第42話 大切な人
『想いを伝えるのは予想以上に難しい』
しかし、そもそも彼は想いを伝えようとすらしていなかったのかもしれない。
何故?
たった1年の想いなど、伝えるに足らないから。
しかし、これは言い訳にもなり得る。故に、実際のところなぜ想いを伝えなかったのかは本人も分かってはいなかった。
そんなものなのだろう。
「寒っ」
秋も深まってきた、10月19日土曜日。C地区のとある公園のベンチに座り、押重マドカは何となくそう呟いた。
「…………」
基本的には、D地区もC地区もそう違いは無い。多少、店の種類が違う、という所くらいだろう。
D地区からバスに乗り約10分。
C地区。バス停から降り、道なりをただ歩いて行く。休日、加えて昼前ということもあり、街中は制服を着た学生で賑わっていた。
ちなみに、ここ学園都市において基本的に私服で外に出る学生はいない。特にそういった学則があるというわけでは無いのだが、とにかく学園都市内で学生達の私服姿を見ることは皆無だった。
そんな楽しそうに歩く学生達とすれ違いながら、マドカは何時の間にか綺麗なマンションが建ち並ぶ団地に来ていた。土の道を挟むように生えている紅く染まった木々。そして、更にそれを挟むように建ち並ぶマンション。一見、不釣り合いな光景だが、これはこれで何か感じるものがある。
しかし、マドカはその道を足早に抜ける。両のコンクリートから感じる圧迫感。嫌では無い。だが、何故だかその足は早く歩を進めたのだった。
そんな道を抜け、最初に目に付いた公園のベンチに、特に疲れてもないが座り今に至る。
「……はあ」
自然と、マドカは声に出すように1つため息を吐いた。
C地区に来た理由『会えるんじゃないかと思った』。しかし、そんな都合よく会えるわけがない。
夢で会ったから、でなければC地区には来なかっただろう。
――何やってんだろ。
外に出るのは嫌いだった。特に理由は無いが、しいて言うなら疲れるから。
ならば、なぜ夢で会っただけで外に出たのだろうか。それは、マドカ自身も分かってはいない。
――これが"好き"て事なのかな……。
分からない自分の気持ち。別に分からなくてもいい。
――困る事は無いから。
ふと、マドカは前を見る。男子生徒が、チラチラと辺りを見渡しながら歩いて行くが見えた。
時折、吹く風が妙に心地よかった。
しかし、もうお昼。腹が減ったので何か買って帰ろうと、マドカはゆっくりとベンチから立ち上がる。
ブルブル、とポケットの中の携帯が振動する。それに、同じ様にゆっくりとマドカはポケットから携帯を取り出した。
――ショウイチか。
電話の相手は海堂ショウイチだった。ただでさえ震えない携帯、その中でも特に電話に関しては、マドカが高校に入ってから数える程度しか着信していない。それゆえに、この着信に対し何か正体不明の胸騒ぎをマドカは感じていた。
「もしもし」
立ったままマドカは電話に出る。
「(もしもしマドカ?)」
ショウイチは、少し落ち着きのない様子で応えた。
「どうした?」
「(いやさ……実は、リタちゃんがさ)」
「うん?」
ショウイチから山神リタの名前が出た事に関しては、マドカはそこまで驚かなかった。何故なら、ショウイチはマドカの想い人について知る数少ない人物だからだ。
「リタがどうしたって?」
「(ああ……実は、さっき小耳に挟んだんだけどさ、リタちゃん『氷結魔』に襲われたって)」
「……えっ」
その言葉を聞いた瞬間、マドカの頭の中が真っ白になる。『襲われた』『リタ』『氷結魔』ぐるぐると単語が頭の中を回っていく。
「(一応、伝えとこうと思ってさ)」
「今……病院か?」
「(えっ?)」
整理がつかないまま、マドカは思いついた言葉を発した。
「(リタちゃんの事か? なら今病院だな、で病室は……聞いてみようか?)」
「ああ……悪い」
生気の無い声でマドカは答える。しかし、ようやくショウイチの言った事がマドカは理解できていた。
「(じゃあ、後でメール送るな)」
「ああ、頼む」
そう呟くように言い、マドカは着信を切る……。
暫くその場に立ち尽くした後に、マドカはその手に持つ物を後ろにスッと投げ勢いよく走り出した。
同刻、C地区の病院にて。SCMチームCであり今回の『氷結魔事件』担当のリーダーであるアルス・デュノアは、ため息をつきながら先日『氷結魔』に襲われた山神リタと南風ユウが居る病室の扉を閉めた。
「……駄目か」
扉の前で、腕を組み立っていた筒川ユウジが「やっぱりか」といった感じに呟く。
これで7人目。加えて7人目で初の女子の被害者が出た。この2週間で犯人もほぼ特定出来ている、なのに止める事が出来ない。アルスとユウジを含め、今回の事件を担当するSCM全員がもどかしさを感じ始めていた。
今回の事件解決は、全てSCMに任せられている。というより、基本的には死人が出なければSCM、つまり学生に全てを任せる、といった方法がとられている。
しかし、SCMといえど飽くまで学生。警察ではない彼らの権限なんてものはたかがしれていた。
そんな縛られた状態で犯人を捕まえる為には『現行犯逮捕』以外に方法が無い。しかし、それが出来ずにもう2週間が経ってしまっている。このままでは、SCMの信用も下がりかねない。
「…………」
当然、被害者からの証言も十分に使える。だが、誰1人として犯人の名を口にする者はいなかった。
「目的が分かればなあ……」
はあ、とため息をつきながらユウジが吐き出す。無差別でなければ、次のターゲットを囮に『氷結魔』をお引き出せる。
「そういえば、ミリアはどうした?」
もう1人のSCMチームC、ミリア・ラドルフ。その自慢の長い金髪をかきあげ、病院に共に来たはずなのに今はいないミリアについてアルスが訊いた。
「さっき、"何か"を察知して出て行ったよ」
「またか」と、アルスはため息をこぼす。ミリアはよく"何か"を察知して勝手に行動する事が多かった。しかし、その"何か"は大抵"気のせいだった"で終わっているのだが。
「さて、じゃあ俺たちも行くか」
と、アルスは廊下を歩き出す。それに、ユウジも「ああ」とついて行った。
次回予告
「俺はお前を許さない」
そして相対する4つの存在。交錯し絡み出す想いの中、各々が出す答とは!?
次回「交錯する想い」




