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第150話 白炎

 慶島リュウは、ミューの作り出した白い空間でずっと影と戦っていた。

 だが、影は彼よりも遥かに強く、また容赦がなかった。

 容赦のない影は、最初は彼が完全に停止するまで、自身の最大の力を打ち込み続けていた。

 だが、感情のないはずの影は次第にリュウとの戦いに意味を見出そうとし始める。

 戦闘が始まって、十一時間後のことである。

 結果、影は彼をいたぶり始めた。

 最大の力ではなく、死なない程度の力で、リュウをいたぶり続けた。

 白い空間において、傷は一定時間で完全に治癒される。また、死んだとしても同じく一定時間で完全に蘇生、治癒される。

 影は、リュウを死なない限界まで傷つけ、再生したと同時にまた傷を与えた。

 一度に()ぐのは一本。切断も同じ。骨を折るのは百本近く。臓物を抉り出すこともあった。

 その度に、彼の悲鳴だけがあがり、気づけば彼は精神的に死んでいた。

 傷つけられれば機械的に声を発し、動けるものなら目の前の影に、腕で、足で、口で反射的に届かない攻撃を行った。


 そして、影のやり方が変わってから数時間後、リュウに変化が訪れる。

 完全に目が座った彼の、影の攻撃に合わせた反射的な打撃が、影に当たるようになってきたのだ。

 一発、二発、三発……。

 少しずつ、彼の攻撃は連続して当たるようになっていた。


 そして、気づけば、彼は倒れた影を前にし立っていた。


 痛みを乗り越えた先に待っていたのは、無。

 彼は、無感情に痛みを受け入れ、無感情に死を受け入れ、無感情に影を受け入れた。






 その静かに揺れる白炎の衝撃が薄らいできたと同時に、ヒイラギらは不思議な感覚に囚われていた。

 その存在は、少しでも目を逸らせば見失ってしまいそうなほど儚く、はっきりと視認できるが時間の経過と共に薄らいでいく。

 まるで、幽霊の類でも見ているような感覚。

 静かで、最低限の動きしかない。

 本当に、そこに人が立っているのか。


 目の前に立つのは、自分と同じ人なのか。


 誰もが、言葉を発する事をしなかった。


 慶島リュウ。

 ヒイラギは数時間前に見た彼の姿を、クロスは画面上で見た彼の姿を、エグシスはプロフィールに載った写真を、カナエは早朝、屋上で見た彼の顔を……それぞれ思い出していた。


 彼は、慶島リュウである。

 だが、自身が持てない。

 雰囲気が違い過ぎる。というより、側だけしか彼だと確認する方法がなかった。


「君は……慶島リュウ、なのか?」


 ようやく発せられたヒイラギの言葉に、彼は少しも反応を返さない。

 その目は、この場の状況を呑み込むためにふらふらとしていた。


「…………」


 唐突に現れた異常。

 しかし、時間が経てば経つほど、異常は通常へと溶け込んでいく。

 まだ違和感は拭えないが、それでもその状態に慣れてきたヒイラギは、先ほどまでの軽い表情を取り戻しつつあった。


「答えないのか。まあ、いいさ」


 ヒイラギは、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。


「せっかく戻って来てくれたんだ。だったら、何かしてあげないと……」


 ねえ、エグシス。


 ヒイラギの言葉に、彼と同じくリュウのいる状態に慣れてきたエグシスは、今からヒイラギが行おうとしていることを汲み取った。

 それは、リュウの目の前で友人知人を抹殺すること。

 そうすれば、否応でも彼に表情を作らせることが可能だろう。

 そして、それこそがヒイラギの目的である。

 唐突に現れた彼に、おおよそ感情といっていいものは微塵にも感じられない。

 他の誰もが恐怖や怒りを露わにする中、彼だけが冷静を保っている。ヒイラギという存在を持ってしても、リュウは余裕を持ち続けている。

 ヒイラギは、それが癇に障っていた。

 そんな、子どものような理由で彼はリュウの前で彼らを手にかけるのだ。


「さあ、よーく見てなよ。今から君の大事な友だちが、見るも無残な肉塊へと変わる姿をさぁっっ!!」


 拳銃を作り出し、ヒイラギは振り返り、後ろで呆然と立ち尽くすカナエに銃口を向けた。

 だが、ヒイラギが引き金に手をかけた瞬間、その直ぐ横を白い何かが通り抜けた。


「……なんだ、動けるじゃん」


 ヒイラギの眼前、まるでカナエを守るようにリュウが立ちふさがっていた。


「……リュウ、せんぱい?」


 カナエは、カナエ自身を守るように、まるで白いマントを広げているリュウに訊く。

 本当に自分の知っている、慶島リュウなのか。

 それは、目の前まで彼が来ても判断出来なかった。


「お前らは、敵だな」


 抑揚の無い、無機質な声が発せられる。

 それが、余計にヒイラギの癇に障った。


「ああ……だから、どうしたよっ!!」


 直後、彼の持つ銃から放たれた弾がリュウの身体を貫く。

 だが、その表情に変化はなく、また出血もなかった。

 つまり、効いていないのだ。

 確かに、銃弾は彼の身体を貫いている。しかし、その貫かれた箇所からは白い煙のようなものが薄く溢れ出るだけだった。


「効いてねえのか……!?」


 目の前で起きている非現実に、衝撃を受けるヒイラギの隣をスッと静かに彼は通り抜けた。

 そのあまりに自然な動きに、エグシスも彼が自身の目の前に来るまで気づかなかったほどである。


 変わらず表情に変化は無い。

 恐ろしく静かで、また中身を感じられないそれに、エグシスは恐怖に近い感情を持っていた。

 それは、暫く感じたことのない感情。

 暫く、縁の無かった感情。

 それだけに、エグシスは焦り、目の前に来たリュウを排除するために無我夢中で宙に浮く小隕石を彼にぶつけた。

 しかし、先ほどと同じように、それらはリュウに当たることなく通り抜け地面へとぶつかっていく。


 その光景が、余計にエグシスの中の恐怖を助長させた。


「くっ……」


 ゆっくりと後退するエグシスを追い詰めるように、リュウも歩を前に進める。

 だが、それをヒイラギは許さなかった。


「リアルイーター!!」


 先ほどユミを殺した能力、有喰者(リアルイーター)

 しかし、対象に噛み付くように強力な圧力をかけるこの技を持ってしても、リュウの身体を捉えることは出来なかった。


「なん、なんだよ、お前……」


 圧力をかけた腰辺りを、確かにリアルイーターは潰した。

 だが、例によって血は出ず、また潰された箇所も白い煙になっただけで、直ぐに戻ってしまったのだ。

 何も効かない。まだ、二種類の能力しか試していないが、ヒイラギは早くも、そう決めつけていた。


 だが、それでも彼は恐怖しなかった。絶望しなかった。


「さいっっこうじゃねえか」


 ヒイラギは、笑みを浮かべる。


「喰わせろよ、お前の能力」


 彼は、ガッと口を大きく開いた。

 攻撃が通らない、見たことも聞いたこともない能力。

 だが、彼は力を奪う唯一無二の能力を持っていた。


 ガチっと、ヒイラギは歯を鳴らし口を閉じる。

 同時に、リュウの身体から白い炎が消え去った。


 能力を喰らう際、味などは一切しない。

 だが、その能力は微かな味が感じられた。

 なんとも形容し難い不思議な味。

 美味しいとも、不味いとも言えない味が。


 そして、彼は飲み込んだ。


「痛っ……?」


 能力は、脳と密接な関係にある。

 能力は、脳と共有する。

 彼が喰らった能力は、酷い痛みを共有していた。


 !!!!!!!!


 だが、それも一瞬。

 彼の脳が、それを拒絶する。

 しかし、痛みはそれで終わらない。


「…………熱っ」


 白炎は、燃え続けた。

 それは、容赦無く他のものも燃やした。

 見境なく、燃え続けた。


「………………」


 突如して、白い炎がヒイラギの全身から燃え上がる。

 脳が、上半身が、下半身が、全身が燃えるような熱さを感じていた。

 その、今まで感じたことのない痛みに思わず、ヒイラギはその場に蹲ってしまう。

 そんな小刻みに震える彼を見下ろしながら、リュウが手を彼の頭に置いた。


「お前には扱いきれないよ」


 ヒイラギの頭に置いた手に向かって、燃え移るように白い炎が移動していく。

 彼の全身から白い炎が、完全にリュウへと渡ったところで、リュウは手を引いた。


 まだ、痛みと熱さの余韻に悶絶するヒイラギを下目に、リュウはエグシスの方へと振り返る。


「先ずはお前」


 その感情のない表情も、抑揚のない声も、ふつふつと燃える白炎も、何もかも全てがエグシスに恐怖を植え付ける。

 まるで、目の前に立つのは人の形をした、全く別の存在だと、そう思わせた。


 その、隙だらけの男のみぞおちに一発。更に、フラつき下がった顔に一発、二発。それでも抵抗する様子を見せないエグシスが倒れるまで、リュウは拳で機械的に殴り続けた。

 殺してはいけない。だから、死なない程度に、影から教わったやり方でエグシスを痛めつけた。


「次はお前」


 ぼこぼこに顔を腫らしたエグシスが地に倒れたのを確認し、リュウはふらふらと立ち上がっていたヒイラギの方へと振り返る。


「てめえは、俺が殺す」


 怒りに身を任せ、息を切らすヒイラギは雷の能力を発動しようと意識を手に向ける。


「…………?」


 しかし、その手に雷は発生しない。何度やっても、試しに別の能力を発動しようとしてみても、全く反応が無かった。


「発動……しない? なんで、……なんで、なんでなんでなんでっ!!」


 何度やっても結果は同じだった。

 能力は発動しない。

 次第に、能力の発動の仕方に疑問を持ち、そして焦りが彼を満たしていく。


「クソッ! ふざけんなよ! ここまで来て、なんで……!」


 怒りと焦りに包まれていくヒイラギを、リュウは変わらぬ感情の無い目つきでみていた。


「お前が、……お前のせいだ。お前のせいで、俺は……またっ!」


 勢いに任せ、リュウに飛びかかったヒイラギは、そのまま彼の首元に手を伸ばす。

 だが、伸ばした手は首辺りを掴むことなくすり抜け、逆にリュウの手が彼の襟元を掴み上げた。


「お前は、力を持つべきじゃない」


 変わらず抑揚のない声で言い、リュウは手を放した。

 その一連の動作に、ヒイラギの心を再度恐怖が侵食していく。

 無機質な声。感情も何もない目。機械的な動き。白い炎。

 人であって人ではない。

 目の前に立つのは、人の皮を被った、別の何か。

 ヒイラギは、立ち上がれなかった。暴走し、クラスメイトを傷つけ、彼にとって未知の研究所へと収監された時以来であろう恐怖。

 まるで、自分の中に重りでも入っているかのように、その身体は言うことをきかない。


 自分は、これからエグシスのように彼に殴り倒される。


「いやだ……」


 ヒイラギは、懇願するようにしわくちゃになった顔をリュウの方へと向けた。


「たす、けて……」


 視線の先に居るのは、自身を傷つけ、友人を殺し、多数の罪の無い者の命を奪った殺人鬼。

 そんな悪魔のような男が、必死に自身の命を守ろうとしている。

 だが、彼らは悪魔を、能力喰いを許さない。

 形勢が逆転し、落ち着きを取り戻していたマドカたちは、それぞれが様々な想いを抱き、その様子を見ていた。


 故に、背後に立つ男の存在の察知が遅れてしまう。


 彼らが、背後に立つクロスの存在に気づいた時には、その右手の平から黒い閃光が、彼らのうちの一人、カナエの身体を貫かんと発射される瞬間だった。


 だが、その中で唯一、リュウだけはクロスをずっと意識の中に置いていた。

 クロスが動いたのを確認し、一瞬にして、クロスとカナエらの間に入ったリュウは、その手で、黒い閃光の発射コースをズラすため彼の右手を掴んだ。


「残念」


 不意の声に、リュウの目はクロスの顔を捉える。

 あざ笑うかのような表情。

 直後。発生した疑問は直ぐに解決した。


 黒い閃光は、手の平からだけでなく、指、手首、腕、と身体全体から発生させられる。

 つまり、腕だけを封じても意味がなかったのだ。


 クロスの両腕から発射された閃光は、リュウの白炎の身体を通り抜け、カナエの身体を突き抜ける。

 先ほどと同じように、リュウの身体に痛みは発生しない。

 故に、リュウは極めて自然に目の前の敵を倒すために、クロスを殴り倒した。

 背後で、大切な人が閃光に貫かれていることなど知らずに。


 敵は、閃光を何処からでも発生させられる。

 その事実が、リュウを動かす。

 敵を戦闘不能にするか、もしくは先ほどのように能力を消し去るしかない。

 しかし、能力を消し去る方法はまだ分からない。

 結果、リュウは敵を殴り倒すことにした。


 リュウの使用する白炎は攻撃には使えない。

 つまり、攻撃には自身の身体しか使えない。


 リュウは、クロスが動かなくなるまで殴り続けた。

 後ろで、誰かが誰かを叫ぶ声がする中、彼は、ただひたすらに敵を戦闘不能にするために殴り続けた。


 殴っても反応を見せなくなったところで、彼は殴るのをやめた。

 その顔は、大きく腫れ上がり、歯が折れ、鼻が曲がり、血に塗れていた。

 リュウは、そのまま同じように血に染まった手でクロスの胸辺りに手を当てる。弱々しいが、まだ心臓は動いているこ

とを確認することが出来た。


 これで、ここに居る敵全員を戦闘不能に出来た。

 リュウは、一仕事終えたように軽く息を吐き、カナエたちの方へと振り返った。


「リュウ!!」


 ほぼ同時に、マドカの手が彼の手を掴む。


「お前、一体、どうして……」


 こみ上げてくる気持ちを抑え込み、マドカはそのまま彼をカナエの元へと引っ張った。


 絶望的だった。

 保険医が汗を流し懸命に彼女を治療しているが、閃光によって貫かれた箇所は多く、流れ出る血は止まろうとしない。

 その様子を、邪魔にならないようにアンズとニノが祈るような気持ちで見守っていた。


 目の前で、青ざめ、息を切らし、重傷を負っているのは間違いなく、大切な人である。

 だが、リュウは焦りも、悲しみも、怒りも、何も感じてはいなかった。

 ただ、冷静にその状況を見ているだけだった。


「…………りゅぅ」


 微かに発せられた声に、リュウは顔を近づける。


「りゅう、せん、ぱい……」


 弱々しく上げられた手が、その頬に触れる。


「たすけて、くれて……ありが、とう…………」


 最後の力を振り絞って伝えた想いは弱々しく、頬に触れていた手も力を無くし地に落ちた。


 誰かの叫ぶ声を聴きながら、リュウは彼女から顔を放す。


 カナエは死ぬ。


 そうと分かっても、リュウの心が動くことはなかった。

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