第33話 異なる世界からの来訪者
授業中なら一度はやった事があるだろう妄想、空想に、『もし、学校(教室)に謎(悪)の組織がやってきたら?』がある。人によっては、謎の力を解放して組織を倒したり、気になる子を庇って死んだり、適当に仲の良い有人や好きな人と校内を逃げ回ったり、傍観者に徹したり……。いろいろなシチュレーションで授業時間を楽しんだことだろう。
さて、今回起こる出来事は実にそういった妄想が具現化したかのような、ある意味夢のある出来事である。
10月9日、水曜日。
南地区の学園祭も何事も無く成功し、3年にとってはあとは受験のみ、といった時期に突入していた。
そんな受験を控える学生の1人であるリュウの視線は、今日も眠気と戦いつつ黒板と窓の外を交互に移動していた。
――妄想に勤しみたいが、当てられた時の対処がな……。
そんなことを考えつつ、リュウは更に視線の行き先に時計を追加し、長いようで短い時間を過ごしていた。
ピンポンパンポーン。
まだ授業の途中だというのに、唐突に教室上部のスピーカーよりチャイムの音が聞こえてくる。
その音に、リュウ、そして同じく眠気に襲われていた生徒たちは同時に目を見開き、スピーカーの方に視線をやる。
ちなみに、今日避難訓練の予定は無い。
そして、暫くの間、沈黙が流れた後……。
「あー、ああー、あーあー?」
沈黙を裂くように、若い男性の声がスピーカーから聞こえてきた。
「聞こえてるのかな……。まあいいか。えっと、唐突ですがこの学校をジャックしました」
その言葉に、教室内はざわつき始める。
唐突過ぎる出来事に、教師もチョークを持ったままスピーカーを見上げていた。
「まあでも信じられないよね。だから、適当な空き教室を今から爆破しまーす」
ドンッ……。
彼が言い終えた瞬間、どこからか低い爆発音が窓の外から響く……同時に窓がビリビリと振動した。
その音の大きさから、リュウ達のいるA組から爆発があった箇所はそう遠くは無い。
その、あまりに突然の出来事にリュウは勿論の事、教師、また生徒全員が言葉を失っている。
「はい。これで信じてくれたと思うので、全員今から15分の間に体育館に移動してください。もし時間を守れないようなら、ランダムに教室を爆発していきます。では、よーいスタート!」
ピンポンパンポーン、と放送を終えるチャイムが無機質に鳴り響く。それと同時に、クラス全員が焦りの色を見せて外に出ようとし始める。
「お前ら! 落ち着け!!」
教員が叫ぶも皆聞く耳を持たない。しかし、それはA組に限らず他のクラスでも同じで、先生や学級委員、一部の冷静な生徒達が懸命に焦る生徒たちを落ち着かせようとしていた。
「レイタ、どう思う?」
リュウは、後ろで周りの騒ぎに全く興味が無いようにただ椅子に座って思考するレイタに話し掛ける。
「大丈夫だろ」
「いや、またあっさりと返すなあ、お前は」
冷静過ぎるのも考えものだと、リュウが思った瞬間だった。
……数分経ち、徐々に各クラスの生徒達が落ち着き始めていた。といっても、指定された時間まで後10分程度で体育館に行かなければならない。
教員、SCM、クラス委員を中心にし、生徒達は体育館へと向かい始めた。
「はいっ、残り時間は1分20秒。先ずは、お疲れ様でした」
場所は体育館。
D地区の生徒全員の前で、壇上で1人まるで校長先生のように話す青年。その声は、あの放送の声とほぼ同じだった。
「ええっと、自己紹介から。僕はリアル・ユーリスト。君たちの中にも居るだろう異界出身者だ」
リアルは、笑顔を絶やさず続ける。
「さて、今回君たちに集まって貰ったのは僕たちと戦って欲しいからなんだよね」
僕たちと、という言葉に反応するSCMのサヤとレイジ。相手が1人なら、と言ってもあり得ないだろうが、何とか隙を見て抑え付けるつもりだったが、仲間が居るとなるとそういうわけにもいかなくなった。
「まあ、僕ら側の理由はどうでもいいんだけどさ……うーん、説明は苦手だな。取り敢えず7対7の総当たり戦をやってね、先に4回勝った方が勝ち、で君達が勝ったら色んな所に仕掛けた爆弾も解除もするし、大人しくSCMに捕まるよ。でも、僕らが勝ったら……」
と、ここで一旦溜めるリアル。
「この体育館を爆破します」
ニヤリと笑みをこぼすリアルから放たれた言葉に、体育館内はざわつく。その、あまりに衝撃的すぎる言葉に逃げだそうとする者も現れるが。
「動くな!」
その一言に、その場の全員が黙ってしまう。それは、リアルが発した言葉では無く低いドスの効いた声だった。
「うーん、演説は全部僕がする予定だったのにな……まあ、いいか」
と、リアルは右手を軽く上げる。すると何処からともなく、3人の男女が現れた。
「紹介しよう、君達の相手だ」
リアルは、現れたうちの一人の男性を示す。
「彼は、我らが切り込み隊長、クロウ・レイジン!」
「うんな前座はどうでもいいから、早くやろうぜ!!」
短い金髪がよく目立つ、目つきの悪い男性が勢いよく答える。
「まあまあ。さて、次は我らが無口少女、アリア・ラトリリス!」
紹介を受け、銀髪の黒い西洋人形のような服装の可愛い少女が軽く会釈する。
「次は、さっき君達に死ねとか何とか言った、フェルシス・バーン!」
「死ねとは言ってねえ……」
目にかかるほど黒く長い髪が特徴の、黒い服を見にまとった男性が静かに言った。
「さて、残り2人は後で紹介するとして、何か質問ある人!」
先ほどから静まり返っている生徒達に大きな声でリアルは訊く。それに、レイジが手を上げた。
「うん、なんだい?」
「質問というよりは、お前らが約束を守るかどうかの証拠を見せて欲しい、あと何が目的だ?」
「目的は僕らの強さを計るため。まあ、この次にA地区行こうと思ってるんだけどさ、その前の肩慣らしてやつだね」
能力、学力共に優秀なA地区や、逆にあまり優秀でないE、F地区を除くと、D地区は能力的には1番優秀だった。
「で、証拠はねえ……」
「うーん」と唸るリアル。
「まず、君達は今の立場をよく分かってないみたいだね……」
次の瞬間、壇上からリアルが消えた。
「つまり、君達は人質であって、僕らより下の立場なんだよ」
レイジが、声のする方向に振り返る。そこには、さっきまで壇上にいたリアルが居た。
「だからさ、その要望には僕らを信じろとしか言えません」
その言葉に、レイジは特に反論しなかった。寧ろ、自分の行動を後悔すらしていた。
「という事で、他に質問ある人……いない?」
特に手を上げる生徒がいないのを確認し、再び、今度は視認出来る速さでリアルは壇上へと戻る。
「じゃあ、お待ちかねの、選ばれし7人の発表でーす」
「待って!!」
リアルのその言葉に、サヤが反応する。
「それって、7人をこちらで選べないって事!?」
「うん、そうだよ」
と、リアルはアリアから学生簿を受け取る。
「ああ、大丈夫3年からしか選ぶ気ないから」
先ほどの件もあり、誰もそれに反論出来なかった。
「ふんふん♫ 実はもう決めてんだよね……」
リアルは学生簿をめくっていく。同時に、生徒達の緊張が高まっていく。
「慶島龍君、添木怜太君、札切杏子ちゃん、分杯勝君、神無月優美ちゃん、風神礼司君、八重隈結衣ちゃん……以上!」
息継ぎ無しでリアルは一気に、この体育館に集まった生徒達の命運を握る者達を発表した。
「……ふう、じゃあ、着替えとかの時間もいるだろうし、今から35分後に闘技場? に来てね」
そう言い、リアル以外の3人は壇上から消えていく。
「ああ、ここに居る人達も試合の内容は気になるだろうから、スクリーンで観れるようにしといたよ」
じゃあ、とリアルも続いて何処かに消えていった。
静寂だけが残された体育館。選ばれた者も、選ばれなかった者も暫くその場から動けなかった。
そして数分後、そんな静寂を切り裂く声が響く。
「さっき選ばれた6人! ちょっと集まってくれ」
声の主であるレイジの元に、先ほど選ばれた6人が生徒達の中からぽつぽつと集まってくる。
「取り敢えず着替えに行くぞ」
レイジを先頭に、6人は体育館を後にしようとする。
「頼むぞ!」
誰かの言葉に、7人は足を止める。その一言を皮切りに「頑張れ!」「頼んだ!」「ここで、応援してるから!」などの、言葉が次々に生徒達から発させられていく。
それに言葉で答えず、彼らは再び歩き出した……。
「さて、確認しだい私たちも頑張らなきゃね」
彼らを見送り、サヤは横に立つカナエにそう呟いた。
体育館を出てから約15分後。7人は着替えを済ませ、曇り空の下、闘技場観客席へと来ていた。
なお、彼らから見て向かい側の観客席には、既に異界側の7人がばらけて座っていた。
「さて、先ずは決めて欲しい事があるんだけど」
先ほど体育館で披露した瞬間移動で、レイジの前にリアルが現れる。
「なにをだ?」
「もう驚かないか……。決めて欲しいのは戦う順番と試合の主審。あと戦う順番は紙に書いてね。10分あげるからちゃんと考えなよ」
そう言ってリアルはその場からふっと消え、仲間の元へと戻った。
「じゃあ、決めるか」
7人は円状に観客席に座った。
「取り敢えず、俺が最初に出る」
「いや、お前は6人目がいい」
レイジの言葉に、レイタが答える。
「何でだ?」
「この中で実力がよく分からんのは、八重隈1人。他はだいたい……札切は除くが、実力は同じくらいだ」
「それがどうした?」
「弱い奴を後ろに回す、で強い奴の最後にその中でも特に強い札切かレイジを選ぶ」
ここまで、レイジ以外特に意見はしない。
「だから順番は5に札切、6にレイジ、でラストが俺だな」
「一番弱いと自覚があるから、自分を戦う確率の低いラストに置いたのか」
「そうだな」
「まあ、悪い案じゃないが……」
他に意見は無いか? というレイジの言葉に他の5人は特に反応しない。
「よし、じゃあ後はそっちで決めてくれ」
「おう。つっても何で順番を決めようか……」
言って、リュウは他の3人を見る。八重隈ユイ以外は見知った顔だった。
「無難にじゃんけん、というのはどうだろう」
「それでいいんじゃない、この4人はだいたい同じくらいの強さなんでしょ?」
ユミの提案に、面倒くさそうに答えたのは長く綺麗な黒髪が特徴的なユイだ。
「ショウはどうだ?」
何か別の事を考えていたショウは、その言葉に少し遅れて「いいよ」と答える。
「よしっ、決まりだな」
4人は腕を後ろに下げる。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
決まったか、と主審用の教員を連れて来たレイジが言った。その決まった順番を、レイジはついでに持ってきたメモ帳に書き写していく。
1、慶島龍
2、分杯勝
3、神無月優美
4、八重隈結衣
5、札切杏子
6、風神礼司
7、添木怜太
「何でじゃんけんで最初に勝ったのに1番目なんだよ……」
「1番目は大事だろ? だからこそだよ」
よっぽど自信がある、と敢えてレイタは良い方に読み取った。
「やあやあ、決まったみたいだね」
例によって唐突にリアルが現れた。
「で、これをどうするんだ」
レイジは、順番の書かれたメモを示した。
「主審に渡して」
と、リアルは手に持っていた紙を主審に手渡す。レイジもそれに続いた。
「これでお互い、誰と誰が戦うか分からない、まあ分かってもあまり意味は無いだろうけどね」
と、リアルは主審の方を向く。
「さて、ルールについてだけど、基本的にシングルトーナメントとやらのルールと同じと思って貰って構わない。違うのは、やばいと思ったら仲間が止めに入る事が出来るのと……」
ここで、一旦溜めるリアル。
「相手を殺してもよい、という事だ」
「止めてもいいんなら、それでいい」
その言葉に、レイジは臆しなかった。それにニコッとリアルは笑う。
「分かってるじゃん……。じゃあ、早速試合を始めようか」
その言葉に、ニヤリとリュウは口元を緩めた。
D地区の生徒の命運を握っているこの戦い、緊張するなというのは無理な話だが、何故かリュウは自分でも怖いくらいに落ち着いていた。
次回予告
「何だ……この炎は!?」
一般生徒の運命をかけた、異界の能力者vs選ばれた生徒達。その第1戦、敵の速さに翻弄されるリュウは、この夏休みにものにした「スキルバースト」を発動し……。
次回「赤と黒」




