第43話 交錯する想い
10月19日、土曜日。昼。
『アビリティマスター全員と友達になる』を今年の目標に掲げている如月ミオは、慶島リュウと共に氷のアビリティマスター氷界ハジメの住むC地区へと来ていた。
「ですが、ハジメ君の住むマンションがわかりません」
無計画でC地区に来た2人は、暫く歩いた後に辿り着いた公園のベンチに座って居た。
「やっぱ、レイタに頼むべきだったかなあ……」
ベンチに置いてあった、誰かの忘れ物と思われる携帯を手にし、力が抜けたようにリュウはガクッと頭を垂らす。しかし、その横に座るミオは目の前の一点をジッと見つめていた。
「あれって……」
リュウはボソッと呟いたミオの方に目をやり、そのまま彼女が見ている方向に視線を移す。その視線の先に、特に遊具も何も無いただベンチだけがある公園の角、1人の制服を着た男子学生が立っていた。
「氷界ハジメ?」
ミオの言いたい事を代弁するようにリュウは呟く。その言葉に、ミオも静かに頷いた。
ミオが、ハジメを見たのはこれが初めてではない。夏休み、C地区の友人と遊んでいた時にも見かけていたのだ。
「よしっ」と、ミオはベンチから立ち上がり、大きく息を吸う。
「ハ、ジ、メ、くうぅぅぅんんん!!!」
すぐ横のリュウが、驚いて手に持っている携帯を落としそうになるくらいの大声。当然、呼ばれたハジメも何事かと辺りを見渡す。
「聞こえないのかな……よしっもういっ」
「いやいやもういいよ」
再び息を深く吸うミオをリュウが制した。
そんなリュウとミオに気づき、恐る恐る2人にハジメが近づいてくる。
「えっと、何かよう……」
「氷界ハジメっ!!!」
再び、先程に比べれば低く小さな声がハジメを呼んだ。
それにハジメを含め、3人が一斉に声の方を向く。そこに立っていたのは……。
「マドカ君!?」
そこに立っていたのは、身体中に電気を帯びていた押重マドカだった。
「お前が、氷界ハジメか!」
「???」
次から次へと名前を呼ばれ、困惑するハジメ。しかし、ハジメは本能的にマドカの方を向き、その身体に冷気を漂わせる。
電気を帯び、目に見えて戦闘体制を取るマドカ。その理解できない状況に、ミオは口を開いた。
「マドカ君……何しようと」
「知らないのか?」
「?? 何が」
一つ息を吐き、マドカはハジメを指差す。
「こいつは、『氷結魔』だ」
「えっ……」
今や、学生達の間では有名な『氷結魔』。その名を当然ながらミオは知っていた。リュウは知らなかったが……。しかし、ミオはその『氷結魔』がハジメだと同じ氷の能力者であっても少しも疑ってはいなかった。
「本当なの?」
「…………」
ミオの問いに何も返さないハジメ。それを見て、より一層マドカはその身体に帯びる電気を強くする。
「でも、ならSCMに連絡を」
「その前に……個人的に何発かこいつを殴る」
リュウの言葉に、拳を握り締め力強くマドカは言い放つ。もはや、その様子からいつハジメに殴りかかっても不思議じゃなかった。
そんな怒気を帯びた顔付きのマドカを見て、咄嗟にミオはハジメとの間に割って入る。
「そんな事させない!」
ミオにとっては事実が分からない以上、取り敢えずマドカにハジメを殴らせる訳にはいかなかった。しかし、話し合いでマドカを止めれるとも思ってはいなかった。
「リュウ君! ハジメ君をお願い!!」
そんな意図など全く読めてはいないが、ミオの表情を見て瞬間的にリュウはその手に持っていたのを忘れていた携帯
をポケットに突っ込み、ハジメの腕を勢いよく握ってその場から走り出した。
「させるか!」
電気を操るマドカのスピードは速い。だが、それに匹敵する程にミオのスピードも速かった。リュウを追おうと地を力強く蹴ったマドカの頬を、勢いよくミオの拳が抉る。
突然の左頬に受けた痛みに驚きながら、マドカは勢いよく地面に激突した。
「私の居るここを簡単に通れると思ってんの?」
そう、ニヤリと笑ったミオ。それを、土を払いながらマドカは依然として怒りに満ちた目で見ていた。
相手が知人だろうと女だろうと関係ない。相手を倒して、奴を追う。
再び土を強く蹴り、マドカはミオに突撃する。
マドカが動いた瞬間、ミオは全身に風を纏った。
ミオにとって戦闘などリュウ、カナエと戦ったトーナメント戦以来。加えて、相手は自分と同じアビリティマスター。故に、ミオはこの勝負に殆ど勝機を感じてはいなかった。
しかし、ある程度足止めさえ出来ればいい。出来れば相手の体力も削れるとなおよし。別に倒せなくてもいい。それならば、それに特化するならば、そこまで難しい話でもなかった。
マドカの素早い連続攻撃を、紙一重でミオは避けていく。風の能力による、ある程度の相手の攻撃の操作。
加えて、更に2人を囲むように吹き荒れる風は、砂埃を起こし2人の視界を襲った。
相手の環境をできる限り悪くする。敵の攻撃が当たらなければ、なんて事は無い。
ニヤリと頬を緩めるミオを、マドカは視認せずただひたすらに電気を纏った拳を彼女目掛けて振り続けた。
「ここまで、はあ、来りゃ、げほっ、大丈夫だろ、はあはあ……」
息を切らし、リュウは膝に手を置きながら呟く。
ただひたすらに前を走り続けた結果、何時の間にか2人は街中に出ていた。ちょうど昼という事もあって、街中は通行人(学生)で賑わっていた。
――さて、ここからどうしようかな……。
リュウは、全く息を切らしていない、辺りをチラチラと見ているハジメを見ながら考える。
『こいつは、氷結魔だ』
先ほどのマドカの言葉が彼の頭を巡る。もし、その言葉が本当ならハジメをSCMに連れて行った方が良いのだろう。でも、ミオに頼まれたのに、そんな事をしていいのだろうか。
リュウの頭の中をグルグルと幾つかの考えが回っていた。しかし、考えていても仕方がないので、とにかく先ほどの言葉をリュウはハジメに訊いてみる事にした。
「なあ……お前は、『氷結魔』なのか?」
その言葉に、俯いたまま何も返さないハジメ。否定しないという事はそういう事なのだろう、とリュウは「いや、やっぱいいや」と取り敢えず何処か店に入ろうと辺りを見渡す。
リュウは近くの店を指差し「取り敢えず、どっか入るか?」と、俯き続けるハジメに訊く。その言葉に、ハジメはその指差された方向をチラッと見てから静かに頷いた。
こんな状況だが、しかしこの時間帯は腹が減る。そのせいか、自然とリュウが指差したのは飲食店だった。その飲食店に向かって歩き出す2人だったが……。
「見つけた」
バチッと、静電気が走ったような痛みを胸に受け、その場に尻餅をつくリュウ。その一瞬の出来事に、困惑しながらもリュウは自然と視線を斜め後ろを歩いていたハジメに向ける。
しかし、そこには誰もいなかった。
先ほどの公園にて、何かが燃えような焦げ臭い匂いが鼻をツンと突き刺す中、ミオは朦朧とする意識のまま立ち上がり辺りを見渡した。
「あんの……やろ……」
ミオは、そのふらつく足に力を入れ大きく息を吐いた。
「まだ、終わってないから……」
まだふらつく足のまま、ミオは公園を出て行った。
何処かの屋上。厚くどんよりとした灰色の雲の下、心臓を大きく打ち鳴らしながらハジメは血走った目でこちらを見るマドカを見ていた。
「山神リタを知ってるか」
怒りに満ちた声で、しかし静かにマドカは言葉を投げる。
しかし、そんな名前などハジメの記憶の中には無かった。
ハジメは首を横に振る。その身体全身が震えているのを感じながら。
「……お前が、昨日襲った女子だ!!」
先ほどよりも語気を強くして、マドカはハジメに言い放つ。それに、ビクッとハジメは身体を震わせた。
「憶えてるだろ!! あいつはな俺の……」
――俺の……。
「俺の、知り合いなんだよ!!」
その手から発せられた雷がバキッ、という音と共にコンクリートの床を砕く。
コンクリートの焼けた匂いをほのかに感じながら、心臓が飛び出そうな程ハジメもそしてマドカも、その心音を大きく速く打ち鳴らした。
「だから、お前を潰す」
――何故?
再び全身に電気を纏うマドカ。その思いに、その言葉に一瞬の疑問を感じながら……。
その今にも飛びかかってきそうなマドカを見て、ハジメは1つ息を吐き、そのいつも通りの胸から伝わる爆音を感じながらゆっくりと口を開いた。
「その知り合いのリタさん……そんなに大事な人なの?」
「!? …………」
その、ハジメから発せられた言葉にマドカは息を呑んだ。『大事な人』でなければここまで逆上するはずも無い。しかし、マドカにとってリタとは……何なのか、どういった存在なのか本人も分かりかねていた。
言葉を探すマドカに、ハジメは更に言葉を投げかける。
「友達?」
「……違う!!」
「なら、好きなの?」
「…………」
好き、なのだろう。それはマドカ自身も薄々感じていた。しかし、好きまでいっているのかどうなのか、それが分からないでいた。人にとっては、どうでもよい事なのだろうが……しかし、今のマドカにとっては大事な事だった。
そんな困惑するマドカとは違って、ハジメはこの1週間の事を思い出していた。南風ユウを襲う為に、彼が1人で居る時間帯を探ったが、何時だって山神リタがそばに居た。
――これは、たまたまだろうか?
「山神リタさんは、何時だって南風と一緒に居たんだけっけな」
場合によっては火に油な発言を、ハジメは何故かしていた。
しかし、別段その言葉を聞いてもマドカはその表情を変えない。別に聞こえなかったわけでは無い。しかし、今マドカにとってそれ以上の問題が頭の中で回っているのだ。そんな状況で、そこまで気を回す事は出来なかった。
しかし、マドカは仇を目の前にしてウジウジと何時までも考えるような性格でも無い。
再び、その怒りに満ちた目でハジメを捉えるマドカ。その両手に纏った雷は、バチバチと勢いよく音を立てている。
「…………だめか」
その様子を見て、ハジメもその両手に冷気を漂わせる。
今にも飛びかかろうとする両者、だったが……。
「待てえええいい!!!」
赤い炎を纏った何者かが、2人の間に割って入る。2人はそれぞれ両手に能力を纏ったまま後退した。
「見つけたぞ!!」
赤い炎を全身に纏ったまま、リュウは声高らかに叫んだ。それを視認したマドカは、その怒りの血の昇った表情を変えず口を開く。
「邪魔するなら、お前から潰してやろうか」
「はっ、やってみろよ」
瞬間、リュウの視界がブレる、と同時に左脇腹に痛みを感じ、その身体は宙を舞った。
そのマドカの一瞬の動作を凝視していたハジメでさえ、それを捉える事は出来なかった。
勢いよくフェンスに激突したリュウを横目に、マドカは再度ハジメの方を向く。
瞬間的に構えるハジメ。何処からきても、"最低限"を当てれるようにその全身に冷気を漂わせた。
ハジメの左頬を狙おうと、マドカは全身の筋肉を動かそうとするが……。
「はあっっ!!」
空から、何者かの一太刀がマドカの眼前をかすめる。
コンクリートの地面を蹴り、勢いよく後ろに後退したマドカの目に赤く長い髪を靡かせ、その細い腕で半身程の剣を掴む女子の姿が映った。
「押重マドカ、氷界ハジメ」
コンクリートに突き刺さった剣を軽々と抜き、赤髪の女子は2人を交互に見た。
「また……今度は誰だ」
「ミリア・ラドルフ」
マドカのその小さな呟きを聞きとったミリアは、その幼い顔つきに似合わない低く大人びた声で名乗る。そして、ミリアは表情を変えないハジメの方を向いた。
「氷界ハジメ、次のターゲットはこいつか?」
その言葉に、慌ててハジメは首を横に振る。
「ん? なら、どうして……」
「マドカが先にふっかけてきたんだよ」
痛てて、とリュウが背中を気にしつつミリアの方に歩きながら答えた。
「お前は?」
「リュウ、マドカと同じD地区の」
「……お前が、慶島リュウか」
『慶島リュウ』がSCM内で有名なのは文化祭で知っていたので、そのミリアの反応にリュウは特に何も感じなかった。
「で、慶島リュウの言っている事は本当か? 押重マドカ?」
その言葉に「ああ」と、静かに首を縦に降るマドカ。既に、その表情から怒りの色は消えている。
そのマドカの反応に、ミリアは腕を組み考える。またもや、不意に感じた"何か"はただの気のせいだった。
今にも振り出しそうな灰色の雲の下、4人はただ黙って各々何かを考えていた。
しかし、そんな微かに風の音が聞こえるだけの静かな空間に"風の能力者"がようやく到着する。
「見つけた!!」
落下防止の為のフェンスを、勢いよく何処からか飛び越え如月ミオがいつも通りの大きな声で叫んだ。
しかし、彼女の登場に4人はも特に反応をしない。
「……あれっ?」
「ちょっと遅かったかな」
と、リュウは先ほどまで起こっていた事をミオに説明する。
「そっかあ……」
と、少し残念そうにミオは俯く。マドカとの勝負、やはり負けっぱなしは悔しいのだ。
しかし、直ぐにミオは顔を上げハジメの方を向く。
「ハジメ君、この後空いてる?」
唐突なその発言に、やはりハジメはその身体をピクッと震わす。
そして、その言葉を聞きマドカは力が抜けたように息を吐き、扉の方へと歩き始めた。
「全く、相変わらずマイペースだな、如月ミオ」
同じくミリアもため息をつき、マドカが出て行った扉の方へと歩き始めた。
それを目で見送った後、再びミオはハジメの方を向く。
「で、どう? 大丈夫?」
その言葉に、ハジメは小さく頷いた。
「よかった……じゃあ、リュウ君はどうする?」
「俺は……マドカの方に行くよ」
と、疲れた表情でリュウは返した。
次回予告
「わからないもんだな、自分の気持ちなんて」
静かに、しかし確かに鳴り響く想い。静かに、しかし確かに感じる想い。
そして、想いに触れた者が出す1つの決断。
次回「心の底」




