第44話 心の底
いつだって、どんな時だって2人だから頑張ってこれたんだ。
でも、限界だった。耐えれなかった。どうすればよかったのかな。
誰かに言えば助けてくれたかな。抵抗すれば何かが変わってたかな。
どちらにしろ、そんな勇気は持ち合わせてないよ。
でも、今の俺なら。
「…………」
昼過ぎ。変わらず、灰色の今にも雨が振り出しそうな雲の下、ミオとハジメは今日最初に出会った公園のベンチにちょこんと座っていた。
公園には、相変わらず2人以外に人の姿は無く、風が吹く以外の音が聞こえない静かで寂しいらしくない姿を晒していた。
「取り敢えず、ハジメ君が『氷結魔』かどうかは置いといてさ」
唐突にミオが話を切り出す。
「ハジメ君は、『氷結魔』がどうしてこんな事をするのか想像できる?」
ミオに、ハジメを咎めるつもりは全く無い。SCMから疑われていようと、ハジメ本人が言葉を濁そうと、自分が納得していない以上決めつけようとはしなかった。
しかし、疑惑はある。なら、少しでも自分にできる事はないか、と探した結果出てきたのが間接的に理由を聞くという方法だった。
その言葉を投げかけられ、その鼓動を高鳴らせハジメは俯いてしまう。しかし、ミオは黙ってハジメが口を開くのを待った。
同刻、C地区内の病院にて。
マドカは、その後ショウイチからのリタが入院している部屋番のメールを受け取り、その部屋の扉の前に来ていた。
「…………」
マドカとリタが最後に会ったのは卒業式の時だった。といっても、お互いに姿を見ただけで会話を交わしたわけではないのだが。
「…………」
自分のことを憶えているだろうか、何を話せばいいんだろうか。次々と、マドカの目先の扉の前に見えない壁ができていく。
「マドカ?」
不意にかけられた声に驚きつつ、マドカはその聞き慣れた声の主の方を振り向いた。
「どうしたんだ? そんな所で」
マドカの視線の先に、不思議そうな顔で立っていたリュウがそう言った。
「いや……お前こそ、どうして」
「気になったから、ついて来たんだよ」
「気になったって……」
――何故、そんな冷静に普通に、俺に一発貰ったのに、こいつはこんなにもいつも通りの声で話しかけてくるのだろう。
普通なら怒って、ほっておくはず。まして、今日初めて会ったのに。そんな相手に『気になった』と言ったリュウ。その行動に、マドカは疑問を感じざるを得なかった。
しかし、一方のリュウは先ほどの事など記憶の片隅に追いやっていた。しかし、流石に今日会ったばかりの人にお節介だろうか、とは心の何処かで思っているらしく発言してから「やめておけば」と思っていた。
そんなリュウの心の内など知らず、マドカは観念したように口を開く。
「リタ……俺の中学の時の知り合いが、ここに入院してる」
そう言って、マドカは扉を指差す。
「そうだったのか……、リタ?」
リタという人物と会った事があるような気がすると、リュウは記憶の中を探るが思い出すことができない。思い出さないのは仕方が無いので、リュウは話を先に進める事にした。
「じゃあ、氷結魔に襲われたってのが」
「ああ、リタと南風ユウ……だったかな」
リュウが病室前のプレートに目をやると、確かに『山神利多』と『南風優』の名前が書いてあった。
「入らないのか?」
「…………ほら」
暫く考えたのちに、マドカは言い訳をした。
「氷結魔に襲われた奴は恐怖で……あれだろ、だから今はやっぱりそっとしておいた方がいいかなって」
その咄嗟の言い訳に、「そうか」とリュウも納得した。
ショウイチから聞いた『恐怖による口封じ』。それは、氷結魔に対してのみなので、別に"名前を出さなかったら"落ち着くまでそっとしておかなくてもよい。しかし、その事をリュウもマドカも知ってはいなかった。
「それなら……ちょっと話さねえか?」
取り敢えず、リュウからは開放されると思っていたマドカにとっては驚きの一言だった。
「なんで……」
「いや、暇だし」
「暇だから話すのか!?」
「悪いかよ、俺の最近のマイブームは会話だぞ」
マイブームを押し付けられたマドカ。しかし、どう言ってもリュウが引かなさそうなので(めんどくさいので)、了承する事にした。
「多分、復讐じゃないかな」
公園にて、幾らかの沈黙の後にハジメは口を開いた。
「復讐?」
「うん、で、理由は……」
少し何かを考え、ハジメは続ける。
「いじめ」
「…………」
その鼓動は早いままだった。
上手く話せてるか、ミオの反応を見ながらハジメはそう考えていた。
「自分をいじめた人に復讐するって事?」
「うん、それと友達の分も」
うん? とミオは「友達の分」について訊く。
「もう6人、なら1人に対し6人は多い気もする」
「それも、そうか……」
しかし、そう言ったもののミオは納得していなかった。だが、あえて指摘はせず話を先に進める。
「て事は、いじめられていた人は2人、いじめていた人は6人以上いるのか……」
段々と氷結魔の目的が分かってきた。しかし、ミオにとって肝心なのは"何故"を踏まえた上での事の"解決"だった。
「でも、じゃあもう1人の氷結魔じゃない方のいじめられてた人は……」
「転校……したのかもね」
ミオの問いに、俯き何かを考えるようにハジメは答える。
「転校……なら、この事を知らないかもしれないね」
「うん……」
しかし、転校といっても転校先は学園都市内。なら、いずれはいじめられていた子の耳にも届くだろう。
だが、今はその氷結魔の友人にまで手は回らない。とにかく"目の前"の氷結魔を助けなければならない、とミオは思っていた。
しかし、その方法をどうするか。復讐を手伝うか、なんとか説得するか、解決の為にどの方法を取ればいいのか、どの方法が1番良いのか、ミオには分からなかった。
「…………」
ミオが黙ってしまった為に、また沈黙の時間が始まった。
一方、リュウ、マドカの2人は病院の食堂に来ていた。
――さてと、何から話そうかな。
と、昼食のうどんを啜りながらリュウは考えていた。改めて考えると、話したい事がまるで出てこない。
「なあ……山神さんの事好きなのか」
しかし、黙っていても仕方ない為、リュウなりに頑張って話題を振ってみる。
それに、げふっ、とその質問に思わずマドカはむせてしまった。口にしていたラーメンが口から出そうになる。
「……な、なんだよ、いきなり!」
「いやあ、なんとなくさ」
この反応を見てリュウは確信した、マドカは山神の事が好きなんだと。
「で、大切な山神さんが襲われたから、同じ様に氷結魔であろうハジメに復讐しようとしたと」
「…………」
リュウから目を逸らし、水を飲むマドカは特に言葉を返さない。
そんなマドカを見つつ、リュウは心の中で『復讐』という言葉を回していた。
思い返される、忘れたい、しかし忘れてはならない記憶。ここ最近、確実に薄れていた感情。
そう思うリュウを見て、コップを置きマドカが口を開く。
「で、何が言いたいんだよ」
マドカはリュウが自分を止めようとしていると思っていた。それが当然の行動だし、何となくリュウはそういう正義感の強い性格だと思っていたからだ。
しかし、次のリュウの言葉はマドカの予想とは全く違うものだった。
「手伝おうか、復讐」
「えっ!?」
予想外の言葉。リュウが発言してから遅れて、マドカはその言葉の意味を理解した。しかし、そう発言した意味までは分からなかったが。
「いきなりなんだよ!?」
「いやだからさ、復讐だろ? 俺も手伝ってやるっていう意味だよ」
「いやだから……」
マドカは困惑した。野球ならライバルとの試合で、9回2アウト、フルカウントからの決め球がストレート、かと思ったら変化球だった、という感覚だ。
しかし、当のリュウはマドカが困惑している理由がわからなかった。
……取り敢えず、困惑していても仕方ないので、マドカは一旦頭をリセットする。そして、再び先ほどのリュウの発言を自分に言い聞かせた。
「……で、理由は?」
ようやく落ち着いたマドカが、リュウにかけた質問。さすがに「何となく」は無い。なら、何が理由だろうか。という単純な、しかし大事な理由からの質問だった。
「いやあ、何というか、あれだよ、あれ」
その質問に、リュウは言葉を濁す。自分の過去を隠す意味は無い。だが、しかし言いにくい事ではあったのだ。
しかし、そのリュウの心は、確かにマドカを手伝いたいという気持ちだった。
「……分かるんだよ、その気持ちが」
「ん?」
「その、大切な人が傷つけられる気持ち」
「……」
「お節介だと思う……だけど、俺はそんな奴をほっとけない」
真剣な眼差しで、リュウはそう言った。
「…………」
その気持ちに嘘は無い、リュウの目を見て、言葉を聞いたマドカはそう思った。
しかし、だからと言って自分の問題に、自分の行動に関係ない人を巻き込む訳にはいかなかった。
「言いたい事はわかった……でも、手助けはいらない」
そう言うと、マドカは冷めたスープだけ残っているお碗を持ち、一気にスープを口に流し込んだ。そして、スープを飲み干し両手を合わせてから席を立つ。
「でも、ありがとう」
マドカは、リュウに背を向け食堂から静かに出て行った。
次回予告
「何だか、複雑になってきたな」
虐げた者への復讐。大切な者の為の仇討。平穏の為の制裁。
強き者のみが、その目的を達成する。
次回「新たなる介入者」




