第30話 能力喰い
数ある能力のうちの1つに『能力喰い(skill eater)』と呼ばれるものがある。
この能力は、文字通り他者の能力を喰らい自分のものにする能力であり能力を喰われた能力者は基礎能力しか使えなくなる。また、喰われた能力を戻す事は出来ない。
しかし、ここまで強力な能力な事もあってか現時点で1人しか、この能力を持った者はいなかった。
「で、そのスキルイーターがどうしたの?」
8月27日、火曜日。時刻は14時。
一二三カナエは兄である一二三マモルと共に、SCM地下にある研究所に来ていた。
「着けばわかるよ」
地下に続くエレベーター内、マモルは真剣な眼差しで答えた。
SCM地下にある研究所。このような世界中のSCMにある研究所は、異界側の推薦で作られている。その作られた理由が『暴走者』の管理のためだった。
『暴走者』とは能力が暴走し、能力者自身が制御出来なくなった状態を指す。
しかし、この能力の暴走は大抵時間が立てば治まる。だが、稀にその例から漏れてしまう能力者がいるのだ。そういった能力者を隔離、管理し、研究する為の場所が此処だった。
エレベーターを降り、2人は道なりに進んで行く。途中、研究員らしき人物とも会っていく。それはグローバル社会の縮図とも言えるような、様々な国や地域の人達だった。
「まあ、普通はそこの地域の人だけだからな、うちが珍しいんだ」
そんな状況に珍しがってるカナエを見て、マモルはフォローを入れた。
ほんの数分程度歩いた所で、見えてきた普通の扉の前でマモルは止まった。
「此処だよ」
マモルは、その鍵のかかっていない扉を開け中に入る。カナエもマモルに続いて中に入ると、同時に扉の先の光景に驚いた。動物園のようなガラス張りの部屋、と言うべきか。兎に角、入って左は壁、右はガラス。ガラスの向こうにはカナエ達から見下ろすようにして、大きな真っ白い壁に囲われた空間があった。そして、その空間には何も無く……いやよく見ると、机と椅子そしてその上に幾つかの本が置いてあった。加えて、その椅子に座る1人の青年が。
「さて、先ずは彼について説明しようか……」
と、そのガラスの先の光景に目を奪われているカナエにマモルが話しかける。
「彼は、能力喰い」
「えっ!?」
カナエはその言葉に驚く、と同時に疑惑も抱いた。この言葉は嘘か本当か、冗談か誠か。いつだって真面目な兄に限ってこの状況での嘘は無い、しかし、現実味がわかなかった。
「まあ、信じられないよな……でも、数年前の事件の犯人が"彼"なら?」
『数年前の事件』、『能力喰い』カナエは自分の記憶を辿っていく。
2020年7月20日。今から4年前の出来事。当時1年だった男子生徒(能力喰い)が、授業中突然意識を失い能力を暴走させた。彼が暴走中に喰らった能力のうちの1つ「有喰者」により教員、生徒数名が死亡、また数十名が重軽傷を負った。また「能力喰い」により数名の能力が消失した。
この事件により、再度能力の暴走の危険があるとしてSCM上層部は男子生徒を地下研究所に隔離。以降、一部の研究員及びSCM総隊長によって24時間の監視下においている。
この事件については、世に公にされていない。そのため、新入生達にとってこの事件はあくまで噂の域を出ていないし、そもそも事件自体知らない生徒も出てきている。
「じゃあ、彼がそのスキルイーター……」
「うん、そうだな」
と言って、マモルは近くに設置されているマイクを手に取る。
「あ、ああ。結城さん、聞こえますか?」
その言葉に、ガラスの向こうの結城は読んでいた本をゆっくりと閉じてからカナエとマモルの方を向いた。
「ああ、大丈夫だよ」
何処かにマイクでもついてるのだろうか、スピーカーから結城の声が聞こえてくる。
「えっと、前に言ってた妹を連れて来ました」
と言って、マモルはマイクをカナエに渡す。
「あの……マモル兄の妹の一二三カナエです」
スキルイーターがどういった存在か、カナエは言葉でしか知らない。しかし、彼女は言い知れぬ不安を結城から感じていた。
「ああ、君が……」
結城からカナエまでは、かなりの距離がある。しかし、その姿は確認出来た。
「ふふっ、緊張するな、女性とは研究所の人としか話さないから」
爽やかな声で彼は続ける。
「僕は結城柊です、宜しく」
カナエから、ヒイラギに対する言い知れぬ不安は消えない。
この後も、どうでもよい世間話を交わしたが、それでもヒイラギから感じる謎の不安は消えなかった……。
「うん、今日は楽しかったよ、ありがとね」
「いえ、こちらこそ……」
その不安が消えないまま、カナエはマイクをマモルに渡す。
「じゃあ、今日はこの辺で帰りますね」
「うん……あっそうだ、この前借りた本を読み終えたんだ、また何か新しい本を頼むよ」
分かりました、と言いマモルはマイクのスイッチをオフにし、カナエの方を向いた。
「俺はあの人を救いたいと思う」
マモルは力強く言う。
「でも、そのためには知識がいるからな。だから、俺は卒業したら少し世界を周ろうと思うんだ」
でも、とマモルは続ける。
「その間、結城さんを監視する人が必要だ、だからそれをお前に任せたい」
「私が……」
「当然、次期SCM隊長と共にだけどな。お前、SCM隊長になる気無いんだろ」
それは、とカナエは言葉を選ぶ。
「いいんだよ、別に兄がそうだからって妹まで同じ道を行く義務は無いからな」
マモルの言う通り、カナエにはSCM隊長になる気はさらさら無かった。何故なら、自分にはそんな器は無いと思ったからだ。それでも、隊長になる人がいなければ立候補する気ではあったのだが。
「次期隊長はお前か、光島だからな、やりたくなければ辞退すればいいさ」
それに、とマモルは続ける。
「隊長なんて、どういう役職か知った上でなりたいならともかく、経験者とすればあまりやって欲しくは無いんだよ」
マモルはこの1年間を思い出す。皆の上に立つ存在がどういうものか、よく痛感した。それに、社会の裏の部分も知った。そんな役柄を、実の妹に引継ぎたくは無かった。
そのマモルの言葉に、暫く考えてからカナエは口を開ける。
「分かってるよマモル兄の考えは、それに最後には自分で決めるて事も……」
その言葉を聞き、マモルは心の何処かで安堵する。
――カナエは、何処かで無理をしてるんじゃないかと思った。でも、大丈夫だ。何時までも子ども扱いして……全く俺は……。
「なあ、今度『絶闘流』教えてやろうか」
「何? 急に」
「いや、スキルバーストがいけるなら、
これもいけるだろうってな」
そんな会話を交わしながら、2人は扉を開け部屋を後にした。
「ほんと、仲の良い兄妹だねえ」
ヒイラギは、適当に机の上から本を取り開ける。
「さて、いい加減本の世界も飽きてきたな……」
彼は不敵な笑みを浮かべ、また本の世界と入って行った。




