第52話 秋空の下で……お化け退治!? 後編
「どう?」
「ダメだな、つながらない」
時刻は23時10分。
レイタとルナが校内に入ってからおよそ30分が経過。しかし、2人は一行に出てくる気配は無く、何かあったのでは? とレイジがルナの携帯にかけるも繋がらない、という状況だ。
「どうする?」
「…………」
サヤの問いに腕を組んで悩むレイジ。
ルナの能力は「治療、詠唱」と戦闘向きではない。しかし、仮にもSCM。何か、ルナの予期せぬ事があったと考えるのが妥当だろう。
本来なら応援を呼ぶべきだろうが、時間が時間。SCMは警察のようなものだが、さすがに学生の為24時間いつでも対応できるように起きてる、という事はなかった。
しかし、それよりもレイジが判断を迷ったのは、この事案がそこまで危険性を含んでいるとは思えない点にあった。
前情報からも、ただの誰かのイタズラと考えるのが妥当。なら、今回も度の過ぎたイタズラなのではないのかと。ルナとレイタは校内で待ち伏せして、後から入ってきた者を脅かすつもりじゃないかと。
当然、レイジの知っているルナはそんな事はしない。そんな仲間に心配をかけるような真似はしない。
それでも、前情報からも、レイジはそこまで危機感を持てずにいた。
「おい、何悩んでんだよ、行くぞ」
その唐突な声に、レイジは下げていた視線を元に戻す。視界に映ったのはリュウの姿だった。
「皆で助けに行こう」
この状況において至極当然のリュウの発言。しかし、それは常に悩む癖のあるレイジから見れば考えられない発言だった。
「…………」
目先の事を考えてない、しかし正直な言葉。
サヤが、リュウに向かって歩き出した事もあるのだろう。レイジはふっと一瞬頬を緩め、足を前に出した。
「……おかしい」
下駄箱に通じる扉の前、最初に異変に気付いたのはサヤだった。
電気が付いていないので暗いのは当たり前なのだが、扉越しの校内は「暗い」というよりも「黒い」のだ。
「皆、気を引き締めてね」
強いサヤの言葉に、皆も強く頷く。
異変が起こっていて普通。だから止まる理由にはならなかった。
目の前の扉を押し、サヤを先頭に6人が順番に中に入った……。
「あれ?」
リュウに続いて入ったカナエが異変に気付く。
リュウの前を扉を押し入ったサヤ、そして、後ろから確かに入ってきたであろうレイジ達がいないのだ。
「あれ? みんなは?」
「さっきまでいましたよね……」
困惑するリュウとカナエだったが、取り敢えずリュウの「炎」の能力で暗い辺りを照らしてみることにする。
リュウの炎はトーナメント戦でも披露したように、その手を離れても消えずに浮遊させることができる。その力を使い、リュウは火の玉を廊下の突き当たり、A組の所までふわふわと飛ばした。
しかし、特にこれといった異変は見当たらない。
「空間移動能力……でしょうか」
当然、能力にはテレポーテーション能力が使えるものもある。カナエの考えは、それがトラップとして入口に張ってあった可能性だ。
ちなみに、リュウの知人では双葉ヤヨイがこういった能力を使える。
「まあ……そのうち合流できるだろ」
「……そうですね」
楽観的発言だが、リュウもカナエも無理してそういった言葉を吐いていた。
校内の異常な雰囲気。黙っていては、ネガティブでいたら何かに呑まれるであろうそんな状況。
2人とも、平然を保っているのがやっとだった。
「ルナ! レイタ! リュウ! カナエ! ショウイチ! ……」
「ハヅキちゃん!」
「ああそうか、ハヅキ!」
一方、同じくリュウとカナエと"同じ"A棟廊下にいたレイジとサヤは大声で叫んでいた。
「みんな、どこいったんだ」
「校舎内の何処かにはいるんだろうけどね」
「……やっぱ、SCMに連絡入れるべきだったか」
「いまさらそんな事言わない。というか、今から連絡しよう」
そう言って、サヤは携帯を開くも……。
「圏外」
「ああ……まあそうだよな」
校外からルナにかけられなかったのだ。当然、その逆も出来るわけがない。
「とにかく、前向きに捜そ」
「おう……」
いつにも増して、レイジが弱気なのは責任からか、この校舎の雰囲気のせいか。しかし、あまり気にせずサヤはレイジの腕を引き廊下を進んでいった。
「………………」
「………………」
周りの暗さに負けない程の暗いオーラを纏って、ショウイチとハヅキは廊下をひたすら歩いていた。
しかし、いたすら陰鬱なショウイチに比べて、ハヅキはひたすら言葉を探していた。
この状況は暗さのせいじゃない、わたしが喋りづらいオーラをだしてるからだ。といった考えで、彼女は会話の切り出し方を考えていた。
そんな、彼女が瞬間的に思いついた言葉を、てんぱっていたのもあるだろう、何も考えず口から出して見せた。
「校舎を壊しちゃ駄目かな?」
言ってから少しの間を置き、ハヅキは激しく後悔する。自分でも、なんでそんな事を言ったのか分からない。他にも何かあったろう。なんで、よりによってそれなのか。
暗い校内だからこそ、いつの間にか月が厚い雲に覆われたからこそ、彼女の紅潮した顔を本人も含めて確認はできない。しかし、少し荒くなった息遣いなら、十分に認知できた。
「あっ、あの、ごめん、へんなこと言って……」
目が覚めるような、ハヅキ本人も驚いた声で始まり、最後にはいつもよりも小さい、しかし十分聞き取れるトーンに落とし彼女は言った。
あまりにも唐突な第一声から、少し間を置いて発せられた弁明。
そのあまりに瞬間的かつ高密度の展開に、ショウイチも驚くもそれから更に少し間を置き彼は口を開けた。
「ああ、あれだろ、ここから出る方法だろ」
「…………」
ハヅキからすればその発言は、スベったギャグの説明をされているような、そんな感覚を得た。彼女自身は、悪いのは自分と思っているので、その発言を経て更に恥ずかしさに溺れていた。
「でも……その案、使えるかもしれない」
そう言って、ショウイチは右目を閉じた。
ショウイチの能力は「解析と抑視」である。その1つ「解析」は、自分の目で見た対象の特殊能力を自分に対してのみ無効にする能力である。ただし、一度相手の能力をくらわなければならない。
もし、この離れ離れの状況が能力によるものなら? うまくいけば、取り敢えず自分だけ脱出し、助けを呼びに行けるのではないか、とショウイチは考えたのだ。
――いや、待てよ。
ショウイチはゆっくりと右目を開ける。ちなみに、この右目を一旦閉じる動作はショウイチにとっては集中する為のものであるが、あまり意味は無い。
再び開かれる視界。しかし、その光景になんら変化はなかった。
当然である。能力を発動する瞬間、ショウイチの脳内をある事が過ったからだ。それは……。
――もし成功したら、残されたハヅキちゃんは?
「…………」
「…………」
この後、暫く2人して沈黙した後、再び他の面子の捜索を始めた。
「…………」
「……リュウ先輩何か話しません?」
「……ああ、ええと、人は何故生きてるのか?」
「そんな難しい話はいいです」
「じゃあ、人生について」
「変わってません」
「そうか……じゃあ、幽霊の是非について」
「是非? まあ、居てもいなくても……ですかね」
「それは、あれか、今幽霊が出てきても仕方ない的なあれか」
「そういう意図で言ったんじゃないです」
場所は変わってB棟1階。3年の教室がある廊下を照らしつつ、リュウとカナエは歩いていた。
「リュウ先輩大丈夫ですか?」
「な、何が」
「身体が震えてますよ。あれ? もしかして、怖いんですか」
「んなことはない。つか、カナエちゃんこそブルブルじゃねえか」
「なっ、私は普通です、いつもこんな感じです」
「それは、一度病院に行った方がいいな」
校内に入ってからの異常な雰囲気は続いている。これは、それに抗う為の会話だ。そして、自然とそういう状況なった時、人は身を寄せ合うもの。それは、2人も例外では無くリュウの袖をカナエがぎゅっと掴んでいる状態だ。
「怖いんだろ、いいんだよ、怖いって正直に言って」
「ち、違います! 怖いんじゃなくて……そう、寒いんです」
「そうか? ……もう少し炎を強めるか」
「そ、そんな事よりリュウ先輩こそ大丈夫ですか? さっきより震えが強くなってますよ」
「こ、これはな、あれだ、俺も地味に寒かったんだ、ほら、でもカナエは寒くなさそうだしなあ、と」
「そうですか、でもおきになさらず」
「おお、温度上げてやる」
大きくなる火の玉。更に明るくなる廊下。それでも、身に染みるような恐怖をぬぐい取れない。
お互いに強気でも、その身は正直だ。2人は身体を小刻みに震わしつつ、視線を右へ左へ動かしながら、廊下を真っ直ぐ進んで行った。
場所は体育館に通じる扉の前。レイジとサヤは強く閉ざされた扉に攻撃を仕掛けていた。
「はあ、はあ、はあ……ダメだビクともしない」
レイジの基礎能力による打撃に加え、人造能力者戦でも見せた空気を断つ「断空」。そして、対象を削る「断罪」。これらを持ってしても、扉に傷一つつけることはできなかった。
「はあ、はあ……これで、もしこれが幽霊の仕業ならびっくりね」
同じくサヤも、基礎能力による打撃と自身の能力「念力」による攻撃を仕掛けたがやはり扉はうんともすんともいわない。
「完全に閉じ込められたな」
一つ大きく息を吐いてからレイジが言う。
既に、窓からの脱出も試みたがやはりこの扉のようにただ疲れただけに終わった。
「これは、ちょっとヤバイかな」
事態はより深刻な方向へと進んでいた。連絡のつかないルナとレイタに、バラバラになったリュウ達。
もしかしたら、何者かに襲わられているかもしれない。最悪の可能性が、サヤの頭を過る。
「スキルバーストか」
「力技でどうこうなるとは思えないけどね」
SCMなら扱えるスキルバースト。それは、レイジとサヤも例外ではない。
しかし、スキルバーストを使用すれば大きく体力を消耗する。しかし、他に方法がない以上、この方法を取るしか今の2人にはなかった。
「じゃあ、学校を壊すつもりでいくか」
同時に2人は目を瞑り集中する。
「スキルバースト!!」
「……これって」
強い力を、強い感覚をカナエは瞬間的に察知する。しかし、それがレイジとサヤのスキルバーストとは知る由も無いが。
「ん? なんだ、これ」
同じくリュウもその感覚を察知した。といっても、カナエほどはっきりとではないが。
「誰かが戦ってる?」
「これって、能力なのか!?」
「ええ、でも誰が……」
校内は依然として静かで足音、呼吸音、火が揺らめく音以外何一つ聞こえない状況だった。
「……これって」
「カナエ?」
変わらず、右手でリュウの袖を掴みながらカナエは思考する。
感じた力。変わらぬ環境。なら?
「私たちはまだ同じ空間にいる?」
「???」
「どういった能力かはともかく、レイジ先輩もサヤ先輩もショウイチ先輩もハヅキ先輩も、恐らくレイタ先輩とルナ先輩だってまだ校内にいるはず」
「なんで、そう思うんだ?」
「さっき感じたのは、誰が強く能力を発動したせい、でも全く音が聞こえない……おかしいですよ」
「それもそうか」
「だから、私たちは同じ場所にいて、かつ別空間……のような所に居るんです」
「……じゃあ、ここは現実世界じゃない?」
「恐らくは」
少しずつ見えてきた答え。しかし、肝心の打破の方法が分からない。
「なら、私たちもできる限り強い力を発したら誰が気付いてくれるかも……」
「強い力か……まあ、ここが別世界なら気付かせるより壊すだな……ん?」
瞬間、目の前から向けられた視線に、2人はその方向に向かって構え見た。
「誰だ?」
リュウの炎によって照らされたその顔は青白く、頬はこけており、目に生気は無く、髭を生やしていた。
不健康な中年の男。同時に2人が彼に抱いた印象だ。
身なりだけなら恐るに足らない。しかし、彼から発せられているのは、それまで2人が感じてきた恐怖そのものだった。
聞かずとも、彼が今回の事件の中心人物だとわかる。なら、一番に彼を問い詰め能力を解除させなければならない。
しかし、2人の足は動かなかった。
恐怖によるものではない。恐怖なら、動かそうと思えば、頑張れば動かせる。しかし、今はそれができない。
何故なら、2人は今、手に足首を掴まれているからだ。
正確には、手のようなもの、である。それが何なのか、恐怖から2人は下を向けないでいたのだ。
恐怖に溺れる2人の耳に、唐突に声が入る。
「予想外のお客さんだ……さて、どうするか」
2人の足下から、膝、太腿、腰に、複数の温度の無い手のようなものが這いよる。
「久々だからね、人と話すのは」
同時に、男が2人に向かって歩みを始める。
「取り敢えずは、おめでとうと言っておこう」
2人の視界が揺らめく、意識が揺らめく。
「うむ、取り敢えず先に君たちから、何か質問はあるかい」
揺らぐ視界を踏ん張って元に戻し、リュウは能力を発動する。
――凍りつけ!!
「!?」
袖を握るカナエをぎゅっと引き寄せ、リュウは自身の周りを凍りづける。
瞬間、彼は安堵する。一先ず、壁を作った事による安堵。しかし、それもあくまで一瞬だった。
「これは……"ただ"の氷の能力じゃないね」
目の前を遮る氷のように、リュウは身体が凍りついたような感覚を得た。
半透明の氷の先で不気味に笑みを浮かべる男。全身を再び恐怖が襲った。
「まあ、落ち着きなさい……ああ、『恐怖の枷』か」
男は2人に向かって手を前に出す。すると、2人を覆っていた恐怖が徐々に薄れていった。
「オートパイロット、悪く思わないでくれよ」
自動発動。その名の通り、無意識下で条件が整い次第発動する能力を指す。
「さて、もう一度問うよ。何か質問は?」
男はできる限りの笑みで言う。しかし、笑みに慣れておらずより不気味さが増すだけになっていた。
その顔から視線を外せないまま、恐怖が完全に引いた所でリュウは震えるカナエを抱き寄せたまま能力を解除する。
「お前は一体何者だ?」
「うん、まあそういう質問になるか」
彼は腕を組み少し考える振りをした後、口を開いた。
「僕はただの科学者だ、名前はカーク・ロドルト、異界出身だね」
「科学者……」
「他に質問は?」
「……お前が、俺たちを嵌めたのか?」
「ああ。……一応言っておくが、悪意があったわけじゃないよ。単に君たちが怖がる姿を楽しみたかっただけだ」
「なら、レイタとルナ……先に入った2人は」
「無事だ、意識を失ってるだけ」
「そうか」とリュウは胸を撫で下ろす。
「じゃあ、早く俺たちを元の世界に戻してくれよ」
「ああ、構わないよ。でも、その前に逆に1つ質問させてもらう」
そう言って、カークが手を前に出した瞬間、リュウがその身に寄せていたカナエに黒い煙『闇』が這った後に、力無く崩れ落ちる。
「カナエ!?」
「大丈夫、気を失っただけだ」
「お前……」
「この方が話しやすいと思ってね」
そう言って、カークが上げていた手をスッと下げた瞬間、カーク、リュウの両名が屋上へと移動した。
「!?」
「さて、質問だ……君の心の内にある闇の正体が知りたい」
「??」
「意図が分からないか? 君の心にある闇、言い換えれば憎しみか、それが知りたい」
瞬時に、リュウは一人の男を思い浮かべた。長く記憶の底に落としていた光景。忘れたい、しかし忘れてはならない記憶。
「なんで、それを」
「私が研究する分野だから、だね」
「…………」
「君の心の内に潜む闇は、普通の学生が持つような闇じゃない。私はそれが何なのか、どうしてそんな闇を持つのか知りたい」
「…………」
リュウは深く考える。この想いは、簡単に言っていい想いではない。しかし、言わなければ何かされるのではないか、リュウは自然とそう思ってしまっていた。
「言わなきゃだめか?」
「……まあ無理にとは言わない」
「なら……悪い」
「そうか……まあいい」
そう言い、カークは再び腕を上げた。
「君とは、また会える気がするよ」
カークが腕を振り下ろした瞬間、リュウの視界は黒く染まった。
校外。冷たい風に頬を突かれリュウは意識を戻した。
夢のように残るカークの存在。それに、少し浸った後リュウは勢いよく立ち上がる。
「みんな!」
コンクリートの地面に横たわる7名に、リュウは駆け寄った。
翌日、早朝。
登校前に、レイジはSCM本部へと寄って、昨夜のリュウ、カナエから聞いた事も含めてSCM総隊長一二三マモルに報告していた。
「……そんな事がねえ」
「リアクション薄いな」
「まあ、カークという科学者は気になるけどね」
「誰だか分かるか?」
「調べれは……まあ出ないだろうけど」
あの後、SCMの3人で再び校内を調査したが特に異常を確認する事はできなかった。
カークとは何者なのか。どうして、あの場にいたのか。一応の解決は得たものの、謎ばかりが残る幕切れとなった。
次回予告
「俺がリーダーだ!!」
学園都市E地区にて発生した通り魔事件。これに、仲良しで不仲なチームEが犯人逮捕に乗り出す。
次回「三者三様」




