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第149話 再臨

 クロスが去ってから数十分後、冷静さを取り戻しつつある校舎に、カナエたちが戻ってきていた。

 しかし、戻ってきたのは、数時間に出て行った者たちでは無く、チームAのニノ、そしてカナエとアンズだけだった。

 困惑するレイタたちにニノは、敵の一人と交戦したこと、その後、研究員と思われる者も含めて二人を相手にしたこと、そして戦闘中、レイジ、サヤの両名が命を落としたことを、一から十まで省略せずに説明した。


 その、レイジ、サヤ、二人の死に、衝撃を受ける面々だったが、カナエたちがレイタから受けた現状説明は、それ以上の衝撃を彼女らに受けさせた。


 カナエらが負けた敵、ラウリが何らかの方法で校舎に侵入。その後、レイタらとの戦闘において、ショウイチ、ルミナスの両名が死亡し、戦闘に参加した他の生徒らも重軽傷を負った。

 だがこれで終わらず、ラウリを倒した数分後、今度はクロスが結界を破り校舎内に侵入する。校舎内に侵入したクロスは、ラウリを殺害し、その後ミオに重傷を負わせた。


「満身創痍。今の俺らにぴったりの言葉だな」


 説明を終え、レイタは苦笑いを浮かべる。

 考えうる限りで最悪の展開が次々と起こったにも関わらず、レイタたちは生きている。

 それを改めて言葉にすると、レイタたちは不思議でしょうがなかった。

 死んだ者もいる。でも、自分たちは生きている。何度も死を覚悟したにも関わらず、自分たちは生きている。


「……あの、ミオ先輩は無事なんですか?」

「ああ、大丈夫。そこまで傷も浅くなかったらしいからな……」


 全員が心の底から疲弊している。

 その場で説明を終えたレイタを始め、ショウ、リオ、マドカ。そして、怪我を治したばかりのヤヨイ、ユミ、ねここも、その目はダランと下を見つめていた。

 人を失い。傷を負い。非現実的な映像を何度も目にしてきた。

 彼らの心は、最早限界を迎えていた。


「で、SCMとしてはこれからどうするんだ?」

「SCMは、引き続きチームBと協力して結界能力者の捜索に全力を注いでいる」


 レイタの力無い問いに、何時もと変わらず抑揚の無い声で答えたのは、ニノだった。

 ラウリとの激戦により、傷を負っているニノだが、まだその心にまで傷は到達してはいなかった。


「そうか……」


 レイタは、微かな各教室からの光が指す中庭に目をやる。


「ここは、これで終わりだと助かるんだがな……」


 力無い声を発し、彼は静かに目を閉じた。






 白い空間に何度、赤い血が飛び散っただろうか。

 リュウは、無意識に目の前の"影"に攻撃を仕掛けていた。


 何度も何度も、気が遠くなるような回数を重ね、ようやく影に一撃を与えることに成功する。

 だが、二撃目は当たらず、また殺されてしまう。


 そして、また何度も何度も試行錯誤が始まり、数えるのも億劫なほどの回数を経て、二撃目が影に当たる。


 その様子を、ミューはただ見ていた。

 彼女の予想では、リュウが影に一撃を与える前に、リュウが精神的に力尽きると思っていた。

 だが、実際に目の前で起きているのは、一撃目の先、二撃目、三、四、五……。

 その目は死んでいる。だが、一つの想いが彼を突き動かし、気づけば、影とまともに戦えるレベルにリュウは到達していた。


「もう、見れないと思っておったがの……」


 一パーセント未満の光景。

 長らく、誰も到達出来なかった境地に、彼は辿り着こうとしている。

 ミューは、少しずつ変化する戦況を見守り続けた。






 絶望は唐突に、こちらの都合を無視してやってくる。

 静かに、誰にも気づかれずに、中庭中央に降り立ったエグシスは、光が漏れる各教室へと目をやった。

 彼がここに来た理由は、クロスからD地区学園に居る生徒"ほぼ"全員を殺せと指令がきたためである。


 ターゲットである生徒らを殺すために、外から多数の隕石をぶつけるもよし、巨大な爆弾を作り爆発させるもよし。

 どちらにしろ、上記の方法により雑魚を殲滅し、残った強者を一人ずつ殺していく、というイメージが彼の頭の中に出来上がっていた。


「……出迎えか。頼んだ憶えはないのだがな」


 エグシスの視線の先、彼を迎えるように立っていたのはニノ、アンズ、マドカの三人だった。


「悪くない面子だ。だが、随分と消耗しているようだな」


 彼の言うとおり、マドカ、アンズは疲れの色を隠せてはいないし、ニノは表情こそ変化が無いが、その見た目は激戦を経験したであろうことが容易に想像できるほど汚れていた。


「せめて、数分は持ってくれよ」


 バッと、エグシスが両手を広げたと同時に、彼の周囲にサッカーボール程度の大きさのゴツゴツとした形の岩が宙に浮きながら出現する。

 小さく揺れながら浮くそれに、三人は意識を集中させる。

 微かな動きを見逃せない。疲労が蓄積し、集中力も弱ってきてもなお、彼らはエグシスの手から生徒らを守るために、全神経を限界まで高めていく。




 …………やあ。


 緊張の糸が張り詰める中、不意の声がそれらを震わした。

 その気の抜けた声に、一瞬緩みそうになった気を締め直し、三人、そしてエグシスはその声の方へと目をやる。


「その殺し合い、俺も混ぜてくれない?」


 声の主は、ヒイラギ。そして、その隣には腕を組むクロスも立っていた。

 エグシスに続く、敵の登場。ここまでくれば、二人、三人と増えたところで衝撃も何も感じない自信があった三名だが、全く疲れの色を見せていないスキルイーターの出現には、さすがの彼らも反抗する気力が一気に削がれてしまっていた。

 また、それは教室内で彼らの状況を見守っていたレイタらも同じであり、その脳裏には数時間前の惨劇がフラッシュバックしていた。


「クロス博士。最後の確認だけど、俺はここにいる如月ミオ、押重マドカ、一二三カナエを除く全員を殺せばいいんだよね」

「……ああ、それでいい」


 クロスは、不敵な笑みを浮かべ返した。


「さて……エグシス。君は、ここに戦いを楽しみに来たのか、それとも、ただクロス博士の命令で来たのか、どっちなの?」


 エグシスに向かって歩いてくるヒイラギの質問に、エグシスは再度目の前に立つ、三つの影を見る。

 戦いに次ぐ戦いに消耗しきった彼らに、これ以上戦闘を求められるとも思えなかった。


「……命令で来ただけだ」

「そっか、それならいいんだけどね」


 ヒイラギにとって、ここでの戦いは、あくまで研究員を抹殺するための条件でしかない。そのため、早々と戦いを終わらせたいというのがヒイラギの求めることだった。

 そして、エグシスにとっては、ここに来る前までは主にアビリティマスターとの戦いを楽しもうと考えていた。だが、実際に敵の状態を見て、その望みが叶いそうにないことを実感したために、そうヒイラギに答えたのだった。

 これは、ヒイラギにとっては良い返答であった。何故なら、彼が求める、"戦いを早々と終わらせたい"という願いは、エグシスがここに来た理由とバッティングしないためである。


「じゃあ、さっさと終わらせようか」


 ヒイラギにとって、今から行うのは殺しではなく、ただの除去作業にすぎない。

 完全に舐めてかかっている。

 それを、彼が持つ雰囲気から察したマドカたちだったが、それでも対抗心は完全に潰えていた。

 敵は、ヒイラギだけでは無い。エグシスも、クロスも居る。このような状況下において勝ちを意識できる者は、余程の自信家と言えるだろう。

 そして、少なくともマドカたちは、そのような自信家では無かった。


 しかし、絶望に下を向く彼らの中、ただ一人、前を向き続ける者が居た。


「戦いましょう」


 声を出したのは、カナエだった。

 マドカたちのバックアップのために、レイタらと共に教室に待機していた彼女は、ヒイラギの出現に一時は他の者と同じように数時間前の出来事を思い出していた。

 しかし、気づけば彼女の足は一歩前に出ていた。

 今日一日だけで、カナエは数々の遠く記憶に残るだろう物事を見てきた。

 それら非現実的なことの連続により、確かに彼女の心も身体もクタクタに疲れている。

 だが、それでもカナエは、ただ一つ、大切な人との約束を胸に戦い続けてきた。


「私たちは、まだ負けてません」


 力強い言葉。

 その言葉に、その場に居るレイタ、ヤヨイ、ユミ、ねここ、ショウ、リオらも奮起する。

 戦って死ぬか、戦わずに死ぬか。

 今の彼らにとっては、大した差ではない。しかし、ならばその一パーセント以下の確率にかけてみようと思えるものだった。


「そうだな。まだ、生きてるもんな」


 レイタは、その手に槌を作り出した。


「行きましょう」


 想いは違えど、進む道は同じだった。

 生き残るため、また最後の最後まで抵抗するため、彼らは一歩を踏み出す……。






「良い目だね」


 背後から声が聞こえたと同時に、衝撃がカナエを襲った。

 破裂音と共に、カナエの身体は窓ガラスを突き破り、中庭へと放り出される。


「面倒なんだよね。抵抗する人がいるとさ」


 レイタらが振り返った先、立っていたのは不気味な笑みを浮かべるヒイラギだった。


「本当はカナエちゃんから殺したいんだけど、怒られるからね。だから君たちからころ……」


 高エネルギーを圧縮し球状にした物体が、言い終わる前のヒイラギの頬をかする。


 千載一遇のチャンスを逃したユミは、その勢いのままヒイラギを横目に前へ突き抜け、再度攻撃に転じようと考える。

 しかし、彼女に二度も攻撃のチャンスを与えるほど、今のヒイラギは戦いを楽しもうとは思っていなかった。


 グ、ジュッ……。


 肉が潰れ、血が飛び散る。

 腰の辺りを上下から噛み付くような強い圧力が襲い、ユミの身体は上と下、半身に分かれた。

 先手を打とうとした友の死。

 それが、彼らの勇気を一気に削り取る。


「安心してくれ。今なら、一瞬で殺してやるよ」


 死を覚悟し、一歩を踏み出したはず。

 それでも、死を間近に感じると、その覚悟も弱かったことに気づく。

 次は自分か、それとも横に居る大切な者か。

 近づく"死"に、彼らの脳内では記憶が走馬灯のように流れていく。


 気づけば、先ほどまで出ていた汗も、やや冷えていた肌も、大きくなっていた呼吸も、はっきりと聞こえていた他者の息遣いも、何も感じなくなっていた。

 まるで、時が止まったかのよう。だが、その片方の手は、確かに横に立つ大切な者の手を強く握っていた。


 伝えたいことは山ほどある。そのはずなのに、形にはならない。


 死を覚悟したはずなのに、後悔ばかりが頭に浮かんでくる。

 もっとちゃんと準備しておけば、もっと早く動けていれば。

 今となっては仕方ないこと。それでも、それらは止めど無く溢れてくる。


 もっと、強ければ。


 そして、凝縮された時は再び動き出す。




 ゴンッ……。


 欠片も無いと思われていた希望。だが、現にそれは彼らの前で起こっていた。

 ヒイラギの身体は、カナエと同じように吹き飛ばされ、中庭へと放り出されていたのだ。

 一瞬、何が起きたのかレイタらは理解出来なかった。それは、ヒイラギが立っていた場所、廊下へと続く扉の近くに立っている二人の生徒を見ても同じだった。


 長い黒髪に、白く透き通るような肌。大和撫子という言葉がぴったりと嵌る。そんな、女子生徒。

 白土ハヅキ。

 やや茶色が入ったセミロングヘアーに、ボロボロの制服。かつての輝く笑顔など消え失せた女子生徒。

 如月ミオ。

 引っ込み思案な少女と先ほどまで眠っていた少女が、何故このような場所に来ているのか。彼らには、皆目見当もつかなかった。


「ハヅキちゃん、ミオちゃん……」

「…………」


 ヤヨイの呼び掛けにも、二人は反応を見せなかった。

 手を震わし、肩でする息は中々落ち着こうとしない。そんな明らかに無理をしているハヅキの手をぎゅっと握っているミオ。

 ハヅキは勇気を出し、ミオは使命を全うするために彼らの窮地を救ったのだ。


 その、逞しくも脆い二人の元に向かい、大丈夫だよと抱き締めてあげたい。

 ヤヨイとリオは、そんな想いを抱きながらも、しかし、その足は動こうとはしなかった。

 半分は二人に、しかしもう半分は、まだ吹き飛ばされたヒイラギに意識が向いていたのだ。


 そして、吹き飛ばされたヒイラギは、マドカらの視線を浴びながら、ゆっくりと立ち上がった。


「ああ、もっと早くに殺しておけばよかった」


 その顔から不気味な笑みは消え、その両の目は自分を吹き飛ばした二人を捉えていた。

 冷たい目。ただ、余計な、邪魔なモノを排除することだけを考える目。


「そうだな」


 一言発し、エグシスは手をレイタらの方へ向ける。

 瞬間、彼らの居る教室の中央付近、ちょうどミオとハヅキの目の前に朱色に服れ上がる円形の何かが出現し、一秒後、破裂した。


 否、爆発した。


 爆弾が爆発した時の音が響く。同時に、高温の爆風が教室内、そして、廊下、また中庭へと吹き出す。

 その余りに唐突な出来事に、中庭にいるカナエ、マドカ、アンズ、ニノは、ただ黙って見ているしかなかった。

 手を出したまでは分かった。そして、教室内にいる者たちに何かするつもりなのも理解できた。

 だが、彼らは手を向けるという動作から能力の発動までに考え、動くことが出来なかった。


 今は、ただ後悔よりも先に、まるで自分が取り返しのつかないことをしてしまったような、全身の血の気が引いていく気分を味わっていた。


「……はあ、せっかく俺が全員喰らってやろうと思ったのにさ」


 その唐突な能力の発動に、彼ら側のヒイラギも驚いていた。

 殺すために動こうとしたと同時に、エグシスが何かを呟き、自分が殺そうと思っていた者たちのいた場所が爆発した。

 結果的に獲物を奪われた形になったが、当の本人はそこまで気分を害してはいなかった。


「まあ、いいけどね。というかさ……」


 ヒイラギは、無表情を貫くエグシスの方へと向く。


「爆発させるなら爆発させるって言ってよ! 少し遅れてたら、俺まで巻き込まれてたよ!」

「……悪い」


 淡白な謝罪に、ため息をつきながらヒイラギは改めて教室内へと視線を向ける。

 教室内は、まだ煙が充満しており中の様子は確認できない。


「まあ、念のためにね」


 教室内には、自身を殴り飛ばした風のアビリティマスターがいる。

 あの爆発で、生き残っている可能性は限りなく低いが、それでもゼロではない。

 ヒイラギは、生徒らの生死を確認するため歩き始めようとする。……と、同時に白い煙のような何かが、足元に漂っていることに彼は気づいた。

 また、彼がその事に気づいたと同時に、カナエを始め中庭に居る者たちも、その煙のような何かを確認していた。


 薄い煙のようなもの。だが、教室内から漂っているものではない。教室内から出ている煙は、地面ではなく上空に向かって移動しているからだ。

 校舎からの光が差し込む薄暗い中庭で、彼らは周囲を見渡す。

 大したことではない。

 だが直感が、それがただの煙ではないと告げていた。


 校舎と校舎を繋ぐ廊下とは反対側。

 暗闇をバックに、白くぼんやりとした光が浮かぶ。


「……人?」


 それは、小さくヒイラギらの方へと歩を進め出す。

 一歩、一歩、進むたびにそれが白髪の男であること、そしてその男を白い炎が静かに燃やしていることが分かった。


「…………慶島、リュウ?」


 ヒイラギの問いに、周囲からの光で顔が確認できる場所で、その男、リュウは歩を止めた。

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