第4話 シングルトーナメント ②
「お腹痛い……」
初戦から1日の休息期間を経て、日付は7月23日。
トーナメントを行う闘技場前でリュウはボソッと呟いた。別に朝から変なものを食べたとか、そういうのでは無い。一昨日と同じで、こういった状況に彼がまだ慣れていないだけである。
「大丈夫? 顔色悪いけど」
ほんの48時間前に言った台詞と同じ台詞を、リュウの横に立つサヤが言った。
そんな、彼女の言葉に青ざめた表情のリュウは手を挙げ答える。
時刻は朝の9時前。そんな早い時間にもかかわらず、既に場内の観客席は半分以上が埋まっていた。
本来なら、朝の早くからここまで観客は来ない。だが、先日のリュウ対キョウの盛り上がりのおかげもあり、ここまで多くの人が入っているのだ。
だが、リュウがその事に気付いてないのはある意味では幸運なのかもしれない。
「やあ……リュウ君?」
リュウが見知った顔の男子学生が、彼に笑顔で話しかける。昨日、リュウと対戦した崩山キョウだった。
「なんで、クエスチョンマーク付けてんだよ」
「いやー、女の子の名前は憶えられるんだけどね、同性はどうもね」
その言葉に、目に見えてリュウは呆れる。リュウ自身も、人の名前を憶えるのは苦手だが性別で憶えやすいとかは無いと自覚していたからだ。どっちもどっち、ではあるが。
「しかしまあ、お互い昨日は顔パンパンだったのに、跡形も無くスッキリしたね」
「そうだったかな……」
リュウ自身、昨日の終盤の戦いは記憶に殆ど残っていなかった。しかし、逆にキョウはしっかりと憶えていた。
「まあ、医療能力なんてのは突き詰めれば『死んでなけりゃ治せる』だからな、その程度なら朝飯前なんだろ」
確かに、とキョウは返す。
トーナメント開催中は保険医だけでなく、学園都市内の病院の医師も何人か来ている。保険医も十分な医療能力者だが、本職ならば更に医療能力に長けている。そのお陰もあって、今までトーナメント戦で重傷者が出たことは無かった。
と、ここで「さて、いよいよ2回戦だけどさ」とキョウは再び口を開ける。
「僕に勝ったんだ、簡単には負けるなよ」
キョウは、ニヤリと口元を緩めて言った。
「当然!」
リュウも、笑みを浮かべそれに力強く返した。
キョウはまた何時もの笑顔に戻り「じゃあ頑張ってね」と観客席の方へと向かって行く。
「いいよね、こういうのって」
サヤがそう言って、自分の左手首の腕時計を見る。時間だ。
リュウは「よしっ」と両手で両頬を叩き気合いを入れ立ち上がり、サヤと共に会場へと入って行った。
「で、こういうの聞くのもなんだけどさ、どっちが勝つと思う?」
観客席にて、レイタは横に座っているヤヨイに話しかける。
「そんなのユミちゃんだよ」
ヤヨイは自信満々に答え、続ける。
「確かにリュウ君は精神力も強いし、属性系能力者でもあるよ。でも、ユミちゃんの『バースト』には絶対に勝てない」
ヤヨイは、絶対的な確信を含んだ口調で言う。
その自身の根拠は、ユミの初戦を見ているレイタ自身も十分に理解できていた。だからこそ、彼は先日リュウにユミの能力について教えようとしたのだ。
「まあ、何とも言えないな」
そう呟いて、レイタは入場して来たリュウの方へと目を向けた。
主審からルールの説明を聞き終わり、リュウとユミは互いに握手を交わす。
――正々堂々、良い戦いを。
お互いが、お互いに誓った言葉。
そして、ざわつく場内の中リュウとユミはそれぞれ定位置に付いた。
「試合開始!」
例によって、主審の合図と共に場内360度から歓声が沸く。
先ず、その合図と共にユミはリュウに突っ込んだ。それを確認しリュウは、即座に能力を発動し炎を鎧のように纏う。
しかし、そのアクションなど全く気にせず、ユミは走りながら右腕をリュウに向かって出し手を広げた。
「甘い!」
前からの強い衝撃を受け、炎を纏ったリュウの体は中を舞う。
――!?
リュウの体は一定時間の滞空後、背中から地面に勢いよく叩きつけられた。
ユミの右手はリュウに触れてはいない。しかし、彼はまるで相撲取りの突っ張りを受けたかのような吹き飛び方をしたのだ。
リュウは上体を起こし、ようやく自分に何が起こったか理解する。
――掌から何か出したのか? いや、でも何も見えなかったし……もしかして風か? それで吹き飛ばされた?
リュウは、疑問符を脳内に溜めながら砂を払い立ち上がる。そして、何時の間にか消えていた炎を再び体に灯した。
対するユミは、動かずリュウの方をじっと観察していた。
――風の能力なら、やっかいだな。炎と風、味方同士ならいいんだけど、敵なら相性最悪だ。うーん、あまり使いたくはないけど、いざとなったら『氷』も……。
リュウは、右手に炎を纏い地を蹴り上げユミの方へと走り出す。
それを確認し、ユミもその場から動かず攻撃に備えるため構えた。
――リュウ君は、私の能力を知ってるんだったか。レイタ君が教える、て言っていたし。なら、この行動にも何か意味が?
ユミは、突っ込んでくるリュウの炎の拳を避け、上手くステップし素早くリュウの背後へと回る。
バンッ……。何かが爆発したかのような音と共に、先ほどよりも強い衝撃が彼の背中を襲い、リュウの体は再び宙を舞った。そして、やはり一定の滞空の後に今度は前のめりに地面に激突した。
――これは、風の能力じゃない? でも炎は消えているし……。
リュウは、顔をさすりながら立ち上がりユミの方を見る。ユミは、攻撃後ある程度リュウと距離を取っていた。
――氷だ、それしかない。風の能力だろうと、そうじゃなかろうと、俺の炎を消してしまうんじゃ勝負にならない。出し惜しみしてたら勝てない!
リュウは、静かに能力を発動しユミに対し挑発する。その足元に冷気を漂わせながら。
それを見て、ユミはフッと笑みを浮かべた。戦いは苦戦してこそ戦い。そう考える彼女にとって、まだ諦めず更に何か策を貼ってくるリュウの存在は大きく彼女の欲を満たしていた。
何をやってくるか、胸を高鳴らせながらユミはリュウに向かって走り出す。そして、例によって右掌をリュウに向けた。
その予想通りの行動を見て、リュウはニヤりと笑った。
――予期せぬ氷の波!!
リュウの数歩前を踏んだユミの足元から、突如として氷の波が発生する。しかし、寸前でそれに察知したユミは直様両手を斜め下に向け能力を発動し、反動で後ろに避けて見せた。
そのユミの対応にリュウは呆然とする。奥の手によるカウンターを避けられた事もそうだが、何よりそういう能力の使い方がある事を考慮していなかった。
しかし、試合はまだ終わっていない。リュウは再び、その脳内をフル回転させた。
一方、観客席ではどよめきが起こっていた。
「レイタ君……あれって」
「リュウのもう1つの能力だよ」
レイタはリュウを見ながら、ヤヨイの問いに答える。
――負けたらお終い。なら出し惜しみをする意味は無いが、やり方がまずかったな。属性系の能力を使っている能力者が2つ目の、しかも属性能力を使うとは思えないだろう。だからこそ、あの一撃で決めるべきだった。でもまあ、ここは素直にユミを賞賛すべきところか……。
しかし、とレイタは周りに目線をやる。
――観客の反応からみて、だいぶ有名人になるだろうな。
レイタは嬉しそうに笑みをこぼし、再び視線をリュウに戻した。
「まさか、属性系能力を2つも持っているとは思わなかったよ」
ユミは、リュウから少し離れた所で冷静に言う。
「まさか、避けられるとは思わなかったよ……」
一方のリュウは声のトーンを落として言った。見た目から、明らかに気力が抜けていた。
「さて、じゃあ"君にとっては"ここからが本番か……」
ユミは、再び腕を前に出し構える。
「楽しくなりそうだね」
呟き、ユミはリュウに向かって走り出した。
それに、リュウも慌てて構えるが一瞬の内に間を詰めたユミの一発が彼の頬をかする。それに、ふらついたリュウのボディに対しユミは更に追撃をかけた。
右、左、右……先ほどの攻撃に比べると弱いが、それでも当たれば強く叩かれる様な痛みが彼の身体を襲った。
「クソッ!」
リュウは、フラついた身体を踏ん張る様に足を地に叩きつける。と、同時に先ほどの様に足元から氷の波が発生するも、ユミはそれを今回は普通に後退し避けて見せる。
――まさか、氷も使えるなんてね。
今はまだ、その氷の能力によって形勢が逆転したり、その予兆が漂い始めたりなどしていない。しかし、ユミはまだ勝ちを確信してはいなかった。彼の反応から、これ以上の能力が出てこない事は十分に予測が付くにも関わらず、彼女が余裕を見せる事は無かった。
そんな、思考の時間を取ることも兼ねて後退したユミを見て、リュウ自身も彼女とある程度の距離を取った。
――やべえな。氷の能力を出しても状況がそんなに変わってねえ。これじゃ意味が……いや待て、なら一昨日の試合と同じ技なら?
リュウは、早速そのイメージトレーニングを開始する。彼は、今まで「戦い」とは無縁の生活を送って居た。それ故に技も、これといって持ってない。といっても「とある理由」から、基礎能力の強化や「もう1つの奥の手」など、全く何もしていないというわけでは無いのだが。
「行くぞ!」
突如、先に考えが纏まったユミがリュウに向かって走り出す。それに、リュウは慌てて構えた。
――また掌底だろ。なら、次はこの方法で迎え撃つ。
リュウの前方で、ユミはこの試合初めて両手を前に出す。
――!?
リュウはその予期せぬ行動にも、落ち着ちついて能力を発動した。
――孔雀火!!
彼の背後に出現した翼に、ユミは思わず地を蹴り一旦後退した。それは、孔雀が威嚇のために広げた翼の様に、しかしその翼はまるで不死鳥の炎に包まれた翼の様に、リュウの背後に広がっていたのだ。
「見た目だけじゃねえぞ!」
そう言った彼の背後の翼から、羽根の様な炎に包まれたものが的に向かって投げられたダーツの様にユミに向かって発射された。
――そう来るか。
攻撃内容は、先日のキョウ戦で使ったものとタイプは変わらない。だが、それに比べて速度と各攻撃が一点に集中しているという、上位互換的な立ち位置の攻撃だった。
なお、リュウはこの技を今回初めて使っており、この様にイメージさえ上手く出来ればそれを発動する事はそう難しくはないのである。
その、ユミという的に向かって放たれた攻撃に対し、当の的は焦らず冷静に両腕を前に出した。
ユミの両手のひらから放たれた空気の塊、いや正確には衝撃といった方が良いだろう。これこそが、彼女の能力『衝撃(burst)』である。
その衝撃により、放たれた燃える羽根は勿論のことリュウの背後の翼までも吹き飛ばされてしまった。
――マジかよ……。
一定の距離を持ってしても、彼女の一撃は背後の翼をも吹き飛ばす威力を備えている。つまり、本気を出せば一撃でリュウの身体をボロボロにする事も可能だという事になる。
つまり、悪く言えば手を抜いていた事になるが、リュウはそんな事よりも先ず恐怖を感じていた。
――あの威力じゃ、氷の壁を作っても壊される。
ゆっくりと、こちらに歩を進め出したユミに対しリュウはジリジリと後退りする。
「どうすりゃいい」
早く案を出さねば次の一撃が来る。現状、彼女の攻撃を避けれていない事もあり、彼は酷く焦り始めた。その、額を流れる汗は暑さのためだけでは無い。
「大丈夫」
リュウは冷気を纏った手で胸に触れた。これは、リュウが焦った時などに自然と取る行動である。
どういった作用が働いているのか、これにより心臓の高鳴りは自然と平常時の時の様な、いやそれよりも落ち着いた状態になるのだった。
その焦りの色が消えた目を見て、歩きながらユミは笑みを浮かべる。まだ、終わらない。まだ、楽しめる。
しかし、彼女の思いとは裏腹にその瞬間は直ぐに訪れた。
「一瞬だ」
――絶対凍結!!
ボソッと呟き足で2度地面を叩いたリュウを中心に、半径5メーターを円状に地面が一気に凍りついた。
――今度は広いね。
しかし、その攻撃に対し、ユミは先ほどと同じ様に両手のひらを斜め下に向け勢いよく自分の身体を反動で吹き飛ばし後退する。
しかし、今回はそれに対しリュウも対抗策を考えていた。
――!?
氷の張っていない部分に着地しようと後退したユミだったが、途中何かに背中をぶつけてしまう。それこそが、リュウの対策、氷の壁である。
ユミが壁を破壊しようと両手のひらを後ろに向けた瞬間、彼女の首から下が一気に凍り付いた。
「涼しいだろ」
リュウが一つ白い息を吐いて言った。
それに、脱出しようとユミは能力を発動するも、手の辺りの氷がパリんと割れただけだった。
「うーん、これは無理か……」
ユミは白い息を吐いて呟き、そして主審の方を向いた。
「降参だ!」
大きく凛々しい声でユミは宣言した。
その瞬間、沸き上がるような歓声が会場を包み込んだ。
それに、リュウは一つ安心した様に息を吐き能力を解いた。
「完敗だね、いい勝負だったよ」
ユミが握手を求める。
「いやいや、結構キツかったぜ」
リュウは、笑いながらそれに答える。
そんな2人を歓声が拍手が包み込んでいた。
観客席にて、その様子をキラキラした目で見つめる者達が居た。
「どう、次の次の対戦相手は? 強いかな?」
「私は強そうに見えるけど……佳苗ちゃんはどう?」
2人の少女が、カナエと呼ばれる者に訊く。
「能力だけ。戦い方がぜんぜっっんダメだよ。あんなの、ただの宝の持ち腐れ」
肩くらいまで延びている髪を揺らし、少女は冷静に、しかし自信満々に言った。
この、リュウの次の対戦相手になる「予定」の少女だが実はただの少女では無い。それをレイタづてにリュウは、この少女の試合中に聞くことになるのだった。
次回予告
「勝てないね」
第2回戦を苦戦しつつも勝利したリュウ。次の対戦相手は、2年生ながら優勝候補と言われている一二三佳苗に決定する。リュウは、この強敵に対しレイタらと共に対策を練ることにするが……。
次回「最強の後輩」




