第16話 終わっても前を向いて
――姉ちゃん? ああ、俺は死んだのか。 えっ、違う? そうか、良かった……うん? じゃあなんで姉ちゃんが居るんだ……。て、そんな顔すんなよ、こっちまで悲しくなっ……。
――!?
保健室。目を開けると薄暗い、白い壁が見えた。
「俺は……」
リュウは、目をこすりながら夢の内容を思い出す。
――懐かしい夢を見てた気が……。
何が懐かしかったのかは思い出せない。何を見ていたのかすらも……。
しかし、いつまでも夢の内容が何か考えてても仕方ないので、取り敢えずリュウはゆっくりと上体を起こしてみる事にした。
視界に入った時計を凝視する、時刻は午後8時。パッと辺りを見渡すも、当然といえば当然なのだが誰もいない。しかし、机の電気だけは点いていた。まだ誰か残っているのだろうか?
夜の静寂に包まれた保健室は一見、B級心霊スポットのようにも感じられるが、この何の音もしない空間(といっても耳をすませば一応自然音は聞こえるが)は寧ろリュウにとっては何か神秘的なものを感じた。ただの保健室なのに。
そんなポエマーじみた妄想を展開するリュウだったが、ふと横のベッドに目をやるとそこには、数時間前までリュウと共に激戦を繰り広げていたカナエが静かにひどく愛らしい表情で寝息を立てて寝ていた。
突然のカナエの登場に、リュウの鼓動は高く打ち鳴らされ、体は飛び上がりそうになる。
「…………」
リュウは、落ち着くため一旦深呼吸をした。
――てか、なんでカナエがここに?
袖が捲られたジャージから見える、白く細い腕には傷一つないように見える。当然、顔にもそういったものは見当たらない。
と、ここでリュウはようやく決勝戦の事を思い出す。
――そうだ、俺切られて……。
リュウは、恐る恐る自分の服を捲る。そこには白い包帯が巻かれていた。さすがに医療能力をもってしても"一日で全快"というわけにはいかないようだ。
それを見て、より鮮明に切られた状況が蘇ってくる。痛く、熱く、怖く、吐きそうだった。
息が荒くなり、全身が震えだす。
――怖かった。助けて。独りは嫌だ。死ぬ。吐く。暑い。嫌だ!
「リュウ……先輩?」
その言葉に、リュウは我に返りその静かで繊細な声の主の方を向いた。
「良かった……」
視界の先で、目に涙を溜めたカナエはベッドから降り、勢いよくリュウに抱きつく。
「カ……カナエしゃん?」
その全くの予期せぬ状況にリュウは狼狽した。
「あっ……すみません」
カナエは直ぐにリュウから離れる。その顔は、薄暗い保健室でも分かるほど紅潮していた。
その後、暫くリュウ曰く神秘的な空間に、保健室は戻っていた……。
ガラッ。その神秘的な空間に爆弾を放り込むように、保健室のドアが開いた。
「おお、起きたか」
保健室に入ってきたのは、保健の先生である和田だった。
「どう? 痛いとことか無い?」
「いや……大丈夫です」
よかった、と和田は机の引き出しから鍵を取り出し、2人に見せた。
「帰るか、泊まるかどっちにする?」
夏の暑い夜道を、リュウとカナエの2人はゆっくりと歩いていた。
何処か、遠くから人の声が聞こえる。楽しそうな声が。
結局2人は、別れる時まで言葉を交わさなかった。
"ありがとう"
"おやすみ"
リュウにとっては、長いようで短かったこの2週間。まるで休日が終わるような感覚。しかし、夏休みは始まったばかりだ。
――寧ろ、これからでしょ。
リュウの夏休みはまだ終わらない。
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