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第148話 吹き荒れる嵐のように

 罵詈雑言といえば言い過ぎだろうか。

 校舎内のとある教室。隅で膝を抱え座る少女に浴びせられる言葉は、回数と共に、そして参加人数の増加と共により汚く、ただ苛立ちをぶつけるだけのものとかしていた。

 彼らが言葉を発する理由は、自分に死が迫って来ていたから。

 少しでも強い者は戦場へ。

 自分は弱いから、ここから応援するのみ。

 卑怯。それを自覚している者もいれば、していない者もいた。

 ただ周りに流されただけの者もいる。

 だが、大半が自分に迫る"死"に恐怖し、まともな思考が取れないから、不安な思いを彼女にぶつけていたのだ。




 深く深く。彼女の中の恐怖は、壁を作り音を通さない。

 ただ、横に居る友の手を握るのみ。

 それだけに神経を使った。


 それでも、壁は脆く気づけば崩れ去っていた。

 そこから、流れ込むように言葉の波が彼女に襲いかかる。


 自責の念は膨れ上がっていく。


 膨れて、膨れて、膨れて……。


 限界まで膨れ上がり弾け飛びそうになったその時、精一杯の、友の口から聞いたことのない大きさの声が教室内に蔓延る言葉を止めた。


 何かを、小さな、それでも力強く、友は彼女を守るように前に立ち、涙を流し、彼ら彼女らに訴える。


 …………ああ。

 私は、何をしていたのだろう…………。


 壊れそうな腕を地に付き、彼女は立ち上がる。

 彼女を守った友の制止の声にも応えず、ただ暗く、重い部屋から出て行った。






 結界が破られ、沈黙が支配していたその場に発せられた第一声はクロスのものだった。


「取り引きをしに来た」


 若い男の声で、彼は目の前でただ立ち尽くす四人に向かって言った。

 その言葉、『取り引き』の意味を彼らは理解できない。


「取り引き……?」


 口を開いたのはマドカだ。


「ああ。いい加減、君たちも限界じゃないかと思ってね」

「い、いや、ちょっと待て。その前に、お前は誰なんだ」


 ああ、とクロスは思い出したかのように続ける。


「俺はクロス・リバイブ。簡単にいえば、この事件を引き起こした張本人……かな」

「張本人……」


 四人の顔が引きつる。

 目の前に立つ、白衣姿のこの男こそ、この事件の根源であると。

 スキルイーターを解放し、人造能力者を放ち、学園都市に結界を張る。

 それらを指揮した男。


「話を戻そうか。俺は、この戦いを終わらせに来たんだ」

「終わらせに……だと」


 恐怖は、過程を飛ばし怒りへと変わっていく。


「ふざけんじゃねえぞ。お前のせいで、一体、どれだけの人が……」

「マドカ」


 雷靡く身体の前に、レイタの手が出される。

 敵の実力が未知数な今、感情に任せて突っ込むのは自殺行為だった。


「そうか、君がD地区のアビリティマスターだね。なるほど、強そうだ」


 だけど、とクロスは地に倒れているラウリに目を向ける。

 仰向けに倒れている彼女の心臓が微かに動いているのが、よく見えた。


「疲労の蓄積、人数の差、慢心、欲求……要因は様々だが」


 ふっと、四人の視界からクロスが消えた。


「弱い子は要らない」


 背後。

 声が聞こえた方へと振り返った瞬間、クロスの手から放たれた黒い閃光が、まるでギロチンのようにラウリの首を断ち切った。


「さて、取り引きの内容について説明しようか」


 四人の全身から血の気が引いていた。

 綺麗に真横に切られた白い首からは、血が膨らみ出ている。

 何の躊躇もなくトドメを刺した。

 その顔に変化は無かった。


「俺は、この学園都市を巨大な研究所にしようと思っている」


 続く説明に、彼らはハッと意識を戻す。


「そこでだ、君たちには実験体になってもらいたいと思っている。特に、アビリティマスターや一部の能力者には使い捨てではなく、より継続的な実験に参加してもらいたい」

「…………」

「それを踏まえた上で、取り引きの内容は『君たちに、アビリティマスターと一部の能力者を提供してもらう代わりに、俺が今各所で暴れているスキルイーターと人造能力者止めてやる』だ」


 つまり、学園都市側がクロス側にアビリティマスターと一部の能力者を無条件で渡すことを条件に、これ以上スキルイーターとエグシスによる無駄な殺戮を辞めさせるというものだった。


「なんで、そんな事を俺らに……」

「そうだな。D地区を選んだのは"たまたま"だ」

「いや、普通はSCMとかに言うんじゃないのか」


 今、クロスが言っているのは戦いを止めるための条件提示を、戦場にいる名もなき兵士に言っている状態である。

 本来ならば、敵の代表、つまりSCM本部に行うべきことである。


「どうしてだと思う?」


 クロスは、この上なく不敵な笑みで訊いた。

 まるで、答えを知っている大人のように。

 相手を馬鹿にするように。


「……そうか」


 クロスの言葉に少しの間を置いてから、レイタが答えに気づく。

 彼らは、最初からまともに交渉する気など無いのである。

 ここでの交渉は、あくまで生徒らの反応を見ることと、人質を取るため。

 D地区の生徒を人質に、SCM本部に交渉を行う。受け入れないなら彼らを殺すと脅せば、よりスムーズに事は運ぶだろう。

 当然、力でねじ伏せるのも有りだろうが、無駄な労力を使いたくない、またはただ普通に交渉に行くだけではつまらないと考えているのだろう。


「さあ、答えを聞かせてもらおうか」

「直ぐにじゃなきゃダメなのか?」

「……そうだな。確かに、そんな簡単に答えは出せないだろうな」


 クロスは、あざ笑うかのように言った。

 彼にとって、これは暇つぶし。生徒らの答えがなんであろうと、未来が変わるわけではない。

 ただ、彼は一研究者として窮地に立つ人間の選択が見てみたいだけなのだ。


「時間をやろう。今から十分。十分後に答えを聞こう」

「分かった」


 十分もあれば、目の前の敵を倒すための準備ができる。

 そう考えたレイタは、他の生徒らと作戦会議を行うため移動しようとした。


「待て」

「?」

「ここから動くな。もし、ここに居ない生徒と相談したいならここに呼べ」


 まるで、レイタの作戦を読んでいたかのようにクロスは彼に言う。

 あくまで、敵はこの取り引きに重要性を感じてはいない。

 レイタは、再び考え出す。


「ちなみに、交渉決裂。つまり、お前らがアビリティマスターをこちらに渡さないというなら、俺はこの学校に残るほぼ全ての生徒を殺すから」


 そのつもりでな。と、クロスは変わらぬ笑みで言った。

 結界を破壊した、黒い閃光を操る能力者。

 見た目通りのインテリでなければ、彼の言っていることもハッタリではなくなってくる。

 一難去ってまた一難。

 生徒らに、精神的疲労は蓄積し続ける。


「……どうする?」


 各々が思考を巡らす中、口を開いたのはマドカだった。


「とにかく、穏便に進めた方がいいのは確かだな」

「でも、どっちを選んでもどうせ変わらないぞ。敵の言う事なんて信じられないし」

「…………」


 レイタは、横目に小さな端末を弄っているクロスを見る。

 この場を何事もなく終わらせるため、アビリティマスターと一部の能力者を犠牲にするか。それとも、小さな確立に賭け敵を倒す選択を取るか。

 どちらにしろ、犠牲は出るだろう。

 ならば、今取るべき選択は。


 レイタは、三人を見た。

 先延ばしにするか、ここで決めるか。

 答えは、皆同じだった。


「……決まりか」

「一応、他の奴らにも連絡取っとかないと」


 ユミらに連絡を取るため、マドカが携帯を取り出そうとしたその時、柔らかくも力強い風が吹いた。


 唐突な殺気。


 誰に向けられたものでも無いそれに、その場の全員が思わず、その方へ、クロスの背後へと視線を動かした。


 靡く綺麗な髪。

 如月ミオは、しなやかに下げた腕を、そのままクロスの背を薙ぐように移動させた。


 ブシャッ……。


 斜め一方向に切り裂かれた背から、勢い良く血が噴き出す。

 その血に赤く染まりながら、彼女は感情の無い目で次に左腕を振り上げた。

 しかし、二度目の攻撃はクロスに当たらず空を切る。

 レイタらに対しても距離を取るようにして移動したクロスは、そのまま黒い閃光へと姿を変えようとする。


「逃がすかよ」


 バチバチバチッ、という音が聞こえると同時に今度は痛みと衝撃がクロスを襲い、そのまま身体を吹き飛ばした。

 そして、吹き飛ばされた先ではミオが、風をその手にまとい地を蹴り上げていた。


 グヂュ……。


 宙で、ミオの風を纏った手刀はクロスの脇腹を突き刺す。

 そのまま、ミオは手を抜きクロスを地面に向かって蹴り飛ばした。

 風のアビリティマスターである彼女にとって、空中で体制を変え、強烈な蹴りを入れることは造作もない。


 続けざまの攻撃に、クロスは受け身も取れず地面に激突する。

 その、あまりに綺麗な一連の動作に、レイタたち三人からはミオが現れたことによる驚きが何処かに飛んでいた。


「…………」


 依然として表情を変えず、ミオは地に落ちたクロスから視線を外さない。

 その全く集中が切れない彼女に、四人は話しかけることができなかった。


「……これでいいんでしょ」


 唐突な呟くような声に、レイタは「えっ?」と声を返す。


「これで、敵は倒した。もう、文句も何も無いよね」


 その場の誰かに向けたものではない、小さな声。

 無機質なそれが、誰に向けられたものか、レイタたちには分からない。


「もう、これで……」

「オワリ」


 一瞬。

 何の動作も無く、クロスのダランと地に付いた手から放たれた黒い閃光が、ミオの身体を縦に切りつける。


「!?」


 反射的にレイタが動いたと同時に、マドカがミオを抱き、そしてレイタら三人に軽く電撃を放ち吹き飛ばした。


「いい判断だ。少々手荒だがな」


 クロスが起き上がった時には、既にマドカとミオは彼から数メートル離れた所に居た。


「さて、交渉決裂だが……」


 クロスは立ち上がる。その腹部は赤く染まっていた。


「少し、こちらの事情が変わってね。君たちの事はエグシスに任せるとしよう」


 では、とクロスは黒い閃光となり消えて行った。


「………………」


 白衣の男が消え、嵐が過ぎ去ったかのように静寂がその場を支配する。

 結界が破られてもなお、真夜中のように暗闇が支配する空間。

 微かに聞こえるのは、荒い息遣い。


「みんな!!」


 遠くからの静寂を割く声に、フラつく頭を押さえ起き上がったレイタら三人が声の方を向く。


「先生呼んできて!」


 その目に映った人影を見て、先ずリオが、続けてショウが保険医のいる教室へと走り出した。






 それから数時間後。


「あれ? こんなところで何してるんですか?」


 場所はSCM地下研究所。

 SCM内で着替え、濃い赤を中心に様々な汚い色で染まったワイシャツから真っ白いワイシャツへと変えたヒイラギの前、クロスはニヤリと頬を緩めた。


「君こそ、ここで何をしてるんだ?」

「嫌だなー、質問したのは俺ですよ?」


 変わらぬ笑顔の奥に、クロスは微かな怒りを感じとった。

 まだそこまで、クロスは"結城ヒイラギ"という存在を知っているわけではないが、彼の中ではヒイラギはいつも何処か周囲を見下していると感じていた。

 だが、今の彼は違う。いつもなら自然に見下しているが、今の彼は無理をして上から見ている。


 つまり、余裕が無いのだ。

 揺れ動く感情に対し、正直になるために実行に移す。

 だが、それが出来ないでいる。だから、余裕が無い。


 自分を地下研究所に閉じ込めた研究員が憎い。だから、研究員を皆殺しにするために、ここに来た。

 だが、肝心の人がいない。

 クロスは、彼の表情や仕草からそこまで読み取っていた。


「そうだったな。俺は君に会いにここにきた。さあ、次は君の番だ」

「俺は、研究員を探すためにここに来ました」

「研究員? 君は確か、学生を」

「学生はもういいです」


 間髪を入れずに答えたヒイラギは、そのまま踵を返す。

 このままヒイラギを放っておき、研究員を皆殺しにさせるのも面白い。だが、それではここに来た本来の目的の達成が遅れてしまうため、クロスはヒイラギを呼び止めた。


「何ですか? ……そういえば、俺に会いに来たとか言ってましたね。まさか、俺の力が必要とか?」

「いや、そうじゃない。ただ、これ以上の殺しは意味が無いからね。あまりモルモットを無意味に殺しても意味はないだろ?」

「無意味ね……」


 ヒイラギの目の色が微かに変わる。


「言葉は選んでくださいよ。あなたは俺を助けてくれた恩人だ。感謝してる。でも、俺の行く道を阻むのなら俺は恩人だろうと容赦はしない」


 まだ抑えつけられている殺意。それでも、一般人なら恐怖で動けなくなるような強力な感情に対して、クロスは眉一つ動かさなかった。


「……そうだな。君の意思を尊重しよう。しかし、条件がある」


 「条件?」

 ヒイラギは首を傾げる。


「ああ。先ず、確認するが君はここの研究員が、今何処に居るのか知らない。そうだね?」

「ええ。捜してるんですけどね。人っ子一人見つけられてませんよ」

「そうだろう。彼らは早い段階で避難を完了しているからね。ここに居ないのは当然だ」

「へえ、それは知らなかった」


 目に見えて少しずつ怒りが募っていくヒイラギに対し、クロスはさっさと結論を言うことにした。


「だから、私が研究員の避難場所を教える代わりに、君には一仕事やって欲しいのだよ」

「一仕事?」

「ああ。君にとっては造作もない事だ」


 交換条件。

 クロスが出してきたそれに、少しのもどかしさを感じながらも、ヒイラギはそれに乗ることにした。


「で、その仕事内容は?」

「D地区の人間を皆殺しにして欲しい」


 クロスの放った言葉に、ヒイラギは呆気にとられた。

 先ほど、ヒイラギはこれ以上無駄な殺しを避けるべきと言ったのだ。

 だが、彼がヒイラギに出した条件は、まさに無駄な殺しといえるものだった。

 この矛盾を孕んだ言葉に、ヒイラギも思わず怒りを沈めてしまうほどだった。


「……嘘ではないですよね?」

「ああ。なんなら誓約書でも書こうか?」

「いや、そうじゃなくて。何でD地区の人間を皆殺しにする必要が?」

「君がそれを訊くか。まあ、少し前に私が言った言葉と矛盾しているから疑問に思うのが普通か」


 ヒイラギの反応を見れば、彼が条件に乗ってくるのは確実だと分かった。


「簡単な話だよ。トドメを刺すんだ。私たちに逆らえばどうなるか、D地区の人間を使って知らしめる」


 つまり、一般市民の対抗する意思を完全に殺すことが今回の作戦の意図である。

 頼みの綱である一二三マモルは、既にヒイラギとエグシスによって倒されている。

 現在、ヒイラギやエグシスに対抗する能力者はアビリティマスター程度であり、またそのアビリティマスターも無力化する算段が、先ほどのミオとの戦いを経てクロスの中に出来上がっていた。


「君にとっては造作も無いことだろ? 研究員たちを殺す前のウォーミングアップといったところだ」


 体力面を考えても、数時間前に休憩を挟んでいるヒイラギはまだまだ余裕がある。

 雑魚を殺すという作業を行うことで、憎き研究員たちの居場所が分かるなら、彼にとってD地区の人間の殺害は容易いものだった。


「分かりました。良いですよ」

「うむ。なら、早速移動しようか」


 移動のため、ヒイラギに背を向けたクロスは不気味に頬を緩めた。

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