第17話 スキルバースト
「でさ、女子も誘って海行きたいんだけども」
「そうだな、また今度な」
時刻は11時。
慶島リュウと添木レイタは、受験勉強のため3年A組の教室に来ていた。
教室には、リュウとレイタ以外にも疎らだが勉強のために来ている学生がいる。
「いやね、分かるよ。レイタの言いたい事も分かるけどもさ」
「ああ、なら話は早いな」
そう流し気味に言ったレイタは、先ほどと同じ様に机の上の参考書から目を離さない。
「じゃあ……あれだ、屋内プールにしよう」
「それも、また今度な」
海からプールに変えても、レイタの解答は変わらない。
ちなみに、学園都市には北地区と南地区にそれぞれ1ヶ所ずつ屋内プールがある。なお、あまり利用客は多くはない。
「うーん……でもさ、息抜きも大事だしさ」
「俺はいらないな」
と、ここで一つ息を吐きレイタはリュウの方を向く。
「そんなに行きたいなら、リョウでも誘ったらどうだ?」
船木亮。リュウと、後輩の一二三カナエがタッグトーナメントの1回戦で戦った相手である。
「あいつならそういうの好きだしさ」
「へえ」
それは、リュウにとっては意外な情報だった。
だが、よく考えてみれば男なら誰でも夏なら異性と海なりプールなり行きたいのではないだろうか、と思いつつも取り敢えずリュウは、リョウが居るであろうC組へと移動することにしたのだった。
……そして、C組。
教室に入ったリュウの目にまず入ったのは、ショウに勉強を教えるリョウの姿だった。
ちなみに、分杯勝はタッグトーナメントにてリョウとタッグを組んでいた男子である。
「おっ、リュウじゃん」
リョウは視界の端に映ったリュウに気づく。
それに続いて、ショウもリュウに気づき会釈した。
「どうした? ああ、あれか勉強教えて貰いたいのか……でも、それならレイタの方が上手いぞ」
と、リョウは勝手に話を続ける。
「いや勉強じゃなくてさ、う」
「リュウ先輩!」
女子の高い声が誰かがリュウの言葉を遮る。
その声の方にリュウが振り返ると、そこにはカナエとリュウの知らない女子が居た。
声の主は、そのカナエの横に立つ女子のものだった。
彼女は、何か気づいたように改めて背筋を伸ばす。
「おっと、初めまして! カナエの友達の双葉美江です!」
と、ミエは元気に自己紹介した後、丁寧に頭を軽く下げる。
それに、リュウもつられて軽く頭を下げた。
「あの、すみません。リュウ先輩、勉強中ですよね」
「いや、大丈夫だけど」
そして、リュウはミエに要件を聞く。
「あのですね、リュウ先輩のスキルバーストを是非とも見たいなと」
「スキルバーストを?」
確かに、スキルバーストを使える能力者は珍しい。
だが、それを見てどうなるというものでもない。
何故、そんなものが見たいのかとリュウは一瞬思考を巡らすも、見せない理由も無いので彼女に見せる事にした。
「ほんとですか!?」
ミエにとって予期せぬ答えが返ってきたこともあり、彼女はその言葉に驚く。
「ありがとうごさいます!!」
体全身を使って、喜びを表現するミエ。
「では早速、お外へゴーです!」
そう言って、彼女は2人を置いて1人、1階渡り廊下へと走って行った。
「元気な子だな」
「元気が売りですから」
自分の返答に少し後悔しつつも、リュウはカナエと共に彼女の後を歩いてついて行った。
場所は、外へと繋がっている1階渡り廊下。
リュウ、カナエ、ミエの3人は、彼ら以外誰もいない場所にいた。
「さて、早速お願いします」
そう言ったミエの手には、メモ帳とペンが握られている。
「何それ?」
「ペンと紙です」
ミエは何故か自信満々に答えた。
「ミエは、新聞部なんですよ」
ああ、とカナエのフォローに納得するリュウ。
「てか、新聞部なんてあったんだな」
「あっ、失礼ですねえ。これでも結構有名なんですよ」
えっへん、とミエは無い胸を張る。
「悪い意味で、だけどね」
「ちょっ、カナエそれはしーっだって」
微笑ましい光景。
少なくともリュウからすれば、それは初めて経験するやり取りだった。
後輩と知り合い、更にその友人とも知り合っていく。繋がりが広がっていく。
――あと半年とちょっとしかないないんだよな学園生活は。なら、今までの約2年間を取り戻すように……取り戻す?
「リュウ先輩!」
ハッと我に返るリュウ。
「スキルバースト、お願いします!」
ああ、とリュウは目を瞑り集中を始める。
別に、集中せずにスキルバーストを発動することは出来るが、この方がうまくいく場合が多いので戦闘以外(トレーニングくらいしか使う場面は無いが)はこの方法を取っていた。
――スキルバースト!
スキルバーストは、それを発動していない時と発動した後では見た目は何も変わらない。
「えっと、今発動してるんですか?」
「おう。で、これで何すりゃいいんだ?」
うーん、と考え込むミエ。彼女としては、スキルバーストはもっと派手なものを予想していたのだ。
その様子に、リュウも少し考える。
――よし、それなら形に。
リュウは炎を全身に纏う。
本来ならそこまで炎は揺らめかないのだが、スキルバースト発動時なら炎はひどく荒ぶった。
「おお……」
その、リュウの状態にミエも言葉を失う。
それもそのはず。リュウが纏っている炎は、まるで地獄を表す絵でよく見る炎そのものなのだ。
「ふう、これでいいよな」
数10秒後、リュウはスキルバーストと炎を収める。
そして、炎を収めた後も暫く黙っていたミエだったが……。
「凄いです! 凄すぎですよ!!」
ミエは興奮を隠せない。その目はキラキラしている。
「い、いやー、そんなことないよー」
ここまで、ストレートに褒められた事など今までなかったリュウの顔は紅潮している。
「凄いです」「いやー」「凄すぎです」「いやー」などど、同じ様なやり取りをする2人に向かって何処からか男子が声をかけた。
「ここにいたか」
向こうから、1人の男子がこちらに向かって歩いてくる。
それは、その場の3人ともよく見知った顔だった。
「あっ、こんにちはレイジ先輩」
男子の名は風神礼司。カナエと同じSCMで、トーナメントでは副審を務めていた。
レイジは、興奮しているミエを横目に2人に向かって言った。
「リュウ、カナエ、今空いてるか?」
「スキルバーストをより完璧に修得させろ、てマモルから頼まれたんだよ」
運動場から移動し場所はトーナメント会場。
今は、観客席に1人も学生がいないこの場所にリュウとカナエはレイジに連れられ来ていた。
「いや、なんで俺まで……」
SCMであるカナエは、スキルバーストを修得する必要がある。
しかし、SCMでも何でもない、ただの学生であるリュウがSCMから直接指導を受ける必要は無かった。
「お前の親父さんの頼みだよ」
「父さんの」
「えっ!?」
その言葉にカナエは驚く。
「そうか、カナエは知らなかったのか。えっと、リュウの親父さんは元SCMでな。今は、SCMの全体的な補佐をしている」
「そうだったんですか……。それなら、リュウ先輩が見よう見まねでスキルバーストを修得できたのも納得できますね」
確かにな、とレイジも頷く。
「でも、なんで父さんがそんな事を?」
「さあな、俺もマモルを通して聞いただけだから」
別に興味もねえし、とレイジは付け加える。
「中途半端だから、ですかね」
「中途半端……か」
リュウは、トーナメントでの事を思い出す。
確かに、余裕を持って発動した事は無く、飽くまでフィニッシュとしての使用が多かった。
「まあ兎に角、夏休み中にスキルバーストを完璧に修得するってのがマモルからの任務だ」
「俺はともかく、カナエはもっと余裕あってもいい気がするな」
それに「そうでも無いですよ」とカナエが答える。
「カナエの言う通り、期間を決めた方がいいんだよ。その方が密度が高くなるからな」
ふーん、とリュウ。
しかし、そんなリュウの様子を気にせずレイジは話を続ける。
「じゃあ、ここで一旦スキルバーストについて何なのかはっきりさせておくか」
そう言って、レイジは説明を始めた。
スキルバースト(別名、能力の解放)とは、能力の消費エネルギーを強制的に増加させる技である。これにより、能力の平均的な力が上がるが、消費エネルギーが増加するのですぐにバテてしまう。また、習得が難しいため3年のA地区の学生(希望者)又はSCM所属の学生しか習わない。
といったかんじだな、とレイジは更に続ける。
「そして、リュウの場合は発動時間が短い、消費エネルギーが操作できない、部分発動できない、という未完全版になるわけだ」
そうだな、とリュウは頷く。
ちなみに、彼もスキルバーストについての知識はちゃんと持ち合わせている。
「で、これからやってく事は、リュウがスキルバーストの制御、カナエがスキルバーストの発動だな」
その言葉に2人は頷く。
「これを、約3週間でやる……一応聞くけど、出来るよな」
それに、2人は強く頷いた。
「で、実際の所はどうなんです?」
「ん? それは内緒」
場所は変わって、SCM本部の隊長室。
そこで、来客用のソファーに座る短髪のどこか風格漂う男は、SCM隊長一二三マモルの問いにぶっきらぼうに答えた。
「リュウ君には"力"がいるんですよね」
「お前も好奇心旺盛だねえ」
男……リュウの父親である、慶島一雄は、ため息をつく。
――"もうすぐ"だからな……。
カズオは、机の上に散らばっている菓子を1つ取った。
「言えないことですか」
「ああ」
そう言ってカズオは立ち上がり、部屋を出ようとドアノブに手を掛ける。
それに、マモルも見送りのため立ち上がったが、カズオはそれを制する。
そして、ふっ、と笑い「大丈夫、やましいことじゃないよ」と言って、カズオは部屋を出て行った。
「大丈夫……ねえ」
マモルは1人そう呟く。
――何も無いとは思えない。しかし、それが何かは分からない。一体、あの人は何を企んでいるんだろう。
マモルは、一つ息を吐きソファーに再び腰掛けた。