第59話 幸せだったのか?
少年は悩んだ。自身の心の内に。
少年は苦しんだ。今の自分の立ち位置に。
少年は選択を迫られた。これから進むべき道を。
八重熊ユイ。
D地区三年E組の生徒である彼女は、人造能力者戦を境にちょっとした悩みを抱える事になっていた。
――ここまで来れば……。
11月4日、月曜日。放課後。
強風吹き荒れる夕陽が照っている屋上にて、落下防止用のフェンスが強風でガタガタと鳴る中、ユイは息を切らし鼓動を打ち鳴らし扉を背に座り込んでいた。
「風強い……」
その長く綺麗な髪が風に強く靡く。ユイは髪を手で抑えながら立ち上がり、扉をそーっと開けた。
「…………よしっ」
気配が無い事を確認し、彼女はゆっくりと中に入り扉をできる限り静かに閉めた。そして、扉を前にふうっと安堵の息を漏らす。
「あれっ? ユイちゃんじゃん」
「!?」
勢いよく、後ろへ振り返ったユイの目に映ったのは不思議そうな顔をして立つリュウの姿たった。
「なんだ、あんたか」
「あんたじゃねえよ、リュウだ」
「知ってる」
はあ、と一瞬爆発した鼓動を抑えるようにユイは無い胸に手をやる。
そんな、明らかに怪しい気なユイを見て、リュウは好奇心からどうしたのかと質問をした。
「あんたには関係ないでしょ」
しかし、それをスパッとユイは拒絶する。
「でもさ、気になるし」
「話すの面倒いし、話す理由もない」
「うーん、気になるんだけどなあ」
と、残念そうな顔をするリュウを無視して彼女はその場から立ち去ろうと階段を降りようとするが。
「見つけました!!」
「!?」
ドタドタドタ! その女子の声と共に階段を勢いよく上がってくる音が下から聞こえる。
ユイは舌打ちし、即座に返り扉を勢いよく押し開けた。
「ちょっ、待って」
ユイによって閉められようとする扉を間一髪で避け、リュウも屋上へと入った。
「ちょっ、なんであんたまで」
「別にいいだろ! それより離れて!」
訳のわからぬまま、ユイは扉から手を放し後退した。
「なんとなく事情は汲めたぜ」
凍りつけ! その言葉と同時にリュウの手から放たれた冷気が、扉を一瞬にして凍らした。
「つまり、逃げてるってかんじだろ?」
リュウの取った行動に唖然とするユイ。
「……もしかして違った?」
2回目のリュウの問いに、ようやくユイはそれが自分に向けられた言葉である事を理解した。
「いや、いいわこれで……その」
ユイは俯く。
「ありがと」
「いいよ、別に」
その言葉を聞き、一気に彼女の中に恥ずかしさがこみ上げる。ありがと、なんていつ以来だろう。人に感謝の言葉を告げるなんて何回目だろう。
「あ、あの、私は別に頼んだ訳じゃないから!!!」
焦りを混じらせたユイの言葉は、突如吹いた強風によってリュウの耳には届かなかったが、それは彼女にとってはよかったのかもしれない。
「ん? 何か言ったか?」
「えっ、いや……別に」
その興奮により紅潮した顔を隠すように、ユイはリュウに背を向ける。
「えっとさ、なんつうか別に嫌ならいいんだけどさ……その、なんか問題あるなら俺が手伝うぜ?」
視線を右へ左へ流しながら、リュウは遠慮深くユイに言う。
そのリュウの言葉に、ユイは言葉を濁した。別に、リュウに頼んでも事態が好転するとは思えない、と思っている訳では無い。寧ろ、リュウならば多分力になってくれるだろう、とすら思っていた。
それでも、彼女が言葉を出さない。何故なら、彼女は今まで人に何かを頼んだ事が殆ど無かったからだ。それ故の恥ずかしさ。それに理由があるとすれば、昔からその性格故に友人が少なかった事が上がるだろう。
そしてその状態は、高校生になっても人造能力者戦"まで"ずっと続いていた。
ユイ自身は別にそれでいいと思っていた。それでも、問題無かったから。しかし、人造能力者戦を境に彼女の考えは変わりつつあった。
言葉を返さないユイに、リュウは先に口を開けた。
「……ああ、まあ取り敢えずあの子から逃げてんだろ? なら」
「ごめん」
えっ、と言いそうになるもリュウはそれを呑み込んだ。
「折角、協力してくれるって言ってんのに……私は」
背を向けているユイの表情を、リュウは確認する事が出来ない。それでも、リュウは今の距離を縮めずに彼女の次の言葉を待った。
「本当、どうしたらいいんだろうね……私は」
取り敢えず、今は俺に頼めばいい、と即座にリュウは答えられなかった。それが何故か、今の彼には分からない。
しかし、分からないのは無いのと同義。彼は一旦息を吸い吐き、改めて上記の言葉をユイに言った。
「……そうね。ふふっ」
一瞬こぼれ落ちそうになった涙を、拭うように袖を顔にやりユイはリュウに振り向いた。
「大した問題じゃ、ないんだけどね」
そう言って、ユイはその大した事のない問題について話し始めた。
ユイの抱えていた大した事のない問題とは、あの戦いでユイの能力を知った2年が、あの日以来事あるごとにユイの能力である『反射』と『拒絶』で実験をしたいと迫ってくる、という問題だった。
話を聞き終え、リュウは少し考え先ず率直に思った事を口にする。
「別にいいんじゃね?」
「はあ?」
これには、ユイもびっくりだ。といっても、リュウはそれほどおかしな事を言ってはいないのだが……。
「だってそうだろ。別に、無茶苦茶な事頼んでくるわけでもないんだろ?」
「そりゃ、そうだけど……」
と言っても鬱陶しいものは鬱陶しい、というのがユイの意見だった。
「まあ、でもユイちゃんが嫌ならハッキリと断って、それでもダメなら……まあ、実力行使だな」
「……あんた、意外とエグいわね」
そうかな? とリュウ。
何時の間にか風は止んでいた。
「じゃあ、私がハッキリと言えばいいのね」
「ああ、何かあったら俺が出るよ」
そう言って、リュウは扉の氷を炎の能力で溶かした。
ドアノブは、先ほどまで凍っていた事もあり思わず手を放しそうになったが、ユイは構わず扉を勢いよく開けた。
「やっと、出てきましたね」
扉を開けた先、メガネをかけた少女が腕を組み震えながら立っていた。
「えっ、あんたまさかずっとここで?」
「と、当然でずよ、だっ、て今日こ」
「大丈夫?」
リュウはその手に炎を出し、彼女に暖を取らせた。
「ず、ずみまぜん」
「ほら、鼻もかんで」
垂れる鼻水を見て、ユイはポケットからティッシュを差し出した。
「じゅーーーーー……」
「取り敢えず、暖まってからだな」
「……いや、いいわ」
はあ、とため息を吐くように息を吐き、彼女は続けた。
「あんたに、協力してあげる」
「へえっ?」
その予想外の発言に、少女もリュウも意表を突かれたような顔をする。
「何度も言わせないでよ、私は」
「あ、ありがとうございます!!!」
そう言って、少女は勢いよくユイに抱きついた。
「ちょっ、離れなさいよ!」
「嫌です! 離れませんよ!!」
「拒絶」「ふにゃっ!?」。ユイの能力により、吹き飛び尻餅をつく少女。
「全く……次抱きついたら協力しないから」
「ええ、それは困ります!」
そう言って、勢いよく立ち上がった少女は再び抱きつこうとする。
「こら! あんた、人の話全然聞いてないでしょ!!」
「聞いてますよ〜」
その光景を見ながら、リュウは炎を消し少しの笑みを浮かべたが、直様それを消した。
――俺だけ、こんなに幸せでいいのか?
再び繰り返される自問。その答えが出ないまま、また1日が終わっていく。
――俺は一体……。
そして、また浮かび上がる。
次回予告
「また、あの悪夢が繰り返されるのか」
次回「這いよる悪夢」




