第62話 仲間 -precious-
11月23日、土曜日。時刻は12時過ぎ。
妻子持ちの男性教論から子供服数着を受け取ったミオは、キョウ宅へと戻ってきていた。
「いやー、先生が持っててくれて助かったよ」
当初、ミオは学園都市外に行く予定だったが、途中で誰かから譲り受けた方が早いのでは、と思い記憶を辿って男性教論の元へと向かった、というかんじだった。
「つか、どうやって頼んだんだよ」
「従兄弟に子供が生まれて、て」
「ああ、それがあったか」
妙に納得したレイタ。ともかく、これで衣服の問題が済んだ。
「じゃあ、アリスちゃん着替えに行こうか」
と、ヤヨイは衣服をミオから受け取り窓の外を眺めるアリスを呼んだ。
「何見てんの?」
ミオの言葉にもアリスは反応しない。
キョウの部屋、アパート4階から見える景色は絶景、では無くビルにビルにビル……灰色である。
それでも、アリスの記憶の中にこのような色のついた光景は無かった。
「そんなに良い風景かなあ……」
「……初めて見たから」
アリスは、その少しの水色と灰色に釘付けである。それに気付き、キョウがアリスの元に近づく。
「この問題が片付いたら、一緒に外散歩しよっか」
「えっ……」
予期せぬ言葉に、アリスは驚きの表情を見せる。
「問題が片付いたらだよ。そしたら、皆で外に遊びに行こう」
少しの間を置き、アリスはうん! と嬉しそうに、本当に嬉しそうに頷いた。「じゃあ、取り敢えず着替えて来て」と、キョウはニコニコしたままヤヨイちゃんを示した。
「キョウって、子どもの扱い上手いよな」
「そうだな」
ヤヨイ、ミオと共に洗面所に向かうアリスを見ながらリュウとレイタは呟いた。
「さて、じゃあ次はSCMについてだね」
アリスがヤヨイとミオと共に洗面所へ着替えに行った所でキョウが切り出した。
次はSCMの問題。マモル辺りに接触し何らかの形での協力を仰ぐか。しかし、そもそも何かSCM側が協力できるのか。
「SCMとの接触。まあ、接触してどうこうする、て目的が無いしな……」
「まあ、でも正直僕らじゃ限界があるよね」
うーん、とレイタは唸る。問題が問題な為に、慎重に事を選ぶ必要がある。
と、ここでミオが唐突に洗面所から出て来た。
「ねえ、お腹空かない?」
時刻は13時。D地区にて。
SCMチームDの3人は、冷たい風が吹く適当なビルの屋上で昼食をとっていた。
「失踪したのが昨夜D地区内。で、寒い中一晩中探して、早朝に上層部を通じてSCMに助けを求めたと」
「怪しめ、て言ってるようなもんだな」
堂巳サヤの説明に、コンビニで買ったおにぎりを片手に風神レイジが言った。
「正直、ここまできて目撃情報が1つも無いとすると」
「既に、誰かが保護してる」
ルナ・セシリアの言葉にレイジは頷く。
「で、情報が来ないということは」
「アリスに両親はいない」
もしくは、両親を嫌ってる。とレイジは続けた。
「でも、誘拐されて監禁状態にある可能性もある」
「うーん、そっちのが普通……かな?」
ルナの言うとおり、本来ならば誘拐されたと見るのが妥当だろう。しかし、この事件を包む違和感がその可能性を小さくしていた。そして、この考えはチームDに限らずSCM全チームに言えることだった。
「まあ、何にしろ俺たちは上の命令に従うだけだがな」
レイジはおにぎりを口に詰め、ペットボトルのお茶で流し込んだ。
「さて、そろそろ行くか」
13時。キョウ宅にて。
リュウとレイタがコンビニで買ってきた昼食を終え、6人は暖かな昼下がりを過ごしていた。
「とらんぷ?」
ヤヨイとミオはリュウ、レイタ、キョウが会議中の中アリスと共に遊んでいた。
「うん。えっとね、こうやって遊ぶんだよ」
その絵の書いてあるプラスチック製のカードに、アリスは興味津々だ。
このアリスの反応だが、別に異界にトランプやこの世界の娯楽が無い訳ではない。しかし、アリスが生まれた頃は丁度異界崩壊前後と重なる為、彼女は今までこういった物に触れた事がないのだ。
そんな、子どもが見た事のない面白そうなオモチャを見るような目のアリスに、会議中の3人は思わず笑みがこぼれた。
「守らなくちゃな、アリスちゃん」
守る。リュウは、瞬間的に楽しかった過去の記憶を思い出すが直ぐにそれを閉じた。
「さて、じゃあ話に戻るか」
その顔から笑みを消し、再びレイタは2人の方を向いた。
「この面子でアリスちゃんを守り切れるか」
SCMとの接触は後回しにし、取り敢えず仮に敵が襲ってきたとして、アリスを守り切れるかどうかに重点を置いた。
「俺は戦力にならない」
「でも、僕は戦力になる」
「……まあ、否定はしないけどさ」
リュウの言うとおり、キョウの能力を封じる能力『負荷』は十分に戦闘時に使える能力である。
「リュウもスキルバーストが使えるから戦力になる」
「アビリティマスターのミオちゃんもだね」
「ヤヨイちゃんは、逃げる時には使えるか」
レイタの言うとおり、リュウは能力強化の『スキルバースト』がある程度は使いこなせるので戦力として十分計算がてぎる。そして、リュウの言うとおりヤヨイの能力である『空間移動』もアリスを逃がす事を考えたら十分に使える能力である。
「まあ、こればっかりは敵の強さによるけどな」
レイタはそう言って紙に、ここにいる6人の能力及び役割を書き始めた。
「敵の強さがわからない以上、こちらもできる限りの戦力を揃える必要があるよね」
「戦力か……」
リュウは記憶を辿る。強い能力者……。
「八重隈ユイ、札切アンズ、喜界島レナ、ルミナス・レイオート、神無月ユミ、押重マドカ、海堂ショウイチ、覇道リュウヤ、牢月ミズヤ」
こんなもんか? と言い終えレイタは顔を上げた。同時に能力、役割について書いた紙も前に出す。
「ミズヤは協力しないだろうね」
「ああ、そうだな」
喧嘩云々を置いといても、女性絡みの時点でミズヤが協力するとは3人とも思えなかった。
「つか、レナちゃん?」
上げられた中で、一番リュウが違和感を憶えたのが喜界島レナだ。少なくとも、見た目からは戦えるようには見えない。
「レナの能力は『機械化(mechanization)』だからな。逃げるのに使える」
「何それカッコいい」
『機械化』とは、使用する能力者自身がある程度内部構造を知ってる機械つまり乗り物にトランスフォームする能力である。
「まあ、戦闘経験なさそうだし巻き込むのは可哀想かもな」
いくら状況が状況とは言え、仮にも全く関係のない人物を巻き込むのは3人とも気分が悪かった。
「となると、アンズちゃんやショウイチ、ユイちゃん辺りも微妙か」
「ショウイチは協力的だと思うけどな」
「そうか?」
「ああ。理由を話したら協力してくれそうなのがショウイチ、ルミナス、ユミ、マドカ、リュウヤ……まあ、アンズも協力はしてくれるだろうな」
「つか、理由話したらミズヤ以外全員協力しそうだけどな」
ショウイチ、ルミナスはあまり事を考えずに、ユミはちゃんと考えた上で即答、マドカ、リュウヤ、アンズは悩むも最終的には協力する。レイタのイメージとしては、ユイだけがどういった反応をするか読めなかった。
「取り敢えずは、アビリティマスターのマドカ、基礎能力値が高いリュウヤ、能力の使い勝手がいいショウイチ、ルミナス辺りか」
「アンズちゃんは?」
「アンズはなあ……」
今いる面子内にアンズと仲がいい者はいない。あまり接点のない人に、こんな危険が伴うことを頼めるだろうか。
と、ここで「というかさ」と先ほどから黙って何かを考えていたキョウが口を開いた。
「リュウヤって、僕が喧嘩の原因作ったのって知ってるのかな?」
「……まあ、リュウヤはいてもいなくてもいっか」
「いや、どっちでもいいって事はないだろう……つか、諦め早えよ」
ちょっとの間を置き諦めたリュウにレイタがつっこむ。
少し前に判明したリュウヤとミズヤの喧嘩。そして、それを助長したのが他でもないこのキョウだった。
「つかさ、お前自分が悪いって思ってねだろ」
「思ってるよ〜」
キョウの表情は適当だ。
と、ここでレイタがある事に気付く。
「そういえばさ、アリスの能力て具体的にはどんな能力なんだ?」
ミオのリフルシャッフルを夢中になって見ているアリスに反応はない。なので、「アリス〜」とキョウはアリスを呼んだ。それに「なになに?」とアリスは笑顔で3人の元へと来る。
「レイタが『能力創り』について教えて欲しいんだってさ」
「能力について?」
不思議そうな顔をして、アリスは「うーん」と何から話せばいいかと唸る。
「じゃあ、俺が質問してくよ」
「うん、分かった」
「じゃあまず……能力創りに作れない能力はあるか?」
「無いよ」
「じゃあ次、能力はストックしておけるか?」
「うんうん、1回使ったら消えちゃう」
「じゃあ、能力創りに制限はあるか?」
「えっと……1回能力を作ったら、次に能力を作るまで1時間は何もできないよ」
「そうか……わかった、ありがとう」
アリスはニコッと笑い。キョウの方を向いた。
「キョウ凄いんだよ。ミオの、えっととらんぷ?」
「へえ、そうなんだ。じゃあさ、また僕にも見せてよ」
うん! と笑顔で頷きアリスはミオとヤヨイの元へと戻って行く。
アリスが戻ったところで、リュウはレイタに先ほどの質問の理由を聞いた。
「いざとなったら、アリスだけでも逃げれるかなって思ってな」
守り切れなかった場合、彼女1人で自衛できるかの確認である。
「まあ、そうはさせないんだけどな」
レイタはポケットから携帯を取り出す。
「取り敢えず、挙げた奴に片っ端からかけてみよう」
そう言って、レイタは1番最初に目に付いたマドカに電話をかけた。
「数は少ないに越した事はないな」
キョウの部屋は、普通のアパート程度の広さでそこまで人が入らない。それに加えて、少人数の方が情報共有、また行動が楽に取れる、とのレイタの判断で連絡を入れる相手は絞った。
その結果、呼び掛けに応じたのが八重隈ユイ、神無月ユミ、押重マドカ、海堂ショウイチの4人だった。
「いやー、狭い部屋でゴメンね」
「ほんっっっっと狭い、てか男臭い」
「えっ、臭い!? 俺匂う!? マドカ俺匂うか?」
「大丈夫。無臭だから」
「リュウ、俺選択間違ったかもしれない」
「大丈夫。こいつらはやる時はやる人たちだから」
その突然の大勢の来客に、アリスもヤヨイにくっついて離れない。
「ほほう、その子がアリスちゃんか」
目に見えてビクビクしているアリスにショウイチは近づく。
そんな、ただ近づいただけの彼にリュウは冷めた目で口を開けた。
「ショウイチ、お前ロリか」
「……キショ」
「俺、近づいただけだけど!?」
取り敢えずみんな座れ、とレイタはため息混じりに立っている4人を座らせる。
「取り敢えず、改めて今の状況を話す」
そう言って、レイタはアリスの事、そしてSCMの事を簡潔に4人に話した。
「つまり、私たちはアリスちゃんを守ればいいのだろ?」
話を聞き終え、ユミが目でアリスを示し言う。
「にしても、あの子を狙ってるのはみんなショウイチみたいな奴なの?」
「俺なんか悪いことしたっけ?」
隣に座るショウイチを露骨に避けているユイが言った。
「まあ、今はいいけど。その時になったら」
「わかってるわよ」
レイタの言葉を最後まで聞かず、ユイは答えた。
じゃあ僕から1つだけ、とキョウは
皆を見渡す。
「……今回、僕は暇潰しの為にアリスを守る事を決めた。多分ね。でも、今はハッキリと違うと言える。僕はアリスを守りたい。そして、彼女に自由を与えたいと思う」
ここで、ふうーと息を吐いた。
「だから、皆の力を貸して欲しい」
強く思いのこもった目で彼は言った。そして、それに皆強く頷く。
――……こう言っておいた方が締まるだろうからね。
その、キョウの薄い笑みに気付いた者はいなかった。
時刻は18時。
寒空の下、何処かの屋上にてスーツ姿の男女が4人。
「フィイ、探知できたか?」
「はい、見つけましたわ」
青い短髪の男の問いに、スーツに身を包んだ金髪の女性が答える。
「なら……深夜だな」
男は笑みを浮かべ、厚い雲のかかった夜空を見上げた。
「星がねえ……」
次回予告
「絶対に連れていかせない」
遂に来たる異界からの使者。リュウ達はアリスを守ることができるのか!?
次回「距離 -unwished-」




