味はない。一緒に戦ったことがあるとか、親しいとかそういった事がSCMを除いてこのメンバー内には無かったからだ。
そして、その時の立ち位置から自然にミリアの元にマドカとユイが、サヤの元にミオとユミとカナエがそれぞれ歩いて行った。
「じゃあ、取り敢えず無駄な戦闘は避けて、危険と感じたら直ぐ逃げるように」
ドアノブに手を掛け、サヤは続ける。
「絶対に、またここに戻ってくるように」
それぞれが強く頷き、サヤ、ミリアを先頭に扉から出て行った。
その姿は、例えるなら狼。しなやかな胴体に、細いながらもがっしりとした両脚。暗く黒く、鉱石のようにキラキラと輝く体毛、否鱗に覆われたそれを元々人だったと誰が信じるだろう。
グルル……。
怒りに満ちた赤い目で、バジルは数メートル離れたアラタを睨みつける。まるで、仲間を殺された獣のように。
一方のアラタは、その元人の獣をまじまじと見つめていた。これが、能力。『機械化』と呼ばれる能力があるように、『獣化』と呼ばれる能力も当然ある。故に、目の前の状況にアラタはそこまで驚いていなかった。それよりも、問題なのは見た目では無く、その強さだった。
アラタは、マモルのトレーニングに巻き込まれ数多の能力者との模擬戦を経て、相手の強さをある程度まで感覚的に知る能力を身につけた。そして、今回もいつものように息をするように敵の強さを感じ取っていた。その結果が、仲間を先に行かせたことに繋がる。
しかし、今の目の前の敵の強さはどうだろう。2倍? 3倍? それ以上? そもそも、『機械化』にしろ『獣化』にしろ変化しても強さはそこまで変化がない。だからこそ、今の敵が例に習わないからこそアラタは混乱していた。
しかし、その感覚をアラタは楽しんでいた。最近めっきり味わなくなった感覚。未知なる敵との戦い。戦いの中で、互いの力を探る。
それは、彼が求めていたものだった。
そんな彼を視界に捉えたまま、バジルは後ろ足を強く曲げ力を溜める。
なんの合図もない。自分のタイミングで、バジルは勢いよく力を放出し地を蹴り上げ前方へと飛び上がった。
前足で地を掴み、後ろ足で蹴り上げる。1秒にも満たないタイムで、バジルはアラタの数歩前に到達した。
「!?」
その予期せぬスピードに、アラタは反射的に防御の体制を取るも、それを破るようにバジルの前後反転からの後ろ足による蹴り上げが決まった。
「!?」
両腕に突き抜ける鈍い痛み。アラタの防御が崩れた所で、更にバジルは前足で地面を蹴り上げ、同じように後ろ足に強く力を溜めアラタに蹴り出した。
「グっ」
鈍い音と共に、アラタの身体が後方に勢いよく飛ばされる。それ目掛けて、バジルは身体を捻り進行方向を変え走り出した。
そして、アラタが地に激突しそうになった所を狙い今度はタックルを見舞った。
バジルの連続攻撃に、アラタは意識を飛ばしかける。しかし、次なる攻撃の為跳躍せんと足を曲げるバジルに向かって彼は指を鳴らした。
攻撃としては地味過ぎるが、この場面においては十分すぎる攻撃だった。
バジルの眼前が揺れる。獣になる前にくらった時と同じような感覚。そして、更に積もる怒り。
「痛っ」
一方、対空を終えアラタはようやく地面に激突する。しかし、痛みに悶えている余裕もなく彼は痛む身体にむち即座に打ち立ち上がった。
「なまってんな……」
本来とは逆方向に曲がった左腕を無理矢理元に戻し、アラタは意識を集中させた。
――遊びは辞めだ。
アラタは特に問題なく動く右腕の方で指を擦り、一定間隔で音を鳴らし始めた。
パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ、パチッ……。
ウグゥゥゥ……。
ようやく、感覚が元に戻ってきたバジルは頭を振り立ち上がった。そして、眼前のアラタを視界に捉える。その耳に入る音など気にせずに。
グゥゥッアア!!
後ろ足で土を蹴り上げ、バジルは勢いよく前方へと走り出す。
先ほどと同じように、一瞬でアラタの元に到達したバジルは身体を反転させ後ろ足による一撃をかまそうとする。
!?
瞬間、バジルは自身の攻撃の遅れを感じ取る。それは、アラタに十分な攻撃時間を与えるものとなった。
バチン!
先ほどよりも強く弾かれ発生した音は、攻撃となってバジルを襲った。
空気鉄砲のようなものを当てられ、吹き飛ぶバジル。音は近ければ近い程、大きく聞こえる。早々と地面に激突したバジルは、そのまま身体を二転三転させアラタから数メートル離れた先でようやく止まった。
アラタの技の1つ『チューニング』。一定間隔で取られたリズムは、敵の動きを縛り上げる。今回の場合は、バジルの一回目の動きである"アラタに向かって走り出す"スピードを技で縛り、それ以外のスピードの動作全てをワンテンポ技の効力によってズラされ、結果バジルの攻撃の動作が遅れてしまったという事だ。つまり、バジルがスピードを落とさずそのまま突進していれば、アラタに攻撃を与えられていた可能性がある。
「まだだよな?」
アラタは、笑みを浮かべゆっくりとバジルの元へと歩いて行った。
次回予告
「ここは、私が引き受ける」
遂に研究所に潜入したサヤたち。しかし、そんな彼女らに容赦なく研究員が立ちはだかる。一方、リュウ達はキョウの秘策で牢屋から脱出しようと試み……。
次回「優先 -which?-」




