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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第3章 異界からの挑戦者
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第40話 最終戦 狂い

 ランダムに選ばれた生徒VS異界の能力者。その最終戦、添木(そえぎ)レイタの相手は、異界側のリーダーであるリアル・ユーリストだった。


「試合開始!」


 例によって、いつも通りの声で会場に響く主審の声。

 最終戦。これで全てが決まる戦いに、体育館の生徒、観客席の生徒は力一杯の声を出す。

 しかし、そんな中、リュウ、また一部の体育館にいる生徒はレイタの様子を不安気に見ていた。

 そんな彼らの脳裏に過っていたのは、2年前に起きた事件だった。






「さて、早速だが能力を発動させてもらうよ」


 リアルは、いつも通り変わらぬ笑顔でレイタに言う。


「えらく余裕だな、そんなに俺が弱そうに見えるか?」

「いやいやまさか。ただね、君は心の内に他人に見せたくない何かを秘めている気がしてね。それを能力で開放してやろう、て思ったんだよ」


 その"心の内"が何なのか、レイタはある程度検討がついていた。


「遠慮しとくよ、もし開放されたら俺は容赦できない」

「そう言われたら、ますます開放したくなっちゃうよね〜」


 まるで子供の様にリアルは言う。


「さて、じゃあ始めようか……」


 狂宴を。

 リアルは、手を前に広げた。


――能力発動、心道開放!


 リアルから発せられる紫色のオーラ。避けようが無い事もあり、レイタはそれに動く素振りすら見せなかった。

 何重にも帯びる濃い紫色のオーラ。それに当てられ、少しずつ彼の視界は揺らいでいく。


――毒? いや、違う?


 鈍い頭痛がレイタを襲う。意識が揺れ、魂が体から離れる様な感覚を得た。

 そして、徐々に思い返される、忌わしきその脳裏に刻みつけられた記憶。そして、押さえつけていた欲望。それらが、ゆっくりと湧き出て来る。レイタの意識を満たしていく。


「はっっっっはあああぁぁぁぁぁ!!!」


 突如リアルが、奇声を上げる。


「浮き玉、浮き玉、浮き玉、浮き玉、浮き玉!!」


 その言葉に導かれ、リアルの頭上に人が乗れる程度の青色の球体がフワフワと浮かび上がる。


「はあ……ふふふ、少しだけクールになるかなあ。……でぇ、そっちは、気分わぁ、どうだいぃ?」


 片手で頭を掴み、リアルは先ほどとは別人のように小さな声で訊く。それに、俯き加減の顔を上げレイタは答える。


「さいっっっっこうおおぉぉぉぉ!!」


 いつものレイタからは、想像ができないような笑顔を見せ彼は叫んだ。


「宜しい、では戦おう」


 その言葉に応えるように、レイタは自分の半身程の大きさの鉄の槌を具現し、リアルに向かって走り出した。




 それを、唖然とした顔でそれまで戦ってきた5人は見ていた。


「何なの、レイタて元々はああいう性格なの?」

「いや、そんな……」


 驚きを隠せない表情のユイに、リュウも同じく空いた口が塞がらなかった。

 レイタとは、2年からの付き合いであるリュウでさえ見た事が無い表情と声を出すレイタ。その表情を見て、リュウはレイタが1年の時に起こした事件を思い出していた。


「リュウ? 大丈夫?」


 その何か深刻に考え込むリュウを見て、ショウが声をかける。


「ん? ああ、大丈夫……」


 とても大丈夫とは思えない表情でリュウは返した。




 走りながら、レイタは自身に襲いかかる浮遊している球を、その手に持つ槌で野球の球を打つように打ち返していく。その表情は、真面目に戦っているものとは酷く離れており、目は大きく見開かれ、唇の両端は大きく上げられ、いつもの固い表情は完全に崩れていた。


「さあ、壁よーたちはばばかれ!!」


 浮き球を軽々と跳ね返していくレイタの真下から、突如として彼を囲むように巨大なコンクリートの壁が次々と出現する。


「さあ、ショータイムだっ!?」


 リアルの語尾が上がる。その目の前で、ボロボロと崩れていく高きコンクリートの壁。


「ああ……やっぱ人がいい……そう例えばお前」


 槌を担ぎ先ほどと表情を変えずに、レイタはリアルを見る。その目は、まるでオモチャを見つけた子どもの目だった。

 槌を一回転させ、レイタは勢いよく走り出す。一方のリアルは浮き球を増やしレイタに当てようとするも、彼は走りながら片手で槌を持ち、縦横ことごとくそれを気持ち良いくらいに打ち返していく。そして、ついに壁を背にしリアルは後退をやめる。


 ぶちゅぅっっっ。


 まるで、ゴム風船を潰すように、その後退をやめたリアルの右側頭部を勢いよくレイタの槌が打する。その衝撃を受け、微かな紅を出しながら吹き飛ぶリアルを横目に槌を振り切ったレイタの顔は快感に満ちていた。


「あああぁぁ……」


 暫く感じていなかった充足感に包まれていくレイタ。

 一方、目、口、鼻、側頭部から血を垂れ流し、吹き飛ばされ地面に激突したリアルはゆっくりと起き上がる。その右目は何処かに飛んでいったらしく、赤黒い穴が開けていた。


「あ……グブッ、な……、がっ? ぐぶっ??」


 ゴボゴボと血を吐き、リアルは上手く喋る事ができない。その顔半分は見事なまでに陥没している。


「おいおいおいおいー。日本語喋ってくれよお。さっき喋ってたじゃん、よっ!!」


 ぐじゅっ……。


 レイタから勢いよく投げられた槌が、回転しリアルの前頭にヒットする。何かが潰れる音と共に、リアルは再び血を噴き出した。その光景に、体育館、また観客席から見ているリュウ達も思わず目を背けた。

 徐々に、リアルの周りにできていく血だまり。異界の者達以外、誰もがリアルは死んだと思ったが、それを裏切る様に自分の手で自分のデコ付近にめり込んでいる槌を離し捨てる。

 そんな、真っ赤な血まみれ姿の頭の無い起き上がったリアルを見て、レイタは笑みを浮かべ再びリアルの方に歩きながら槌を具現した。


「あぁぁ……」


 リアルの目の前に立ち、息を吐くレイタ。そして、両手でゆっくりと槌を上げた。


 ぶちっ。


 骨が折れる音と肉が潰れる音が同時に静かに鳴る。不協和音。しかし、レイタにとっては心地よい音色だった。

 餅をつくように、何度も振り下ろされていく鉄の槌。振り上げられる度に、槌から滴る血液。振り下ろされる度に、ビクッと動く体、更に砕ける骨。

 まるで、トマトを潰した時のように赤い液体が顔……丸い何かから噴き出す。

 笑顔を崩さず、返り血を浴びながらレイタは、頭、首、肩、腕、胸、腹、腰、足と順に叩いていく。そして、また上へと戻り、頭、首、肩…………。

 そして、シーンとした場内に鳴る、音。


 ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐぎゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ……。


「ああぁぁぁ……」


 レイタは槌を横に放り投げ、快感に浸る。手に残る、肉を潰す感覚。手に残る、液体が吹き出る感覚。手に残る、骨を砕く感覚。頭に残る、忘れかけていた感覚……。


 血塗れの手で顔を抑えるレイタの前、ビクッ、と突如として人の形をした赤黒い塊となったリアルが少し跳ねた。


 ビクッ、ビクッ、ビクッ、ビクッ、ビクッ……。

 赤黒い肉が膨らむ。赤く染まった皮が膨らむ。まるで、ビニールボールに空気を入れるように、それは徐々に三次元の人へと戻って行く……。

 理解できない現象が目の前で起きているのに、レイタはそれを変わらぬ笑みで受け入れていた。


「いいよ、もう1回繰り返そう」


 そして、遂にリアルは元の、槌で潰される前の姿に戻った。といってもその姿は血に染まり、着ている衣服もボロボロだが、それでも身体に関しては全くの無傷だった。


「これが、僕の能力『時限発動』」


 彼は、変わらぬ笑顔で続ける。


「『医療能力』をスキルバースト込みで、僕が死んだら発動するようアラームをセットした……だから、こうやって復活したというわけだね」

「『医療能力』をスキルバースト込みで、僕が死んだら発動するようアラームをセットした、だから、こうやって復活した?? い、み、わ、か、ん、ね、え、よ!!」


 ぶしゅ。


 いつの間にかレイタの手に具現されていた槌が、またリアルの顔を目掛けて振り下ろされる。


「死んだら発動するとかイミフメイ。お前は、能力が魔法か何かだと思ってねえか!?」


 ぐしゅ。


「そうだよ! 能力は魔法だよ!! すげえな!! 能力は死者を蘇らせるのか!!」


 ぶちゅ。


「ちょ、ちょっと待って、タンマ、槌振るのストップ!」


 ぐちゅ。


「すげえな! 脳みそ潰れても話せんのか! お前は人間じゃねえのか! やべえ! じゃあ宇宙人か火星人か地底人か金星人か……ダメだ、もう思いつかねえ!!」

「異界人だよ! つか、ストップって言ってんだろ!!」


 ぷしゅ。


「うるせえな! どんだけ我慢してたんだと思ってんだ! 2年だぜ!? 720日ぐらいだ! 死ぬかと思った! つか、ちょっと我慢出来なかった時もあった! でもそん時は適当な物を壊したさ!」

「じゃあ、今回もそうすりゃいいだろ! 我慢しろよ! 代役を探せよ!!」

「知らねえよ! つか、回復早すぎだろ! どんだけ死んでんだよ!!」


 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ。


「疲れた! 38回も殴っちまった! お前のせいだ!! つか、これ見ろよ鉄と鉄が化合してんぜ! 鼻がイカれそうだ!」

「イカれてんのはてめえの頭だろ! 脳みそバクらしてんじゃねえよ!」

「バクらしたのはてめえだろ! お前は脳みそ掃除しろよ! クリーニングだ! 白くなるぜ!!」

「クリーニングかよ! やべえな、お前面白えぇ!!」


 ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ……バッ。


 大きな口を開け、血を吐き出す真っ赤なリアルの側頭部に槌が直撃する。

 上から下への攻撃が続いていた中、久びさの横からの攻撃だった。


「ああ、真っ赤っかのぐっちゃぐちゃだ。このクソ汚ねえ血は洗濯機で落ちるのか?」


 落ちるわけねえだろ。

 地に身体を擦り止まったリアルが、真紅の目で言った。


「ああ、でも楽しかった。お前もそうだろ?」

「…………いや、どうだかな」


 何時の間にか、レイタも元に戻っていた。しかし、おかしくなっていた時の記憶はあり、その血まみれの自分と相手の体、また地面の血だまりや、落ちた臓器や骨を見ても彼は顔色一つ変えない。


「ようやく効力が切れたか……じゃあどうする? もう一回狂っとく?」

「いや……」


 再びレイタは槌を具現し、横に倒し走り出す。


「遠慮しとくよ!」


 動かないリアルの目の前まで走ったレイタは、今度はリアルの脇腹を勢いよく殴打した。パキッ、という音と共に吹き飛び倒れるリアル。しかし、即座に起き上がり土を手で払う。


「いたた……これって回復するけど、やっぱ痛いんだよ」

「知るかよ……で、まだやるのか?」


 その言葉に、うーんと唸るリアル。


「正直、君に勝てる気がしないんだよね」


 よしっ、とリアルは、先ほどまでレイタと同じく『心道開放』の効果を受けていた主審の方を向いた。


「こうさ〜ん」


 その気の抜けた声に、暫く呆気に取られた後、主審は口を開いた。


「しょ、勝者、レイタ!!」


 その言葉に反応を返さない観客席。そして、体育館。


「反応が薄いね? どうしたの? もっと、喜びなよ」

「そういうわけにはいかねえだろ。普段からこういうのを見慣れてるならともかくな」


 それよりも、とレイタは続ける。


「いいのかよ、負ければ獄中だぜ?」

「いいんだよ、目的はおおよそ達成した」


 その言葉の真意をレイタは理解できなかったが、今はとにかく勝てた事の方が大きく、そこまで気にはしなかった。と、ここでレイタはある事に気づく。


「そういえば、お前能力いくつ持ってんだよ?」

「うん? 6つだよ」


 そうか、とレイタはリアルにそれ以上訊かなかった。もしかしたら他の能力者も6つ持っていたかしれないし、ここまでくると1つくらい多いからなんだ、という感じだった。


「レイター!!」

「わっ!?」


 何時の間にか下に降りていたリュウが、レイタに抱きつく。


「大丈夫か! 怪我は無いよな!!」


 抱きつくリュウは、嬉しそうな声でレイタに言う。それに「取り敢えず、気持ち悪いから離れろ」とレイタは腕でリュウを離した。


「あの、大丈夫かい? 凄かったが……」

「ああ……大丈夫だよ」


 ユミの問いに、少し俯き加減でレイタは答える。

 血にまみれ、狂った様に槌で肉を叩く。その姿を見て、普通はどう思うだろうか……。


「やあやあ、お疲れ様」

「マモル……」


 手を振り声をかけたのは、一二三(ひふみ)マモルだった。その後ろには、他のSCM隊員を引き連れている。

 彼は、サヤの連絡を受け初戦から学園外で待機していたのだった。


「ほほう、君が一二三マモルか」

「ほほう、お前が犯罪者か」


 薄ら笑みを浮かべながら、マモルが言う。


「さて、今回はご苦労様、後は俺達がやっておくから、お前らは……体育館にでも戻るか?」

「ああ、そうするよ」


 と、レイタ達はマモルに背を向ける。その背にマモルは「ああ、そうだ」と口を開いた。


「レイジはこちらで見るから、心配すんなよ」


 ああ、と怠そうに手を上げレイタは、リュウ以外、少し距離を置く仲間らと共に会場を後にした。











「さて、データは十分に取れたかね」


 暗く狭い部屋で、その様子を椅子に座ってディスプレイ越しに見ながら、白衣に身を包んだ初老の男が薄く笑みを浮かべる。


「ふふ、Xdayは近い」

「いや、近くないっすよ」


 白衣の男の後ろで、全身を黒い衣に包んだ男が口を挟む。


「半年以内は近い、とは言わないのか?」

「1ヶ月以内のイメージですね」

「それは、君のイメージだろ」

「すみません」


 黒衣の男は、軽く頭を下げた。そして、いくつかあるうちの1つのディスプレイを指差す。


「ところで、『喰い』はどうですかね」

「特に何も無いだろう。この数年、おかしくなったのは初期だけだ」


 そう言って、白衣の男は立ち上がる。


「さて、研究を再開しようかね」

「彼等はどうします? あちらに任せるんですか?」


 その言葉に、部屋の扉を開け白衣の音が答えた。


「大丈夫、心配いらない。全て運命に任せればいいさ」


 男はニヤリと笑い、部屋を後にした。

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