第39話 第6戦 喰い
ランダムに選ばれた生徒VS異界の能力者。生徒側の3勝2敗で迎えた第6戦。風神レイジの相手は、アリア・ラトリリスと名乗る銀髪で幼い顔立ちの少女だった。
「試合開始!」
例によって、会場に響く主審の声。
試合開始前から、ニヤニヤと笑みを浮かべるアリア。その口元は唾液のようなもので光っている。
「女だからって容赦しねえぞ」
そう言い放ち、レイジはスキルバーストを発動した。
これまでの試合からも、敵の強さは十分に分かっていた。だからこそ、手を抜かず敵が能力を発動する前にケリを付けたいと、レイジは考えたのだ。
――断罪者!
レイジの腕、袖の中から飛び出すノコギリの刃の様なもの。それを、レイジは『鎖刃』と呼んだ。
しかし、彼が袖の中から出したものに全く興味が無いようにアリアはただ一点を見つめていた。
――??
アリアが、先ほどまで視界に捉えていたレイジが突如消える。目をギラつかせ、直様、辺りを確認するがレイジの姿は視認できない。
ブスッ。
突如、アリアの左右の地面に頭上から鎖のような物が突き刺さった。それを辿り上を見ると、鎖を支えにし宙に浮かぶレイジが交差させていた両腕を外側に解く瞬間だった。
――断空!
レイジの両腕から発せられた空間を裂く斬撃を、アリアは間一髪で前に飛び避けた。地面に転がり再びレイジの方を向くも、既にその姿は無い。
「遅えよ」
既に彼女の背後に立っていたレイジの袖の中から『鎖刃』が伸び、アリアの左肩の肉を削る。
刃が連なる『鎖刃』。切っ先と切っ先の間が短いそれによる斬撃は、『斬りつける』というよりも『削り取る』という方が正しかった。
削られた勢いでふらつくアリアに、レイジは更に両手からの『鎖刃』による斬撃を与える。
「うっ!」
2つの容赦なき斬撃に思わずアリアは声を上げた。その面に、先ほどまでの不気味な笑みは無い。
アリアは、痛みにフラつきながらも地面を強く蹴る。同時に、地面から彼女の身長程の氷の壁が生える。しかし、それにも全く臆せず、レイジは回転し『鎖刃』でその氷の壁を削った。
キラキラと輝く、氷の粒。それと共に、レイジはアリアの後ろを取る。
「!?」
背中を削る2つの『鎖刃』。痛みに悶えながらも、振り返るアリア。しかし、そんな彼女の様子など関係無く、レイジは上げた手を容赦無く腕を勢いよく、彼女の方向に空気を裂くように振り下ろした。
――断空。
空気を裂く、空間を裂く技『断空』。それは、アリアの体斜め一直線を斬りつけた。
直線的に勢いよく紅い血を噴き出し、アリアはその場に遂に膝をつく。その様子にレイジはスキルバーストを解かず、アリアが起き上がるのを待った。
「やっぱ、強いな」
安心しきった表情でリュウが呟く。
「これが、SCM……」
ユイは、レイジの先ほどまでの一連の動作を見て嫉妬に近い感覚を覚える。
自分とは違う、絶対的な強さ。容赦などしない、真剣さ。
自分には、決して出せない強さ。視線の先で戦う能力者が、自分と同じ学生とは思えなかった。
「まだ、決まったわけじゃない」
そんな彼らをよそに、レイタは不安に包まれていた。
まだ能力を使っていないアリア。使えなかった訳では無いだろう。もしそうなら、まだまだ余裕がある、ということになる。
――大丈夫……。
ここでレイジが勝たなければ、生徒側の負けがほぼ決まる。自分次第とはいえ、全くと言っていいほどレイタは自分の相手であるリアルに勝てる気がしていなかった。
ゆっくりと、アリアは目を開け起き上がった。寝起きの様に目をこすり、彼女はそのまま立ち上がる。
「お腹すいた」
先ほどの痛みに苦しむ表情など嘘だったかのように、ボソッとアリアが呟く。それと同時に、レイジは再び今度は腕を横に振り『断空』を放つ。
胸の辺りを、真横に切り裂かれるアリア。
――!?
それと同時に、地面から出てきた鉄の鎖がレイジの全身に絡みつく。
一瞬にして首、両腕、両足を鎖に巻きつかれレイジは身動きがとれない。その鎖を、彼は袖の中から『鎖刃』を出し切り離そうとするも、鎖は硬く上手くいかない。
「クソッ!」
そんなレイジを視界に捉え、アリアが口を大きく開ける。
――喰らうは心。
カチッ、と強く空気を噛み、歯を鳴らすアリア。
――!?
突如として、レイジの身体が震え出した。
強い悪寒。正体不明の恐怖心。整わない呼吸。全身から吹き出す冷たい汗。それらは全て、アリアを目にした瞬間、彼が感じたものだった。
鎖が解かれ、地面へと戻って行く。しかし、青白い顔のレイジは自由になってもアリアに向かっていかず、その場に身体を守るように抱きかかえしゃがみこんだ。
「レイジ? どうした!」
その様子に、リュウ達も観客席から声をかける。しかし、レイジはそれに全く反応を返さない。
「敵の能力?」
「恐らく、恐怖心を煽るものだろうな」
ユイの誰に投げたものでも無い言葉に、レイタが反応する。
――鎖、氷そして精神面に何らかの影響を及ぼす能力か。
この状況において、冷静に事を分析するレイタ。
これで、アリアは氷、鎖、そしてこの精神攻撃と3つの能力を使った事になる。
――それよりも……。
レイタは、辺りを見渡す。
先ほどまでのレイタの勝ちが確定したかのような空気など全く無くなり、一気に観客席の雰囲気が変わってしまっていた。
視線の先で震えるレイジを、ニヤニヤと舌舐めずりをしながらアリアは見ていた。
そして、彼女は一歩、また一歩とレイジの方向に歩を進め始める。
「来るな!!!」
その、土を力強く踏む音を聞き、勢いよく青白い顔を上げレイジが叫んだ。しかし、アリアはその不気味な笑みを変えずに、一歩ずつゆっくりと歩き続ける。
「あああぁぁぁ!」
ふらつきながら立ち上がり、レイジはアリアから逃げる様に、フラフラとマラソンでも走り終えたような汗と表情で後方へと走り出す。
それを見て、アリアはまた口を大きく開けた。
――喰らうは物。
カチッ、という音と共に、クジュ、と潰れる肉。
ボトッ。
レイジの右腕、二の腕辺りの紅色の断面から吹き出す赤い血。そして、レイジはそのまま腕から出る血の勢いに負けるように左側に倒れる。
「レイジ!!」
観客席の方から叫ばれる声。しかし、そんな声など届かず、レイジは身体をブルブルと震わしていた。痛みなど感じないくらいの"恐怖"。今まで感じたことの無い、感覚。
そして再び、アリアはその口を大きく開けた。
瞬間的に、土を蹴り主審が動く。
「!?」
次の瞬間、アリアの顎に突きつけられる一丁の黒い銃。主審の目の前で、アンズがアリアの次なる攻撃を止めた。
瞬間的に止まった時間。それを再び、彼が動かし始める。
「うん、アリアちゃんの勝ちだね」
リアルが、観客席の方から声を出す。それに、アンズは銃をしまい、アリアは静かに口を閉じた。
「主審さん、何時もの」
その言葉に、ハッと主審は口を開け冷静に言葉を発した。
「勝者、アリア!」
その言葉と同時に、保険医である和田が勢いよく場内に飛び降りた。
「大丈夫!? レイジくん!!」
何かに噛みつかれたように潰れている右の二の腕あたりに、和田は腕に治癒の淡い光を発生させた手を添える。
「先生! 腕を!!」
その様子を、心配するように見守る主審に冷静に、しかし強く和田は言う。
「大丈夫よ」
ガタガタと子犬のように震えるレイジに、そう和田は優しく言った。
こうして、第6戦は終わり第7戦、最終戦へと物語は進んでいく。
次回予告
次回「狂い」




