第151話 エピローグ
三月二十一日、金曜日。
長い長い、悪夢のような一日から二週間が経ったこの日、学園都市各地区では卒業式が執り行われていた。
基本的に、卒業式というものは学校で行われるものだが、今回、北、南において学校敷地内で戦闘が行われた地区に限り、地区内にある公民館で行われていた。なお、C地区はエグシスの能力により街が破壊されたため、D地区のと合同で卒業式が行われていた。
卒業式終了後というものは、各々、友人や、お世話になった教師らと共に写真や、想い出話に花を咲かせたり、部活の後輩に会いに行ったりするものだが、二週間前にあった凄惨な事件の影響か、そのような華やかさは無く、厳粛といえば聞こえがいいが、酷く暗い卒業式となっていた。
そのような、感動の涙ではないものが流れた卒業式が終わり、押重マドカは通学鞄を持ち公民館入り口にて雲一つない青空を見上げていた。
みんな、死んだ。
マドカは、過去を思い起こす。
楽しく、人並みに華やかだったであろう三年間。
友達と遊んだ、恋愛した、喧嘩もした。
「もう、会えないのか……」
それでも、もう会えない。
共に遊び、学び、競い合った者たちと。
もう少し強ければ、みんなを守れたのだろうか。
この二週間の間に何度も自問したことが、再び頭の中を駆け巡る。
彼に限ったことではない。
生き残った者。戦いを遠くで見守っていた者。殆どの生徒、教師が同じことを感じていた。
「もう少し、強ければ……」
「まーどか!」
唐突に、その寂しげな背に抱きついたのは、山神リタだった。
「卒業式だってのに暗いよ?」
「卒業式だからって明るくなる必要もないよ」
そうだけどさ、とリタはマドカの横に立つ。
「せっかくの式なんだし……暗い顔してちゃ、みんな心配しちゃうかもだし」
そう言って、リタも同じように空を見上げる。
"みんな"それは、死んでいった友人たちのことを言っていると、マドカは分かっていた。
確かに、暗い顔をしていては怒られてしまう。
あれから二週間。いつまでも、沈んでいては仕方がない。
「そういえばさ」
不意の声に、マドカは視線を空からリタに移す。
「リュウ君、今日来てたの?」
慶島リュウ。力を取り戻し、スキルイーターらを倒した男は、この二週間能力者として異常は無いか検査の日々を送っていたという情報を、マドカは風の噂で聞いていた。
マドカ自身も、助けてくれた礼のついでに色々と話をしたいと思っていたのだが、中々都合が合わず、こうして卒業式を迎えていた。
そして、今日。マドカは、リュウの姿を見ていなかった。
「いや、どうだろ。見てないけど」
「そうなんだ……」
どうしたんだろ、と心配そうな表情を浮かべるリタと同じく、マドカもリュウの事が気になっていた。
あの日、リュウは風のように現れ、そして力だけで敵を一方的に倒していった。
だが、そんなヒーローに心を感じることは出来なかった。
大切な人の死を前にしても、大切な友人の変わり果てた姿を見ても、彼は一切動じなかった。
「…………」
きっと大丈夫だろう。
そうであって欲しいと、みんなを助けた英雄が無事であることを祈るように、天を仰いだ。
「俺もさ、ハーレム漫画みたいに可愛い女の子達と学園生活を過ごしてみたいと思うわけだよ……か」
昼過ぎ、学校の屋上にて。
雲一つない青空の下、リュウは気の抜けた声で呟いた。
約半年前、夏の暑さが本格的になる時期に、リュウは友人である添木レイタに、そんな他愛もないことを相談した。
それから、数ヶ月。
様々な変化がリュウを呑み込んだ。
友人が出来た、気になる人が出来た、守りたいと思える者が出来た。
だが、今それらはこの世にはいない。
守るために戦った。守るために力を取り戻した。
リュウは、落下防止のためのフェンスの向こう、誰もいない運動場を見下ろす。
守れなかった。
大切な人も、大切な友人も。
「俺は、一体何をしてたんだ」
もう少し早ければ救えたかもしれない。
もっと、集中していれば救えたかもしれない。
「俺は、何のために」
脳裏に映るは、友人の変わり果てた姿。
冷たくなった大切な……好きだった人。
ほんの少しやり方を間違えたから、ほんの少し遅かったから。
「何も変わってねえ……」
姉を死なせたあの日から、リュウは強くあろうとし続けた。
同じことを繰り返さないために、二度とあんな想いをしないために。
後悔で頭がおかしくなりそうな感覚の中、リュウは弱々しい足取りで屋上を出ようとする。
ずっと、此処に居ても仕方が無い。
だが、屋上での記憶が彼の足取りを重くする。
『卒業式が終わったら、リュウ先輩に話したい事があります』
「やめろ」
『ここで待ってますね』
「やめてくれ」
『約束です』
「…………カナエ」
涙は出なかった。後悔の念だけが押し寄せる中、リュウはその場に崩れ落ちる。
大切な人の死を前にしても、何も感じなかった。
だが、能力を解除してからは違った。
どうせ救えないのなら、どうせ守れないのなら、みんなと共に死ねばよかった。
これから一体どうすればいいのか。
何を理由に生きていけばいいのか。
無数に自問だけが出てくる中、ただ時間だけが過ぎていった。
四月七日、月曜日。
始業式を終えた教室は、新しい環境にそわそわする生徒らによって初々しい空気を醸し出していた。
そんな生徒らの中、ふと思いついたように声を小さく話し出す者がいた。
「……そういや、慶島先輩って今何してんだろ」
「慶島先輩? ……そういや、卒業式にも出なかったとかどうとか」
「そうなんだ……」
「うん。てか、急にどしたの?」
「いや、なんとなく気になってさ」
「ふーん。それよりもさ……」
暗くなりかけた空気を変えるように、生徒は口を開いた。
半年以上前に来た時と同じように、空を今が昼か夜かを分からないほど厚く暗い雲が見渡す限りに覆い尽くし、地面は遥か先まで限り枯れ果て、緑一つ見ることは出来ない。
ある意味ファンタジーな世界。これで三回目だが、リュウは、まだこの世界に漂う空気が好きになれなかった。
「……さて、何処から手を付けようか」
リュウは、肩にかけている黒のショルダーバッグから一枚の紙を取り出し広げる。
この荒廃した世界の地図であるそれには、所々に赤いバッテンが書かれていた。
「遠いな……」
息を吐き、リュウは地図を小さく折りたたむ。
これ以上、自分のような存在を生まないために。自分に出来ることをするために。
リュウは、一歩ずつ歩き始めた。
【あとがき】
本作「Lost Story」は、これにて完結です。
本作のしっかりとしたあとがきは、また後日、活動報告の方に書くとして、ここはささっと締めますね。
何度も失踪未遂をおかし、申し訳ありません。
最後に、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。