第58話 幸せだっただろう?
SCMとは?
簡単にいうと警察の学園都市版であり生徒会の拡張版で、能力者として優秀なことが配属条件の組織である。
SCMは、AチームからEチームまであり各チーム3名ずつ。Aチームのみ総隊長含めて3名(この他にも補佐的な立ち回りをする特殊チームが存在する)。
基本的には2年から入れるが、例外もある。最初の1年目は教育期間で3年からチームに入る。
総隊長は各チームからの推薦で決める(条件として3年であること。但し例外あり)。
11月1日、金曜日。放課後。
リュウとカナエの友人で、新聞部である双葉ミエは休日を利用してSCM本部へと来ていた。
今回、何故この2人がSCMに来たのか。
事の発端はミエにあった。
「リュウ先輩! リュウ先輩! リュウ先輩!!」
「!?」
……数時間前。
その唐突で大きな声に、ホームルーム後ウトウトと眠気に襲われていたリュウは思わず立ち上がってしまった。
「……ミエちゃんか」
「お久しぶりです! ……あっ、そういや数日前にも会いましたか」
この子はなんでこんなに元気なのだろう? そんな事を思いながら、リュウは鬱陶しそうに椅子に座り、眼前に立つミエを見上げた。
「で、用は?」
「はいっ! 実はですね、今からSCM本部へと行こうと思うのですよ」
「そうですか、1人で行けるな?」
「はいっ、1人で行けます。あっ、道案内を頼みにきたわけじゃないですよ」
「そうか、じゃあなんで」
「1人だと心細いので、リュウ先輩について来てもらおうかと」
「はあ……他に頼める人は?」
「リュウヤ先輩はダメでしたね」
「リュウヤねえ」その言葉に、リュウはつい先日の事を思い出す。
夏休み中のある一件で、ミエとリュウヤが知り合った事はリュウも知っていたが、その後もちょくちょく交流があり、今では良い先輩後輩の仲になっていたのだ。
「……まあ、いいや。同級生は?」
「無理でしたね」
「カナエちゃんも?」
「そのカナエちゃんが原因なんですよ……」
「ん? どういう」
「今回SCMに行く理由はですね、なんと、カナエちゃんの忘れ物を届ける為なんです!」
「ああ、そういう事か」
「はいっ! だから、一緒について来てもらえませんか」
ミエは頭を下げる。
頼みごとは断れないタイプであるリュウ。という事で、今回も結局承諾してしまった、というかんじだった。
2人はSCM本部外観に圧倒されつつ中に入り、そして再度圧倒される。ビルのエントランスのように広い玄関。白衣を着た者、スーツを着た者、制服を着た者が歩く構内はガラス張りで透明感、また清潔感がある。リュウは、これまでも4回本部に来たことがあるのだがやはりこの"名の知れる会社のビル"のようなSCM本部には毎回のように謎の緊張感に包まれてしまっていた。
「いやー、毎度ながら動きが止まっちゃうな」
「えっ!? 初めてじゃなかったんですか?」
「ああ、前にも……1年くらい前だったかな」
「へえ、凄いですね」
あえて、両親がSCMに務めている事はリュウは話さなかった。本当は話したい、というより自慢したいのだが、彼女が新聞部であるということで色々訊かれそうな気がし、それはめんどくさいと思ったからだ。
「さて、カナエは何処でしょう」
「うーん……」
ミエが唸っていると、背後からリュウにとって聞き覚えのある懐かしい女性の声が聞こえた。
「リュウ?」
「母さん!?」
リュウの驚いた声にミエが振り返ると、そこには白衣に身を包んだ30代くらいの綺麗な女性が資料を持って立っていた。
「? どなたですか?」
「俺の……母さん」
えっ!? と、渋々言ったリュウの言葉にミエは目を丸くした。
「あら、リュウのお友達?」
「ああ、俺の後輩でカナエちゃんの友達だよ」
「あ、あの、双葉ミエです」
ミエは吃りながら、丁寧に頭を下げた。
「ふふっ、可愛い後輩ね。私はリュウの母の慶島舞」
よろしくね、と若々しい声でマイはミエに手を出す。ミエも慌てて、差し出された手に答えた。
「で、今日は何しに?」
「カナエちゃんの忘れ物を届けに来たんだよ」
「で、カナエちゃんが何処に居るか分からないと」
「うん。でも部屋に居るんだろ?」
SCMに所属している生徒には、1人1つずつ部屋が与えられている。といっても、SCM所属の生徒の殆どがアパート暮らしな為、部屋は休憩場所としか使われない。
「そうね。でも、場所は分かるの?」
「2年の場所だろ? 大体ここら辺てかんじで憶えてるよ」
「そう……なら折角だし、カナエちゃんに忘れ物を届けたら親子水入らずで話さない?」
そう言って、マイはエントランス横の食堂を示した。
「ええ、別にいいじゃん。そんな、めんどくさい」
「めんどくさいとはなんだ、めんどくさいとは。たまにはいいでしょ。最近の事とかも聞きたいし」
「そうですよリュウ先輩。折角ですしね」
ミエにも言われ露骨に面倒くさそうな顔をするも、結局リュウは「分かったよ」といやいや了承した。
「じゃあ、後で食堂ね」と、マイは資料を置きに奥の方へと消えて行った。
「随分お若い方ですね」
「年齢と中身が合ってないだけだよ」
はあ、とため息をつき、リュウはSCM2年の部屋へと歩いて行く。ミエも、リュウの後へと付いて行った。
「あれ? ミエちゃんは?」
「カナエちゃんのとこ」
数10分後。
夕方という事もあり人影が少ない食堂にて。マイは窓際の席で、コーヒー片手にリュウを待っていた。
「何か飲む?」
「いいよ」
断り、リュウはマイの隣の席へと座る。目の前のには、ガラス越しに夕陽に染まった芝生が映っていた。
「ミエちゃんって彼女?」
「!? ちげえよ!」
マイの唐突な切り出しに、リュウは思わず吹き出しそうになる。
「そう……じゃあ、カナエちゃんは?」
「ただの後輩だよ」
「へえ。カナエちゃんさあ、夏頃なんか周りによく『リュウ先輩は凄いんですよ!』て自慢話してたんだよ」
「知ってる。おかげで、一方的に俺の事知ってる奴が増えたよ」
リュウは、ふとここで水野ニノの事を思い出した。が、彼女の場合単純に興味ないだけだな、と勝手に納得する。
「まあ私もさ、まさか一二三君の妹とリュウが、まあ学校が同じとはいえ仲良くなるなんて思ってもみなかったからさ、気になるんだよね、どうやって知り合ったとか」
「…………」
これは言わなきゃダメなパターンだな、とリュウは渋々トーナメント辺りの説明を始める。別に、話したくないとかそういう理由では無く。単純に、説明が苦手だから話したくないのだ。とは言え、リュウは自分の母親が頑固だという事をよーく知っていた為、こうやって渋々話し始めたといった具合だった。
「……といった、かんじなんだよ」
「へえー、それはそれはレイタ君流石だね」
じゃあ、次は人造能力者との戦いね、とマイは直ぐに次の話を催促した。
「……こんなかんじだったんだよ」
「ほほう。それは、それは……」
『黒い炎』。マイはその言葉を内に閉まった。
「じゃあ、次は氷界ハジメ君についてね」
「……てな、具合だな」
「ふーん。あんまり、活躍してないじゃん」
「まあ、これはたまたま巻き込まれたって感じだからなあ……つか、なんで俺がこの事件に関わったって知ってんだよ」
「そりゃ、母親だもん」
「それは、理由にならねえ」
はあ、とそれ以上リュウは追求しなかった。恐らくSCMチームCかD辺りから漏れたんだろ、とリュウは勝手に決めつける。
「青春してるみたいね」
「えっ?」
それまで、楽しげな顔をしていたマイの表情が一瞬曇るも、それをリュウは視認しなかった。
「少なくとも、去年よりは楽しい高校生活を送ってるみたいじゃん」
「……そりゃ、まあ、確かにそうかもだけど」
返答に困っているリュウを横目に見てから、マイは暗くなりつつある外に視線を移した。
「瑠美の事は忘れちゃった?」
マイの静かな一言に、リュウの表情から一気に明るさが消え去る。
「なんで、そんな事訊くの?」
「去年までのリュウと、今年のリュウの違い……リュウ自身もよーく自覚してるでしょ?」
沸々と胸糞悪いものが、リュウの内から湧き出てくる。
「去年までのリュウは復讐のみに動いていた、でも今年のリュウは」
「母さん!」
リュウは立ち上がる。
「何が言いたいのか分からないけどさ、俺は……まだ、諦めてないから」
そう言い、リュウは勢いよく食堂を出て行った。
「…………」
それを、何も言わず、何も思わずマイは見送った。
エントランスに出て、リュウは何も考えずに出口を抜け、道なりを歩き続ける。
その脳内に蘇る、あの日の光景。ずっと、表に出さなかった大切な人の顔。ずっと、奥に閉まっていた感情。
いつ以来か。それはリュウも憶えていない。少なくとも夏休みの一件、トーナメント出場を機に、ずっとそれらを表に出す機会は無かった。
何故か。それは、楽しい日々を見つけたから。大切な友達が出来たから。
それは、憎しみよりも強いから。
リュウは、不意に歩を止める。噴き出す感情を無理矢理抑え込み、彼は踵を返した。
「俺は一体、何をやっているんだろう」
街灯が点き始めた暗い道を戻り、リュウはミエを迎えにSCM本部へと向かった。
次回予告
「何やってんだろ……私」
人造能力者戦を境に変わりゆく意識。
次回「幸せだったのか?」




