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Lost Story -ロストストーリー-  作者: kii
第2章 日常(8月〜9月)
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第20話 沈黙の言葉

 もしゃもしゃ……。


 8月12日、月曜日。

 学校の家庭科室にて、リュウはクッキーを食べながら白土(はくど)葉月(はづき)(タッグトーナメントにて、リュウの2回戦の相手だった女子)と共に居た。

 何故、リュウはハヅキの前でクッキーを食べているのかというと、それは約30分前に遡る……。






「ハヅキちゃんね、今クッキー焼いてるんだよ」


 唐突に、先程までレイタと話していたミオがリュウに話を振った。

 場所はA組。その教室内で、リュウは例によって机の上の参考書と睨めっこしていたところだった。


「クッキー?」

「うん。言ってなかったっけ? ハヅキちゃん家庭部なんだよ」


 その情報は、リュウも前に聞いた覚えがあった。だが、朧げな記憶を辿っていっても、その様な情報は出てこない。


「クッキーねえ……」

「うん。でね、リュウ君にぜひ味見を頼みたいんだよ」


 その言葉にリュウは軽い感動を憶える。何故なら、生まれてこのかたリュウは親族以外の手作りの食べ物を食べた事が無かったのだ。


「おう、わかった!」


 その様な2度と無いであろうチャンスに、リュウは即答した……。






 そして、今に繋がる。

 家庭科室には、リュウとハヅキの2人のみ。そして、もしゃもしゃとリュウがクッキーを食べる音のみが聞こえる状況だった。


――気まずい……。


 リュウはてっきり、ミオをはじめ他にも何人か家庭科室に来るものだと思っていた。しかし、実際はミオをはじめ他の知り合いも何かしら理由をつけ断っていた。


――うーん、何か話さなきゃな。でも、何を話せばいいんだろう?


「美味しいな……」


 その、ついさっきも言ったリュウの言葉に対し、特にハヅキは反応を返さない。


――うーん、そりゃさっきも言ったもんな……。


 沈黙に押しつぶされる。巨大な心音を感じる。謎のプレッシャーが彼のその身に乗っかかっていた。


――……よし、質問形式でいくか。


 そんな色々なものに圧迫される状況で、リュウが出したのは至極普通の打開策だった。


「そういやハヅキは、なんで家庭部入ったんだ?」


 定番の質問。入部理由。

 その問いに、ハヅキは少し間を置き答える。


「料理が……好きだから」


 消え入りそうな声。こんな静かな空間だからこそ、はっきりと聞こえるが、別の場所ならば聞き返す事になるくらいに小さなボリュームだった。


「へえ、料理が……」


――やばい、会話が途切れる……。


「そういや、裁縫とかはどうなんだ?」


 少し冷めてきているクッキーを片手に、話題を展開するリュウ。

 そして、その問いにも少し間を置きハヅキは口を開く。


「裁縫は……あまり得意じゃない、よ」


 そして、やはり先程と同じ様にハヅキは繊細な声で答えた。


「へえ、そうなんだ……」


 と、ここでリュウは次の言葉が出てこなくなりそうになる。


――やばい、早く次の話題を……。


 と、リュウは家庭科室内を目でチラチラと見る。

 それをハヅキは申し訳ない気持ちで見ていた。


――どうしよう、折角リュウ君が話しかけてくれるのに……。


 今まで、彼女も当然ながら何度か異性から話しかけられた事はあった。しかし、表情で答えるか、動きで答えるか、一言で答えるか、といった具合で会話が続いた事は少ない。これは異性に限らず、同性に関しても同じで会話があまり続いた事は少なかった。そのせいもあってか、彼女には友人と呼べる存在も少なかった。唯一まともに話せる家庭部男子部長である(まさる)とも、相手からの一方的な会話になってしまうのだ。

 もうこれは性格上仕方のない事、と諦めていたハヅキに数少ない友人であるミオは手を取った。『とにかく動く』結果一緒にトーナメントに出場する事になったのだ。


 『大事なのは馴れる事』ミオの言葉を思い出すハヅキ。このクッキー作戦もミオが発案者である。『先ずは1対1で』、といってもいきなり1対1はどうかと思うが、それでもハヅキはミオのその厚意が嬉しかった。だからこそ、その行為を無駄にはしたく無かった。


 しかし、ハヅキのその心臓は破裂しそうな程高鳴っていた。

 頭が真っ白になっていく。どうすればいいのかわからなくなる。


――なんでいつもこうなんだろう。マサル君やミオちゃんとは、普通に話せるのに……。


 その目には涙が溜まり始める。今にも零れ落ちそうな、しかし、それを拭えばリュウに心配をかけてしまう。


 何かに、押しつぶされそうになる……。


「ちょっと、トイレ行ってくるわ」


 その突然のリュウの言葉は、涙を溜めるハヅキに気をつかって出た言葉ではない。飽くまでも話題探しの為の、リュウにとっては『一時的な撤退』だった。しかし、その言葉をハヅキはリュウが気をつかってくれたものと勘違いする。


 その言葉に、ハヅキは小さく俯き加減に頷いた。

 家庭科室を出て行くリュウ。その心は正直なところ、重い枷を外されたような清々しい気分だった。しかし、ハヅキの男性に対する耐性を上げたいと思っているのは事実でトイレへ向かう中、リュウは何か良い方法はないかと思考する。

 しかし……。


――無理だな。いや本当無理……でもなあ、何とかしてあげたいんだよなあ……。レイタから何かアドバイスでも貰おうかな。


 はあ、とリュウは一つ溜息をつき携帯を開いた。






「やっぱり、リュウにはこういうのは向いてないな」

「そうかなあ……」


 エアコンのよくかかったパソコン室にて、ミオとレイタはこのクッキー作戦の次に行う作戦について話し合っていた。


「いやな、リュウはどちらかといえばハヅキ側……だけどさ、静かな奴同士で会話が続くわけないだろ」

「まあそうだけどさ、よく喋る人が相手じゃハヅキちゃん逆に喋らないもん。相手が喋り上手、いや聞き上手なら別だけどね」


 どちらにしろ、リュウという人選はミスなのかもしれない。というのは2人とも思っていた。口には出さないが。

 そんな中、「どうするかな」と悩むレイタの携帯が突然振動した。


「うん? リュウからか……」


 と、レイタはため息混じりで着信に出た。






「ああ、わかった……」


 と、リュウは静かに電話を切った。


――自分の力、ねえ……。


 レイタからのアドバイスは『とにかく質問しろ』の1つだけだった。


――それが難しいんだよ……。


 愚痴を頭の中でばら撒いていても仕方ない、とリュウは家庭科室に戻る事にした。






 家庭科室には、さっき出た時と同じようにハヅキが椅子に座っていた。さっきと違うのは、ハヅキが携帯を弄っているというところだけだろう。

 ドアを閉めた音に気付き、ハヅキはリュウの方を慌てて向いた。


「あっ……えっと、おかえり」


 ハヅキの頬はひどく紅潮していた。


――ハヅキちゃん? ……そうか、ハヅキちゃんもハヅキちゃんなりに変わろうと頑張ってんだよな。なのに、俺は……。


 リュウは、さっき座っていた椅子に座った。一方、ハヅキは何時の間にか顔を下げている。

 それを見て、リュウは一つ静かに息を吐き言葉を発した。


「なあ、唐突で悪いんだけどさ、ハヅキちゃんの能力について教えてくんない?」


 その質問に、ハヅキは驚いた様にリュウの方を見る。

 瞬間的にリュウが出した質問。それは、ハヅキと共有する記憶がトーナメントでの戦いだったからこそ出た質問だった。

 リュウは黙って、言葉が返されるのを待つ。その人にとっては短い感覚でも他の人にとっては長い感覚を……。


「えっと……、『巨人の両腕』て言ってね」


 ふむふむ、と相槌を打つリュウ。


「私の後ろくらいに、凄くデカい、巨人の両腕が出てね……」

「ほほう」

「でも、それは私にしか見えなくて」

「へえー」

「私の腕と、動きがリンクしてて」

「うん、それでそれで?」

「凄く強くて、硬いの」

「凄え……」


 何時の間にか、少しぎこちないがハヅキは笑顔になっていた。リュウもつられて頬が緩む。


――良かった……。


 この後も暫く2人は、家庭部の事やミオの事、トーナメント戦の事などを楽しく話した。しかし、まだまだ2人の間で会話のキャッチボールというものが上手くは出来ていないのだろう。

 しかし、2人共楽しければそれでいい。そう、リュウは思ったのだった。


 そして、その状況を窓の外から作戦会議を終えたレイタとミオが見守っていた。


「さっきの発言撤回するわ、やっぱリュウに任せて正解だった」

「うん、私もそう思う。それにしても、ハヅキちゃんがマサル君以外の男子と楽しく話してるのを見るのは本当に久々かもしれないかも」


 ミオは、笑顔のハヅキとリュウを見てそう言った。

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