第19話 俯瞰する第三者
8月10日、土曜日。時刻は午後1時。
リュウとリョウは、学校近くのファミレスに来ていた。といっても、別に昼食を取りに来たわけではなく……。
8月9日、金曜日。時刻は午前10時。
いつものように、リュウはレイタとSCMらとのスキルバーストトレーニングについて愚痴りつつ勉学に励んでいた。
「リュウ! ちょっと相談があるんだけど!!」
突然、少しの話し声しかしない静かな教室に男子の大きな声が響く。
「リョウ?」
リュウを確認するやいなや、声の主であるリョウはズカズカと教室内に入ってくる。
「今いいよな!」
「ああ、いいけど……」
リョウの声に少し圧倒されつつ、リュウはリョウに連れられ廊下に出る。教室を出ると同時に、リュウはドアを静かに閉めた。
「恋愛相談てやつをしたいんだが……」
教室を出るなり、先ほどとは打って変わって小声で話し出すリョウ。
「恋愛相談?」
「ああ、実はな……一目惚れしちゃって」
先ほどの大声は何処へやら、といった具合に更に彼の声のトーンは小さくなっていく。
「誰に?」
「それが、分からないんだよ……」
「分かんねえのかよ」
「うちの学校に通ってる、ていうのは分かってるんだけどな」
相手が誰なのか分からないのではどうしようもない。
そこで、リュウは見た目について彼に訊く。
「綺麗な黒い髪で、ツインテール? て髪型だな」
高校生でツインテールなら目立ちそうなものだが……と、リュウはここでクラスメイトにそんな髪型の女子が居た事を思い出す。
――つか、そもそも黒髪だったかな……。
リュウは人の名前もだが、見た目も憶えるのも苦手だった。
「他は?」
「他……ああ、よくファミレスで友達と勉強してるな」
「ファミレスねえ……」
という事で、時間は戻り2人はファミレスに来ていた。
「で、ファミレスに来て早30分が経過しようとしてるんだが……」
ついでに頼んだランチも食べ終わってしまい、他にやる事と行ったら勉強ぐらいのものだった。といっても、当のリョウはさっきからドアが開く度にキョロキョロしている。少なくとも、リュウから見れば挙動不審者だった。
何度目かの入店者の確認をした瞬間、リョウは一瞬大声を出しそうになるが堪える。
リョウの反応を見て、リュウも横目に入ってきた人物を確認した。
「ああ、やっぱクラスメイトだ」
視線の先に居る、制服を着た黒髪ツインテールの女子。確かに、その人物はリュウの記憶の中に存在した。だが、その子の名前は記憶に無い。
「さて、どうする?」
「ど、どうするって……」
リョウは、声を震わしながら答える。
今日は、このまま帰った方が良さそうだな、とリュウが考えていると、また誰かが入店する。入店した子は、そのままリョウのお目当ての人が座る席に向かって行った。
「あれ? ヤヨイちゃん?」
その女子は、人憶えの悪いリュウもよく知る人物だった。
双葉弥生。彼女は、シングルトーナメントにてリュウの2回戦の相手だった神無月ユミの友人だ。
「な、なんだ? 知り合いか?」
「取り敢えず落ち着け」
ほれ、とリュウはまだ口を付けてない自分の水の入ったコップを渡す。それを受け取り、リョウは勢いよく中の水を飲み干した。
「どうする? このまま帰るか、顔見知りになるか」
「……顔見知りで」
少し迷った後に、リョウはそう答えた。
「分かった。取り敢えず、後から入ってきた子は知り合いだから、上手く言って一緒に勉強する流れに持ってくわ」
と、リュウは席を立つ。「頼んだぞ」とリョウから激励を受け、リュウはヤヨイの元へと向かった。
「あれ? リュウ君だ」
リュウに気づいたヤヨイは立ち上がり手を振る。
「偶然だね、勉強?」
「うん、そっちも?」
うん、とヤヨイは頷く。
「そうか、じゃあ折角だし一緒にどう?」
それに「うん、いいよ」とあっさりとヤヨイは了承する。横に座るツインテール女子は特にこれといって反応しない。
そして、リュウはリョウを手招いた。
「あれ、リョウ君も一緒だったんだ」
と、ヤヨイは席に着いた。
「じゃあ、荷物取ってくるわ」
と、リュウはリョウが居る席に戻った。
「やべえ、ドキドキしてきた……」
席に戻るなり、リョウが呟く。
「大丈夫だよ、取り敢えず今日は顔だけ憶えてもらえばいい」
焦らずゆっくりな、とリュウは鞄を取りリョウと共にヤヨイの席に向かった。
「えっと、一応初めましてだね」
リュウとリョウの2人が席に座るなり、ヤヨイが自己紹介を始める。
「私は双葉ヤヨイ、リュウ君と同じA組。でこっちは同じくA組の」
「喜界島玲奈」
ヤヨイの言葉を遮り、少し怒り口調でレナは自己紹介をすます。
「あれ? レナちゃん怒ってる?」
「別に。怒ってないわよ」
そう言ったレナは、やや不機嫌そうに参考書から目を離さない。
「えっと、俺は船木リョウ。C組です、よろしく」
「うん、こちらこそよろしくね」
笑顔のヤヨイに対し、レナはチラッとリョウの方を見ただけだった。その間、リュウは携帯を弄っていた。
その後、各々参考書に向かい暫くは無言の時間が続いた。
数分後、携帯の振動に気づきヤヨイはポケットから携帯を取り出す。
――メールだ。リュウ君から?
ヤヨイはリュウの方に視線をやるも、リュウは難しい顔をしながら参考書と睨めっこしたままである。
――何だろ……。
メールの内容は、簡潔に書かれており、リョウがレナに一目惚れしたので、うまくサポートしてあげて欲しいといったものだった。
――へえ、リョウ君がねえ……。よしっ、私も協力して上げよう。
ふふっ、とヤヨイは慣れた手つきでリュウにメールを返した。
リュウは、携帯の振動を感じると同時にポケットからそれを取り出し確認する。
――良かったー、ちゃんと届いた。レイタは、たまに嘘教えるからな……。とっ、協力的だな。よしっ、取り敢えず連絡先交換を目標に、と。
そして、リュウはメールを返信した。
そして、再び振動に気づきヤヨイは出しっぱなしの携帯を確認する。
――おっ、返ってきた。なになに……いきなりそれは難しいと思うんだけどな、レナちゃんの性格的に、先ずは警戒を解く事から……。
と、ヤヨイはメールを返した。
そして、再びリュウ。
――ん? 警戒を解く? 警戒してんのかよ。じゃあ、先ずはそれだな。
と、ここでリュウがヤヨイの方を向くと目が合う。そこで、リュウは小さく頷くとヤヨイも頷き返した。
一方、リョウはそんな2人の作戦などいざ知らず不安がっていた。
――第一印象最悪かもしれない、少し怒ってたし……。
おかげで、彼は勉強してる訳ではなく参考書をただ見てるだけになっていた。
逆に2人は、どう話しを切り出そう、どう沈黙を破ろうと、悩みに悩んだ結果、先にヤヨイが切り出す事になった。
「そうだ、リョウ君てクラス委員長なんだよね」
「ふえっ……ああ、そうだな」
急な振りに、リョウは変な声を出す。当然、瞬間的に激しく後悔した。
「そういや、そうだな。それにも頭も良さそうだし」
即座にリュウが話題を展開する。
「いやあ、そこそこだよ」
「謙遜すんなって。そういやリョウは進学だっけ?」
――将来の話か。確かに、それならレナちゃんにも話を振れるよね。
自分で話を切り出しながら、後の事を全く考えてないヤヨイだった。
「進学だよ、確かリュウもだよな」
「ああ。えっと、喜界島、さんは進学?」
「レナでいいわ」
なんと、リュウが先に名前で呼ぶ権利を得た、というのでは無く、レナは誰に対してもこうだった。
しかし、そんな事などリョウは知らず、自分よりも先に名前で呼ぶ権利を得たリュウに目を向ける。だが、だったらお前も頑張って話しかけろ、とリュウは逆に目で言った。
「私は普通に進学、確かヤヨイもだよね」
うん、とヤヨイ。
と、この話題はここで途切れてしまう。
そして、あっさりと再び沈黙が始まる。しかし、リュウにとっては先ほどのやり取りは満足のいく出来だった。
――うーん、手強いな。にしても俺、意外と異性と話せるもんだな、自分で自分を褒めたいぜ。つかもっと話しかけろよリョウ。
と、リュウは再度目で示すもリョウは何故か窓の外を見ていた。
一方、ヤヨイはというと。
――うーん、意外と難しいな。まあでも、普段からあまり喋らないタイプだから仕方ないのかも……。
と、再びヤヨイは話題を探し始めた。
そして、数分後……。
「ねえねえ、リョウ君は恋人とかいるの?」
ヤヨイのその唐突すぎる言葉に、リュウとリョウは一気に凍りつく。
――な、な、何言い出すんだこの子は!?
リュウは一瞬止まった思考を再起動させる。彼女の失態を埋めるため、何かフォローしなくては、とリュウはリョウの方に目をやる。
――リョウ!?
恥ずかしさから、この上なく感情を顔に出しているリョウ。汗がすごく、顔も紅く、リュウが思わず一旦トイレに向かわせたくなる程の形相だった。
「そ、そうだな……、一応イルカナ?」
後半、リョウの声が高くなる。
好きな人が目の前にいる状況で、好きな人がいることをほのめかす発言。いったい、どんな気分だろうか。しかも、その好きな人はその発言に目もくれない。今回、幸運にも、それを当の本人であるリョウは気づいていない。
その答えに、へえ~、と応えたヤヨイの発言を最後にこの話題は途切れてしまう。
リュウは、心なしか空気が重くなったよう感じた。
――おいおいどうすんだよこの空気。てか、ヤヨイちゃんも『へえ~』はないだろ。
そんな、話題を終わらした張本人のヤヨイだが、心なしか睨まれている様にリュウは見えた。
――えっ……、何俺のせい? 俺が話題を続けなかったせいなの??
そんな重い空気の中、勉強会というなの罰ゲームは続いていく……。
そして、また数分後……。
――もう、嫌だ。もうこの場から去りたい。つか、ヤヨイちゃんもそうなんだろ?
と、リュウはヤヨイの方を見るも、ヤヨイは熱心に参考書と睨めっこしていた。といっても、別にヤヨイは勉強してる訳ではなく……。
――うーん……話題が思い付かないな。てか何したかったんだっけ? リョウ君とレナちゃんをくっつけるんだっけ?
何時の間にか、ヤヨイの中で当初の目標よりもだいぶハードルが上がっていた。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
と、レナは立ち上がりトイレに向かう。そして、レナの姿が見えなくなったと同時にリュウは口を開けた。
「おいおいどうすんだよ、このままじゃ知り合いにもなれないぞ」
「うーん、でもあれがレナちゃんだし……」
「まあ、あの性格じゃあ色々キツそうだけどさあ」
「うーん、何か話題を……」
と、2人が考えている中レナが帰ってくる。
そして、再び沈黙が始まった。
――詰んだかな……。いや、まだ何か方法があるはず。今のところ『リョウは委員長』『進路は?』『好きな人は?』の3つの話題を……つか3つか、意外と少ないな。で、これ以外の話題でリョウはともかく、レナちゃんが入ってこれる話題を……。
何かないか、とリュウは自分の記憶を辿る……。だが、そもそもトーナメント戦まで異性と話した事も殆ど無いリュウには難しい話だった。
――無い。なんにも無い。
リュウは、早々と諦めてしまった。一方、ヤヨイはというと……。
――今日の夜ご飯何にしようかな……。
全く別の事を考えていた。
これ以上の進展は望めそうに無いこの展開。しかし、レナの一言がこの止まった状況を一気に動かす事になる。
「あれっ? ここってどうやるんだっけ?」
レナが参考書を見ながら呟く。
――これはっ!?
リュウとヤヨイは直感する。これはラストチャンス。最後の最後で、何処かの何とかという神様がリョウに与えたチャンス。
――リョウ!!
――リョウ君!!
2人の想いに後押しされ、リョウは静かに口を開いた……。
「いやー、まさかメルアド交換にまで至るとは」
「ほんと、ドミノ倒しみたいにトントンと事がいい方に運んだよな」
ファミレスを出たリュウとリョウ。
夕陽に照らされた2人の顔は、達成感に包まれていた。




