第24話 溶けるような日常
季節は夏真っ盛り。
うだる様な暑さの中、学校の教室にて受験勉強に勤しむ少年少女達はある問題に直面していた。
「エアコンが壊れました」
エアコンがガンガンに効いている職員室にて、ショウイチとルミナスは入ってすぐ目に付いた男性教論に説明を始める。
そう、ある問題とは彼が言うように教室に取り付けられているエアコンが動かなくなった事だった。もし、一教室だけ動かないならよかったのだが、ご丁寧に職員室を除く全ての教室のエアコンがダウンしたのだった。
故に、職員室に2人が入って、先ずその維持された涼しさに驚いていた。
「ちなみに原因は分かってるのか?」
「はい。……大体、検討はついてます」
教師の問いに、目線を逸らしながらショウイチが答える。一方、横に立つルミナスはワイシャツをぱたぱたしながら全身で涼しさを感じていた。
エアコンが動かなくなった原因。それは、電気の能力者であるマドカに原因があった。
数時間前。まだ人が少ない時間帯に、彼が友人ら数人とふざけ合っていたのが原因と考えられていた。なお、その中にショウイチも含まれている。
「そうか。まあ、一応見てみるけど、もし壊れてたら今日一日は扇風機で我慢だな」
「ここで勉強しちゃダメなんですか?」
「さすがにダメだろ。ねえ、先生」
「1人2人ならともかく、ダメだな」
「ダメですか……」
肩をがっくりと落とすルミナス。
そんな、彼女の肩をポンと叩き男性教論は立ち上がった。
「じゃあ、先に2人は戻ってなさい。あと、報告ありがとう」
そう言って、奥の方に向かう教論に頭を下げショウイチは動こうとしないルミナスを強引に引っ張り職員室を出て行った。
一方、3―Aではリュウが能力を発動し氷の塊を教室の真ん中で溶けない様に維持していた。当然、彼の周りには人だかりが出来ている。
「涼しいけど暑苦しいな」
でも、とリュウは周りを見る。
汗をかき制服が透けているのは男子だけでは無い。そういったものが360度に渡って見られるのだ。健全な男子なら悪い気はしないだろう。
そんな少しニヤけ気味の彼に、背後から女子の声がかかる。
「いやーごめんね。やっぱ、暑苦しいよね」
彼に声をかけたのはクラスメイトのヤヨイだった。ヤヨイは、今は少し乾いてきたが汗で白いワイシャツを濡らし、長い髪を濡らして随分色っぽい風貌をしている。
「(白か)いや、大丈夫だよ」
と、視線を彼女の上体に向けながら彼は答える。
「でも、さすがにこれだけ人がいると疲れるでしょ?」
「まあ、そりゃ多少はね」
現在、A組には40人以上が入っており冷気を求めて廊下にまで生徒がいる状態だった。
「にしても、皆自分家に帰ったらいいのにね」
「まあ、外は暑いし動きたくないんだろ」
「確かに、それもそうだねー」
現在、外の気温は35度を超えていた。それならば、少なくともエアコンが直るかどうか分かるまでは、この涼しい教室に居たいと思うはずである。
「もっと、効率よく出来たらねー」
「そうだな……。効率よくか……」
「ん? 何かいい案でも?」
「いや、ちょっとね」
そう返して、リュウは声を上げる。
「ミーオちゃーん!」
「はーい!!」
元気よく人だかりに紛れた風の能力者であるミオがリュウに返す。ミオは、その人だかりを避けながらリュウの元へと辿り着いた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと試したい事があってさ」
「試したいこと?」
「うん。名付けて『人工エアコン作戦』」
「人工? ……ああ、そういうこと」
彼の言いたいことを察したミオは、早速教室内に円を描く様に弱く風を吹かせ始めた。
人工エアコン。つまり、リュウの氷によって冷やされた空気をミオの風によって教室中に回し、効率よく涼しい風を教室内の生徒らに提供するやり方だった。
微妙に漂っていた冷気が、風によって教室全体に回り始める。これには、教室中の生徒たちも歓喜の声を上げた。
「廊下組にもおねがーい」
「りょーかーい」
ミオは、風を廊下にも伝わるよう風を操作する。アビリティマスターでもあるミオにとって、このような細かい操作は朝飯前だった。
「にしても、なんでこんな単純な事に気づかなかったんだろ」
「多分、暑さで頭がやられてたんじゃないかな」
そう、リュウは頭を指し示した。
こうして、リュウの氷とミオの風によってエアコンの故障を乗り切ることができた。このように、能力は使い様によっては人々の生活に便利さを与えてくれる。
例えば、夏なら他にもこのような話がある。
季節は夏真っ盛り。
ひんやりする様な涼しさの中、学校の教室にて受験勉強に勤しむ少年少女達はまたもや、ある問題に直面していた。
「また、エアコンですか?」
「さすがに、そう何度も壊れねえよ」
ルミナスの問いに、レイタは面倒くさそうに返す。
場所は、エアコンが効いている3―A。レイタは、とある問題の解決のため別の教室に居たルミナスをA組に連れてきていた。
「では、何ですか? ……あっ、わかりました。目の保養のため私を連れてきたんですね」
「目の保養?? いや、つか、言うほど……」
「うーん、レイタさん。それは、レディに向かって言うセリフではないですね」
「自称『目の保養』ならいいと思うけどな」
「でも、事実ですよ」
「断言かよ」
「そうですよ。見てください、この白く輝く太ももを。金色の髪もあってか、白いワイシャツもあってか、……なんかあってか、より一層引き立てられてるでしょ?」
「そこは、スカートとかソックスとかだとおも……いやいや。つか、お前オヤジくさいな」
「でも、女子高生といえば太ももとネットに書いてありましたよ?」
「そんな事は無いとおも……」
いや、その通りだ! と横から力強く断言したのはC組のクラス委員長であるリョウだった。
「女子高生といえば太ももだ! 若しくは二の腕とか、そこら辺だ!」
「適当だな……」
「ほほう、二の腕もですか。なら、これからそこも意識します」
「おう。精一杯女子高生の魅力を磨いてくれたまえ」
はっはっはっ、と満足したのかリョウは教室を出て行った。
「何しに来たんだ……あいつは」
「さあ。それより、話が逸れてしまいましたね。全く、レイタさんが女子高生の魅力云々言い出すから」
「あれ、俺のせい? ……いや、まあ、本題に戻ろうか」
「はい。お願いします」
「えっと、今回お前を呼んだのは皆の集中力を能力で上げれないかなって思ってさ」
「集中力? 暑いならともかく、涼しい所なら問題ない気もしますが」
「そうでもないよ。涼しいからこそ、今度は眠くなる」
「そうですか。全く、だらしのない人たちですね」
「まあ、だからお前の『詠唱』の能力でどうにかならないかなって」
そうですね……、と淡々と喋っていたルミナスは腕を組み考える。
『詠唱』という能力は、基本的に文字通り詠唱によってそれを聞いた者に様々な効果を付与するというテレビゲームに出て来そうな能力である。発動方法は、発動者の頭の中に浮かび上がった詠唱内容を発動者が詠唱するという極めてシンプルなものだが、この能力は最初から使える詠唱内容を限られており更に使える数を増やす場合、独学で増やす必要のある、どちらかといえば面倒な能力だった。
なお、ルミナスは独学で大量の詠唱を会得しており、集中力を上げる類のものも発動が出来た。
「分かりました。私の美声で皆さんの集中力を上げてみせましょう」
「あ、ああ。よろしく頼む」
ルミナスは、教卓の前に立ち教室内にて勉強をしていた生徒たちの視線を全身に浴びながら深く深呼吸をする。
そして、詠唱が始まる。
異界出身の彼女は、日本語では無く異界独特の言語で詠唱する。なお、異界独特の言語は地球人にはネイティブに発音が出来ない。だが、外人が日本語を喋るようにカタコトのように喋ることなら出来る。
集中力を上げる詠唱は、静かで清らかなトーンで行われる。それは、目を瞑れば大自然の中にいる様な感覚を得る。清らかに吹く風。それに呼応する樹々。美しき音色を上げる鳥たち。美しくも儚い音色は、やがて終わりを迎える。そして、それを聴いた生徒たちは……。
「………………」
「まあ、能力で集中力を上げようとするのは間違いですよね」
教室内の皆が机を枕に寝ている光景の中、ルミナスは静かに教室を出て行こうとする。だが、それを呼び止める男子の声が彼女の背にかけられた。
「あれ? 起きてたんですか」
「なんとなーく、そんな気がしてな」
そう答え、耳のイヤホンを示したのは先ほど教室を出て行った筈のリョウだった。
「というか、まだいたんですか。あっ、もしかして私の太もも目当てですか!?」
「ふむ、それも……いやいや、そうじゃなくてリュウに勉強を教えてたんだよ、で忘れものしたからあの後コッソリと入ったわけ」
「とかなんとか言って、本当はぐっすりな女子高生の太ももとか二の腕目当てなんじゃないですか」
「いや、まあ、そりゃ、多少は……。いやいや、俺はクラス委員長だぞ。そんなやましい事は考えてねえ!」
「でも、視線はしっかりと下向いてるじゃないですか」
「そりゃ、目の前に太ももがあれば見るだろ?」
「オープンですねー。でも、外でやったら犯罪ですよ」
「生きにくい世の中になったな。肌を露出させてんのはそっちだろうに」
「まあ、でも犯罪は犯罪ですからね」
「男には辛い世の中よ」
「というか、そんなに太ももが見たいなら彼女でもつくればいいんじゃないですか?」
「いねえよ! 彼女!!」
「じゃあ、仕方ないですね。人生は我慢の連続です。私は、あなたが捕まらないよう祈ってますよ」
「ありがとよ!!」
そう吐き捨て、リョウは教室を出て行く。彼女も息を吐き、今日の昼食の事を考えながら静かな教室を出て行った。
……数分後。
起きろーーー!!!!!!!
という、元気よい女子の叫び声と共に平手打ちがリュウの頬を直撃する。
パチンと渇いた良い音を鳴らし、机に寝そべっていた彼はそのまま机から床に転げ落ちた。
「あ、ごめん、やり過ぎちゃった」
と、痛そうに頬を抑えるリュウの前に心配そうに屈んだのは、笑顔とサイドテールがチャームポイントのC組の古場理緒だった。
「まあ、男の子だし大丈夫だよね」
「??? い、いやいや、つか、えっ、何、何が起きたの??」
先ほどまで涼しい教室内で心地良く寝ていたリュウにとって、今の状況を理解する事は不可能だった。
しかし、痛みにより急速に脳内を覚醒させたリュウは、取り敢えず目の前で微妙に白い布を晒し屈んでいる女子の存在を理解する事はできた。しかし、それが誰なのかは分からない。
「えと……あなたは?」
「わたし? わたしは古場リオ」
「古場……で、叩いたのも」
「うん、わたし」
「あの、何故に?」
「爆睡していから……つい」
てへ、と可愛らしく舌を出すリオ。無論、リュウはこの程度では怒ったりはしない。
彼は、一つため息を吐き辺りを見渡す。
教室内は、ざわざわとしており、辺りを見渡しただけでは状況判断は出来ない。
「あの、イマイチ記憶がはっきりしないんだけど……」
起きたか、とリュウの次の言葉を遮ったのはレイタだった。彼もリュウと同じく先ほど起きたように瞼をこすっている。
「なあ、レイタ。俺ら確か勉強してたんだよな」
「ああ、で恐らくルミナスに眠らされた」
「で、リョウ君に連れられわたしがここに来たと」
「で、俺の頬をバチーン」
そう言ったリュウがさすっている右の頬は紅く染まっている。
「つまり、諸悪の根源はルミナスちゃんと」
「そうなるな。まあ、俺も嫌な予感はしてたんだが……」
レイタがルミナスと知り合ってからまだ日は浅い。しかし、彼女との会話の内容から、ある程度彼女がそこまで素直な性格では無い事は予測がついていた。
そう、彼女が簡単に集中力を上げる為に手を貸してはくれないと。もし貸すなら対価を求めると。
「リオちゃん、足は早い方?」
「ん? 追いかけっこでもするの?」
ああ、行くぞリオちゃん! 了解!!
そう言って、リュウはリオと共に勢いよく教室を出て行った。
「暇人か」
ボソッと呟き、レイタはあくびをしながら参考書が置いたままの自分の机に向かって行った。
25〜29話は、出来次第投稿していきます。




